85話
「ハイセイまでのルート、調べてきたよ」
マジックポーチから取り出したのは、1カ月の移動計画書。まずは長旅になることを覚悟して貰おう。
「ここからハウバール町へ行って、クリナード大河を遡る船に乗る。予定では3日でエックルの町に到着。エックルに1泊してカラカル行きの馬車に乗る。2つの町を経由して、コンサの町で下車。1泊して疲れをとったら…」と何度も馬車を乗り換え、乗り継ぐルートを伝えた。
「で、ここからまた乗り換えて、最後にハイセイの街に到着する予定」
一通り聞くだけでもうんざりするよね。乗って降りて乗り継いで休んでまた乗り換えて。
「覚悟はしていたが、ずいぶん遠いんだねぇ」
「片道、1カ月くらいかかるみたいだよ」
エミナルお婆ちゃんは大きな溜息をついた。
「ヒロヤ。嫌だったら断ってくれていい」
じっと俺の目を見て、お婆ちゃんは聞いた。
「私はヒロヤに、ハイセイまで送って欲しい」
「うん、いいよ」
「ヒロヤ! 片道、一カ月もかかってしまうんだよ! もっとよく考えた方がいい!」
叱りつけてくれる優しさが嬉しかった。
「俺以外の冒険者にエミナルお婆ちゃんの護衛は任せられない、というのがひとつ。そしてもう一つ理由があるんだ」
詳しいことは話せない。知れば危険が及ぶ可能性がある。
「なんだい、それは?」
「俺自身がこの街からしばらく離れたいんだ」
「離れたい?」
俺と関わったことが危険の目になると困るんだ。
「実はさ、俺の夢って…いろんな場所に行ってみたいってことなんだ。旅をするのが人生の目標みたいな感じで…この街に来たのは、ちゃんとした冒険者の資格があれば旅がしやすいかなって思ったからなんだ」
「冒険者を続けながら旅をするということかい?」
「んーそれに近いかもしれないけど、獣や魔物に襲われても、逃げたり討伐したりできれば冒険者にこだわらなくてもいいかな」
冒険者の肩書にこだわらなくてもやっていけるのが理想。でも、実力をつける意味でも冒険者になろうと思った。なってみて、肩書が利用できるなら利用してもいいかとも思っている。
「冒険者を続けなくてもいいなら、その方がいい」
エミナルお婆ちゃんは冒険者が嫌いだものね。息子さんがいつケガをしたり死んでしまうか分からなくて…ずっと怖かったんだろう。
「でも、そうかい。…どうしようかね」
「どうしようとは?」
「ヒロヤがこの家を欲しいといってくれているみたいだから、報酬にしたら護衛をお願いできないかと思っていたんだよ」
「あ、それは欲しいよ。この家、すごく居心地がいいし、この街に帰って来られる家があるのは嬉しい」
それに、いつかお婆ちゃんの血縁者にお返しできるかもしれない。売り払って別の人の手に渡ったら返すのは難しい。でも俺が持っていたら…返せる可能性がある。あのキリジャの子供だったら、冒険者になりたいと言って家を飛び出す者がいるかもしれない。
「ヒロヤ…。それなら、やっぱりこの家はヒロヤにもらってもらおうか」
「報酬にしても多すぎるから、半額ぐらいで買わせてもらえるとありがたいかな」
「……考えておくよ」
「隣のアパートはどうするの?」
「それはもう、冒険者ギルドに売ることに決めてきたよ」
「冒険者ギルドに?」
「今住んでいるのが若い冒険者ばかりだからね。元々はキリジャと一緒にチームを組んでいた子の助けにもなっていいかと部屋を貸し始めたのが始まりさ」
そうだったんだ。
「こっちは急いで手放したいから、少しぐらいなら値引きしてやってもいいかと思っていたんだが、言い値で買うと即答してねぇ少し驚いた。余計なことは言わなくて良かったよ」
あ、今ギルドはオークションの売り上げで臨時収入が入って潤っているからなぁ。タイミング的にはベストだったんだろう。
「向こうも若い仮登録の子が増えてきて、部屋が足りなくなってきたらしい。トントン拍子に話が進んで、明日には本契約をしちまおうと思っている」
「それじゃあ、お互いに良かったね」
「後はこの家の物で、持っていくものだけを纏めればハイセイに行ける」
引っ越しの準備だけか。
「マジックバックはもう買った?」
「まだだよ。アパートを売った金が入ったら買いに行くよ」
「一緒についていってあげたいけど、急いでランクを上げないと…いけないんだ」
「ランクを上げる?」
「理由は言えないんだけど、紫になるんだ」
なりたい、のではなく…なる。ならなければいけない。
「紫! このまえ、青になったばかりじゃなかったかい?」
「そうなんだけど…上手くいったら、あと数日後には紫かも」
しばらく黙ってから、エミナルお婆ちゃんは大きなため息をついた。
「ヒロヤ。あんたがそんなウソや冗談を言う子じゃないと知らなかったら…笑われるよ。たった3カ月にもならずに、紫になる子なんているものか」
「そうだよねぇ。普通は信じてもらえないよね」
エミナルお婆ちゃんは首を振った。
「変わった子だとは思っていたけど、とんでもない子だったねぇ」
「でも、安心できるでしょ? ランクで強さを測るのが一般的みたいだし」
「そうだね。強いに越したことはないね」
あれ、お婆ちゃん、妙に疲れてない?
「お婆ちゃん、ギルドまで行って売買を纏めてきたから疲れた? 今夜は早く寝た方がいいよ」
「……そうだね。そうするよ」
「もし、明日来られなかったら明後日には顔を出すから。出来るだけ早く用事を済ませて、引っ越しの準備を手伝うね」
「こっちのことは心配しなくてもいいよ。この街にいる間くらい、一人でもなんとでもなるよ。一人で何でもしてきたしね」
「分かった。でも、無理しないでね、困ったときは頼ってよ?」
「じゃあ、明日かダメなら明後日、またご飯を食べにおいで。その時にこの家を譲渡する契約書を交わそう」
「んー、分かった。明日7時までに来なかったら、その日は来られなかったということで…明後日は7時までに来るようにするね」
しまったな。こちらの都合で紫になるわけだけど、そうすると護衛費が上がってしまうことになるはず。この家の売値がいくらか分からないから、半分くらいを買うといってお金を払うにも…お婆ちゃんの言い値に任せていたら遠慮されて安値を提示されても分からない。
お金には困っていないのだから、これからの生活費の足しにしてねと別れ際に餞別代りに渡して逃げるか。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
夕食を一緒に食べる約束をして、今夜のところは帰ることにしよう。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
エミナルお婆ちゃんはやっぱり、家の外まで見送りに出てくれた。
振り返って、大きく手を振ってから…部屋に戻った。
借りていた部屋の次の更新はしないことになった。ひと月分前払いしてあるからもったいないなあ。とはいえ、また貸しも出来ないだろうし…
トラブルのもとになるだけだから、知り合いに貸し出すのはやめておこう。
*
「おはよう~」
「おはよう、カンゼル」
今朝もカンゼルと東門で待ち合わせた。明日は行かないとは言わなかったから、前日と同じ場所同じ時間に待ち合わせるしかなかったのだ。
「カンゼル、今日は午前中だけでいいか?」
「分かった」
門の列を抜け、いつも通り他の冒険者たちが来ない穴場へ行く。
カンゼルは昨日の話をしてこなかった。普通ならあの後、ギルド長とどんな話をしたんだよ、とか。聞いてきそうなものだったが、カンゼルは詮索してこなかった。
「ヒロヤ。いつものマークの後…1頭だけでいいから、ひとりでやってみたい」
「ハグレじゃなく、群れの中の1頭か?」
「危険なのは分かってる。でも、試してみたい。危なそうなら支援頼む」
「分かった。一番左端のオスを任せる」
「受けた。タイミングは教えてくれ」
オス1頭、メス1頭、子牛3頭にそれぞれピアッシュを投げる。身体を寄せてくっついていてもズルをして、頭上から石を落とすのと同じ要領でアイテムボックスからピアッシュを狙って落とせるから的を外すこともない。
「当たった! 騒ぎ出すぞ」
俺の声を聞き、カンゼルは狙いをつけたオスへと向かっていく。前へ前へと向かってくる人間を見て、オスは興奮し始めた。
頭を下げて突進前の仕草。足をグッと踏ん張る仕草。狩りを何度も繰り返すことで何度も見てきた前動作だ。
「来いっ!」
声を上げ。自分で自分を鼓舞したカンゼルが足を踏ん張った。視線を逸らさず、突進してくるオスを睨むように見る。
しかし周りが見えていないわけではなく、群れ全体の動きもちゃんと横目で確認しているらしく、カンゼルは他の牛に背中を向けるようなことはしなかった。
盾で突進を受け流す大きな音がする。受け流してすぐ、反対の手に持った剣で首を切りつけていたらしく、バッファローは猛る鳴き声を上げた。
「…あ」
とどめを刺しているカンゼルに別のメス牛が狙いをつけた。俺は急いでピアッシュを投げるとともに駆け寄った。
「あはははははははは」
草原にカンゼルの笑い声が響いた。
「笑ってる場合じゃないよ、どうするコレ」
カンゼルがオスのバッファローを仕留める間に、俺もメスをうっかり仕留めてしまった。
「支援してくれ、とは言ったけど…獲物が増えてしまったな」
睡眠薬を使っていたら、放置するだけでよかったけど…今回は早く狩りを終わらせようとしてしまったせいで、いつもの2倍量の麻痺薬を与えてしまった。
ギルドに持ち帰り、マジックバックから出す前に浄化で薬の効果を抜くことができると気がついてからは麻痺薬の使用も気兼ねなく使っていたが、今はしっかり効果が出ていて逃げられない状態だ。
「うっかり仕留めてしまったんだから、持ち帰るしかないよ」
「試したことはないけど、オス、オス、メス、子牛の順に入れてみるか」
1頭ずつとどめをさしてはマジックバックに入れていく。
全部入ったフリをして、1頭だけアイテムボックス経由にするしかない。
「入ったな」
「入ったね」
うん、入るだろうよ。
「じゃあ、いつものように血抜きして帰るか」
「そうしよう」
もう一度出して血抜き処理をしている間に、少し話をすることにした。
「カンゼル。ざっと計算して、ひとり銀貨15枚だ」
「銀貨15枚か」
「昨日、ギルド長が前借りで銀貨30枚まで貸せるって」
「…前借り?」
「早くマジックバッグの大きい奴が買えたら、その分早く稼げるってことだろう」
カンゼルは喜ばなかった。
「それって、ヒロヤと組んで狩りをするのを早くやめろということ?」
「…それに近いかもな」
「何か指名の依頼でも入ったのか?」
「実は、そうなんだ」
詳しい依頼内容は話せない、と断ったうえで…
「カンゼルにギルド長権限でランクを上げたように、俺にもランクを上げてもらいたいみたいなんだ」
俺自身のためだとは言わない。ギルドの箔付けのために利用されていると匂わせた方がいい。
「長期の護衛任務で…当分誰にも言わないでもらいたいけど、セルセラを離れることになった」
「長期の護衛…」
「そのためにランクを上げて、離れる準備をしたい」
「そっかー。分かった」
カンゼルはホッとしたように笑った。
「実は、俺がヒロヤの邪魔をしているんじゃないかという気がして…悪いことをしている気分だったんだ。俺のために協力してもらったせいで変なのに絡まれたみたいだし、最近はなんだか忙しそうな感じがして…。この前の休みの日も、ホントは何か別にやりたいことがあったんじゃないか?」
「変な奴に絡まれたのはカンゼルのせいじゃないよ。俺の見かけがこんなだから、侮られるんだ」
色を変えているが、元の顔の作りは変わらない。よく日本人が童顔に見られるようにこっちの奴らは西洋風がベースなのか、俺には老けて見える。
「カンゼルみたいな体格になりたかったよ」
「俺の身体にヒロヤの顔は似合わないよ」
想像してみると、笑えた。
「つまり、俺の都合で悪いけど…」
「みなまで言わなくても分かった。ここまで付き合ってもらったヒロヤには感謝しかないし、ヒロヤは自分の仕事を優先した方がいいって」
「悪いな」
「悪くなんてないって。ヒロヤのおかげでこんなに早く貯金も出来たし、自信もついいた。ソロではダメだったけど、誰か仲間がいれば一人でもバッファローをやれるって分かった。ホントに感謝してる」
「ギルド長に借りたら、足りそうか?」
「足りる。それと、昨日ヒロヤと別れてからなんだけど…」
帰ろうとしたところでマーリレンと会ったらしい。一緒に飯でも、ということになりヒロヤと組んで狩りをしているんだってな、と切り出されたそうだ。
今より大きなマジックバックが欲しくて協力してもらっていると話すと、俺も欲しくて頑張っているところだがひとりだとなかなか貯まらないとマーリレンは嘆いた。
俺も仲間に入れてもらえないかと頼まれ、カンゼルは相談してみると答えたそうだ。
「だから、ホントは3人で…とお願いするつもりだったんだけど、ヒロヤの事情を聞いたら無理だって分かったし、明日からはマーリレンとふたりで頑張ることにするよ」
「そうか。…ムリさえしなければ、俺抜きでも大丈夫だろう。カンゼルの実力なら」
ソロでは出来ないことでも、二人なら安定感が増す。それが分かったカンゼルはさっきひとりででもバッファローを仕留めていた。
「ギルドに帰ったら、ギルド長に前借りをお願いして60のマジックバッグを買ってくる。そしてそれを使ってマーリレンとコツコツ頑張れば、マーリレンもマジックバッグに手が届くし、俺も借りた金が早く返せる」
「そうだな。せっかく狩れても持ち帰れないと効率が悪い。先にマジックバックを手に入れてしまった方が上手くいく」
「そう思う。…と、血抜き終わってた」
バッファローをマジックバックに入れていく。この平原に来るのはこれが最後になるかもしれない。
「じゃあ急いで帰ろう」
「だな」
今回のお肉は全部引き取ることにしようかな。連日狩り続けたことで肉の価格も下がってきている可能性がある。ミンダオさんに喜ばれたりして…




