70話
バーンヤ村に滞在したのは予定通り4時間ほど。販売はセントア主体で、今回初参加の兄弟はお手伝い…といっても、普段から売り子の経験はあるらしく慣れた感じで村人の対応をやっていた。
ギルシュさんの姿はなかったが、出発前に村長っぽい人と戻ってきていたから、何か打ち合わせとか仕入とかをしてきたのかもしれない。
村を出て、坂道を下る。馬もいい休憩が出来たのか元気いっぱいで、荷馬車は行きより早く下っていく。
坂道を下りきって元の石畳みの街道に戻ってきたときにはホッとした。遅い昼ご飯は歩きながら済ませるというものだった。なるほど、干し肉とパンを齧るだけになるな、歩きながらだと。
硬いパンをちぎって食べるフリをしてアイテムボックスに収納。密かに口の中に入れたおにぎりを食べたり、水を飲むふりをしてこっそりポーションを飲んだりと…あれこれ誤魔化せたから、歩き飯は俺には都合が良かった。
荷馬車の中はなかなかに賑やかだが、俺たち護衛は黙々と進んで…まだ周囲が明るいうちに野営地に到着した。
今度もかまどで火をたいた跡地を利用するみたいだ。どうやら街道沿いにこういった場所が定期的に造られているみたいだ。
遠出する時は空を飛んでばかりの俺は知らなかったが、このへんのことは旅をしたことがある者には常識だったかもしれない。
「カーメル、水を入れてくれ」
父親の声が聞こえてきた。 兄の方は水魔法が使えるらしい。馬の世話をしているのはセントアと弟の方。近くにカンゼルが護衛するように立った。兄は食事の準備も任されているらしい。
「なぁ、ヒロヤ」
ギルシュさんと何やら話してきたと思ったら、マーリレンがやってきた。
「この辺で何が獲れるかは俺も知らないんだけど、ちょっとだけお試しで森に入ってみてくれないか?」
「え?」
「ほら、このぐらいの時間だとそろそろ鳥がねぐらに戻ってくる時間だろ? 上手く捕れたら料理してくれるというからさ。ダメもとで頼めないかな」
俺が定期的に鳥を狩って納品しているということは、いつの間にか広まっているようだ。
「ダメもとならかまわないが…傍を離れても大丈夫か?」
「この辺だと大物は出ないと思う」
どうするかな。マジックバッグの中には兎も鳥もたっぷりあるから、とりたてだとこっそり森で出してくればバレない気もするが…
「分かった。なにも獲れなくても文句言わないでよ」
「ああ。気をつけてな。待ってるぞ」
それって、絶対に獲って来いって言っているのと変わらないよな。
まあ、いいけど。
野営地から15分ほど歩いて森へ入る。マップで確認すると確かに鳥はいる。いるが、歩きだと行きつくだけで10分かかるぞ。往復だと20分だ。大人しく待っててくれるかなぁ。
森の中、半径3キロに人はいない。それなら、とフローティングボードを出して目的地まで一直線に飛び、さくっと3羽狩ってきた。チャボぐらいの大きさでまるまるしているから食べごたえがある。
麻痺を塗布したピアッシュを風魔法で強化して投擲すれば、最近は百発百中だ。遠視スキルも働かせているから、逃げようとしたところを追尾するのもわけない。
血抜きナイフで血抜きを済ませたら一度アイテムボックスに保存。せっかく一人になれたこのチャンスを利用してトイレを済ませておくのを忘れない。
森から出る前にフローティングボードから降りる。
7人いるけど、2羽もあれば夕飯の足しには充分だろう。鳥の足をそれぞれロープで括り、浄化で麻痺毒を消してから獲物をぶら下げ…15分ほどで森から出る。
「すごいな、お前」
カンゼルもマーリレンから聞いていたのか、俺が森から帰ってきても不思議そうにはしなかった。ただ、ただ俺が手にした鳥をガン見している。
「偶然、近くに獲物がいてくれたので助かったよ」
「見事な腕前だね! 狩人たちも使っているという装備を君がしているとマーリレン君から聞いていたが…素晴らしい腕前だ」
ギルシュさんが手放しで褒めてくれた。
「ぜひその鳥を買わせて欲しい。肉の方は料理して今夜出すよ」
「ありがとうございます」
買い取ると言ったギルシュさんではなく、手を出してきたセントアに鳥を渡す。彼はかまどの側まで行くと、手慣れた感じで羽をむしって下処理を始めた。その様子を兄弟たちは珍しそうに近くで見学している。あれ? 兄が料理番だと思っていたが…さすがに解体からは出来ないのかも。
セルビナさんにはパンと干し肉だけでもがっかりしないように言われていたが、焼きたての鳥が振る舞われたことで満足のいく夕飯になった。やっぱり暖かいものを食べると満腹感以上の幸福感が満ちる。
料理のためにたき火を炊いたが、寝る前に消した。獣除けの香は焚いてあるが、肉を焼いたことでオオカミを呼ぶことになったかもしれない。
マーリレンと見張り番をしていると、2キロ先にオオカミが3頭。森から出てきたのがマップで確認できた。
こちらの明かりはマーリレンとの間に置いた小さな魔道ランプのみだ。月の光が明るいし、夜目スキルがあるからランプ無しでも大丈夫なのだが、警護対象者が安心するから魔道ランプを使うらしい。
夜中に目が覚めて真っ暗だと、護衛の冒険者がいるかどうか分からなくて商人が不安になるのだと言われたら、獣に位置を教えるようなものだからランプは消したいとは言えない。
馬も寝ている時間だ。聞こえてくるのは寝ている人間のイビキだけ。
お互いの間に置いた明かりで、互いが寝ていないことを確認しながら黙って周囲を警戒する。
これ、マップがなかったら、凄い不安だったろうな。
夜目スキルも100メートル以上先までは見通せない。その向こうに獣が潜んでこちらを狙っていても見えないのだ。
2キロが1キロになったところで1頭の馬が目を覚ましたらしい。プルルと鼻を鳴らした。もう1頭も起きたのか、微かに身じろいで耳をぴくぴく動かしている。
「………」
マリーレンが警戒を強めたのが分かった。まさか、気が付いたのか?
狼との距離が500メートルになったとき、マリーレンが立ち上がった。この距離で気が付くのかよ、と驚いたが彼が注目しているのは馬だった。
「ヒロヤ…」
囁く声に、俺も立ち上がった。
「何か、いる?」
「分からないが、警戒した方が良さそうだ」
「どっち?」
距離300メートルになったところでマリーレンは気配を捉えたらしい。優秀だな。まだ視界では捉えられない距離だぞ。
「多分、オオカミ。向こうから来る」
耳を澄ますと、微かに気配を音でも捉えることが出来た。
「複数いるな。多分、3。俺が先に出る。後ろは任せた」
マーリレンは落ち着いた様子で指示を出してきた。
「分かった」
応えたところで、ものすごい勢いで走ってくる狼の姿を俺の目も捉えた。
先頭を走る狼目がけて立て続けにピアッシュを投げた。ひとつは足の先を掠めただけだが、もう一つは首の下に深く刺さるのを見た。
麻痺を塗った方を投げたからか、勢いがガクッと落ち、地面に勢いよく倒れた。後ろからに走ってきていた2頭目がその横をすり抜ける。
マーリレンも走って狼に向かっていく。2頭目は…間に合わない。
俺は最後尾の3頭目を標的にしてピアッシュを投げた。だがひらりと軽くかわされてしまう。鳥よりデカい体でやるな! と感心しつつ、着地と同時を狙って立て続けに2本投げる。片足と肩に2本とも刺さったが、勢いは衰えない。これ以上は近すぎると俺も剣を抜いた。
「…っと…」
いそいで剣を抜いたものの、3頭目もマーリレンによって切られていた。
首をぱっくり切られた2頭はもう死んでいるだろうと判断し、ピアッシュの麻痺でもがいているもう1頭の狼に近づいた。毛皮のために首元を一突きするだけにしよう。
「お疲れさん。ヒロヤが落ち着いていてよかったよ」
「お疲れ。マーリレンが頼りになるから、安心できた」
「頼りになるのはどっちだよ。ピアッシュを2頭に投げてくれただろ。勢いを消してもらったから、簡単だった」
褒め合って、ふふっと笑う。
「ところで、これどうする? 血抜きする?」
血抜きされていないと肉が臭くなるので、肉が売れないものでも可能であれば血抜きしてあると嬉しいと解体している者が話していた。
「ああ。その方が評価も心証も良くなるしな。時間もあるし…。ヒロヤ、血抜きナイフ持ってるか?」
「ある。そっちは?」
「俺も持ってきてる。マジックポーチを手に入れる前は荷物を減らすこと優先だったけど…あるとやっぱりいろいろ入るし、便利だ」
「だね」
二人で手分けして血抜きだけ済ませる。
「ごめん。2本行方が分からなくなったから少しだけ探してきてもいい?」
「いいぞ。見つからなかったら、朝早くに探せばいい」
「そうだね。予備はあるから、明るくなってからにするか」
手足をロープで縛り、二人で1頭ずつ運んで一カ所に集めておく。血抜きはしたが、血の匂いが完全になくなったわけじゃないから、みんなのいる場所から少し離しておく。
「防水布を掛けておいて、獣避けをここにも焚いておく」
「…わかった」
引き続き見張りを続け、カンゼルを起こす時間になった。カンゼルとマーリレンが交代し、俺は引き続き見張り番だ。
3頭のオオカミに襲われたが2人で討伐したことだけ、報告しておく。
「そうか。お疲れさん」とねぎらってくれた後で「ビビらなかったか?」とからかわれた。
「ちょっと怖かったけど、マーリレンが2頭ひきつけてくれたから、何とかなった」
「そうか。1頭だけでも倒せたなら大したものだ。明るいときと違って、夜の討伐は大変だからな。俺は初めての時ビビッて、それから盾を持つようにした」
「盾でガードするのも怖いよ。力がないと押負けるし…出来るだけ近づきたくないから、俺は投げナイフ代わりにピアッシュを使ってる」
「中距離攻撃の手段があるのはいいよ。戦いの幅が出る」
一日近く一緒にいると、話しやすくなる。少し離れているとはいえ寝ている人たちの邪魔にならない程度の小声でぽつぽつと話しているおかげか、深夜を回っても眠くならなかった。
「そろそろ交代時間だな。マーリレンを起こして、交代してくれ」
「分かった。仮眠をとらせてもらうよ」
マーリレンを起こし、俺は荷馬車の近くでマントにくるまった。眠れないのは分かっていたが、少しでも疲れをとるために目を閉じる。
※何かあればアラームでお知らせしますから、安心してお休みください。
そう言ってくれたのは誰の声だったか…考えているうちにすうっと暖かな眠りの闇に引きずり込まれていった。
*
「ヒロヤ、朝だ」
揺り動かされて、朝が来たことを知る。
「ほら、2本だったな」
明るくなってから探してくれていたのか、マーリレンがピアッシュを地面に置いてくれた。先端には麻痺薬が塗ってあったのだが、触ることはなかったみたいだ。ホッとした。結果オーライで黙っておこう。
「おはようマーリレン。回収してくれてありがとう」
目をこすりながら起きて何気なくシートの方を見ると昨夜見たよりも大きかった。
「ああ、カンゼルと一緒にもう1頭オオカミを狩った。ホントはもう1頭いたんだけど、逃がしてしまった」
「暗くなきゃ追いかけられたんだけどな」
カンゼルは残念そうだが、討伐に来たわけじゃないから安全を確保出来ればそれで仕事をしたことになる。
「ギルシュさんが起きて来たら買い取ってもらえないか交渉してくる」
「頼んだ」
「ああ、そうだふたりとも…均等割りでいいよな?」
マーリレンの質問にカンゼルは頷き、俺も頷いておいた。
「ちと、トイレ」
カンゼルがそう言って離れていく。森まで行くわけにはいかないからか、離れたところで立ち止まってこちらに背を向けたまま済ませた。マーリレンも同じようにしているので、俺も二人に習うしかない。
彼らが立ち止まったところよりさらに遠くまで行ったのは、俺が単に恥ずかしかったからだ。背を向けているとはいえ、していると分かる姿をさらすのはやっぱり恥ずかしい。
このくらい離れていたらスキルを使ってもバレないだろう。レベルを落とした洗浄で身体の汚れをすっきり綺麗にしてから、野営地に戻る。振り返るとセントアの背中が見えた。
マーリレンと起きてきたギルシュが話し合っていると、もそもそと荷馬車の中から起きてきた兄弟もそれぞれ離れたところに散っていく。朝のトイレの光景として、これは普通のことなんだ。
また一つこの世界の常識を学んだ気がする。




