86話
*
…ついてきています。
地図スキルさんが教えてくれた。
街へ入る門をくぐった後からずっとだ。監視するように一定の間隔をあけて尾行てきている者がいる。
隣にカンゼルがいなかったら、街中で撒いたり相手を逆尾行する選択肢もあるが…今は気がついていないフリでギルドへ向かう。
ギルドホールに入って、二手に分かれた。俺は解体場でバッファローを出して査定用紙をもらってくる。カンゼルはギルド長への面会…借金の申し込みだ。
「ミンダオさん!」
「おう、今日も早いな。…今日もか?」
小さく囁いたのは、今日も2回狩りをするかどうかという確認だ。
「いえ、これで終わりです。明日からはカンゼルは別の知り合いとペアを組むそうなので、よろしくお願いします」
ほぉという顔で、ミンダオさんは器用に片方の眉だけ上げた。
「ということは、牛ラッシュは終わりだな」
気のせいか、他の解体職員たちの耳もこちらに向いているような気がする。聞き耳を立ててまで知りたいということか?
「俺と選手交代するマーリレンも有望な若手ですよ。期待していて下さい」
牛ラッシュは続く…かもしれないと匂わせておくと解体スタッフたちは引きつったような笑いを浮かべていた。
「今日の肉ですが、全部引き取ります。カンゼルと分けた後なので…納品後の買い取りということになりますかね」
「そうだな。今なら買取価格が下がっているから、狙い目だぞ」
あ、やはり供給過多で値下がりしていたか。
「忙しいようでしたら肉の引き取りは明後日でもいいです。毎日、窓口に顔を出しますので、声を掛けてください」
「了解だ。隣に行くぞ」と場所を変えると「出せ」と言われていつものように並べる。
「よし、査定表だ」
手際よく用意してくれた査定用紙を受け取って、ホールへ戻る。
カンゼルはセルビナさんの窓口で俺を待っていた。
「お待たせ。カンゼル…査定用紙を預かってきた」
カンゼルに査定用紙を見せてサインさせる。俺もささっとサインして連名にする。
「よろしくお願いします、セルビナさん」
「はい、お預かりします」
セルビナさんは査定用紙と俺たち二人のギルドカードを受け取り、素早く入金処理してくれた。
「ありがとうございました」
戻ってきたギルドカードをそれぞれ首から下げた。
「ヒロヤ、またな」
上、とハンドサインを送ってきたカンゼルに頷いた。
「ああ、またな」
ギルド長に面会する予約が無事とれたらしい。あとのことは…もう俺の手を離れたことにしてもらおう。頑張れと心の中でエールを送っておく。
「さて、席を変えましょうか」
セルビナさんは離席の札を出し、カウンターを離れた。
案内されたのはホールの端にある4人掛けテーブル。誰が利用しているかは分かっても衝立に遮られ、話し声が周りに聞こえにくいように配慮されている空間だ。
「はあっ…短い休暇だったわ。こんなに早く呼び出されるなんて思ってなかった」
休日が1日になってしまったのは俺のせいではないと言い訳したい。したいが、恨みごとを口にしている女性の前で下手な自己弁解は危険だ。
「…座って」
「はい」
大人しく、向かいの椅子に座る。
「ギルド長から聞いたわ。紫鉄に昇級させるって」
「はい」
「通常は昇級試験があるの。でも、ギルド長特権で今回はそれが免除になります」
「…はい」
カンゼルがギルド長の一言で紫鉄に上がったように、俺も条件さえ整えば昇級試験は免除してもらえるということだ。
「以前にも説明していたと思うけど、ヒロヤ君にはこの後ビギナーズの引率を2回、してもらいます」
「はい」
「1つは街中でのクエストの引率でもう1つは平原と森でのクエストの引率ね」
どちらか1回でいいのだろうと思っていた。俺の勘違いだったか。
「はい」
「改めて説明が必要なことではないでしょうから、軽い注意事項だけ言うわね」
街中のクエストでエミナルお婆ちゃんと初めて出会った。平原と森のクエストでマーリレンと初めて出会った。まだ最近のことだから、どんな内容だったのかもよく覚えている。
「はい。お願いします」
「ビギナーズの子の引率クエストは見守ることだけです。気がついたことがあってもその場で訂正させたり手伝ったりしないように。ひとりで請け負った仕事が完了できるかどうか見守り、私たちギルド職員に仕事ぶりや気がついたことを報告するのが引率クエストです」
「はい」
「引率中、アドバイスを求められても本人が考えて行動するように促してください。…ですが、命の危険があると判断した場合は介入しても構いません」
「はい」
安全第一だものな。危険な時にまで規則だなんだなんて言っていられない。
「では、明日の朝8時にここへ来てください。引率するビギナーズと待ち合わせて挨拶、スタートするところからお願いします」
「明日、ですか」
「都合が悪いかしら?」
「いえ…大丈夫です」
早いな、と驚いただけだ。
*
「街中クエストの引率、頑張ってね」
「え?」
セルビナさんの目の合図に振り返れば…やってきたのは、ヒナヒーラ? いつもは長いワンピース姿だが、今は膝下スカートの下にズボンを履いて歩きやすいスタイルになっている。
「では、紹介します。赤銅1のヒナヒーラさんです」
仮冒険者登録をしていたヒナヒーラが本登録できる年齢になっていたらしい。
「赤銅1のヒナヒーラです。街中クエストの引率、よろしくお願いします」
「青銅2のヒロヤです。街中クエストの引率を担当します。よろしくね」
初顔合わせではないが、お互いにきちんと挨拶をした。
満足そうにセルビナさんがひとつ頷き、ヒナヒーラにクエスト用紙を渡した。
「それでは、今回はお使いクエストになります。ヒナヒーラさんは用紙に書かれている場所を訪れ、受け取りと配達をお願いします」
「はい」
「ヒロヤ君、これは引率者用のクエスト用紙です。引率が終わって帰ってきた後、提出してください」
「はい。分かりました」
ざっと速読するとこれからヒナヒーラが行く場所や配達する荷物の情報などが細かく書いてある。一番下に引率者の名前を書く欄があるから、帰ってきてからこれにサインして提出すればいいのだろう。
「それから、ヒナヒーラ。お届け物はこちらよ」
「はい」
ヒナヒーラがマジックポーチを持っていたことに、あれ? と思ったが、よく見るとギルドマークがついてる。今回のお使いクエストのために貸与されたみたいだ。
セルビナさんから袋を受け取ったのですぐに出発するのかと思ったら…違った。ヒナヒーラはギルドを出る前にじっくりとクエスト内容を読み込んで。俺の方へ顔を上げた。
自分より背の低い相手に見られるのは久しぶりだ。
「ヒロヤさん、すみません。一カ所分からない場所があるので、先に2階の資料室を利用してきます」
「…分かった」
いきなり合格点だなと心の中で思った。俺はマップがあったから、街中のどこでも移動に困らないが、セルセラの街は広い。全てを知っておくのは大変だ。
ヒナヒーラは2階の資料室でサレーナさんに街中の地図を見せてもらっていた。お使いクエストなどで必要になる街中の地図は冒険者登録している者なら誰でも閲覧可能だった。
しばらくして目的地の情報を覚えたヒナヒーラはサレーナさんに礼を言って資料室を出た。小さな背中のヒナヒーラの少し後をついていく。
※……監視者がいます。
ギルドを出た途端にマップさんが教えてくれる。その忠告に溜息をつきそうになったが、ぐっと我慢する。
1軒目が一番遠くにあった。鍛冶通りというか何軒もの鍛冶屋が並ぶ通りのうちのひとつがお使い先だった。
冒険者ギルドの売店でも取り扱っている解体用のナイフをギルド職員に代わって仕入れて持ち帰る、という内容だ。商品代はおそらく口座経由での振り込みなのではないだろうか。
「こんにちは。冒険者ギルドから来ました」
ヒナヒーラはいつもホールで案内係をしていることもあり、初めて訪れた場所でもきちんと挨拶が出来ているし、ハッキリ要件を伝え、笑顔でやりとりしていた。
サインの受けミスをすることもなく、1軒目のお使いが終了。
2軒目のお使いの行き先は薬師のお店だった。薬師がギルドに採取依頼していた薬草が揃ったので、納品するという配達クエストだ。
ここで初めて正薬師の資格を持っている人に出会うことが出来た。これまでにも買い物や見学を兼ねて薬屋を訪れたことはあるが、いずれも対応してくれたのは売り子に雇われた人だったのだ。
引率の立場でただ見ていることしかできないが…正薬師の人は服に徽章をつけているのが分かっていい勉強になった。
3軒目に向かう前に薬師の店から初級ポーションと中級ポーションを指定された数だけ購入。買えば高いものだし、割れモノなのでヒナヒーラは慎重にマジックポーチに入れていた。常備薬のように冒険者ギルドでいくつかストックしておくということだろう。
3軒目は袋屋だった。ギルドの購買部で販売する採集袋や防水布を受け取って持ち帰るというものだ。どこでもお金のやり取りは別に処理されているらしくヒナヒーラは関わっていない。
「ありがとうございました」
無事に3軒の店を回り終えたので、後はギルドに戻って購買部に商品を届けたら終わりだ。
「ちょっと、そこの少年!」
呼び止められたと思った。が、無視した。
「おい、そこの若い冒険者。茶髪に水色の瞳の君だよ!」
ヒナヒーラが振り返って俺を見上げてきたため、俺も足を止めざるを得なくなった。
「俺はイルドア商会の使いの者だ。今すぐ大門前通りの店に来るように」
相手は20代半ばくらいか。成人後すぐから働いているとしたら10年ほど働いていることになる。
<世界基本知識さん。イルドア商会ってホントにある? 大きい店?>
「どちら様か、もう一度伺っても?」
「イルドア商会で働いているヤディラだ」
※イルドアはセルセラの街を本店とし、宝飾と高級雑貨を取り扱う中規模の商会です。
「失礼ですが、それを証明するものは?」
「なっなにぃ! 失礼なことを言うやつだな!」
「有名なお店の名を語る者かどうかも分からずお邪魔して、笑われたくはないですから」
「なっなんだと! 俺がその辺のごろつきにでも見えるか?」
「ですから、分からないと申し上げております。それに、俺は冒険者です。ギルドを通さない依頼は受けておりませんので、失礼します」
ヒナヒーラに行こう、と目で促して立ち去る。
「後悔するぞ!」
しばらくしてそんな捨て台詞を叫んだが、笑ってしまいそうになった。
「なに、あの人…」
引率クエスト中ということで、ヒナヒーラも余計な発言はしてこなかったのだが、たまりかねたように笑った。
「ヒロヤさんの慇懃なセリフ、最高だった」
あらら、笑われたのは俺のセリフの方だったか。
「あの人、本当にイルドア商会の人だったのかな」
「さあ…。本当だとしても、いきなり来いと言われたって困るよねぇ」
「そうだよね。私もどこかに呼び出されるようなことがあっても断ろうっと」
「断らなきゃだめだよ。声を掛けてきたのが女の子だったとしても、誘い込まれたら大変だよ。気をつけてね」
「うん」
ギルドに戻り、無事に購買部に納品も済ませてヒナヒーラのお使いクエストの引率は無事終わった。俺もヒナヒーラもクエスト完了後の「お疲れ様」の言葉をセルビナさんにもらって解散した。
※…監視者が増えています。
ギルドから出る前に、マップさんが教えてくれた。ヒナヒーラがいたから逃げられなかったけど、今はひとりだ。隠密モードで出待ちをしている監視者の目をかいくぐって帰ろう。
エミナルお婆ちゃんの家へ6時過ぎに到着。夕飯をごちそうになった。
ギルドのクエストを受けたため、明日は夕方ごろまで帰れないことを伝えてから、家主変更の手続きは明後日、一緒に行こうと約束する。
「引っ越しの準備はどう? マジックバッグ、無事買えた?」
「買ってきたよ。でも、120のマジックバッグは昔より高くなったねぇ。これがないと持っていきたいものも持っていけないから、仕方がないと買ってきたが…」
エミナルお婆ちゃんは溜息をついた。アパートを売ったお金では足りなかったのかな?
「旅の途中の食事の方は心配しなくてもいいよ。俺のマジックバッグには余裕があるから、お婆ちゃんは引っ越しの荷物だけ詰めていけばいいよ」
「出発の前にパンや果物を5日分ほど買って来ようと思ったんだけどねぇ。いらないかい?」
「息子さんへのお土産に持っていきたいものがあったら、買っていくといいかも。でも、食料は…うん、こっちに任せてもらいたいな」
「旅なんかしたことがないから、ヒロヤに任せるが…本当にいいのかい?」
「任せて。エミナルお婆ちゃんはこの家から持っていくものだけ、マジックバックに入るだけ持っていって」
食べるものにもデザートにも不自由はさせないから。
「そうかい。…そうさせてもらうかねぇ」
「じゃあ、明日も早いから今夜はもう帰るね。明後日は休日だから朝からでも来れるけど…9時ぐらいでどうかな?」
「明後日の朝9時だね、待ってるよ」
「うん、じゃあね。おやすみなさい」
ここでいいよと言ったけど、エミナルお婆ちゃんはやっぱり家の外まで出て見送ってくれた。
自宅…借りている部屋へ向かっている途中でマップさんから警告が来た。
※…建物1階と2階、3階にそれぞれ監視者がいます。
部屋まで1キロ手前でも分かっちゃうんだね。
商人か貴族か分からないけど、うようよ湧き始めたな。住んでいるところを知られたのは地味に嫌だな。気持ちが悪い。
今朝、部屋を出る前に必要なものは全てアイテムボックスに収納して持ち出してきた。念のためと予防を張ったわけだけど、良かったよ。
たとえ強行突破で無理やり入ったとしてもドアを開けたら、入居前と同じ状態。クリーンもかけてきたから、ゴミも髪の毛も落ちていないハズ。
うん、今夜から帰らなくてもいいかな。
部屋には心残りはないが、明日の朝食はマニムニ食堂で味噌汁にしよう。久しぶりに《月の花》に泊まるか。




