90話
「寄付の証明書は必要か?」
戻ってきたギルド長に、いきなり言われて驚いた。
「なんです、それ? いりませんよ」
差し出されたギルドカードを受け取り、確認すると残高は0になっていた。ネックレスを首にかけ直し、カードを服の下に入れた。
「そうだろうとは思ったが、念のための確認だ。貴族でも大商人でも、自分が寄付をしたら証明書を求めるんだ。そしてそれを見せびらかして、自分が寄付という善行をしたことを周囲に言い触れ回る」
ご苦労様です。自分の評価を上げるために寄付を手段にしているんだな。
「ここだけの話にしてもらっていいです。というか、ギルド長のポケットマネーだと言いふらしてもいいですよ」
「あほか。そんなこと出来るか。第一、記録がばっちり残っちまっている」
「………」
あー失敗した。記録が残るのか。
全額引き出して、それを渡せばよかったんだ。
「ははははは。お前が何を考えているか分かるが、無理だぞ。現金で引き出せるほどのカネはこのギルドにはない」
ギルド長は心底愉快そうに笑う。
カードでやりとりしているから、普段から大量の現金を用意する必要がないということか。そう言われると納得だな。
「あーもう、やってしまったことはどうにもなりませんけど…言いふらさないで下さいよ。これ以上色んなところから狙われるのは勘弁して欲しいので」
「そうだな。お前が大金を寄付したと知ったら、こっちにも寄越せとたかってくる図々しいやつが現れるかもなー」
「だから、内緒にしておいてくださいよ!」
今でさえ嫌な奴らに付きまとわれているのに…
「絶対に内緒にしておいてくださいね!」
「ああ、分かった。処理上最低限の範囲にとどめる」
これ以上の約束は引き出せないだろう。
「セルビナにカネの引き出しをさせた。自分で説明をしておいてくれ」
廊下を指さされ、俺は軽くギルド長に頭を下げた。
「お世話になりました」
「出来れば…またこの街に戻ってきてくれることを願っている」
「ありがとうございます」
帰って来いと言ってもらえるのは嬉しい。何のかんの言っても、この街が…俺がこの世界に来てから一番長く過ごした街だ。いまは愛着すら感じている。
ドアノブに手を伸ばしかけたところで振り返った。
「最後にもうひとつお願いがあります。俺が個人的に護衛任務を受けてハイセイへ向かったことを黙っておいて欲しいんです。期間は1カ月。変な追手が来ると困るので」
「……分かった。ギルドには個人的に受けた任務の記録は残らない。安心しろ」
「ありがとうございます」
廊下へ出ると、セルビナさんが待っていた。俺を睨むような目で見てから、無言でその先の部屋に入っていく。
「セルビナさん、お仕事中にすみません」
続いて部屋に入る。彼女は黙って防音の魔道具を発動させた。
「もうひとつ、すみません。今夜のお約束は果たせなくなりました。明日の朝、早くにこの街を発ちます」
「どういうことなのか、分かるように説明してちょうだい!」
俺は経緯を含め、セルビナさんに説明した。
彼女は何度も口を挟もうとしては、そのたび話の先を聞くことを優先した。
「うっとおしい人たちがヒロヤくんのまわりに集まってきているのも、思ったより大きな騒動になっているのも分かってる。回避するためにこの街をしばらく離れるというのも理解できるわ。だから一カ月もかかる護衛を個人的に引き受けたことも納得できる。でもそれでどうして、これまでの稼ぎを寄付するということになるのよ!」
「寄付については、この場の思い付きではなくずっと考えていました」
冒険者ギルドに受け入れられている、仮登録の冒険者の卵たち。行商人の護衛任務で訪れたレリー村の少年、マルクと出会ったこと。頼れる親のいない子供が必死に生きている姿に自分を重ねた…という話をした。
「ヒロヤくん…」
「俺もまだまだ頼りない子供に見えますが…幸い、今は生活に困らない余裕があります。いま手助けが出来るなら、俺より小さな子たちを…手の届く範囲だけ、少しだけ助けたいと思ってしまったんです」
セルビナさんは長い間黙っていたが、大きな溜息をついた。
「全額寄付なんて驚いたけど…本当に生活は大丈夫?」
「大丈夫です。自分の身を切ってまで人助けなんてしませんよ。言ってみれば、急に身についた贅肉を切り落としたようなものです」
「贅肉って…」
「急に群がってきた人達から身を隠すためにも、護衛任務が終わっても…戻りません。セルビナさんには3か月間お世話になるつもりでしたが、こんなことになり残念です」
「ヒロヤくん…私も、とっても残念だわ」
セルビナさんは俺から少しだけ視線を外した。
「紫に上がって、このままいったら黒にもなれる、って…楽しみにしていたのに」
セルビナさんはずっと、俺なら上へ行けると言い続けて応援してくれていましたね。
「ねぇ、このまま…この街を離れても冒険者は続けるの?」
か細い声で確認してきた。
「分かりません。冒険者業は楽しかったので、出来れば続けたいとは思っていますが…」
「そ、う…。このまま続けてくれたら、どこにいてもヒロヤ君の活躍を知ることが出来そうな気がするの。だから、出来れば続けて欲しいわ」
「ありがとうございます」
「そして、私は必ず自慢するの。登録してから紫に上がるまで専属で担当していたのはこの私よ、って」
自慢になるようなことじゃないと思うが…。
これは一種のエールか。私が自慢できるような冒険者になってね、と。
「セルビナさん、良かったらこれもらってください。健康のお守りみたいです」
自分で作ったとは言わない。
「…ありがとう。可愛いデザインね」
セルビナさんの分は薄紫の魔石を使った。年上の綺麗なお姉さんにはピッタリじゃないかと思う。
「ヒロヤ君、最後に…ハグさせて」
両手を広げてハグを求められた。
ってか、この世界にもハグがあるのか。言語スキルの変換でハグになってしまったから、本当の発音が何かは分からないけど。
「セルビナさん、お元気で」
「ヒロヤ君も…元気でね」
しばしのハグでセルビナさんの匂いに包まれる。
「またね」
ハグのためにお互いの身体に回していた腕を離す。
「…はい。行ってきます」
小部屋を後にして、階段を降りる。次にこのギルドに来るのはいつのことになるか。
もう二度と来ないか…それとも案外早くに来ることになるのか…それは誰にも分からなかった。
*
エミナルお婆ちゃんの家へ戻る前に、魔道具屋へ寄るのを忘れなかった。一番大きな魔道具屋を選んだが店の棚には《安静》という魔道具はなかった。鑑定をかけても見つからないので店員に聞いてみると、在庫はあるが一般向けには販売していないらしい。
「どうしても欲しいのですが、ダメですか?」
「あなた、医療関係者ではないですよね。冒険者ですか? ランクは?」
冒険者ギルドカードを見せると「紫…」と呟いて少し黙った。
「結構高いですよ。大銀貨5枚です」
50万ね。高いと言えば確かに高いが、それで欲しいスキルを得られるんだから決して高い買い物ではない。
「では、こちらで」
あっさりと大銀貨を5枚、カウンターに並べて見せると相手は黙って身を翻した。店の奥から魔道具を持ってきて、一通り使い方を説明してくれる。
「使う頻度によって使用できる期間は変わります。目安としては1年から3年ほどになりますが、効果がなくなったときは買い替え時期にきたと判断してください。修理が出来る店を私は知りません」
って、おい。こんなに高いのに使い捨てだったのかよ。びっくりした。
まあ最低1年ほどは使えるみたいだから、使い捨てだとしてもそれなりの回数は使用できるということだろう。
「分かりました。…ところで、もうひとつ買えませんか?」
使い捨てと知って予備に買いたくなったと思ってくれたのだろうか、店員は驚いたような顔はしたが俺が続けて5枚の大銀貨を並べるともう一つ同じものを持ってきてくれた。
「ありがとうございました」
店員に見送られながら店を出る。俺のアイテムボックスには《安静》の魔道具が2つ。ひとつはスキルに変えるから消えてなくなる。もう一つは旅の間エミナルお婆ちゃんに使ってもらう予定。
旅の疲れを残さないよう、これでしっかり眠って欲しいとお願いする。状況次第では夜だけでなく俺のスキルでも眠ってもらうつもりだ。
「いい買い物をしたな」
他にも買い忘れがなかったか、考えながらお婆ちゃんの家へ。いや、もう手続きが済んでいるのだから俺の家、か。
「ただいまー。エミナルお婆ちゃん」
「お帰り」
迎え入れてもらい、閂をかけてから居間に入る。
「夕食の手伝いしようか?」
「いらないよ。後は温めるだけだからね」
「それなら、少しやりたいことがあるから夕飯の時間まで部屋にいるね」
「ああ、しばらく休んでいるといいよ」
部屋に入り、マップさんにお婆ちゃんの見張りを頼んでから床に座る。
エミナルお婆ちゃんは120のマジックバッグを買ってきていたが、マジックポーチは持っていないみたいだった。
革製品作成スキルで一からウエストポーチを作り、魔法陣でマジックバッグ化する。自分自身のスキルを付与でペタンと貼り付けるやり方で作れば重量軽減と空間拡張と時間停止もばっちりのマジックバックを作ることはできる。だが、時間停止にするとものすごい高級品扱いになってしまう。だから、お婆ちゃんにプレゼントするマジックバックはわざと機能をほどほどに落としたものに落としておくことにした。
「魔法陣でマジックバックを作るのって、すごく異世界っぽい」
レベルが4になったことで錬金術の本に書いてあったマジックバック化の魔法陣が理解できるようになった。もちろん魔法陣も自分で描ける。
そう、不思議な感覚だが、全く意味が分からなかった暗号が解けてしまうと答えが見えて、答えが分かってしまうと謎が作れる。そんな感じなのだ。うまく言葉にはできないけれど。
「これに、3日分の食料と初級ポーション、酔い止めの薬にハーブののど飴と、そうそうハンカチやコップを入れておこう」
街の魔道具屋でも買えるマジックバッグ30と同じ規格になるように作ったのであれこれ入れていたらあっという間にいっぱいだ。
「初級ポーション6本は入れ過ぎたか。半分にして、余裕を持たせておこう」
このままだと、お婆ちゃん自身が入れたいと思った日用品が入らない。
「よし、これでいいか」
夕飯の時間にもちょうど良かったらしく、それから5分としないうちにお婆ちゃんが俺を呼びに部屋へ来た。
「いただきます」
この世界にもいただきますに似た食前の声掛けがある。神様の感謝して…という古語から転じた言葉らしい。意味は『神様の恵みに感謝を』だった。
ギフトで変換して言葉を覚えた俺には「いただきます」でこちらの世界の食前の声掛けに変わってくれる。いちいち考えなくてもいいのはホント、有り難い。
お婆ちゃんの美味しい夕食を食べ終えて食後のまったりタイム。後片付けの手伝いはいらないと断られたので、明日からの行程をあれあれ再検討しながらお婆ちゃんが戻ってくるのを待つ。
「お婆ちゃん、これなんだけど…」
先ほど作ったマジックポーチを渡す。
「すぐに取り出せるように、いろいろ入れてあるからこれ貰って」
「ヒロヤ…これはもらえないよ。貰いすぎになる」
「そんなことないって。これは俺のためと思って持ってて欲しいんだ。万が一のものがいろいろ入っているから」
お婆ちゃんは恐る恐る受け取って、中身を確認した。
「初級ポーションもあるのかい」
「旅先で体調を崩すことになったら大変だからね、調子がオカシイなと思ったらそれ飲んで」
「そんな贅沢な使い方、出来ないよ」
練習のために作り過ぎて、余りに余っている初級ポーションなんだ…とは言えない。
「遠慮なく飲んで欲しい。お婆ちゃんが動けなくなっても、俺は運べないよ? 困ってしまうよ?」
身体強化スキルを使えば、お婆ちゃんの一人ぐらいおんぶできる。でも、そんな非常事態には決してさせない。
「……分かったよ。具合が悪くなりそうだと思ったら飲ませてもらうとするよ」
「あと、今夜からこの魔道具を使って欲しい」
「これは何だい?」
「これは《安静》の魔道具といって、これを使うとぐっすり眠れるらしいんだ」
安静の魔道具は一般用ではないことからか、お婆ちゃんは知らなかったみたいだ。珍しそうに見ている。
「よく眠れると疲れが取れるよね。今夜から、そして旅の間もこれで体調を整えて欲しいんだ」
「そうだねぇ、分かったよ。体調を崩してしまったらヒロヤの迷惑になる。歳も歳だし、気をつけなきゃならないねぇ。…それで、これはどうやって使うんだい?」
「この下の、ここのプレートに魔力を入れて出来るだけ枕元に近い場所に置いておくのがいいらしい。有効範囲は1メートルらしいから、俺が野営で番をしている時に使っても巻き添えで俺まで寝てしまうことはないから安心して」
じっくり鑑定したところ、睡眠持続時間が6時間に設定されていた。そう、入眠時間まで管理できる優れものだったのだ。
買ってきたうちのもう1つをこのあと安眠のスキルに変換するつもりだ。だから安眠の魔道具は今後自分で作ることができるだろう。
「明日は身支度だけ整えたらすぐに出られるようにして欲しいんだ。朝ご飯はさっき渡したポーチに入れたサンドイッチで移動中にすませてもらって、時間を稼ぎたい。手伝いが必要なら、言ってね」
「大丈夫だよ。持っていくものはほとんど入れてある」
ということは、さっき使ったお皿や鍋などは持っていかないということか。向こうで簡単に買えるものは持っていかないのもひとつの選択だ。マジックバックとはいえスペースは限られている。詰め込めるだけ詰めるより、ある程度の余裕を持たせるために捨てていくという判断も必要だ。
「それじゃあ、おやすみなさい。明日は5時起きで半には家を出るよ」
お婆ちゃんの足では門まで歩くのも遠くて大変だろう。運よく門までの巡回馬車が通りかかればいいけど…歩きで30分ほどかかることも覚悟している。
「わかったよ。お休みヒロヤ」
安静の魔道具を手に寝室へ行くお婆ちゃんを見送る。
座り心地のいい居間にある手作りのクッション。ずっと愛用していた買い物篭。棚に掛けられている雰囲気のいい飾り布。まだまだ持っていって欲しいものがいっぱいある。長い間この家を離れていたキリジャが見たら、うちの居間にあったなぁと懐かしく思うことだろう。
これらもマジックポーチに入れて届けてあげたい気もするが、お婆ちゃんが残していくと決めたのは…もしかしたら俺に使って欲しいという思いかもしれないから…ここに、このままにしておこう。
部屋に戻り、念のためにシェルター内に移動してからスキル変換する。
この魔道具をスリープ…安眠のスキルに変換お願いします! 【換】!
手にして魔道具が消え、無事にスキル変換できた。ホッとしながらステータスカートを見て…驚愕した。
「嘘だろ…!」
安眠のスキルを願ったはずが何故か、闇魔法に変換されていた。
どうしてこうなったと思いつつ、闇魔法を詳しく調べてみて…納得。納得するしかなかった。
「まさか、安静も安眠も闇魔法だったとは…」
レベル1で使えるスキルが《ダーク》。これは一部分を暗くすることが出来る。一般的な使い方としては、魔物を狩ったりするときに死角を作る…その程度らしい。
もうひとつが《セデーション》。これは安静や鎮静といった、気持ちを落ち着かせることが出来るスキルだ。医療従事者に喜ばれるスキルだ。
レベル2で使えるスキルが《スリープ》。眠りに誘い、安眠させるスキルだ。これが俺の求めていたスキルであることは確かだ。魔道具はこの安眠を付与して作られていた。
そしてレベル3の《リ・ストレイント》というちょっと怖いスキル。出来ることは、対象者の影を拘束するというもの。
これだけ聞くとかなり怖いが、実際に出来ることは対象者をしばらく金縛りにするという行動制限スキル。これも医療従事者には必要かも。傷みに暴れる患者を大人しくしておきたいときに使える。他にも治安を守る衛兵などもこのスキルがあると便利かも。暴漢を大人しくさせたり、捕まえるためにスキルで拘束してから縄をかける…などのやりかたができる。
身動きできない時間や程度は相手との魔力差や経験によっても変わるみたい。詳しいことは試してみないと分からない。
レベル4になると、さらに不思議なスキルが使える。《パシュート》だ。対象者の影を追跡出来るというものだ。これも怖いスキルのように思えるけど、俺がマップさんに頼んで監視者にマークをつけて位置を把握している、あれと同じ使い道が出来るのだと思う。これもまた衛兵など犯罪者を取り締まりたい者にとっては役に立つスキルだ。
闇魔法のスキルを見ていて感じたのだが、人や生き物の精神に作用するスキルなのだと思う。使い道次第では安静も安眠も怖い使い道が出来る。
そう、バッファローを眠らせてしまえば、生きたまま捕まえられる。眠らせたまま殺せる。言い換えれば、人にも…ということになり、とても恐ろしいスキルということになる。
半面、眠りが浅い人や病人を眠らせるのは健康に戻すという意味で有効だ。ハサミや剣と同じで使う相手によって凶器にも身を守る武器にもなるということだ。挟みや剣に罪はないし悪意もない。
つまり、スキルが悪いのではない。それが分かっていてもイメージというか…なんとなく闇魔法を習得しているとは言いにくい。闇という単語が持つ印象のせいだろうか。
ああ、でも精神系でも代表的なスキルのひとつ。魅了が闇魔法に含まれていなかったことにホッとする。洗脳に近い怖いスキルは絶対に習得したくない。
「まさ、か…」
聖魔法を得た時に《ディスベル》。呪いの解呪が出来るようになった。解呪の反対は…呪える、呪うことが出来るスキルもあるということで…なんとなく闇魔法のような気がするんだよなー。
次にレベルが上がって5になったら…
「いやいや、まだまだ次のレベルまで遠いし…すぐには上がらないし…」
うん、忘れよう。さっぱりするためにも、久しぶりにお風呂に入ろう。
明日からお婆ちゃんと行動を共にすることになるから、しばらくお風呂には入れない。
うん、お風呂に入ろう。そしてハチミツ入りの牛乳を飲んでぐっすり眠ろう。
「あ、もう1回。召喚か送環が出来るんだった」
貴族の屋敷の広い湯船でそれに気がついた。うっかりしなくて良かった。
貴重な1回を無駄にせずに済んだことにほっとしながら風呂から上がった。




