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先生とあたしの恋愛化学方程式  作者: 角 秋也


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10/20

Au-5

「先生。あたし、久しぶりにあそこ行きたいな」

 夕方。気分が良くて、少しおねだりをしてみた。長い事あの匂いは嗅いでいない。

「あー……そうだなあ。あそこっつーのがどこかは知らんが、今日は一服してから帰るかな」

 あたしと先生以外、化学室には誰もいないのだけど、先生は一応そんな言い訳を口にした。仕方のない事なんだけど、やっぱり距離を感じてしまって少し悲しい。それでもあたしは十分に幸せだ。

「先生、仕事終わった?」

「おう。今日はもう帰る」

 先生はあたしに教えつつ、大抵はノートパソコンを開いてなにやら資料を作っている。自分の事を適当教師と称する先生だけど、こうして毎日一緒にいると、真面目さが伝わってくる。全然適当なんかじゃない。そういえば、なんで先生は授業はあまりやる気がないんだろう。それを先生に聞いてみると、

「まあ、そうだな……最初に俺が勤務していた高校はいわゆるヤンキー校でなあ。色々工夫はしてみたものの、全然生徒には響かなかったんだよ」

 ため息をつきながら先生は言った。

「長くそこにいた経験から、たった三年で人の人生を変えるなんつーのは無理で、幻想だと思っちまってな。この夏休みで夏浦に教えて幻想じゃなかったと気付けたが、それまではどうもその思い込みが足を引っ張っちまって。ま、夏浦から俺も色々学びなおしたワケだ。結構感謝してるんだぜ」

「ふふ。どういたしまして」

 素直に嬉しい気持ちになる。

「そしたら電気消すぞ。荷物まとめろ」

「はあい」

 ワクワクしながら荷物をまとめた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 先生と一緒に歩きながら例の路地を目指した。相変わらず先生はポケットに手を突っ込んで歩いていた。やっぱり高校の先生にはあまり見えない。

「そういえば、なんで煙草の匂いなんか好きなんだ?」

「パパが吸ってたんだよね。あたしが起きてる時間にはたまにしか帰ってこなかったんだけど、帰ってくると必ずすぐベランダで煙草吸ってさ」

 懐かしい記憶を思い出しながら話した。

「パパの事大好きだったから、帰ってきたらずっとくっついてたんだ。だから、ベランダで吸ってる時も一緒でね。やっぱり、帰ってきてくれたタイミングが一番嬉しくて。だから、一番嬉しい時の記憶はいつも煙草の匂いとセットで。それを思い出すから、好きなんだ」

「なるほどなあ。理由を聞けば納得だな。大切な思い出ってワケだ」

 先生は上を向きながら言った。

「うん。すごく大切な思い出」

「あー、話は変わるんだが、少し離れて歩いてくれ。今時は色々うるさくてな。生徒と教師がくっついて歩いてると、何言われるか分かったもんじゃない」

 少し突き放すような先生の物言いに、ちょっと逆らいたくなってしまった。

「いいじゃん、どうせ誰も見てないよ。夏休みだし」

 先生に言われたのとは反対に、よりくっついてみた。少しだけあたしの腕に、先生の腕が当たった。

「……やめとけ。教師との噂なんか立ったら、それこそ成績に影響しかねん」

 先生はあたしから遠ざかるように足を速めた。

 迂闊なことをした。先生は、あくまで先生だから。そういう関係にはなれないって、言われたのに。分かっていたはずだけど、結構ショックだった。

「……ごめん。先生は仕事だから、あたしと向き合ってくれてるんだもんね」

「その言い方は……卑怯だな。否定は出来んが肯定もしねえことにするよ」

 先生は目を瞑って言った。先生は、化学を教えるときは優しいけど、こういう話題になるとドライだ。

 やっぱり、分かっていたつもりだっただけで、理解はしてなかったみたい。一瞬腕に感じた先生の熱が、余計寂しさを増す。

「……やっぱり、あたし帰るね。普通に考えて、生徒の前で先生が煙草吸う訳にもいかないでしょ?」

 なんだか気まずくてつい口走った。本当はもっと一緒にいたかったけど。先生を困らせたくなくて。

「……そうか。気を付けて帰れよ」

 先生は少しだけ寂しそうな表情で言った。あんな表情するくらいなら、受け入れてくれればいいのに。

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