81話
おばあちゃんちを出たその足で、ギルドへ向かう。こんな時間にギルドに来ることがなかったから、多くの冒険者でごった返しているホールに足を踏み入れることに躊躇した。
夜のホールには案内係をしている仮登録の子はいない。むさいおっさんばかりで、汗と血と泥臭い匂いまでしていた。見慣れぬガキが来た、と言わんばかりの視線を浴びて俺は即座に回れ右した。
クエストの完了報告は明日にしよう。
「ガキがくるとこ、間違えたみたいだぜ」
誰かが濁声を張り上げ、複数の男たちの嗤う声が聞こえてきた。
何とでも言え。俺はそう心の中で呟いて、男臭い空間から離れた。ギルド内に酒場が併設されていないから酒臭い息が充満していないだけマシか。
ギルド職員の人達も大変だなぁ。
汗臭いから近寄るなとも言えないだろうし、汚れた装備や全身を綺麗に洗ってから来いとも言えない。宿でシャワーを浴びることが出来る人達ばかりじゃないだろう。
※ついてきます。
ん? マップさんが尾行の存在を教えてくれた。
夕食は済んでいたから直行で部屋へ戻ろうと思っていたんだけど…と進路を変える。横道へ入り、わざといくつもの角を曲がる。
※立ち止まりました。
そう、か。尾行に気がつかれたと気づいて、警戒したか。
周囲を確認し、さらに誰もいない細い道へ入ったところで姿を消す。ステルスモードで、今度はこちらから尾行してきた相手の姿を確認しに行く。
遠視スキルで確認したところ、いつかの…市場で買い物をしているフリをしていた男ではなかった。
だけど、冒険者じゃないね。ごく普通の町の人みたいに見える。
てっきり、ギルドから因縁をつけようと追いかけてきたバカでもいたのかと思った。
逆尾行しても良かったが、このまま男についていくのも何かのフラグが立ちそうで…やめた。
マップさん、とりあえずマークしておいて。度々ついてくるようなら、こっちから逆尾行して確かめればいいけど、今は注意するだけでいいや。
部屋へ戻り、しっかり鍵をかける。おばあちゃんちのような閂をつけているから、ドアを蹴破ろうとしても簡単には壊せないハズ。その前に、ドアに誰かが立っていれば気がつくんだけどね。
シェルターに移動して、トイレを済ませて日課の水やりと観察アンド虹の花の生育記録をつける。
「うっかり水やりを忘れたら困るし、自動水やり機でも作れないかな」
決まった時間に決まった作業をする。
「うーん。お世話ロボットならぬガーデニングゴーレム、作れないかな」
事前に井戸水と聖水、浄水、水魔法で出した水を用意しておいてやる必要があるか。
「めんどくさい、それなら自分でした方が早いか」
今回は実験をしているから面倒なことをしているけど、単に作物の世話で水やりをするだけならゴーレムに任せることが出来る。
「まだゴーレムの核が残っていたかな」
今度錬金術師さんの家に帰ったときに、探してみよう。
風呂に入り、さっぱりしたところでアイスを食べる。バニラアイスではないが、ハチミツの香りがするミルクアイスはなかなかの出来だと自画自賛。
食べた後はちゃんと歯磨きもするし、クリーンもかけておく。この世界で虫歯になるのは怖いからね。
さて、寝るか…とシェルターから出て部屋に戻る。ベッドの横になると自然とエミナルお婆ちゃんのことが思い浮かんできた。
息子さんのところで一緒に暮らしたい気持ちは痛いほどに分かる。そして、移動の旅が老体には過酷であることも確かだろう。
普段から歩き慣れた冒険者でも、一日の活動距離はだいたい決まっている。馬車旅をすれば楽かと言ったら…そうではないのだ。領主の元へ行くときに乗せられた箱馬車。お忍び用か使用人用だったのか分からないが、あれよりいいとは限らない。シートはまあまあ座り心地良かったが、石畳みを走るとやはり振動があった。距離が長くなればなるほど身体への負担が増す。
一番いいのは、お婆ちゃんと一緒にカケルに乗って空を移動することだよな。でも、これだとかなり時間短縮にはなるけど、問題点がいくつもある。
そもそも、空飛ぶゴーレムを持っていることは知られたくない。絶対に秘密にしてくれると内緒にしてもらったとしても、二人が乗っても大丈夫かどうか。練習するわけにもいかないし、乗って高所恐怖症だと分かったら元も子もない。
「気がつかれずに移動する…」
睡眠薬か何かで眠っていてもらう間に、カケルに乗せる?
狩りに睡眠薬を使ったことはあるが、人に使ったことはない。人体実験をするようで…怖い。何かあっても責任は取れない。
市販の睡眠薬があったとしよう。お婆ちゃんにこれを飲んでくれたら移動が楽になると言って…信用してもらえるか? 俺だったら、怖い。いくら信用している人から言われたって…相手が医者でもなければ…無理だ。
「無理だよなぁ」
だが、どこかでどうにかしないと、普通に旅をしたら一カ月くらいかからないか? まだセルビナさんに相談してみないと分からないけど、この世界の旅には新幹線も飛行機もないのだ。
「俺が…ハイセイまで送り届けるのが一番いいのは間違いない」
他の冒険者に任せたとして、エミナルお婆ちゃんと上手くいくだろうか。仕事だから、と信用したいところだけどこの世界には魔物がいる。
守り切れませんでした、と途中で任務を放棄されてもその判断が本当に正しかったのかどうかなんて後から検証できないのだ。
戦う力のない老婆がひとりで野に残されたら、自力で街までたどり着く確率は…親切な商人でも通りかかって荷馬車に乗せてくれるのでなければ生存確率はぐっと減る。
夜盗になった冒険者に有り金を持ち去られていたとしたら、街に着いたところで身動きが取れなくなってしまう。
ああ、ダメだ。悪い方、悪い方へと考えてしまう。
出来れば、ハイセイにはしばらく近づきたくなかったが、男爵様に出会わなければいいだろう。
見つからないよう用心して、お婆ちゃんには適当な言い訳をして…送り届けるとして…どこまで手の内を見せるか。
疲労回復は聖魔法の祝福のペンダントを身につけさせて、それでも体調を崩すようならリジェネで状態回復すれば…寝込むようなことにはならないハズ。
後は、どれだけ道中の移動のスピードを上げるか。
空を飛ぶより、錬金術師さんの馬車を使わせてもらった方が現実的かも。あれなら空間拡張されているから、ベットもあるし、トイレもある。
ステルスモードにして、ゴレームの馬に馬車を引かせるか?
俺は久しぶりに自分のステータスを確認してみた。
「あ、隠密は解除して名前の偽装も解除」
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マシロ ヒロト 17 22 140/148
スキル 【召 喚3】【地図3】【時計】【回復3】【解毒3】【洗浄3】【水魔法3】【解体3】【薬師3】
【隠密】【料理3】【重量軽減】【鋳造3】【付与3】【風魔法3】【商人3】【錬金術3】【剣術3】【裁縫3】【細工3】【熱源探知】【計測】【遠視3】【暗視3】【皮製品作成3】【投擲3】【体術3】【麻痺耐性3】【弓術3】【身体強化】【気配遮断】【思考補助】【観察】【聖魔法3】【火魔法3】【鍛冶3】【槍術3】【危機察知】【斧術3】【結界3】
ギフト 【世界基本知識】【シェルター】【全鑑定】【偽装】【全人語】
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お、あと2つでレベル4になる。魔力量を増やして次のレベルに上がったら、いろいろ出来ることが増えるんじゃないかと期待しているんだよな。
自然に上がるのを待つのではなく、狙ってあげてみるか?
「あれ…」
スキルが増えたなぁ、と思っていたけど、知らないうちに増えているものがある。
【気配遮断】【思考補助】【観察】…って、自分ではスキル変換した覚えがない。もしかして、自然と身につけたスキルってことかな。
…それにしても、スキルが40個か。自分でも思うな、多いな、って。
バレないよう、しっかり隠しておかなきゃ。
明日はギルドに行って…お使いクエストの完了を報告して…ハイセイまでの地図を探して…だいたいどこを通っていくのか決めて…
せっかくの休日だから…レベル上げをして…レベル4になったらできことが増えているはずだから…何が出来るようになったかを確認して…
そんなことを思いつつ、眠りに着いた。
*
今日は休日と決めた日ではあるが、ギルドにやってきた。エミナルお婆ちゃんのクエストが無事終わったことの報告と、お婆ちゃんから受けたハイセイまでの旅について相談に乗ってもらおうと思ったのだ。
「え、セルビナさんお休みなのか」
ギルドホールに着いて、彼女の姿が見えないことに気がつき、ヒナヒーラに聞いてみたら「お休みよ」のことだった。
「そっかー」
でも、おかしいな。オークションが終わるまで休みがもらえないって聞いているんだけど…。あ、そうか。オークションは今夜だ。
ギルドの窓口に座る仕事はしていないけど、裏方の仕事はしているということなのかも。
仕方なく、ベテランぽい40代女性職員の窓口でクエスト完了の報告をした。
「はい、クエスト完了確認しました。報酬はどうされますか?」
「カードに入金、お願いします」
ギルドカードを渡すと「あら」という顔で見られた。
「セルビナの秘蔵っ子ね」
「………」
「いま表には出ていないけれど、裏にいるわよ。用があるなら呼んでくるわよ?」
こそっと教えてくれる。
「いえ、今夜のことで皆さんお忙しいでしょうし…今日中という用事ではないので大丈夫です。ありがとうございます」
おばちゃんは頷いて、カードを返却してくれた。
2階にある資料室は好きな時に利用できるので、行ってみた。
「こんにちは、サレーナさん」
「あ、お久しぶり、ですね」
サレーナさんしかいない、静かな環境にほっとするというか…
学校の図書室に行っても司書の女の人しかいなかったのを思い出すな。
「調べ物をしたくて来ました。ここから別の街に護衛依頼を受けるときの参考になるような地図か、記録のようなものはありますか?」
「地図は、持ち出しが禁止されています。ここで見て覚えていくか、自分でメモを取るかの、どちらかです」
「分かりました。メモを取らせてもらいます」
「地図の閲覧は有料です。情報量として大銅貨2枚かかります。どうしますか?」
2千円か。
「先払いですか?」
「出来れば…。ギルド指名の護衛任務の場合は、免除されることもあります」
「先払いしておきます」
大銅貨2枚を現金で払った。
「…はい、確かに。行先は、どちら方面ですか?」
「ハイセイです」
サレーナさんは目を丸くした。
「遠いところまで行くのね」
「やはり遠いですか? だいたい、どのぐらいかかります?」
「えーと、移動手段にもよるけれど…2週間から3週間というところかな」
さすがサレーナさん。地図が頭に入っているんだな。
彼女に相談してみようと思ったのは間違いじゃなかった。
「地図は3枚必要です。繋げて見ないと、全体は分からないかも」
そう言って、3枚の地図を持ってきてくれた。
「ルートは決まっている?」
「いえ、それを決めに来たんです。サレーナさんに相談に乗っていただくことって出来ますか?」
「相談…」
ダメかな。仕事以外のことになるのかな。個人的にお願いできるか聞いてみても失礼にならないかな。
「あの…」
サレーナさんは俯いた。元から小さめの声が、さらに囁くようになる。
「こっそり、なら…」
ああ、やはり。相談受け付けは仕事外になるのか。地図を出すまでが仕事のうちということかな。
「ありがとうございます。これ、良かったら…」
マジックポーチから出したふりをして、袋入りのクッキーを出す。
「こ、これ…もしかして」
ん?
「セルビナが時々、こっそり食べている…クッキーの?」
こっそり食べているのか。
「ええ、多分そうですね」
「あ、ありがとう」
サレーナさんにはアイテムボックスのスキルはなかったのか、服のポケットにささっとしまった。
「時々、凄く甘い匂いがして…羨ましくて…」
そうでしたか。袋には5枚しか入れてないからなー。
サレーナさんは恥ずかしそうにしながらも、クッキーがもらえたとすごく嬉しそうだった。
「ありがとう、ホントに。…そ、それで、ハイセイの街までだけど…」
うん、まじめな話に戻ろうか。
サレーナさんのおすすめルートを聞かせてもらった。というか、張り切って移動プランを作ってくれた。
それによると、やはりおススメはハウバールの町からクリナード大河を遡る船旅で3日。エックルの町で1泊してカラカル行きの馬車に乗り…とそこから何度も馬車を乗り換え、乗り継ぐルートを教えてくれた。
護衛対象がお婆ちゃんだと言ったこともあり、時間がかかっても身体に負担の少ないルートを作ってくれた。
「ありがとう、サレーナさん。参考にしてみるよ」
途中の町で休憩を1日入れたり、野営の危険が少ない大型馬車を運行している街を選んでくれたりした。だが、安全面重視でプランを組んだ結果、旅程は1カ月以上になってしまった。
「あ、あと…途中で危険な獣情報というか…」
クッキーの賄賂が効果覿面だったのか。サレーナさんは野獣と魔物情報もくれた。
「いやあ、助かりました」
お礼として、この場で食べるためにとクッキーの追加を出す。自分から先に一つ食べると、サレーナさんもドアの方をチラッと見てからクッキーをつまんだ。
大丈夫、ここに来る人の気配はないから。
「い、ただきます」
一口食べて、フリーズ。しばらく固まったと思ったら、小動物かという勢いでクッキーを齧り出した。そんなに慌てて食べたら、喉が詰まりますよー。
かわいい年上女性の慌てぶりに、思わず笑みが…。
マジックポーチからコップを出して、水魔法でほどよく冷えた水を入れて差し出すと、目で「ありがとう」と言った後、勢いよく飲んだ。
「美味しい」
それがクッキーなのか水なのか、分からないほど嬉しそうだ。
「もう1枚食べて、証拠隠滅しますか?」
誘惑してみると、サレーナさんは無言でこくこく頷いて、差し出した2枚目のクッキーを食べた。
俺はちょうど小腹が空いていたこともあり、3枚のクッキーを食べてしまいましたよ、はい。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
お礼を言って最後にもう一袋のクッキーをおまけにつけて、資料室を後にする。
エミナルお婆ちゃんのところに行く前に、部屋に帰ってルートを清書しよう。もちろん、こんなルートをそのまま使う気はない。お婆ちゃんも疲れるだろうけど、俺自身が1カ月もの移動旅なんて…冗談じゃない。
ハウバール町からクリナード大河を遡る船旅で3日。エックルの町で1泊までは採用する。だが、その先の陸路は大きく変更させてもらう。
寝る前にぐっすり眠れる薬だと市販の睡眠薬を飲んでもらって、お婆ちゃんには朝まで6時間眠っていてもらおう。そうしたらカケルで距離が稼げる。
日中は馬車ゴーレムで自動走行にして仮眠をとり、その日の夜にまた夜間飛行。これを繰り返せば5日ほどでハイセイ近くまで行ける気がする。
船旅と合わせると9日~10日ほどの旅行だ。いろいろお婆ちゃんには見聞きしたことを黙っていてもらわなければならないけど、楽にハイセイまでしかも早く着けると言えば協力してくれるんじゃないかな。
そんなことを思いながら、部屋へ戻る。戸締りをしっかりしたら、アイテムボックスからとっておきのメニューでランチタイムにした。




