88話
ヒナヒーラの番が終わったら今度はこちらの番だ。
「すみません、彼女の方には問題なかったのですが、俺が…ついアドバイスしてしまいました」
正直に申告しておく。
「手を貸したわけではないわね?」
「はい。石は渡しましたが、アドバイスだけです」
「石?」
「剣では接近戦も難しいようでしたので、投石して逃げられないようにしてから倒すようにアドバイスしました」
「ああ、そういうことね」
セルビナさんはくすっと笑った。
「ヒナヒーラにはいい経験になったでしょう」
そう言いながら、セルビナさんは手を出してきた。
「サインを入れた依頼書とギルドカード」
「あ、はい」
サインを入れて提出すると、入金を終えたカードが返却された。
「おめでとう、紫鉄1にランクアップしました」
「……ありがとうございます」
自分ではダメダメだったと思ったが、大甘で許してもらえたみたいだ。
「ランクアップのお祝いに、ヤーユル料理はどう?」
「あ、いいですね」
「3日後に代わりの休暇がもらえることになったから、その前日の夜どうかしら?」
「はい、楽しみにしています」
明後日の夜か。その時に、セルビナさんには別れの挨拶をしておくか。
*
ギルドの表でうろうろしている監視者に見つからないよう、隠密モードで包囲網を突破してエミナルお婆ちゃん家へ行く。
夕飯をごちそうになった後、予定通り、明日商業ギルドへ行って家の持ち主変更手続きをしようと再確認。
持っていく荷物の選別もほぼ終わり、半分以上マジックバッグにもう入れたそうだ。残りは出発前に詰め込むらしい。
「ところで、ヒロヤ。いつ出発するんだい? 私の予定は明日の午前中で終わるよ」
つまり、俺待ちということだね。
「この街を出る前に挨拶をしたい人がいるから、それが終わってからかな」
「じゃあ、明後日の朝でいいかい?」
普通は半日もあったら、別れの挨拶は出来るよな。
「明後日の朝か…」
お婆ちゃんは一日でも早くハイセイへ…息子の元へ行きたいのだ。
セルビナさんとの食事の予定はキャンセルだな。
「分かった。明後日の朝に出発しよう。ハウバールの町から出る船の時間が分からなかったから、早めに出発でもいいかな?」
「私は朝早いのには慣れているよ。ヒロヤも今夜から泊まっていくといい」
「…そうだね。一緒に手続きに行くのに待ち合わせしなくてもいいか」
「そうだよ。ここはもう、明日からヒロヤの家だ」
俺の家、か。なんだか、不思議な感じだ。
エミナルお婆ちゃんの息子さんが使っていた部屋が綺麗に片づけられていた。その部屋を借りることにする。
おやすみなさい、と挨拶して部屋に入るとクリーン! 少し威力が上がり過ぎてしまい、壁や床の変色が新築同様になってしまった。
……この部屋はお婆ちゃんには見せられないな。
苦笑いしながら、この後のことを考える。
思いがけず、チャンスが来たからエミナルお婆ちゃんがどのくらいの時間寝てくれるのか…途中で目を覚まして起きることもあるのかを調べることにした。
※任せていただければ、記録を残しておくことが可能です。
おや? これはマップさんと時計…いや、スケジュールとのコラボ?
任せていいなら、お任せしよう。俺も徹夜は出来ればしたくないし。
「それなら、あとは…」
船の中では同じ部屋で寝ることになるはずだ。そこで睡眠薬を試させてもらって、何時間眠り続けてくれるか、目覚めた後に違和感がないかどうかを確かめるとするか。
※スキルに安眠があります。これを使えば睡眠継続をコントロールすることが可能です。
おっ、世界基本知識さんが安眠スキルなんてものがあると教えてくれた。
ちなみに、そのスキルはどうやったら手に入るか分かる?
※魔道具屋に《安静》という医療者向けの魔道具があります。
医療者向け? 医者は激務で眠りが浅くて困っているということか?
※失礼しました。医療者が患者に対して用いる魔道具です。
患者…安静……ああ、分かった。
ひどいケガをしていて痛みで眠れない患者や、高熱で寝付けなくて体力を奪われてしまう危険がある患者を安静にして寝つきをよくする魔道具か。
「そんなのがあるんだ」
ハーブティーを飲むと良く寝付けるよ、と睡眠薬入りのハーブティーを飲んでもらおうかと思っていたけど、効果を確かめるためには側にいて何度かテストする必要があるし…やはり人間相手に実験するみたいで気が進まなかった。
でも、安眠スキルなら気持ち良い眠りを継続してもらうことが出来そうだし、いいかも。
明日、魔道具屋を訪ねてみよう。
他にも今後役に立ちそうなスキルはないかなぁ。
※認識阻害というスキルはいかがでしょう。
それ、欲しいんだよ。認識阻害ってそこにあるのに気がつかないって感じで意識されにくくなるんだよね。
似たようなスキルで【隠密】と【気配遮断】を持っているが、【隠密】だと全く見えないし気がつかれない、という高性能だけどうっかり誰かにぶつかって来られたりしたら一発アウトだ。
【気配遮断】は森の中などで獣に気がつかれにくくなるから、役に立ちスキルだけど…街の中で気配遮断は使いどころが難しいかも。
おそらくだけど、俺を監視している人たちの中にもこの気配遮断を使っている人はいると思う。長時間同じ場所に潜むのに、このスキルは役に立つからね。
その点【認識阻害】は…うん。いいかも。
問題は、そのスキルをどうやってスキル変換するか…。スキルのことを教えてくれた世界基本知識さんにもアイデアはないみたいだ。あったら、アドバイスしてもらえると思う。
うーん…認識阻害、認識阻害。そこにあると見ていてもうっかり気がつかないもの。見えているはずなのに、気がつかないもの。
一生懸命探し物をしていて、それが目の前にあった! と気がついた時の経験はきっと誰にでもあるよね。
何かないかなあと考えながら何気なく部屋間中を見回し。部屋の中から真っ暗な窓の外を見る。
暗闇にまぎれるのとは違う。太陽の明かりの下でも気づきにくいもの。気がつかずに…あ!
不意に俺の脳裏に浮かんだイメージはクモの巣だった。蜘蛛の巣は獲物を待ち伏せるために獲物が通りそうな空間に網を張る。
大きな蝶が引っ掛かっているのを見たことがあるけど…よく考えたらおかしい。網があるとそこに気がつかないはずはないのに……
「そうか!」
もしかしたら、蜘蛛の巣は昆虫にとって認識されにくいモノなのかもしれない。全部が全部蜘蛛の巣に引っかかるわけでもない。でも、引っかかってしまうものもいる。
多分だけど…クモの巣は認識阻害が働いている。
俺はエミナルお婆ちゃんの気配を探り、彼女が寝ていることを確認してそっと部屋から出た。暗がりでも暗視スキルを使えば、日中と変わらないくらい歩ける。
庭へ出て、蜘蛛の巣を探す。が、なかなか見つからない。庭木の陰で見つけられず、何気なく屋根を見上げて…発見した。
お願いします。あのクモの巣を認識阻害スキルに【換】!
やった、手ごたえありだ。ステータスカードで確認してみると【認識阻害】がちゃんとスキルとなって表示されていた。ランクを示す数字がないということは、これは成長スキルではないということだ。
深夜の中庭から部屋へと静かに戻り、このスキルを付与したアクセサリーを作ろうと考えてみた。どんな形、いやそもそも何にしよう。ネックレス、バングル…その前に、どれを選択しよう。
お婆ちゃんに長旅をしてもらうのにあたり、付与したいスキルは…疲労回復、安全のための結界…は、俺が常に一緒にいるからいらないか、認識阻害…いや。どれも必要ない?
疲労がひどくなったら初級ポーションでも飲んでもらえばいい。安全のための結界は、危険があったときだけ特別な魔道具として手渡してじっとしていてもらったらいい。認識阻害はそもそも俺が変な奴らから逃げるためのもの。追われていないお婆ちゃんには必要ない?
いや、移動途中に高速移動している姿を印象づけないためには認識阻害が必要だ。だけど、それなら移動中のゴーレムに発動させて俺とお婆ちゃんも丸ごと認識阻害させればいいじゃないか。
安全のお守りとして、聖魔法の祝福だけを付与したペンダントをつけさせるか。あれは活性のスキルだからほんの少し元気になる。疲労しにくくなるのがお婆ちゃんには一番必要かも。
そうとなったら…どの魔石を使うか。エミナルお婆ちゃん、黄色が好きみたいなんだよな。
ああ、そういやこの間、琥珀を見つけたな。マークだけつけてまだ採掘してないけど。琥珀なら高い宝石ではないから黄色の魔石とともにネックレスにしてお守り代わりに渡すといいかも。
銀細工を作るのにもかなり慣れて、チェーンもささっと作ってしまえる。ペンダントトップに小さな黄色い魔石を嵌め込んで周りを手持ちの…小粒の琥珀で飾る。留め具を小さな葉っぱの形にして可愛くして…エミナルお婆ちゃん、可愛いモノとか花とか好きなんだよね。
この家の居間にあるお婆ちゃんの手作り品で好みが分かる。クッションなんかにもフリルがついていたりするんだよ。
「よし、出来た」
祝福を付与したことで、魔石の輝きが増した気もするが…はじめを知らなきゃ気がつかないだろう。
さあ、寝るぞと勢い込んで…やっぱり俺にも安眠スキルが欲しいと思ってしまったのだった。
*
「はい、これで手続きは終わりました」
セルセラの商人ギルドにある不動産管理部門。ここで不動産の持ち主変更手続きを行った。
遠くにいる息子の元へ引っ越しすることになり、家が不要になったこと。長期間の護衛が必要になり、護衛費の一部として家を彼に売却するのだ、という一連の説明をするのか…また向こうから聞いてくるのかと思ったが、担当者は何一つ余計な質問をしてこなかった。
エミナルお婆ちゃんは「支払いは済んでいる。彼が新しい持ち主だよ」と言って家の権利書を出し「手続きしておくれ」とハッキリ言いきって終わりだった。
担当者は名義変更手続きの前に、新しい家主となる俺に事務的な視線を向けた。エミナルお婆ちゃんの家を購入することに間違いがないか再確認し、家を所有することに対する注意点を伝えてきた。
それによると…市民権のない冒険者が家を購入することは可能だが、市民権を持っている者よりも多くの税金を払う義務が課せられる。冒険者のなかには、家の購入を澄ませばそれで終わりだと勘違いする人が毎年一定数居るので注意して欲しい。ということだ。
冒険者はギルドから報酬を受け取っているが、それはすでに税金が引かれている。つまり普段から税金を払っているという意識が低く、家を購入した後に税金を納めなくてはならないと説明されても忘れがちでトラブルになる場合が時々あるらしい。
「毎年お支払いする税金に関してですが、3年とか5年分を先払いすることは可能ですか?」
「もちろん可能でございます。ですが、その…冒険者の方に関してはランクによってお支払いいただく税金の割合が違っておりまして…ランクが上がった後に前払いの税金差額を返却して欲しいとお申し出を受けても、お応えできませんので…1年あるいは2年ずつのお支払いをお勧めしています」
つまり、高ランクの冒険者が街に居つくのを歓迎するということで優遇策があるのか。ランクが上がると収入は増えるだろうに、税金は反対に安くなるんだな。
「ランクが上がったとしても、差額については返却を求めませんので3年分の前払い計算をお願いします」
紫鉄のギルドカードを良く見えるようにテーブルに置く。
「かしこまりました。名義変更含めた書類の作成に移ります。お手続きに3大銅貨必要になります。よろしいでしょうか」
まずは3千円払えってことだね。
大銅貨3枚を払うと、担当者はてきぱきと書類を用意してくれた。
「こちらが新しい権利書となっています、ご確認ください」
お婆ちゃんの家の住所に間違いがないこと、発行日と権利者として登録された俺の名前。お婆ちゃんがもともと持っていた権利書を見せてもらっていたから、書式に誤りがないかどうかは分かっていた。
「はい、間違いないです」
「では、下の署名欄に2枚ともサインをお願いします」
同じものが2枚。つまり家の持ち主と不動産管理部で同じ書類を保管するということらしい。2枚ともサインをして1枚を返す。
「すみません、一度2枚ともこちらへ」
担当に渡すと、彼は用紙を2枚ぴったりくっつけるように並べた。
「こちらに魔力を流しながら、このあたりへ判を押してください」
ハンコのようなものを手渡される。
「偽造されたものではないかどうかを確かめるために必要なのさ」
お婆ちゃんが教えてくれた。
え? そんなすごい技術があるの? ってか、さっきお婆ちゃんが権利書を出した時にそんな確認作業はしなかったよね。
「事前に来て済ませていたのさ」
ああ、そういうことか。
言われたとおりにすると、不思議なことにハンコから魔力が紙に浸透していくのが見えた。魔力視のスキルが働いた気がする。
「ありがとうございました。これで家と家を含む土地の権利者変更手続きは終わりました」
あ、そう言えばおばあちゃんちには中庭があった。そうだよなそこもセットにしてもらわないと困るよな。
「続きまして、税金のお支払い手続きをさせていただきます」
こちらになりますと差し出された書類には金額が書いてあった。3年分で金貨7枚と銀貨2枚。つまり毎年24万を税金として別途支払う必要があるということだ。
これが元の世界と比べて高いか安いかは分からない。一人暮らしをしたのもこの世界に来てからだから。でも、家を買っておきながら毎年24万の支払いが必要というのはややお高い気もする。
マジックポーチから出したふりをして金貨7枚と銀貨2枚を支払う。
「支払い済み証明書を用意しますので、しばらくお待ちください」
先ほどと似たような作業が繰り返される。ひとつ違うのはお金を受け取った職員が俺に手渡したのと同じ判で魔力印を2枚の紙に押したということだ。
万が一手違いで税金の支払いがされていないという連絡が来たとしても、この用紙を持ってくると入金済みであると証明出来るらしい。特に複数年まとめ払いした人はしっかり保管しておくように、と勧められた。
ギルド職員のなかにはうっかりミスか、あるいは無知な冒険者相手と侮ってか…二重払いを求める危険があるってことだろう。
「ありがとうございました。これですべての手続きが完了しました」
「お世話になりました」
「とんでもないことでございます。では、お気をつけて。ありがとうございました」
エミナルお婆ちゃんがこの街から引っ越すことは伝わっているみたいだな。アパート丸々一軒も冒険者ギルドに売却し、その手続きに来たんだものな。
「お婆ちゃん、お昼どうする?」
「うちに残った食材もあるから、家で食べようかね」
「じゃあ、俺は挨拶に行きたい人がいるから…ちょっと出掛けてくるよ。夕飯には間に合うように帰るね」
「ああ、気をつけておいき」
「エミナルお婆ちゃんも…」




