76話
「こんにちはー」
おっちゃんのところを辞して、次はエミナルお婆ちゃんの家に立ち寄った。
「こんにちはー、エミナルお婆ちゃんー」
何度も呼び掛けていると「しつこいね!」と怒った様子でエミナルお婆ちゃんがドアを開けてくれた。
「こんにちは、今日はお土産を持ってきたんだ」
「…何だい、またあんたか」
マジックポーチから肉の塊を出すと、ぎょっとしたように肉と俺を何度も見た。
「なんだい、それは」
「ブラックベアのお肉。すごく美味しいから、お裾分けにどうぞ」
「あんた…まさかと思うが、ソレ…自分で狩ってきたのかい?」
「そう。肉屋で買ってきたわけじゃないから、遠慮しないで欲しいな」
「前に、うちの屋根を掃除に来てくれた時…登録したばかりだって言ってなかったかい?」
「そうだよ」
はい、と無理やりのように手渡す。あまり大きくない塊、でもいいところのお肉。
「あんた、ランクは?」
服の下に隠していたネックレスを引っ張って、ギルド証を出す。
「青…。もう青になったってぇのかい」
エミナルお婆ちゃんはまじまじと俺を見て、大きくため息をついた。
「とんでもない子だねぇ。僅か数カ月にもならないうちに青になっちまうなんて。うちの子なんて1年経っても黄色に上がるのが精いっぱい。青の2になるのだって、2年近くかかったというのに…」
「お婆ちゃんの子供も冒険者していたの?」
「…入んな。肉の礼代わりに、茶の一杯ぐらいは出すよ」
そう言って家の中に入っていくお婆ちゃんのお誘いを受け、家の中に入らせてもらった。ドアの閂を閉めてから、後を追う。居間に入ると、手作りのファブリックでとても温かみを感じる空間になっていた。
「麦茶でいいね?」
「もちろん。麦茶は好きです」
「先に肉を保管してくるよ。…しかし、おばぁ独りが住む家にこんなにデカい肉を持ってきて、どういうつもりだろうねぇ」
いや、別に料理してもらおうなんて図々しいことは考えてませんよ。チラッと一緒に夕飯を食べられたらいいなぁ…とチラッと思ってますけどね。
お湯を沸かすケトルもなければ保温ポットもない。お茶を飲もうと思ったら井戸水を組み貯めた水を鍋で温めるか、水魔法で出した水を鍋て温めるか…何れにせよ時間がかかるのが普通だ。
「あんた、親はどうした?」
台所からエミナルお婆ちゃんが戻ってきたのは5分以上経ってからだった。
「あー。……いません」
「死に分かれたのかい?」
死んでしまったとしたら俺の方だろうと思う。気がついたらこの世界にいた。死んでしまった気もしないが、だったらどうしてこの世界に来てしまったのか…分からないのだ。
この世界に来てから何度も考えたし、思い出そうとした。でもどんなに考えも分からない。思い出そうにも、気がついたら…角を曲がったら、この世界に来ていた…としか言いようがない。
「育ての親しかいなかったみたいで…そのひとも亡くなりました」
「病気でか?」
あー、そこの設定は決めてなかったな。薬師が育ての親で、借金作っていたから逃げてきた…。じゃあ、なんで死んだのか。
「えーと、事故で。崖から落ちて…」
ということにしておこう。
「薬草採集に出かけた先で…事故、だと思います」
「……そう、かい。うちの次男と似ているね」
「え?」
「次男は休暇中の、旅の途中で死んだ。…ことになっている」
「ことになっている?」
「一緒にいた仲間に見殺しにされたんじゃないかと、思っているんだよ。狼の群れに襲われて、逃げる途中で襲われて死んだと聞かされたけど…遺体も何もない。ギルド証だけ渡されたって、はいそうですかなんて納得できるはずない!」
お婆ちゃんの悲痛な叫びに胸が痛くなる。
「ギルド証だけ? 他の荷物や着ていた服や靴もないの?」
おかしくない?
「そうさ。それだけなんて、おかしい。おかしいのさ、絶対」
衣服は血糊がついてボロボロだったから、遺体は見るに堪えない状態だからと回収を断念した可能性もある。でも、残された遺族にしたら、どんな状態になっていても取り戻したかった…そんな心理も働くはず。
仲間だったんだよね。遺体は持ち運べなくても、遺髪ぐらい持ち帰れたよね? ギルドカードは回収できた状況なのに? お婆ちゃんじゃないけど、もやもやする。
「…台所の様子を見てくるよ」
お婆ちゃんは席を立ち、しばらくして戻ってきた。お湯が沸いていたらしく、麦茶入りのカップを2つ、お盆に載せていた。
「エミナルお婆ちゃん、それっていつの話?」
「7年前になる」
…7年。7年か。もう関係者を探すのは難しいだろうな。
「その仲間だったという人、この街にいるの?」
「いないだろうね。成人してから2年ほどで家を出て、この先のハウバールってとこを拠点にして働いていたんだ。そこで出会ったらしい」
地図スキルで堪忍してみるとセルセラからクリナード大河を利用して水上運搬するための集積地が町に発展したのがハウバールだった。
「そんなに離れちゃいない町だったけど、仕事が忙しいからってろくに帰って来なくなって…それっきりさ」
「…………」
お婆ちゃんが麦茶を飲むのを見て、俺もコップに口をつけた。
「長男さんは?」
次男がいるなら長男もいるだろう。
「長男も、死んだよ。2年前に病気で…」
あ、そう…か。だからエミナルお婆ちゃんはひとり暮らしをしているのか。この分だと、確認しなくても旦那さんも亡くなっていそうだ。
「最後に残ったのは3男だけだが…どこでどうしていることやら」
3男も冒険者か? あ、次男も多分冒険者だったんだろうな。長男が何の仕事をしていたかはっきり聞いてないけど、隣のアパートの管理人でもしていた可能性はある。
「えーと、しばらく…というかいつから連絡ないの?」
「2年前だ。長男のユルシャが病気になって寝たきりになり、冒険者ギルドを通じて連絡を頼んだが…音沙汰がない」
<冒険者ギルドを通じて連絡を頼む…って、どういうこと?>
世界基本知識さんに尋ねてみると、冒険者カードを別の町のギルドで登録するとそこが活動地として記録が残る。ギルドを通じた連絡を頼めば最後の活動拠点に連絡がいく。…らしい。
つまり、俺がハイセイで冒険者登録をしていたとしたら、セルセラに来てカードをギルドで利用すればそこが新しい活動地となり、ハイセイのギルドからセルセラのギルド経由でハイセイにいる人からメッセージが送らてくる。と…なかなかにハイテクなシステムになっている。
「2年も前から、連絡がつかないのか」
だったらその人、長男さんが死んだことも知らないのか。ってか、本人がどうなっているかそもそも分からないって話か。
慰める言葉もないよ。
「だから、冒険者になるのなんか反対だったんだ。なのに、ちっとも言うことを聞きやしないでへらへら笑って…」
「エミナルお婆ちゃん……」
「もう、わたしゃにはあの子しか残っていないのに。生きているんだか、死んでいるんだかも分からないなんて…なんて親不孝者なんだろう…」
…ん?
最後にエミナルお婆ちゃん、なんて言った? 息子さんの名前を呟いた?
「3人目の…息子さんの名前は?」
エミナルお婆ちゃんは俯いていた顔を上げた。
「キリジャだよ」
え? その名前聞き覚えがある。…というか、一人思い当たる人がいるんだけど。
「髪は金髪で、左目の下に2つ、ホクロが並んでる?」
「! どうして…あんた、キリジャと会ったのかい? どこで!」
あー。じっくり見てみると、エミナルお婆ちゃんも金髪っぽい。色が薄くなっているのは、歳を重ねたせいか。
まさか、親子だったとは。
「ハイセイの街で、【フクロウの止まり木】という宿屋の入り婿になってたよ」
ぽかんという顔をして。俺の言葉をじっくりかみ砕いているようだった。
「ハイセイ…宿…入り婿?」
「うん。えーと2、じゃない3か月か4か月ほど前かな。その宿に泊まった時に本人が元冒険者で今は入り婿だって言ってた」
えーと、他に彼のことで知っているのは。
「火力は弱いけど、火魔法が使えると言っていたよ」
冷めた料理を温めるのにちょうどいいと本人は笑っていたっけ。
「…間違いないよ。あの子だよ…生きてた、生きていた!」
ぽろっとお婆ちゃんの目から涙が出たと思ったら、後から後から止まらなくなった。しゃくりあげから始まり、号泣に変わって泣き続けるおばぁちゃんに、どうしようと腰を上げたり降ろしたり。
抱きしめて慰めるには、まだ付き合いが浅い。嫌がられそうで…でも、何かしてあげたくてオロオロした。
実際には見守ることしかできなかったのだけれど、おばあちゃんの泣き声がしばらくすると小さくなっていった。ずずーっと大きな音で鼻をかむ音がした。お婆ちゃんがエプロンの端で鼻をかんだ音らしい。なんて豪快な。
鼻をかんだのとは違う場所で涙を拭いて、泣き腫らした目を向けられた。
「あの子のこと、教えておくれ。どんなことでもいい、お願いだよ」
俺は【フクロウの止まり木】という宿のこと。そこの娘と父親が厨房で料理を作り、おかみさんのもとでキリジャがフロント他、宿の仕事をしていることを話した。
「料理もおいしい宿と有名なところで、宿泊以外の客も多かったよ。食堂の従業員も宿の従業員も忙しそうだったけど、みんな楽しそうに働いていたよ。すごく繁盛してた」
あのおかみさんのバイタリティには参ったよな。
「あの子は、いつ結婚したんだい?」
「あーそこは聞いてない。ごめんね」
もしかしたら聞いたかもしれないけど、覚えてない。
「いや、いいんだよ。…なんで教えてくれなかったのかと…」
そう言って、エミナルお婆ちゃんは悲しそうに俯いた。
「以前はどこにいるかはっきり分からなかったから連絡が届かなかったかもしれないけど、今はいるところがハッキリしているから連絡が取れるよ。もう一度、こっちから連絡を取ってみようよ。ね?」
迷うように瞳が揺れた後、お婆ちゃんは頷いた。
「明日にでも、ギルドに行ってみるとするよ。…ありがとね」
良かった。お婆ちゃんが笑顔になって。
多分、どこかですれ違いがあって、連絡が途絶えただけだと思う。
あの頼りない入り婿が、実の親との関係を切りたくてわざと連絡しないでいるとは思いにくい。性格が歪んでいた印象もない。どちらかと言えば自分が騙されても騙された自分の方がうかつだったと、妬むことなく、恨むことなく、さばさばと気分を切り返えて前を向きそうな人だ。
ただどうしても、奥さんのような頼りになる人が近くにいないかと…きょろきょろして支えてくれる人を必要としている印象なんだよな。
懐かしく思い出しながら、お婆ちゃんちを後にした。
*
「やだなー。…なんか、やだなー」
エミナルお婆ちゃんのところから帰ると、部屋のドアに紙が挟んであった。
差出人はセルビナさんで「明日は朝一にギルドに来て欲しい」という呼び出しだった。
なんか、凄く嫌な予感がする。気のせいかもしれないけど…気乗りしない。
仕事をお休みするよ宣言をして、明後日からまだ行ったことがない方面へ行く予定で、ギルドに顔を出すのは3日後だと…そこまでちゃんと言ってあったのに「明日来てね」とは…。
「ああ、行きたくない」
ゆっくり起きて、ゆっくり身支度して。ゆっくり朝食を食べていたら…コンコンコン。誰かがドアをノックする音がする。
まさかと思いつつドアを開けると…セルビナさんだった。
「え…っと、おはようございます。いま、行こうと思っていたんですよ?」
ほら、着替えも済んでますよ?
セルビナさんは上から下まで俺を見て、小さく頷いた。いま、何かのチェックが通ったらしい。
「行くわよ」
なにやら、急いでいる様子?
「どこへ行くんですか? セルビナさん」
「ギルドに決まっているでしょ」
ああ、はい。そうでしたね。足早にギルドへ急ぐセルビナさんに続く。無言で前を歩くその姿に、ますます嫌な予感が広がっていく。
「こっちよ」
ギルドの正面ではなく、横から裏へと回る道へ誘導される。ギルドの裏口へ行くのかな。角を曲がると箱馬車が止まっていた。
セルビナさんが「お待たせしました」と言った相手は…ギルド長だ。いきなりお偉いさんのご登場だ。
「乗れ」短く命令され、セルビナさんが先に用意されていた馬車に乗り込んでいく。
「なにしてる。お前もだ」
ギルド長に睨まれ、ここで逃げても無駄だと判断した。
「どこへ行くんですか?」
「いいから乗れ」
質問は受け付けてもらえないらしい。
「ヒロヤ君」
はいはい。セルビナさんにまで催促されて、渋々箱馬車に乗る。すぐにギルドマスターも乗り込んできて、中に座っているのはこの3人だけだ。俺とセルビナさんが並んで座ったため、対面型のシートにはギルド長がひとりで座った。
…狭い……
向こうとこちらの膝と膝の間は10センチもない。
錬金術師さんの家に残されていた箱馬車に乗ってみたことがあるけど、あれは広かったな。外観は質素なのと何かの紋章入りと2種類あったが、中はどちらも広くてシートもふかふか。L字シートの前には小さいながらもテーブルがあったし、シートの奥の通路にはドアが二つもあったんだよ。
そう、空間拡張ってやつだ。ひとつはトイレと更衣室かな。で、もう一つが寝室。ベッドが二つもあったのだから、ここはキャンピングカーかよ! って叫んでしまったものな。初めてあれを見た時。
「改めて見ると小さいな」
じろじろ見た挙句の感想がそれかよ、と思った。
確かに俺は小さいよ。ギルドマスターの2メートルはあるかというバカデカい体格の前では、俺なんて小粒だよ。
「ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
バカ丁寧に聞いてやると、あんぐりと口を開けた。
「これ…お前の仕込みか? セルビナ」
「嫌ですね。ギルド長。私が教育する以前から、彼はとても優秀なんですよ」
ギルド長は腕を組み、俺とセルビナさんの間で視線を動かした。
「ま、なんだ。礼儀作法は心配ないってことだな」
「…………」
嫌な予感が当たったみたいだぞ。礼儀作法が必要な場所に行くんだ、これから。
「お、気がついたか。そうだ。伯爵様に呼ばれた。粗相のないようにしろよ」
やはり、か。男爵様の次は伯爵様か。どんどん階級が高くなってきたぞ。
「大丈夫よヒロヤ君。いつも通りで。…という私もお目通りさせていただくの初めてなんだけどね」
全然大丈夫じゃなかった。安心できる材料がない。
顔が引きつってしまったが、時間が経つにつれ嫌でも緊張が解けていく。
「……よく寝れるわね」
そう。こんなに狭い空間。揺れているのをものともせずに寝てしまったのだ、ギルド長が。
セルビナさんと二人で呆れたようにギルド長を見ていたが、目の前で寝られるとなぜかこちらも瞼が重くなってくる。馬車の振動がもっと静かであればつられて寝ていたかもしれない。
「着いた、みたいね」
バームクーヘンのようになった街の中央。3度門を超えて、箱馬車は止まった。
「あー良く寝た」
起こす前に目を覚ましてくれてよかった。




