84話
「…お、ちょうど空いたな。そっちの台に出してみろ」
ミンダオさんに言われて、いきがっていた男が意気揚々と出したバッファローはオスとメスの1頭ずつ。オスは大きなものではあったがひどい状態だった。確かに肉が喜ばれている野獣ではあるが、その皮にも使い道はあるのだ。
どうだ。すごいだろというように…得意そうに振り返られても、リアクションに困る。
「なんだよ、その顔は!」
「いや、そうなるよな」
ミンダオさんは苦笑して、棚からマジックバックを取り出してきて傷だらけのバッファローをしまった。
「ヒロヤ、お前も出してみろ」
えっ、ここに出すんですか?
見れば、解体場にいる他の職員たちも手を止めて、こちらのやり取りを見守っている。
いつの間にやら見世物になっていた。思わずため息をつき、いやいやながら…というポーズでバッファローを積み上げていく。
オスの上にメス、メスの上に子牛。バッファロータワーって3段以上乗せられない。仕方なく、隣に場所を空けてくれた台の上に載せきれなかった子牛を乗せた。
「お前たち、何人だ?」
ミンダオさんに言われるまでバッファローを見ていた男の顔色は、変わっていた。
「………」
ひとめで、傷らしい傷がないことが分かったからだろう。
「ヒロヤはもうひとり、二人で組んでこれだぞ」
「…嘘だ、もう一人いるならそいつが狩ったんだろ。そのガキはただの荷物持ちだ」
「残念ながら違うぞ、こいつはひとりでもこのぐらいは狩ってくる」
「う、嘘だ。嘘だ、嘘だ!」
「しかもよく見ろよ。お前たちのと違って傷がどこにある? 喉元に一突き。綺麗なものだ。お前たちのと違って、買い取り金額も高いのが分かるよな?」
くそぉ! と叫んでおっさんは逃げ出した。
「ミンダオさん…」
「ああ、すまんすまん」
そう言いながら別のマジックバッグを持ってきて俺が持ち込んだバッファローを回収していく。
「ち、ひとつでは入らないか。…ヒロヤ頼む」
出せと言ったり仕舞えと言ったり…
「隣に置いておけばいいですか?」
「ああ、子牛だけなら台に乗るだろ。…いま査定用紙を書く」
「ありがとうございます」
隣の解体室にバッファローを置いて戻ってくる。
「ほれ」と渡されたのは朝の分と合算された査定用紙だ。
朝の分は金額が出ているが、午後からのはカッコ付きでプラス査定が出た際には次回加算と書き添えてあった。きっちり見てから金額を決めてくれるということだ、有り難い。
「ありがとうございます」
「で、いつまで続くんだ。これは?」
「今日は無理しましたけど、明日は半分です」
「そうか、明日も続くか」
「彼のマジックバッグ代が溜まったらソロに戻って、いつものように草を相手にしますよ」
「それはそれでもったいないと言うか、それも怖いというか…」
怖いだなんて、失礼な。
ちょいちょい、と手招きされたので近付いた。
「まだ昨夜の聞いてないんだろ?」
昨夜、ということはオークションのことか?
「すごいことになってるぞ、お前。あんなチンピラとは比べ物にならんのがうようよ湧いて出るかもしれないから気をつけろよ」
イケ親父の声で、とんでもないことを囁いてくれる。
「ミンダオさん…」
「あとでこっそり、ギルドマスターのとこ行ってこい。早い方がいい」
うわぁ、怖い。怖いよー。
怖くても逃げない方がいいって教えてくれるのだ。逃げるわけにはいかないじゃないか。
「それ、待ってる友達がいるんじゃないのか?」
ああ、そうだ。カンゼルが順番取りをしながら戻ってくるのを待っている。
嫌だなぁ、帰りたいなぁと思いながら、俺はホールへと向かった。*
「ヒロヤ!」
こっちというように手をあげたカンゼルの側に行くと「どうした? 顔色悪いぞ」と心配された。
「もしかして、また絡まれたのか?」
ひそひそと続けて聞いてきたカンゼルに「それもあったけど、それはもう関係ない」と答えて大きく息を吐き出し、気を引き締めた。
「ん? …まあ、関係ないならいいけど…」
「で、これが今日の査定」
ミンダオさんから受け取った査定用紙を見せると驚いた後、カンゼルはにんまりと笑った。今日1日だけで26万だからな。2人で26万ではなく、ひとり26万だ。
窓口で対応してくれたのはおばちゃんギルド職員だった。ミンダオさんから受け取った査定用紙を提出。カンゼルとともにギルドカードもカウンターに乗せる。
「半分ずつ、ギルドカードへ」
隣ではカンゼルも同じように頷いているはず。
「お待ちください、手続きします」
しばらく待って、ギルドカードが戻ってきた。
「どうぞ。…確認してください」
2人とも入金されていることを確認して、頷いた。カードを首から下げて「ありがとう」と立ち去ろうとしたところ、待ったがかかった。
おばちゃん職員は後ろを見て、誰かに合図した。すぐに顔の向きを変えて囁いた。
「二人とも、ギルドマスターがお呼びです。2階へどうぞ」
俺だけじゃなく、カンゼルもか。
「あ、はい。分かりました」
何だろうという顔をしながらカンゼルが応えた。2人で2階へ向かうとひょろっとした男性ギルド職員のセレストが手をあげてこちらに合図してきた。
先導するセレストの後に続き、小会議室のような部屋へ。
「ここで待ってて。すぐにギルド長を呼んでくる」
そう言って彼は俺たちを残して部屋から出て行った。
「なんだろうな…」
「なんだろな」と答えた後。思い出した。
「分かった。カンゼル、俺たちが狩ったレアのオスバッファローの角。あれが売れたという報告じゃないか?」
「あ、あれか。もう売れたのか?」
昨夜オークションが開催されたことを知っているのは関係者だけだ。
「だったら嬉しいなぁ。いくらで売れたんだろ」
ワクワクしているカンゼルを横目に、俺は椅子に座った。立っているとイライラと歩きそうになる。
「な、幾らで売れたんだろうな」
嬉しそうにカンゼルも俺の隣に座った。
「さあ…いくらだろうな」
答えつつ、ミンダオさんに言われたことを思いだしていた。
オークションが終わって、あれを出品したのが俺だということを嗅ぎつける奴が出てくる可能性があるらしい。相手は貴族や商人だろう。
蠅のように煩く飛び回ってきたら…どうすればいいんだ?
逃げるか? いや、今はダメだろ。
「待たせたな」
ドアをノックすることもなく入ってきたな、このおっさん。と俺は呆れたのだが、カンゼルは緊張でピシッと固まった。
セレストを伴って、ギルド長が俺たちに近づいてきた。
「早速だが、これを確認してくれ」
そう言いながら俺たちの前に1枚の紙を置いた。確認すると、やはりオークションの支払い明細だった。
「おっと、これを使うんだったな」
忘れてたというようにセレストが魔道具の防音を作動させ、テーブルに置いた。
「今回はオークション出品の諸経費として2割をギルドに納めてもらう。残り8割を二人に等分して、それぞれのギルドカードに入金しようと思うが、それでいいな?」
「はい、お願いします」
カンゼルの声が喜びに輝いている。
角は2本あるから3.5万ずつの7万で落札されたらしい。ギルド1.4万で俺たちが5.6万。肉狙いで狩った牛の副産物として銀貨2枚に8大銅貨を俺たちがそれぞれ受け取ることになった。
「サインして、ギルドカードを預けてくれ」
カンゼルに続いて、俺も連名でサインしてギルドカードを預けた。
「セレスト、入金とランクアップ手続きを頼む」
「…ランクアップ?」
「ああ、2人ともバッファローを山積みできるほど狩れるらしいな。紫鉄に上げる」
俺は慌てた。
「待ってください!」
部屋を出ていこうとしていたセレストを呼び止める。
「まだビギナーズの引率が終わってません!」
…チッ!
舌打ちしたぞ、ギルド長なのに。
「仕方ない。ヒロヤは青の2だ。そっちの、カンゼルは?」
「お、俺は……終わって、ます」
「なら、カンゼルだけ紫だ」
今度は呼び留める者が誰もいなかったからか、セレストが部屋を出ていった。俺たちのギルドカードを持って。
「カードを受け取ったらカンゼルは帰っていい。ヒロヤは残れ。まだ話がある」
ギルド長はそう言って、俺たちに近い椅子に座った。
「…………」
セレストが戻ってくるのまでの時間がかなり長く感じられた。誰も何も言葉を発しない。発せないと言った方が正しいか。
「戻りました」
セレストが戻ってきて、ホッとしてしまった。
「…では、先に失礼します」
居残りさせられる俺のことを気にしながらも、カンゼルはひとり部屋を出ていった。
「さて、と」
ギルド長は部屋に鍵をかけた。2人きりになったところで、別の紙を俺に寄越してきた。
「確認してくれ。今回は金額がデカいから7と3だ。すまんな」
俺が7割でギルドが3割ねぇ。
オークションの支払い明細を見て、一瞬…笑いそうになった。
「…………」
ある程度は覚悟していたが…正気かよ。
「花、ですよ?」
「お前も良く知っている通り、花だな」
ため息が出てしまった俺は悪くないと思う。
花ひとつに280万。オークションに出品されたのは5つだから受け取るのは1400万。俺の取り分7割だけで、この金額だ。
「オークションの落札価格は金貨4枚ですか。たかが花1つに」
花1つに400万。正気かよ。
「それでも、抑えられた価格だぞ」
コレで?
ギルド長も疲れたように苦笑いした。
「競っていたのが王家と宰相家と侯爵だからな、商人たちが途中で気付いて降り、他の貴族も忖度した結果がそれだ」
「王家には伯爵さまが献上しましたよね?」
「だからこそ、の参加だったと思うぞ」
「あー」
月の光を浴びた花の香りを知っている者と、知らない者とじゃ反応も違うか。
「最後には王家で3つ、宰相が1つ、南の侯爵が1つ落札した」
「……無事、枯れていない状態で引き渡せたのですよね?」
「もちろんだ。枯れていたら俺のクビどころでは済まなかったかもな。なにせ、大々的に宣伝しちまったから、商人たちも珍しい花が出たって…オークション開催前から大騒ぎだ。出品された虹の花を見て、本物だとさらに大騒ぎ。姿だけでも注目の的だったからな」
「ミンダオさんに、気をつけるように言われました。チンピラとは比べ物にならんのがうようよ湧いて出るかもしれないから気をつけろよ、って」
「可能性は高い。だから、とっとと紫まで上げてしまいたかったんだがな」
「紫と青だとそんなに違いますか?」
「違うな。紫からは中堅どころだ。腕だけでなく性格や社会貢献度なんかが評価に加わるようになる。…だから、牛狩りなんてしてねぇでとっとと条件を満たしてくれよ」
「……カンゼルの手伝いをしているだけなので、相談してみます」
「手伝い? お試しでチーム組んでるわけじゃないのか?」
「違います。彼のマジックバッグ購入資金を貯めるお手伝いをしているんです」
「…チッ。早まったか」
って、俺と今後組むと思い込んでいたから、危険回避のために一緒にランクを上げようとしたのか。
「まあいい。少しぐらい早くなっても大したことじゃないだろ」
考えるのをやめたな。
「今ギルドはお前のおかげで臨時収入がある。俺の一存で銀貨10枚、いや30枚までなら貸せるからとっとと目標とやらを達成してくれ」
「分かりました。カンゼルに伝えてみます」
「それと、念のため…しばらくは毎日ギルドに顔を出してくれ」
安全確認ということか。
「あー。ちなみに、商人でしつこそうなのとか、危なそうなのとかいますか?」
「いるな。だが、相手が紫だと分かったらあいつらは無理強いしてこないだろうよ。問題は貴族の方だな」
貴族か…
「しばらく、身を隠した方がいいですかね」
「隠すにしても、紫に上がってからにした方がいいぞ。言いたかないが、お前の見かけに騙されないやつの方が少ない」
「別に、騙しているつもりはないんですけどね」
「本人に自覚がなかろうと、お前は詐欺みたいな特別なんだよ。誰が冒険者ギルドに登録して3カ月にもならないガキが紫の実力を持っているなんて見抜けるかよ。まだ赤のビギナーじゃないかと見た目で判断するバカだっているぞ、きっと」
確かに、まだ登録してから3カ月にもなっていない。
「……やりすぎましたね」
おかしいな。そんなつもりはなかったのに。実力は隠しているつもりだったのに。
「こうなったら、隠すより出した方がいいだろお前の場合。かと言って大々的に最年少で紫になった冒険者って声をデカくすると、取り込もうとする貴族が群がってくる。お前が金の卵に見えるんだろうなぁ。…俺でもそう思うしな」
これはもう、紫にとっとと上がって…エミナルお婆ちゃんの旅に付き合ってハイセイへ行った後、そのまま姿をくらませた方がいいな。
「ギルド長、まだ本決まりではないのですが…」
とあるお婆ちゃんが息子の住むハイセイまで行きたいと言っていて、相談を受けている。護衛任務ではなく個人的に護衛して旅に出ようと思う…と話した。
「仕事ではなく、か。お前とその婆さんは親しかったのか?」
「実はお婆ちゃんがこれから訪ねようとしている息子さんがいる場所を知っていたのは俺なんです。これも何かの縁ですし、俺もほとぼりをさましたい。移籍というか、この街を離れることをしばらく黙っていてもらえませんか?」
ギルド長は顎鬚を擦った。
「ハイセイか…遠いな」
「片道ひと月はかかるかもしれないとのことです。同行者がお婆ちゃんなので無理はさせられませんし…」
「そうだなぁ、1カ月の護衛任務がないこともないが…そうするとかなりの報酬額にもなっちまうしな」
代わりの冒険者を推薦しようとしても無駄だぞ。
「最低でも2カ月姿が見えなくなれば、この騒ぎも少しは鎮静化しませんか?」
「下級貴族は諦めるかもな。でも、上ほどしつこいぞ…ってことか。分かった。将来有望な冒険者がいなくなるのは正直惜しいし、痛手だが、この街が騒がしくなりすぎるのも困る。協力しよう」
「ありがとうございます」
ギルド長の協力が得られたということで、紫へのランクアップを前向きに進めていこう。
「明日は、セルビナを来させる。ビギナーズ講習の手配を急いでやらせる」
セルビナさんの休暇が1日になってしまうのは申し訳ないが…後日代わりの休日をもらってもらおう。
「出来れば、まだセルビナさんにもこの街を離れることは黙っていてもらえませんか?」
「黙って行くつもりか?」
「行く前にきちんと挨拶はしていきます」
「…そうか。分かった」
「ギルド長にも、出来れば挨拶をしてから行こうと思います」
「ああ、そうしてくれ」
ようやく話が終わった。もっと早くに帰れると思っていたのに、もうこんな時間だ。
「では、失礼します」
席を立ち、俺はわざと裏口からギルドを出た。誰もいないことをいいことに隠密モードで街の中を移動する。
「お腹、空いたなぁ」
急いで、エミナルお婆ちゃんの家へ行こう。7時を20分ほど過ぎてしまったが8時までにはならなくて良かったよ。
*
ドアをノックすると、お婆ちゃんは近くにいたのかすぐに「誰だい?」と尋ねる声がした。
「ヒロヤです。急用で遅くなってごめんなさい」
ドア越しに声を届けると、閂を外す音がした。
「こんばんは、遅くなってごめんね」
「いや、いいんだよ。今日もケガなく帰って来たね?」
「大丈夫、どこもケガしてないよ」
お婆ちゃんはホッとしたように頷いた。
「…お入り」
玄関に閂を掛け、今に入る。お婆ちゃんは隣の台所に鍋を持って移動しようとしているところだった。
「待って、すぐに温めるから」
鍋をテーブルの上へ置いてもらって、蓋を開ける。
「ヒロヤも火魔法が使えたのかい」
「うん、キリジャさんとお揃い。これ、便利だよね」
「ああ、あの子がいた頃もこうして温め直してもらっていたよ」
「美味しそう。お腹ペコペコだよ」
シチューを温めた後、パンもほんのり温め直す。お婆ちゃんは嬉しそうにシチューをよそってくれた。
「たくさん作ったから、お代わりするんだよ」
「ありがとう! いい匂い」
話は後、とばかりに二人で食事に専念する。もっとお食べ、と3杯目を勧められた時には困ってしまったが、食べるフリをして持ち帰る作戦で切り抜けた。
「ふーお腹いっぱい。美味しかったぁ」
後片付けを手伝い、二人で居間へ戻る。




