95話
「…っ!」
自走式ゴーレム、見た目はリヤカーの豪華版をアイテムボックスから出すと、お婆ちゃんは息を飲んだ。
なんだいこれは! という視線が強い。
「静かに話してくれたら、大丈夫だよ」
初めの衝撃はもう落ち着いただろう。
「ヒロヤ…」
「これは人や荷物を運ぶための物なんだよ。こっそり改良してもらってきた」
あたかも、元からあるものに少し手を加えただけのような言い方をした。
「これでひとや荷物を運ぶのかい?」
「そう、基本は荷物。だけど今回はお婆ちゃんに乗ってもらおうと…いろいろと改良してもらったんだよ」
「珍しい形だねぇ」
「こっちから、乗るんだよ」
ステップを出して、お婆ちゃんに上がってもらう。
「と、その前に…靴を脱いで欲しいんだ。荷台を汚したくないから」
「靴を脱ぐのかい?」
寝るとき以外は靴を履いたままの人にはかなり意外なのだろう。
「この荷台は、お婆ちゃんが疲れた時に横になることを想定してあるから、土で汚したくないんだ。動くベッドみたいな感じと考えて欲しいかな」
「動くベッド…」
お婆ちゃんは呟いてから靴を脱いでくれた。靴下でステップを上がり、荷台へ。脱いだ靴はステップ近くに置いておく。
「ここの箱は持ち上げると、ホラ。荷物を収納しておけるスペースになっているんだよ」
「ほう、これはいいね」
お婆ちゃんはマジックバックを肩から降ろして、置いた。上から蓋をかぶせるようにして、それに寄り掛かれば背もたれ代わりというわけだ。
「背中との間にこのクッションを入れて…」
アイテムボックスから取り出したクッションを手渡す。
「羊毛のラグを敷いて、さらにもう一つクッションを用意したから…座ってみて」
お婆ちゃんは素直に…渡したラグに腰を下ろしてから、クッションをお尻の下に敷いた。背中を寄り掛からせて、少しずつ足を延ばす。
「なんだい、ヒロヤ。これはまるでお貴族さまのために作られたみたいな居心地の良さだよ」
お婆ちゃんは感動しているように声を弾ませた。
「お婆ちゃん、気に入った?」
「気に入ったなんて言葉じゃ足りないよ!」
だんだんお婆ちゃんの声が大きくなってきたので慌ててミストウォールを発動。声の通りを鈍くした。お婆ちゃんは魔力感知できないようで魔法を使っても気がつかなかった。
「それじゃあ、ゆっくり動かしてみるよ」
「動く…そうだ、これは動くんだったね」
「そうだよ」
進行方向に向かって押すように動かしてみる。重量軽減スキルで石畳みから1センチほど浮いているためとても軽い。しかもゴーレムが自走してくれているのだから俺は押しているフリをして手を触れているだけだ。
「どう? こんな感じで動くんだけど、怖い?」
「怖いことなんてないよ、でもヒロヤが押して歩くのかい? こんな重いものを押していたら疲れるよ」
お婆ちゃんの心配そうな顔ときたら、泣きそうだった。俺への負担が大きいと心配しているのだ。
「大丈夫だよ、というだけでは心配だろうから…一度降りてみて。お婆ちゃんもこれを押してみると分かるよ」
ステップの前で靴を履き、石畳みに降りたお婆ちゃんを誘導してリヤカーを押す横棒の前へ。
「ここをゆっくり押してみて」
「え! 軽い!」
見た目よりもかなり少ない力で前へ進んだことにお婆ちゃんはびっくりした。
「ね? 軽いでしょ? お婆ちゃんが乗ったままでも全然平気なんだよ。冒険者は大きなクマでもこれに乗せて運べるんだよ」
リヤカーを持っている冒険者はまだいないと思うけど、これがあれば運べることは確かだ。
「すごいねぇ。こんないいものがあったんだねぇ」
「ちょっと高いから、あまり人目があるところでは使えないんだ。だから内緒にしてね」
「そうだろうとも、こんないいものは高いし、欲しがる人も多いだろう。…分かった。ヒロヤが何か隠し事をしていると思っていたけど、これだったんだね」
「やっぱり、気がついてた?」
「出発前には馬車を乗り継ぐと言っていたのに、昨夜は隣町まで歩くと急に言い出しただろう? 何か言えないことがあるのかと…少し心配したんだよ」
俺が追跡者の存在に気がついて、周囲を気にしていることに気づかれていたのかな。
「町から離れるまでこれを見せるわけにはいかなかったからね。内緒にしていて不安にさせてごめんね」
「いいんだよ。ヒロヤは冒険者だし、人に言えないことがあることぐらいは私にも分かっているさ。キリジャも冒険者は手の内を見せないんだ、とか。実力は隠しておくんだ、なんてカッコつけたことを時々言っていたけど…ヒロヤの場合は紫になれるほどの実力があるし、何かがあっても悪いことじゃないと信用していたよ」
思わず微笑みが浮かぶ。
キリジャの隠し玉は親の目には嘘だと分かっていても「そうかい」と信じたふりをした。でも、俺の場合はちゃんとした理由があって隠していると判断し、信頼してくれていたということだ。
「じゃあ、そろそろ出発したいから、乗ってくれる?」
「ありがとう、ヒロヤ。これだと私が歩くよりも早く移動できるだろうから…世話になるよ」
お婆ちゃんはまた靴を脱いで荷台に移動すると、クッションを背もたれにしてキョロキョロした。
「どうしたの?」
「いや、ホントにこれほど広かったら横になれると思ってね」
「寝たり起きたりするといいよ。同じ姿勢でじっとしているのも疲れるから」
「そうさせてもらうかねぇ」
「ひざ掛け代わりにこれも使って、横になったときの上掛けにしてもいいし」
「至れり尽くせりだねぇ、お姫様になった気分だよ」
「あはは。じゃあ、お姫様、移動しますよ」
俺はゴーレムに、俺の歩く速さに合わせてゆっくり前へ進むように命じた。
お婆ちゃんが珍しげに周囲を見ている隙に隠密を掛ける。これで監視者の目にも街道を行き来する人にもこちらは見えなくなった。
だんだんと日差しが暖かいから、少し暑いへと変わっていく。ゴーレムにストップと命じた。
「お婆ちゃん、眩しくない? これ日除けがついているから…こうすると屋根が出来るんだよ」
俺の方を閉じる形で半分のドームを作る。
「ほう、これはいいねぇ。…ヒロヤ、この荷台にいると揺れないし刺繍をしてもいいかねぇ。景色を見ているのにも飽きてきたよ」
「あー。小さい針は万が一のことがあると怖いから、編み物の方がいいかな。赤ちゃん用の肩掛けなんてどう?」
「肩掛け? 確かに、編み物の方が良さそうだが、どんなものだい?」
「えーとね、短いマントのような感じ」
布を肩に巻くようにするとイメージが伝わった。
「ああ、それはいいねぇ。寒い時期に肩に掛けてやりたいねぇ」
お婆ちゃんはにこにこ笑って背もたれにしていたカバーを外し、マジックバックから毛糸玉や編み物用の針を取り出した。
「あ、そろそろお昼だね。ちょうど良い。ここでお昼ごはんにしようか。道から少し離れるよ」
草原に分け入ってリヤカーを止める。お婆ちゃんを道に背を向けるような位置になるよう誘導して、リヤカーの荷台でランチタイムにする。
道を通り過ぎていく人たちにはこちらは見えていない。ミストウォールで声も四方へ漏れにくくしている。
「まだヒロヤにもらたパンが柔らかいままだよ」
「それ、美味しいよね。チーズもあるけど、どう?」
「もらおうかね。飲み物は、今朝買った水筒にミルクがあったねぇ」
「トマトも食べるよね? 食後のフルーツも出しておくよ」
食べて飲んで、お婆ちゃんが恥ずかしそうに荷台を降りた。
「どうしたの?」
「しばらく、こっちを見ないでおくれよ」
ああ、トイレか。
「待って、いいものがあるから」
ストップを掛けてリヤカーの下から取り出したのは4本の棒と丈夫な布。布の上下に穴が開いていて、棒に穴を引っ掛けるフックがついている。
地面に棒を突き刺し、布をぐるりと三方向セット。入り口になる布だけ中に入る人が手で横へかき分けるようにしてある。
「おや、まぁ」
トイレに利用したり、服の着替えスペースにしたり、寝る前にタオルで汗を拭きたいときなどにもこういう目隠しスペースは必要だろうと、思いついてから10分ほどで作った。
四角く周囲を囲むスペースの完成を見たお婆ちゃんは喜んだ。
「これならどこでもトイレを我慢せずに止まって欲しいと頼めるねぇ」
「そうだよ。我慢は良くないから、遠慮なく言ってね」
それから、と最後に穴の開いた箱を取り出す。持ち運びできる水洗の魔道具が作れたらよかったのだが、さすがに時間が足りなかった。それにちゃんとした製品にするには開発時間がかかりそうだ。だから今回は単に、座って下へ落とすことしかできない椅子を用意しただけだ。
「まず少しだけ穴を掘って、これを上から被せて座る。済んだら、箱を横へやって穴を埋める。どうかな?」
証拠隠滅したいときもあるだろう。出したものが囲いを外した途端に見えるのはいくつになっても恥ずかしい。
「ほう、これはいいねぇ」
中腰にならなくてもいいのは、俺のためでもある。タイミングよくシェルターに出入り出来るときばかりじゃない。だけど、これなら俺も自然がトイレを我慢できる。
お婆ちゃんが早速使った後、場所を変えて俺もトイレを済ませる。
「じゃあ、出発するよー」
お婆ちゃんにはクッションに寄り掛かってくつろいでもらい、再び移動スタート。お腹がいっぱいになった後、あたたかな日差しを受ける午後た。お婆ちゃんはうつらうつらし始めた。
ここで安眠スキルを発動。完全に寝てもらった。
よし、移動速度を上げるぞ。
丘や山、くぼ地などを迂回するように石畳の道はぐねぐね続いているが、地上5センチほど上をすべるように進むリヤカーはまるで空を飛んでいるかのよう。って、もしかしなくても飛んでいるのか。
オカシイ、自走式ゴーレムを作ったはずが俺が風魔法で高速移動支援をしてしまっていた。
ま、今日のところはいいか。魔力も増えて6時間くらいなら支援魔法も使える。自分に祝福をかけてパワーアップもしておく。
お、マップさんがショートカットを推薦してきた。なるほど、なるほど。
街道を移動する行商人の幌馬車も、旅人たちも、離れたところをすり抜けるようにして追い抜き、引き離す。
普通に歩いて4時間の距離にあった隣町もとっくに通り過ぎている。
寝すぎも身体にはよくないだろうから、お婆ちゃんを起こすかな。
ゴーレムの自走に戻して…安眠スキルを切る。おばあちゃんはそれから30分ほどしてから目を覚ました。
「おやまぁ、いつのまにか寝ていたようだね」
「気持ちよさそうに寝ていたよ。日差しが温かかったからね」
「ヒロヤ、休憩しなくてもいいかい?」
「俺はまだ疲れていないけど、お婆ちゃんは休憩したい?」
「私はさっきまで寝ていたから、いらないよ」
「じゃあ、このまま進むね」
認識阻害がゴーレムに掛けてあるからすれ違う人がこちらを見ることはある。でも理解できていないように視線をずらしたり流したりしているから、きっと記憶に残っていないはずだ。
お婆ちゃんが編み物に夢中になっている間に、俺用の椅子に座る。ゴーレムの自走だけに任せていても高速移動が出来ている。そう、手元に集中しているお婆ちゃんはこのリヤカーがどれほど早く走っているのかに全く気がついていなかった。
夕方の4時か。そろそろ野営のことを考えないとな。
マップさんに街道沿いの野営地として使われている場所を確認してもらう。普段から利用している場所には先客がいたり、あとから旅人が来る可能性がある。それを避けるため、わざと中間地点を選ぶ。
「お婆ちゃん、今夜はこの辺で野営にするよ」
「分かったよ」
編み物の手を止め、お婆ちゃんは顔を上げた。
「何もないところだねぇ」
「今夜は早めに、温かい食事にしようと思って」
どういうことだろうと思っているお婆ちゃんに微笑みかけ「見てて」といって魔道具のコンロを出した。
「おや、まぁ。魔道コンロまで持っているのかい」
「他にも、いろいろ便利なものを持っているから期待してて」
冒険者御用達の店で売っている高性能テントを用意し、いかにもここで寝るんだと思い込ませておく。
「夜はこのテントの周りにこの棒を離れたところに出しておくんだ。そうすると何かが近づいた時に音で警告して知らせてくれる。これがあるから、俺も夜は寝ていられるんだよ」
「そうかい。ヒロヤが寝ずの番をするならどうしようと思っていたんだよ」
「普段からソロで野営しているから、心配しないで。音が鳴ってからでも対処できるから。お婆ちゃんは万が一目が覚めてもこのテントから出ないで欲しいんだ。匂い消しの効果もあるらしいから、じっと隠れていてくれたら気がつき難いらしいよ」
「分かったよ。じっとして隠れているよ」
「じゃあ、夕食を用意するから座って待ってて」
ベンチ代わりの小さな箱を出す。折り畳みの椅子がこの世界にあるかどうか分かってないから、うかつに出せないんだよな。自分用には作ってあるのだけど。
「あ、ヒロヤ。待っている間に、あの場所を用意してくれないかい?」
「いいよ。場所はどの辺にする?」
お婆ちゃんのリクエストを聞いて、簡易スペースを作る。
お婆ちゃんが中で何かしている間にこちらもごそごそする。完成したスープをいきなり出すわけにはいかないから、カット済みの野菜を出して、鍋にお湯をいれて、さも沸かしたように偽装。この隙に塊肉をサイコロ状にカットして、脂身で転がしながら焼く。うん、いい匂い。
「ヒロヤ、これは夜寝る前にもう一度使いたいから、このままにしておいてもいいかい?」
「いいよー」
「おいしそうな匂いだねぇ」
「俺は料理も得意だからね、期待してて」
最高のお肉は焼いても硬くなりすぎない。それを野菜たっぷりスープに入れてしばらく煮込む。トマトベースだから、チーズも良く合う。仕上げに加えて、完成。パンは食べごたえのあるライ麦パンでいいか。
「手際がいいねぇ、ヒロヤ」
「普段からやっているしね。さ、暖かいうちに食べよう」
食後、お婆ちゃんが後片付けを手伝うと言ってくれたけど必要ない。
「ありがとう、でも必要ないんだ」
クリーンで汚れ物を一瞬で綺麗にしてみせるとお婆ちゃんは目をぱちくり。
「隠していたけど、俺クリーンが使えるんだ。お婆ちゃんにもクリーンしておくね。さっぱりするよ」
「…ヒロヤ。もう驚くことはないと思っていたのに…」
お婆ちゃんは大きなため息をついた。
「もしかして、私の服にも一度クリーンを掛けてくれたかい?」
「あ、気がついた?」
「やっぱりそうかい。洗いたてのようになっていたからおかしいなと思ったよ。それに…いつもヒロヤが身綺麗な理由も分かったよ」
「あー、変だと思ってた?」
「妙に綺麗好きな子だとは思っていたよ。冒険者は汚い臭いと言われることも多いのに、ヒロヤはいつも身綺麗でいい匂いもさせているからね。貴族の隠し子かと思ったけど…」
「それ、良く言われるけど違うから」
お婆ちゃんは首を振った。
「そんなことはもう、どっちでもいいんだ。ヒロヤがヒロヤであることに関係ないからね。私の知るヒロヤがヒロヤだよ」
お婆ちゃん…
「そう言ってもらえるの、嬉しいよ」
どこの誰でも関係ない。目の前にいるのが俺だって言ってもらったような気がするから。
「お婆ちゃん、ありがとう」
思わずハグしてしまった。
「こちらこそ、ヒロヤ。ありがとう。覚悟していたよりも楽をさせてもらっているよ」
お婆ちゃんもぎゅっと俺を抱きしめてくれた。
隣町まで歩くと脅かしてごめんね。この後にも、きっと驚くことになると思うけど…いい方の驚きだから許してね。心の中で先に謝っておく。
「さ、早いが。寝る準備をするよ。ヒロヤには今日はいっぱい歩いてもらったのだから、早く寝てもらわないとね」
「任せて、まだまだ疲れていないから明日もいっぱい歩くよ」
お婆ちゃんが寝る準備をしている間に魔道コンロや鍋など出したものを片付ける。
「お婆ちゃん、夜冷えると良くないから寝袋の中で寝てね。これだと寒さで夜中のトイレに起きることをしなくて済むよ」
「寝袋…これも冒険者専用のアイテムかい」
「他の冒険者は知らないけど、俺はこれをベッド代わりにしているよ」
横になって、前を掻き合わせて内側からボタンで閉める。ジッパーはこの世界にはないから、内側からでも止めやすいボタンにするのに少し苦労した。
「おや、これは暖かいねぇ」
「でしょ? そのまま寝返りも出来るよ」
「ん…あ…ホントだねぇ」
「じゃあ、安眠の魔道具、ここに置くね」
魔道具を枕元に置いてセットする、フリをして安眠スキルを掛けた。お婆ちゃんはすぅっと眠りについた。




