74話
*
冒険者ギルドに寄り、いつも通りにセルビナさんの受付へ。向かおうとして、先客ありだったので寄り道した。
依頼表を張ったボードの前に行き、下のランクから順に目を通していく。
昼過ぎの冒険者が少ない時間帯。だが、嫌な目つきでこちらを見ている奴がいる。背を向けていてもマップさんが警戒を示す赤にそいつを染めている。
以前にも嫌な目つきで見られたことがあった。俺のマジックバック狙いだと思う。それと、セルビナさんが俺の専属担当をしているというのも気に食わないみたいだ。
無精ひげを生やした冴えない中年男。セルビナさんの前に立つ資格があるかどうかすら分かっていない勘違い野郎だ。
ああいうのに絡まれないためにも、ランクは上げておいた方がいいのかもしれない。
こちらに向かってこようとする気配を感じ、男との接触を避けるためボードの前から受付へ急いで向かった。
「はい、次の方どうぞ」
しばらく待ってセルビナさんに声を掛けてもらえた。
「こんにちは、ヒロヤ君。ご用件を伺います」
「こんにちは、セルビナさん」
チラリと視線だけを後ろに送ってから、声を潜めた。
「今回は少し大きいので、こっそり納品したいです。お願いします」
セルビナさんは獲物が何かと問うこともなく、頷いて離席の看板を出した。
「裏に行きましょうか」
席を立ったセルビナさんと合流し、裏の解体場へ。
「お、久しぶりだな」
解体の講習をお世話になったミンダオの親父が俺たちが来たのに気づいて近寄ってきた。
「解体のバイトか?」
尋ねられ、さりげなく確認すれば…なるほど。若い冒険者が2人いる。まだ卒業前のビギナーズに見えた。
「すみません、こっそり納品をしたかったので我儘を言って来ました」
ほぉという顔をした後「大物なのか?」と小声で囁いた。それに頷きながら「肉が欲しいので半分引き取りたいです。あとは売ります」と囁き返す。
いいですよね? というようにセルビナさんとミンダオの親父の両人を見る。
「あっちに第二解体室がある。そこで出してみろ」
「はい」
ミンダオの親父に続いて隣の部屋に入ると、ここに出せと言わんばかりの大きな台がある。部屋自体は6畳ほどの広さだが、作業台は大きく、吊り下げるクレーンもでかい。
「さあ、出してみろ」
ワクワクした表情を隠さず、ミンダオの親父が顎鬚を擦りつつ催促する。
ここで鳥や兎を出したらげんこつが飛んでくるだろうな。
チラリとそんなことを考えつつ、カムフラージュ用に持ってきた120のマジックバッグから出したふりをしてクマを出す。
「おい。おいおいオイ」
「ヒロヤ君、大丈夫だったの?」
二人の驚きを見て、期待を裏切らなかったと知ってホッとした。
「お肉、半分貰いますからね」
「いや…それは分かってるが…半分も取り過ぎだが……」
ふはーっと溜息をついて、親父は笑った。
「ワニでもこっそり狩ってきたのかと思いきや、ブラックベアのレアかよ」
「…レア?」
以前狩ったキングブラックベアだとまずいけど、これなら普通だと思ってた。俺は慌てて鑑定してみた。
「………」
ホントに名前の後にレアとついていたよ。見れば黒クマなのは分かっていたし、キングでもないと鑑定しなかった。
「これ、美味しい?」
「美味いぞ。ブラックベアより旨味が強い」
「キングブラックベアとどっちが美味しい?」
「そりゃお前、キング…って…」
「まさか、ヒロヤ君!」
セルビナさんに両肩をぐわしっと掴まれた。目を逸らさず、言ってごらんという迫力だ。
「き、聞いてみただけですよ。早とちりしないでください」
「ホントね? ホントにホントね?」
必死に視線をそらさないよう、頑張った。
「ホントですって…」
セルビナさんの手の拘束から逃れた隙に、クマを指さす。
「これだって、すっごい怖い思いをして狩ってきたんですよ。その上なんて…逃げますよ」
「ええ、逃げてちょうだい。キングブラックベアなんてソロで狩るようなものじゃないわ。狩れるようなら銀クラスよ」
えぇー、銀クラスか。当分出せないな。
セルビナさんの顔を見ないよう、ミンダオの親父へと視線を変える。
「お肉の引き取り、明日にはできそうですか?」
「ああ、明日の昼過ぎには用意しておく。…しかし、これはなかなかのものだぞ…」
「どうかしましたか?」
「綺麗なもんだ。こりゃ毛皮の値段も跳ね上がりそうだ」
どれどれというようにセルビナさんも黒クマをあちこち触り始めた。
「傷があるのは首元のここだけなのね」
麻痺だけでなく麻酔も追加でプレゼント。痺れで動きにくく弱らせて、眠気でフラフラし、動けなくなったところを剣で一突き…の偽装をしてある。先に肺にいれた水も抜いてあるし血抜きのあとにクリーンしたので麻痺効果も睡眠効果も抜けているはず。
「これ、もしかして血抜き済み?」
「はい。その方が臭みが残らないと思って、現場で済ませてきました」
あれ、セルビナさんが額を押さえた。
「あのねぇ。ヒロヤくんの趣味が料理というのは聞いているけど…すごい拘りね。さすがだと褒めるしかないわ」
褒めると言いながら呆れている様子なのはどうして? 身体が大きい分、血抜きに時間がかかったが…
「まあまあ、いいじゃないか。新鮮で臭みもない肉は高く売れる。これからも頼むぞ」と言いつつミンダオさんは大笑いだ。
「ヒロヤ君、あのね。血抜き中に襲われたら美味しいお肉どころじゃないのよ。くれぐれも順番を間違えないでね。まずは身の安全、美味しいもお金もそれよりずーっと後よ。いいわね。1に安全、2に安全よ!」
3、4がなくてその後に報酬とお肉か?
「了解しました」
あ、そうだ。
「そのクマを狩ったところから少し離れたところで…オークを見ました」
「なんですって! どこで? どこで見たの?」
「森のずっと奥です。いつも行かないところまで、実は遠征してきたので…えーと…」
セルビナさんとミンダオの親父は素早く視線を交わしてから、俺へ真剣な顔つきで言った。
「ヒロヤ君、詳しい話を聞かせて。2階へ行くわよ」
2階の小会議室に場所を移し、セルビナさんは周辺地図をテーブルの上に広げた。
「これはあまり冒険者に見せる地図ではないから、ここだけの話にしておいてね」
「分かりました」
「で、どの辺でオークを見たの? 1頭だけ? それとも複数?」
「1頭だけです。場所は、ええと…」
この街から錬金術師の家方面に飛んで、そこから…
「だいたいこの辺りです」
「遠いわね。こんなところまで行っていたの?」
「はい。1泊しました」
「嘘ね。2泊したんじゃない?」
断言されてしまった。やはり誤魔化せないか。
「はい、2泊しました」
「やっぱり…」
セルビナさんは溜息をついた。
「どうしてこんな奥まで行ったのかは聞かないわ。でも、こんな奥にソロでいくのは危険なの。担当としてはお勧めできないわ。…死んでしまったら終わりなのよ」
泣きそうな声で言われてしまい、身を案じてくれていると分かるだけに「大丈夫です」とは言えなくなった。
「すみません。どこまで行けるかチャレンジしたかっただけで…無謀でした。やめます。もっと近場にも行きたいところはあるので」
「ありがとうヒロヤ君。自由であるべき冒険者の行動を制限するようなことを言ってごめんね」
「いえ…。心配をかけるようなことをした俺が悪かったんです。すみませんでした」
専属担当している冒険者が死ぬようなことになったら、どんな指導をしていたのかと責任を問われることになるかもしれない。三カ月が経過してからならどんな無茶も個人の責任で話は済むはずだ。
「それで…この場所なんだけど」
雰囲気を変えるためか、セルビナさんの声音がいつものものに変わった。
「こっちの方ならオークの生息地として知られているの。だから多分、若い個体か何かが縄張りから押し出されてきて、この辺までたどり着いた可能性があるわ」
オークがたどったであろうルートをセルビナさんの指先がなぞる。
「で、ついでに話しておくとこちら側の森のこの辺りにワーウルフがいるから、気をつけてね」
「ワーウルフ。この前、狩ってくるように言っていませんでしたっけ?」
「冗談よ。ワーウルフは群れることもあるからソロだと危険よ。まあ、1対1ならヒロヤ君でも狩って来れるんじゃないかと思っているんだけどね。…うぅん、ブラックベアのレアが狩れるのなら、きっと大丈夫ね」
太鼓判を押されても、群れるワーウルフは見つけ次第逃げるか隠れるかでやり過ごそう。お肉も美味しくないならオークの方がマシだ。わざわざ狩る必要はないな。
「この後、ランクを上げる手続きをするから、カードを出して」
「…え?」
黄銅1に上がったばかりだけど?
「え、じゃないでしょ。黄銅にブラックベアをソロで狩られたら困るのよ」
セルビナさんの説明によると、俺が…というか黄銅がブラックベアを狩ったということがどこからかバレてしまったら、俺たちにもできるんじゃないかと無謀なチャレンジをするバカが出かねない、らしい。
ちなみにバカと言ったのはセルビナさんだ。ちゃんとそう言っていた。
狩れる獲物のランクと冒険者ランクとの乖離が大きいとトラブルのもとになる。…と、いうことだ。
「でも…バレる心配なんてないですよね。こっそり、解体も頼んだし…」
「甘いわ。ギルド職員の質も、色々。バイトの若い子もいるしどこで誰が見て聞いて漏らすかなんて、分からないの」
怖いな、冒険者ギルド。というか…守秘義務を頼んだところできっちり取り締まれなきゃ漏らす者は出てくるよな。情報はこの世界でも金になる。
「分かりました。…お願いします」
渋々冒険者カードを提出するとセルビナさんは笑った。
「ヒロヤ君ぐらいね。ランクアップすると言われて嫌そうな顔をするの」
「…だって、早すぎるじゃないですか。まだ登録してから2カ月にもならないんですよ」
「そうね。スピード出世ね」
朗らかに笑って、セルビナさんは俺のカードを手に席を立った。
しばらく待っていてと言われてひとりにされたこの隙に、クマ以外の納品。薬草と鳥入りの袋を用意した。こちらはいつもと同じようなものだから、騒ぎにはならないだろう。
「お待たせ」
足取り軽く、セルビナさんが戻ってきた。
「はい、ヒロヤ君」
受け取って確認すると…青銅1になっていた。
「え?」
黄銅1から2へランクアップだと思ってたのに…。驚いた顔を向けると、セルビナさんはドヤ顔をした。
「専属担当の権限でランクアップできるのは1つだけ。今回はギルドの副長に頼んで、もう1つ上げてもらってきたのよ」
「頼んで…。いや、別に頼まなくてもいいじゃないですか」
「うふふ、いいじゃない。早いか、超早いかの違いよ」
「………」
それってどっちも早いってことじゃないですか。
「それで、そこにあるのがいつもの納品ね?」
「はい。こちらはいつも通りにお願いします」
「分かったわ。それじゃあ、下で査定表を出しましょうか」
席を立ち、一歩を踏み出したところで思い出した。
「あ、そうだ。セルビナさんにお土産があったんです」
「お土産?」
「ええ、これです」
マジックバックの他にマジックバック機能のない普通のリュックも背負ってきていたから、リュックからガラス瓶入り土付きの花を取り出した。鑑定したら虹の花という名前がついていた。ガラスのような薄い花弁に光が当たるとクリスタルのように輝くからこの名前がついたのだろう。
「虹の花っ!」
「ええ、綺麗ですよね。偶然見つけたので土ごと持ち帰ってみました」
はい、どうぞというようにテーブルへ置く。
「…………」
「セルビナさん?」
緊張した様子で花をガン見している。
「嫌いな花でしたか?」
こんなに綺麗だから喜んでもらえると思っていたのに。
「なに言っているのよ! これは幻の花よ!」
…え?
「幻の…花?」
「ヒロヤ君、どこでこんなものを見つけてきたのよ!」
セルビナさんの叫び声を聞きつつ、ああ失敗した…と俺は後悔の嵐に身も心も揺さぶられた。
「ヒロヤ君!」
いや、俺を揺さぶっているのはセルビナさんだ。
「いた、痛いです」
肩に食い込んだ手が痛いって…いや、ホントに。
「痛いですって…セルビナさん……」
*
なんだかんだ、ドタバタしましたが幻の花…いや存在しているので虹の花の行き先が決まりました。
ひとつはセルビナさんのお土産。ふたつは俺のもの。残り6個のうちの半分をここの領主様への献上品に。…おそらく後で対価を払ってもらえるはず、とこの騒動に巻き込まれたギルドマスターが言ってくれました。そう、とうとうギルドのトップが出てくる騒ぎになっちゃいました。
そして残る3つをギルド経由でオークションにかけるということらしいです。俺への支払いはオークション後ということに。
リュックに9個しか詰めてこなかった俺、グッジョブです。単に12個入りのでかいリュックで歩くと目立ちすぎるからやめた、ってことだったんだけどね。
王都のオークションにかけたいがどれほどの期間花が咲き続けていられるか分からないから、この辺で一番大きな冒険者ギルドであるここ主催で、オークションを臨時開催して出品するらしい。
通常の開催期間は数カ月に一度ほど。よほどのものでもない限り臨時オークションは開催されないのだが、今回は例外適応らしい。
招待する商人をどれだけ増やせるかが、オークション価格を釣り上げる肝だと副ギルド長をトップとする専門チーム…そう、今回、臨時チームまでできて…その人たちが、宣伝を頑張るらしい。
俺の分と確保した花をエミナルおばあちゃんとトルドスのお婆ちゃんへのお土産用にプレゼンしようと思っていたが話が大きくなりすぎて、下手に渡せばトラブルになるだけと気がついた。すでに彼らの目の前に出してしまったものをなかったことにはできない。なので2つを追加出品させてもらうことにした。
急な変更は嫌がられることなく受け入れられ、5つがオークションにかけられることになった。
「しかし…どこまでもつのか分かりませんよ」
「大丈夫よ。今回はヒロヤ君が土付きで持ち帰ってくれたから長持ちするはずよ」
「土を常に湿めらせ、乾かないように気をつけてくださいね」
「そうそう。そう教えてもらってから…私にもらった花も含めたお世話をしているけど、どれもが生き生きしているわ」
じっくり鑑定してみると虹の花は嵐の後、晴れた日に花開き、陽の光を浴びた量で透明感を増す不思議な花らしい。そして大雨に打たれた後に咲く花ということで水切れに弱い。土が乾けば花が枯れるのも早くなると気がついてセルビナさんにアドバイスしたのだ。
どうして知っているのかと聞かれて、採取したときの環境から推測したと言い逃れた。
反論はなく、セルビナさんがオークション開始までお世話係を務めることで個人的に虹の花をもらったことが不問扱いになった。
いくら普段世話になっているとはいえ、一担当者に渡すには過ぎたものだという意見がギルド側から出たからだ。
もう一つの特徴、月の光の下で甘い匂いを放つ…の方は夜に特定のメンバーだけが集まって検証した。月の光を浴びてもすぐには香らなかったが、10分ほど待つと少しずつ香りが漂うになり、1時間もするとかぐわしく匂うように変化した。
さらにはこの花は食べられるのだが、これを試そうという者ものはいなかった。ので、俺だけがこっそり、花を摘んだ状態で持ち帰ったもので検証した。
味は…美味しいわけでもなくマズいわけでもなかった。食べられると書いてあっただけで、美味しいとは書いてなかったなと食べた後で思い出した。ただ、食感は良かった。パリパリした感じで、例えるならリンゴ飴に薄くコーティングした飴のようだ。残念ながら甘く香るだけで甘みは全くないけれど。
しかし、どうするか。ゼリーに入れたら綺麗だろうなと密かに思っていたが…気軽にプレゼントしたり売りものにしたりも出来なくなってしまった。一人でこっそり食べて消費するしかない。
そうそう、こっそりといえば…シェルター内の庭に植えた虹の花もまだ元気に咲いている。結構な量を移植したので4つのフィールドに分けて育成実験をしている。
1つは普通の水、といっても水魔法のウォーターで撒いた水。2つめは浄水。3つめは聖水。4つめは街の井戸から組んできた普通の水。
街の井戸水をわざわざ汲んだのは今回、実験しようと思ってからだ。自分で水が出せるようになってからは、水汲みとは縁遠くなっていた。
育て方を変えたことでどんな違いがあるのか。それとも違いはないのか。誰にも経過も結果も話せないからただの自己満足だが、気になってしまったのだから好奇心を満たすために検証を続けている。




