72話
「こんにちは、セルビナさん」
「こんにちは、ヒロヤ君。護衛のクエストが無事完了した報告は昨日、届いているわ。報酬の受け取りはどうする?」
「全額カードに」
「はい、少しお待ちください」
実は冒険者ギルドに登録してから得た報酬はほとんどカードに入れたまま残してある。それに手をつけなくてもお金があるということに加え、ここに在籍している間にどれだけ稼ぐことが出来たのか知りたいという思いから貯めている。
俺の担当であるセルビナさんはそのことを知っているが、一度も「お金を出さなくて大丈夫?」と聞いたことはない。聞かなくても、マジックバッグの複数持ちで装備もそこそこいいものを揃え、魔道具もどうやら持っているらしいとなれば…余計な質問をする必要はないと判断するだろう。
砂糖を使ったお菓子を作ることも気が付いているし…もう言わなくなったけど、本当は貴族の子供じゃないかと今でも疑われていたりして。
「護衛中にオオカミと鳥を狩ってイースクリ商会のギルジェさんに買い取ってもらえたみたいね」
俺は黙って頷いた。
「三人の中で一番報酬が多いから、どうしたのかと思ったわ」
「え…あ、そうか。鳥の分か」
狼は三等分すると決めたが、鳥2羽は俺個人の収入になったのか。
「マーリレン君からも報告は受けているのだけど、ヒロヤ君の担当としては…直接話を聞きたいのだけど、時間はあるかしら?」
「はい。大丈夫です」
お昼前だからか、ギルドのホールは冒険者の数より職員の数の方が多いぐらいだ。
人目が少ないからか、端にある談話スペースで向き合った。
「まずはお疲れ様。初めての護衛任務はどうだった?」
「そうですね。予想していたより良かったことと、予想通り悪かったことがありましたね」
「それぞれ聞かせてくれる?」
俺は良かったこととして、道中にオオカミが出たのは夜中だけだったこと。それも夕食に鳥の肉を焼いたことが原因で獣避けがきかなかったという推測を伝えたうえで、夜間の討伐が出来たことにほっとしたこと。ソロでなく協力することで負担が少なかった利点を挙げた。
「そうね。ソロにはソロの良さがあると思うけど、やはり人数が増えることで協力し合えるし、安心感も違ってくるわ。報酬と安全、どちらも大切なことね」
「半面、やっぱりソロで活動している時のメリットを手放さなくてはいけなくて、やりづらいところもありました」
具体的なことを言わなくても、なんとなく察してもらえたらそれでいい。きちんと説明する気はない。
「そうね。信頼できる仲間を見つけるのは大変よね」
「セルビナさんにおススメしてもらったように、今回の2人とは組みやすくてそこはありがたかったです」
「そう、それは良かったわ。…今後、彼らと組む話とか…出た?」
「いいえ。どちらからも聞いてません」
「そう」
「ただ、また何かあったらよろしくなというような挨拶は交わしましたよ」
「…今はそれでいいのかもね」
「メンバーが変わる可能性はあるけど、また護衛のクエストがあったら受けてもらえる?」
「出来れば…受けたくないですね」
「嫌なことがあった?」
「嫌なことというより…力不足を感じました」
「え? マーリレン君からもカンゼル君からも話を聞いたけど、二人ともすごく褒めていたわよヒロヤくんのこと」
「それは…嬉しいですけど…評価が甘すぎますね」
重力軽減スキルを付与したネックレスでドーピングしてズルしたようなもので、あれがなければ荷馬車の速度についていけなかっただろう。護衛として情けないことに、途中でへばっていたはずだ。
干し肉とパンだけのわびしい食事を我慢したり、寝ないで起きて警戒するというのも出来ればやりたくない。ひとりの時の野営はステルステントや守衛ゴーレムを使う、あるいはシェルターへ逃げ込むなどしてズルが出来る。俺はソロ活動していた方が安心安全で快適に過ごせるのだ。
「経験を積むという意味では貴重な体験が出来たと思いますし、感謝もしていますが…改めて、ソロでのんびりいきたいと思いました」
「…そう…」
仕方ないわね、というようにセルビナさんは微笑んだ。
「分かったわ。無理をする必要はないし、今回のことでランクアップの条件の一つはクリアできたわけだから、しばらくはヒロヤくんの好きなペースで頑張ってもらいましょう」
「えーと、しばらくは…ってところに引っかかるんですけど?」
「そうね、しばらくは忘れても大丈夫よ。適当な時期にビギナーズの引率予定を組むけど、いいわよね」
「…まあ、それは…いつか通る道というか、必要なことでしょうし…分かりました」
紫鉄に上がるまでに必要ということだから、まだまだ先の話だろう。紫鉄までランクを上げたいかといえば、分からない。マジックポーチの30というランクではなく、120…いや、せめて60のマジックバック持ちで魔道具も使っているというのがバレても困らなければ、ランクなんて何でもいい。
うふふというようにセルビナさんが愉しげに笑う。
「ヒロヤくんの考えていること、分かっちゃうわね」
「…え…」
「私のおすすめは一年以内にソロで黒鉄」
「一年以内に…」
黒鉄って、えーと紫鉄の上のランクだったっけ。そしてその上といったらもう銀じゃないか。一人前どころのランクじゃないぞ。銀まで行ったら高ランクの仲間入りだ。黒だって、地方のギルドによってはいないところもあると聞いたぞ。黒でも充分一人前だよ。
「無茶過ぎません?」
「そうかしら。ヒロヤくんなら駆け上がれそうな気がするのよねぇ」
「俺の希望は採集です」
討伐は仕方なくやっているだけ。兎と鳥は食べるために狩っているだけ。
「もったいない。ワニを狩れるわけだから、ワーウルフやオークにも挑戦してみない?」
その辺を散歩してくるように勧めないで欲しい。
「この辺だと滅多にオークが出ないから、少し遠出することになってしまうけど」
ワーウルフは近場にいるのかよ。心の中で毒づいたのに反応したのか、地図スキルさんがワーウルフの生息地とされる辺りを薄ピンクで囲って教えてくれた。
日帰りは無理でも、行って行けない距離じゃないわけか。…行かないけどな。
「行きませんよ。偶然遭遇することになっても、逃げ帰ってきます」
「オークのお肉、油が甘くてすごく美味しいのよ。ヒロヤ君が狩ってきてくれる鳥より高値で売れるわよ。食べられる部分が多いから」
やっぱりオークって美味しいのか。
ってか、この世界のオークはファンタジー物のあれとはちょっと違う。二足歩行ではなく、四足歩行の豚に牙が生えている。
問題はデカいこと。元の世界の2倍以上デカくて、狩れてもマジックバッグ持ちでないと持ち帰れない。牙猪と違って毛皮はないが、皮下脂肪が分厚くてなかなか大変らしい。
歯が立たないということでいえば、アブラの木も大変だった。あれ、ランク的に言えばどのぐらいなんだろう。
余計な質問はしないけど…と思ったら、世界基本知識さんがそっと教えてくれた。
あれをソロで倒せるなら銀にもなれるって。それはないよ。知っててあれをとりに行くのを勧めたわけ? マジ? ひどいよ、止めてよ。教えてよ。
ちなみに、陰竜をひとりで倒せるのは金ランク以上だって? 白ランクは伝説級? 目指してないよ。俺は採集中心でいくんだから。
セルビナさんが何かしゃべっていてた気もするが、聞いていない。返事もしなかったんだから、何も同意してないからな。
「あ、明日から3日間、いえ4日休みます」
「え?」
「いろいろやりたいこともあるし、のんびりしたいので休みます。5日くらい経ったら来ます」
休日宣言して、とっととギルドを後にした。
よし、錬金術師さんの家にエスケープしよう。あそこならだれにも邪魔されずにのんびりできる。
部屋には戻らず、そのまま俺はセルセラの街を後にした。
*
「ただいまー」
森の中の錬金術師さんの家に戻ると、出迎えてくれた守衛ゴーレムをちょちょいと一部変えて、頭に小さい飾りを付けた。
右側に花の飾りがマモル姉。左側にリボンの飾りがマモル妹と命名する。マモルという基本ネームは変えなかった。これまでそう呼び続け来たこともあるし、あれこれつけなくても区別さえついたらそれでいい。
ゴーレム核の魔石に減った分の魔力を補充しておこうとして、ほとんど減っていないのに気が付いた。侵入者が来なければスリープモードと変わらないのかも。自然放出する消費は気にしなくてもいいみたいだ。助かる。
「さぁて、何からしようかな」
一度やることリストを掻き出した方がいいかも。
リビングに腰を据えると、紙とペンを取り出した。
「えーと…」
▼麦芽糖を完成させる。
発酵途中でアイテムボックスの中。
▼保存食を作って貯めておく。
おにぎり(味付けなし、塩だけ、肉入り)。パン(基本の丸パンとジャム・ナッツ入りなど数種類)。サンドイッチ。スープ(煮込む野菜を変えて数種類)。焼肉(鳥・ウサギ・ワニ・シカ)。マヨネーズ。とんかつソースっぽいものの試作。焼肉のタレっぽいものの試作。カップケーキ。クッキー。パウンドケーキ。プリン。ゼリー(桃、オレンジ、ライチ味)。ガレット(肉巻き・フルーツと生クリーム)。ジャム数種類。ドライフルーツ数種類。
「確か、バターは牛乳を振って脂肪の塊と低脂肪乳に分離させるだけだったっけ。分離…錬金術で何とかなりそうだな。店売りは無塩バターだから、岩塩でまろやかな塩味を加えたバターが欲しいんだよな」
▼生クリーム。
「生クリームも牛乳から作れたはず。遠心分離機で分離する? バターとどう違うんだ? えーとえーと…分離した残りが脱脂乳だった記憶がうっすらあるけど…これも錬金術で試してみるか」
▼キャラメル。
「キャラメルは食べたいけど、作り方わからないんだよな。牛乳を使うことは覚えているんだけど、牛乳を温めるだけではなかった。何か材料があったはずなんだけど…。転移物のノベルズで読まなかったんだよな。書いている人もいたんだろうけど…」
▼チーズ
「牛乳といえばチーズだよな。チーズ作りにはレンネットが必要。だけどレンネットの代わりに使えるのがレモン汁、オレンジ果汁、酢、グレープフルーツ果汁とかだったはず。この辺は小説で描いている人も多かったんだよ。ヨーグルトと書いていた人もいたけど、ヨーグルトの作り方は知らない。あれっていろんな菌のものがスーパーで売っていたけど、個人で出来るの? 身の回りのもので出来るとしたらなんだっけ? んー、興味を持って調べておけばよかった」
こうして書き出してみると、食べ物関係だけでも作りたいものがかなりあるな。
「えーと、食べ物以外というと…」
▲残ったアブラの木からオイルを採油する。
▲石鹸作り(前回作ったのとは違う香りのもの)
「香りを変えるとなると、精油も用意しないと…」
▲精油作り。(これまでに採取した花やハーブ、柑橘など)
▲ポーション 初級や中級。材料に余裕があるもので練習して技術を上げるのも良。
▲獣除け・虫よけ・保湿クリーム・傷薬などを作り置きする。
「冬までに乾燥対策用に保湿リップも作っておいた方がいいかも」
冬の寒さが分からないけど、唇が乾燥しすぎて割れると痛いんだよな。
▲アクセサリー類。
「アクセサリーを作るのって、鋳造スキルや他のスキルの練度上げにもなるんだよな。作るのも楽しいし」
ハタッと手を止めて、改めて考えてみた。
生産系だけでなく、それぞれの魔法の練習も必要だ。コントロールが良くなれば、発動速度が上がったり威力が増したり、消費魔力を減らせる可能性もある。ラノベが教科書ってどうなのかと思わなくもないが、使いこなすために練習するというのは間違っていないと思う。
◆スキル上げ。
火魔法、水魔法、風魔法、聖魔法。薬師スキルに鋳造スキル、鍛冶スキル、細工、革製品作成、裁縫。
「料理スキルはけっこう上がった気がするから、これは意識しなくてもいい気がする。裁縫も手縫いが早くなった気がするし、小物が出来るレベルになっていればいいだろうからトレーニングのことは考えなくてもいいかも」
リストの裁縫の上に線を引いて削除した。
「革製品作成スキルはカバンを自作できれば十分か。頑張れば靴も作れるかもしれないけど、既製品を買うのでいいかも」
んーと、他には…
「あ、勉強! 錬金術の本を読んで勉強しなきゃ」
さらっと読んだ本もあるし、まだ真っ白いページもある。一通り読んでも理解が浅く、実際に作るレベルにないと感じるものもある。
リストの最後に錬金術の本で勉強と書き込んだ。
「もう他にはないかな。ま、思いついた時に書き込んでいけばいいか」
さて、どれから始めよう。
「…と、その前にトイレだ」
リビングからトイレへ移動した。




