71話
無事に狼4頭はギルシュさんに買い上げてもらえることになった。報酬に上乗せして後払いになるようだ。
朝はライ麦パンと干し肉だけの食事だった。デザートに桑の実みたいなものがもらえただけでも上等なのだろう。歩きながら持参した水で流し込むように食べる。フリをして、しっかりおにぎりとデザート代わりの干しアンズも追加で食べておく。
野営地を6時半ごろ出発し、10時過ぎには2つ目の村、レリーへ着いた。こちらは周りを囲う塀も柵もない村だった。バーンヤより住人は多そうだが、農地は少ない。
ここでも俺たちの休憩時間は4時間だ。マーリレンとカンゼルは広場の片隅にとどまったが、俺は彼らに声を掛けてから沼の近くを散策することにした。村のはずれにあった沼は俺が予想していたよりも大きかった。
村に行商人が来たということで多くの村人は広場に集まっている。しかし、買い物をする予定がない人たちなのか、ポツリポツリと沼の近くで作業している者もいる。
沼の水際に近寄ってみると、透明度が高いことに気がついた。水量も多いし、沼と湖の違いって何だっけと考えてしまったほどだ。
「こんにちは」
汚れた服を着た、8歳くらいの男の子を見つけて声を掛けてみた。
「誰?」
目つきの悪い子供だな、と思ったがにっこり笑って答えた。
「行商人を護衛してきた冒険者だ。なにしてるんだ?」
「見てわかんないのかよ」
「んー。貝をとっているのかな」
「分かっているなら聞くなよ」
「それ売り物?」
「違う。今夜のメシ」
冬ではないだけましだろうが、貝を採るためには水の中に入る必要がある。裸足で水際に立っていた男の子が脱いで揃えてあった靴の近くに戻った。
見た目、着ている服は汚い上にボロい。親が近くにいない理由を聞くのはやめておくか。
「それ、パンと交換できる?」
聞いてみると、えっという顔をした後、じいっと俺の顔を見てきた。
「パンってどのぐらいだ? ひとかけらか?」
蛤ほどの大きさの貝が一握りだから、パンまるごとだと思わなかったようだ。
「違うよ。パンひとつ」
ライ麦パンをマジックバックからひとつ取り出すと、子供はポカーンと顎を落とすぐらいに驚いた。うん、いい反応。これだけ驚いてくれたら、おまけをつけたくなる。
「さらに追加でその桶の中の貝とこのパンひとつ交換でどう?」
子供は急いで手にしていた蛤を桶の中に放り込むと、俺が差し出したパン2つをひったくった。
「貝はやる。でも桶は返せ」
「分かった。ちょっと待ってね」
マジックバックから代わりの桶を取り出すわけにはいかないので、防水加工された袋を取り出して蛤を入れ、空になった桶を子供に返した。蛤はまだ生きているのでポーチには入らない。腰ベルトに括りつけて袋を吊り下げる。
「はい、返すね」
ポカーンとして、空っぽの桶を見ているだけでなかなか手を出そうとしない。仕方なく、桶は地面に置いた。
「な、なぁ…それって魔法か?」
「これはマジックポーチというんだ。見かけより多くの物が入る。高いけど、冒険者になったらこれがあるのとないのとでは随分変わる」
「マジックポーチ。…それがあったら、いろんなものが入るのか?」
「そうだよ。解体用のナイフとか、パンとか入れておけるんだ」
男の子はごくりと喉を鳴らし、じっと俺を見上げてくる。
「…なぁ、冒険者って、誰でもなれるんか?」
「登録が出来るのは10歳からだな。仮登録という扱いだけどちゃんと仕事を斡旋してもらえるし、13歳までの仮登録中の子供用に、冒険者ギルドにある部屋を貸して貰えるらしい」
「部屋を貸してもらえるのか! 誰でもか!」
「んー、少なくとも俺が冒険者登録したセルセラの街の中央ギルドではそういう説明を受けたよ」
「セルセラの街にさえ行けば…。中央冒険者ギルドで部屋が借りれる」
なんとなくそうじゃないかと思ったけど、生活に困窮していそうだな。もしかしたら親がいないのか?
「もし冒険者になりたいと思っているのなら、体力をつけた方がいい」
冒険者は身体が資本だ。
「そして出来れば、読み書きも習って簡単な計算も出来た方がいい」
悔しそうに唇を噛みしめる男の子のその表情で、学習が難しい環境だと分かる。
「読み書きと計算を勧めるのは悪い大人に騙されないため。これは忠告だよ。冒険者に限らず、自分の力で生きていくには騙されないように気をつけるんだ。隙を作るな。騙されて変な契約をさせられてひどい目に遭いたくないだろ?」
分かるだろ? 無力な子供のままでいられる環境ではなく…守ってくれる大人がいないのなら、より一層慎重に自分自身で身を守らなきゃいけない。
「なんで…そんなこと教えてくれるんだ。同情か?」
「そうかもな。俺にも…もう俺を守ってくれる両親はいない」
子供はハッとしたように息を飲んだ。
「この世には悪い大人もいるけど、いい大人もいる。頼れる人には頼ってもいい。どう生きるか決めるのは大変だろうけど、頑張れよ。頑張って生きている人は多くいる。お前ひとりじゃない」
そう、俺も頑張っている。突然見知らぬ世界にやってきて、家族と引き離された。守ってもらえた環境から放り出された。
誰にも守ってもらえず、自分で全部するしかなくなった。
幸い、召喚スキルとアイテムボックスという凄いスキルがあったおかげで何とかなっているけど、心細さは消えないし、不安が完全に消えたわけでもない。
この世界に突然来た時のように、また突然別の世界に放り出されたらどうしよう…なんて不安に駆られてしまうこともある。
「あんたもひとりなのか…」
溜息をつくように、子供は泣き出しそうな顔を必死に隠した。
栄養が足りてないせいか、腕も足も心配になるほど細い。年齢の平均より、背も低いのかもしれない。頼りない肩を引き寄せ頭を撫でてやりたい衝動を抑え、気丈に振る舞う少年と視線を合わせる。
「…ありがとう。あんたが教えてくれたことは忘れない」
この世界に生まれても、ひとりであがいて生きている子供がいる。ただ生きるのに必死な子供がいる。この子に自分を重ねるわけじゃないけど、励まされた気にはなる。俺も頑張ろうという気にはなる。
俺はマジックポーチからただの小袋を取り出し、財布から大銅貨を2枚入れて差し出した。
「これをやる。服のどこかに縫い付けるか何かして、隠しておくといい」
「…こんな大金…いいのか?」
「セルセラの街に入るのに必要な金だ。分かるな。それがないと街の中に入れない。街に入れなきゃ冒険者ギルドにも行けないからな」
子供は木桶にパンをいれてから、両方の手でしっかりと小袋を受け取り、大事そうに握りしめた。
「あり、がと…」
「それを使ってしまったら、自分で稼ぐまで街には入れない。気をつけろ」
「…分かった。誰にもとられないよう、隠しておく」
よく見ると顔色が悪い。栄養が足りていないと分かる目元や頬から必死に視線を離す。
「そろそろ戻らないといけない。仕事で次来るかどうか分からない。…頑張れ、自分のために」
「うん。…ありがとう」
うわ、半泣きの声だ。まずい、もらい泣きしそう。
見てはいけないのに、自然と視線が戻ってしまった。
俯きそうなのを必死にとどめて俺を見上げてくる瞳に、うるっとくる。
「名前、あんたの名前…おし、えて…」
うわ、泣きそう。俺も泣きそう。
「…ヒロヤだ。じゃあな」
これ以上はまずい。もらい泣きする、と急いで背を向けた。
「おれ…おれは……」
多分、名前を言ったのだと思うが涙声なのと小声なのとで聞き取れなかった。聞き返しに戻ることも出来ず、そのまま男の子から立ち去った。
こんな顔のまま戻れない。広場へ向かって歩きながら、必死に深呼吸を繰り返し、気持ちを静める。
「………」
ああ、こんな出会いがあるなんて思ってなかった。薄々気が付いていたけど、この世界はなかなかに厳しい。義務教育なんてものはないし、生活保護制度もない。
借金が膨らみ、奴隷になるしかない人達もいる。それでも救いが全くないわけじゃない。自分の借金を返すことが出来れば、奴隷から開放してもらえる。
でも、出来れば奴隷に落ちる前に…ギリギリのところでも踏ん張って欲しい。あの男の子が目指すように冒険者ギルドに辿り着けたら、10歳から仮登録してもらえる。それからは自分で体を鍛えたり、戦う技術を身につけたり、採取のために学習したりしなくてはいけないが頑張れば…頑張ったら頑張った分だけ未来に続く可能性がある。
「ヒロヤ!」
迎えに来てくれたのかマーリレンが手を振っている。カンゼルも隣で微笑んでいる。
もう休憩は終わったから仕事だぞ、というように気を引き締めて歩き出す。
「遅くなった? ごめん」
「いや、大丈夫だ。…ギルジェさん、この村でオオカミを3頭売ったみたいだぞ」
「そうなのか?」
答える声が妙に震えてないといいな。涙を流さず、ギリギリ堪えることはできた。
「俺たちから買い上げたより高く売りつけるんだから、さすがだよ」
「商人だからな」
「荷馬車で運んでもらわなきゃ持ってこれなかったんだから仕方がない」
「ま、そうだな」
マジックポーチ30は30×30サイズで、小さいスーツケースほどの容量しかない。体長1.5メートルの狼はさすがに入らない。
俺たち三人は軽口をたたきながら広場へ戻り、行商人たちの荷造りが終わるのを待ってレリー村を後にした。
*
「お疲れ様でした。君たちにお世話になれてよかったよ」
セルセラの街に戻ってきたのは18時過ぎ。辺りは暗くなりかけている。帰り道は途中まで順調だったが、寝不足が原因なのか行商人の兄弟二人ともが馬車酔いになってしまって、時々歩かせたからすっかり遅くなってしまった。
「お疲れ様でした。…こちらこそ、ありがとうございました」
門を入ってすぐところで解散。商人親子と若い行商人の4人連れとはここでお別れだ。
無事に護衛任務が終わったという解放感にホッと溜息が出た。
「二人ともどうする? 俺はこの後、ギルドへ行って報告してくる」
マーリレンは完了のサインをもらった依頼書をぴらぴらと振ってから、マジックポーチに入れた。
「すまんが頼む。俺の分は明日にでもカードに入れてもらいに行く」
カンゼルがそうするなら、俺も楽させてもらおう。
「同じく。明日ギルドに顔を出すよ」
「分かった。それじゃあ、解散な。ふたりとも、お疲れー」
「お疲れさまー」
「またなー」
あっさりと二人と別れ、俺は部屋に戻ることにした。
初めて受けた護衛任務。問題なく終わったので依頼は成功といってもいい。
ただ、どうしてももやもやが消えないのはレリー村で出会った男の子のことが頭から離れないせいだ。
あの子がセルセラの街に来る頃には俺はもうこの町にはいない。セルビナさんとの専属契約が切れる三カ月先…実際には三カ月は切っているが…この町を離れるつもりでいる。
冒険者家業をこのまま続けるかどうかは不明だが、すっぱりやめる気もない。自分で薬草を採取するのは好きだし、ポーション作りも好きだ。錬金術で何かを作ることも好きだし、いつか自分の店を持ちたいという欲もある。
身体がひとつしかなくて、でもやりたいことはいっぱいあって自分でも欲張り過ぎだと思うこともあるけど…この世界に来て、学生という身分は強制終了になった。魔法がある世界だから目いっぱい魔法を使ったりスキルを使ったりしたい。
出来ることをやりたいというのは今の俺にとっては生きる力、活力になっている。ともすれば後ろ向きになってしまいそうな現実から、楽しみを追い求める未来に顔の向きを変えるためにも、欲張り続けたい。
「ただいま」
誰もいない部屋で呟く。お帰りを言ってくれる人は誰もいないが、この部屋は俺が自分で手に入れたスペースでもある。居場所でもある。
居場所があるというのは安心感につながる。
「何はともあれ、疲れた。…今日こそは風呂に入って、明日は心行くまで寝坊しよう」
風呂に入ろうと思ったら、腹の虫が鳴いた。
「そうか、風呂の前にご飯だな」
帰り道。歩きながらカンゼルにもらった乾燥ココナッツとマーリレンにもらったドライイチジクに似たものを齧って空腹を誤魔化しながら帰ってきた。ちゃんとした食事は帰ってからするつもりでいたから、こっそり美味しいものを食べることもせず我慢したのだ。
「何にしようかな」
部屋の中で食べるのだから、匂いも気にしなくていい。
「うん、ガツンと焼肉だな」
ここは鶏肉でも兎肉でもなく、久しぶりのシカ肉にしよう。ユニレシア大陸で狩ったオオツノ鹿はすでに解体してある。
ジャッカル、サイ、巨大カエル、サーベルタイガー他はまだ手を付けてない。ジャッカルとサーベルタイガーの皮は綺麗だから結構な値で売れそうだけど、気軽に出せるものじゃない。
基本、あの大陸で手に入れたものは隠しておくつもりだ。もちろん、解体済みのオオツノ鹿の角や肉も売る気予定はない。
「綺麗な赤味なんだよなー。焼肉のタレが自作できればいいんだけど…あれ、何からできてたんだろう」
良く知っている味だけど、作り方が分からないものは多い。何気なく食べているだけだったのを反省するが、もう遅い。
照り焼きソースに近いソースが出来ただけでも良しとしないと。マヨネーズも自分用に作ったし、麦味噌…はまだ買えていないけど、売っている村は分かっていてそのうち行く予定。醤油は似たものがあるし、とんかつソースは…あれ、どうやってできていたんだろう。
カレーを再現している異世界物も結構あったよな。おかげで元になるスパイスはなんとなく分かる。分かるが…簡単には手に入らなさそう。コショウですら高いんだよな。砂糖も気軽に使えないし。
砂糖といえば、麦芽糖作り。時間がなくて途中で手を止めてアイテムボックスに放り込んである。
麦芽糖どころじゃなかったからなー。苦労して切ってきたアブラの木からオイルを抽出するのを優先したから。
幸い錬金術を使えば採油は難しくはなかった。が、オイルが手に入ったからとそのまま石鹸やシャンプー作りに走ったからなー。反省はしているが、後悔はしていない。
あれこれ考えつつ夕飯を食べ終えて、食後のデザートに桃をチョイスした。これもまたユニレシア大陸で採ってきたフルーツだから味が濃いい。甘くてジューシーで、こっちの大陸で買った桃とは一味も二味も違う。
「特別な日のご褒美だな。貴重だから、大切に食べよう」
こんなに味が違うと知らなかったから、向こうの大陸にいた時は全く気にせず食べていた。
シェルターに移動して風呂だけ済ませると、寝落ちする前に部屋に戻ってきてベッドへ直行。昨日は短い睡眠時間しかとれていなかったから、すぐに寝付いた。寝てしまっていた。




