69話
集合場所の西門前に到着すると、マーリレンの姿はなかった。少し離れたところにそれらしき荷馬車と行商人ぽい2人がいるけど、彼らがそうかどうかまだ確認していない。
5分ほどでマーリレンが慌てたように速足でやってきた。
「久しぶり。おはようー」
「おはよう~ヒロヤ。今回は初めての護衛任務なんだって? よろしくなー」
そう言って笑いかけた彼の視線が俺から離れ、荷馬車の行商人のところで止まった。
あっと短く叫んでマーリレンは駆けだした。俺もすぐに後を追う。
「ギルジェさん! お待たせしました」
あ、やっぱり彼らが護衛対象者か。
駆け寄って挨拶を始めたマーリレンに続いて俺も「よろしくお願いします。黄銅1のヒロヤです」と挨拶しておく。
「もうひとり来るんだよね?」
「はい、もうすぐ来ると思います」
待ち合わせ時間までまだ10分ほどあるから遅刻ではない。
「あ、来ました!」
向こうから来る、マーリレンに手を振って合図した男がもう一人の冒険者か。短い赤茶の髪は癖っ毛らしくあちこちに毛先が跳ねている。体格は良く、長剣と小さいながらも盾を装備しているところを見るとパワータイプか。年齢は俺より2つ3つ上っぽい。
「ごめんごめん、遅くなった?」と屈託なく笑ってから、マーリレンの横にいるのが依頼人だと気づいたのか、顔つきを変え居住まいをただした。
「すみません、遅れました。青銅1のカンゼルです」
「いや、3人とも時間通りで助かるよ。私が依頼人のイースクリ商会所属、ギルジェだ。部下と私の子供二人を加えた4人が今回君たちに世話になる。…紹介しよう」
代表して、ギルジュと名乗った40前後の男が同行者をひとりずつ紹介してくれた。
20代中ごろのセントアは彼の部下みたいだな。髪は茶色で瞳は緑。ギルジュは中肉中背という感じだが、セントアの方はひょろりと背が高い。横幅も厚みもないからひょろりという印象を受けるが、ギルジュと同じで穏やかな笑顔で優しげだ。愛想が良さそうなところは、さすが商売人っぽい。
成人したばかりのような年子っぽいギルジュの息子はカーメルとマージュ。どちらもギルジュによく似ている。弟のほうが背が高くて体格がいい。でも賢そうなのは兄の方かな。
二人とも、俺たちと年が近いためか興味津々という感じでこちらを見ている。行儀作法を仕込まれているらしく、きちんとした挨拶はくれたが、親の目がなかったら「冒険の話でも聞かせてよ」とすり寄ってきそうな雰囲気だ。
下に見る態度を取られるよりはいいが、面白い話を聞かせてとねだられても話せることはないなと内心では困惑していた。
いざとなったらマーリレンとカンゼルの先輩に丸投げしようと心に決めたら身体が軽くなった気がする。
「では、出発しよう」
ギルジュの合図で子供二人は荷馬車の中へ。ギルジュが御者台に乗り、セントアは単身馬に乗った。
そう、荷馬車は1台だが、馬は2頭いる。途中で荷馬車を引く馬を交代させるためかもしれないし、売り物として連れていくのかもしれないし…どちらにしても聞けることではない。
普段の2人だけの時には荷馬車1台だけで行商しているのか、それとも変え馬をいつも連れているのか、そこも質問できないだろう。護衛の仕事に関係ないと言われたら、その通りですというしかないのだから。
門を出るときのチェックもいつもと少し違った。門番は慣れているのか、行商人とその護衛の冒険者という一つの単位として確認している。
「行ってよし」
セルセラの街の門を出て、少し離れたところで隊列を変えた。荷馬車の前に単騎のセントア、そして荷馬車でその左右にカンゼルと俺がそれぞれ一人ずつ警戒につく。しんがりを務めるのはマーリレンで、後ろから全体を見守る位置についた。
石畳みの街道をのんびり歩く馬の速度に合わせて歩く。馬はのんびりだろうが、俺はのんびりじゃない。遅れないように歩くのは結構必死だった。
幸い、重量軽減スキルを付与したペンダントをしてきているので、なんとかなっている。心なしか筋肉痛軽減効果も出ている気がする。
疲れてきたらへばる前に、こっそりドーピング。…口の中に直接入れるやり方でポーションを使って疲労回復しようと思って、アイテムボックスに中身だけを準備してきている。
「父さん、トイレ行きたい」
街からひたすら歩くこと2時間。弟の方が父親に頼む声がした。
「あと少し先で休憩する予定でいたが…分かった。右手にちょうどいい林もあるな」
ギルシュはセントアにも声を掛け、荷馬車を止めた。
「念のため、ひとりずつ護衛をつけて交代で済ませましょう」
マーリレンがギルジェに、息子の護衛をすると申し出た。
「そうしてもらえるとありがたい。君たちも済ませておいてくれ」
「はい」
視線だけで素早く話し合い、弟とカンゼルが先に林に行った。戻ってきたので今度は俺と兄が林に向かう。
「ねぇ、ヒロヤっていくつ?」
「16だ」
冒険者はあまり敬語を使わないと学習しているので、ちょっとぶっきらぼうになっても平気かな…と思いつつ、いきなりのタメ口は慣れてないのでドキドキしている。
「そうなんだ。俺と同い年だ」
カーメルはまったく気にしていないようだった。
「何歳から冒険者登録したの?」
ヒナヒーラの例もあるし、仮登録は13歳からできる。
「俺は最近。まだ1カ月にもなってない」
「確か、黄銅1って聞いたよ。ひと月にならずに赤銅から上がるのって早くないか?」
「この町で冒険者登録したけど、それまで旅をしながら採集したり…いろいろ経験があったから…」
「そっかー」
あ、このへんで済ませるからと兄が背を向けたので、俺も彼から少し離れた木の陰で素早く…すませた。
トイレの後、手を洗う習慣はこっちの世界の男子にはないみたいだ。ということは前回、マーリレンと一緒に平原と森のクエストに行った時に知った。
なので今回は濡れタオルを事前に用意している。マジックバックからこっそりポケットの中に濡れタオルを出して、ポケットの中で手を拭き、終わったらマジックバッグに戻すということをした。
林から戻ると今度はマーリレンと年上2人の3人が林に向かった。地図スキルで確認しているが、近くには脅威になる獣も魔物もいない。
トイレを済ませた場所から10分ほど歩いたところに、野営にも利用されていそうな広場があった。誰かが作ってそのまま残した石造りのかまどと焚火の跡がある。
「馬の交代と休憩のため、10分ほど休みます」
「了解しました」
休憩中でも俺たちが座ることはなかった。マーリレンやカンゼルのしていることを見て、俺も自分の行動を決めなくてはならない。
彼らを中心に周囲を囲むような位置取りをして、それとなく周囲を警戒する。この、警戒している様子を見せることが大切なんだと感じた。
気分はシークレットサービス。そう思うと、退屈で面倒な護衛の任務も少しだけ気が紛れた。
馬を交代させてからしばらくすると道は横道にそれて、山へと向かう上り坂に変わった。なるほど、あの場所で休憩する人がいたわけだと納得した。
坂道になってから時折荷馬車から木製の車輪の擦れる音やガタつく音が聞こえる。壊れそうと心配になるほどではないが、平地に比べると坂道は負荷がかかるみたいだ。
自然と馬の歩みも遅くなり、横を歩く俺の速度が落ちても不自然ではなくなったからありがたい。
坂道でも重力軽減効果がいい仕事をしてくれていて、まだまだ移動疲れはない。ポーションを飲まずに済んでいるから、ペンダントを作ってきた自分自身を褒めてやりたい。
「あっ、バーンヤ村が見えた!」
弟の声に、俺の心も内心弾む。なかなかしっかり作ってある塀に守られた村が見えた。門を守る人はいなかったが、中に入るとすぐに村人の姿が見えた。
パープーパープー
村に入ったら鳴らせと親に言われていたのか、荷馬車の中から変わった音がした。
音を聞きつけた村人が家から出てくる姿もある。ということで、この変な音は行商人が来たという合図なのだろう。
村の中心近くの広場まで来て、荷馬車は止まった。
「ここまで護衛お疲れ様。村の中は心配いらない。君たちは出発まで休憩していてくれ」
ギルシュの側に駆け寄ったマーリレンに休憩の許しが出る。
「分かりました」
つまり、直接声を掛けたのはマーリレンひとりだが俺たちも同じように休憩タイムにしていいということだ。マーリレンやカンゼルとともに、彼らから少し離れる。
「二人ともお疲れ様。4時間ほど休憩が出来る。村の中なら少しぐらい散策してもいいみたいだ」
「分かった」
答えたカンゼルはその場から少し移動して、地面にどっかりと座った。
「ヒロヤ。ここまで大丈夫だったか? 歩きっぱなしで疲れただろう」
「確かに、疲れたかな」
このタイミングなら、筋肉痛を解消するクリームを塗れたかもしれない。匂いを気にして、使わずに済むように工夫して…ペンダントを作ってきたわけだけど。
「カンゼル、休憩するなら向こうの木まで行かないか?」
マーリレンに指さされた方を見て、カンゼルは立ち上がった。
「そうだな。そうしよう」
3人で木の根元に移動して座り、マーリレンがしているように俺も木に寄り掛かった。
「今夜はふたりずつ交代で見張り番をする。最初にヒロヤと俺。次にヒロヤとカンゼル、次にカンゼルと俺と組み合わせで。どうかな?」
「ひとりずつでもよくないか?」
「ヒロヤは護衛任務が初めてだ。それに今回は1泊2日で済むからそんなに負担もないだろう? 二人体制でしっかり見張りをしておきたい」
「分かった。マーリレンの意見に従うよ」
俺も二人制で見張りをすることに対して了解したというように頷き返しておいた。本音を言えば、ひとりにさせて欲しい…だが、言えないよな。
「ヒロヤ、今は眠れないだろうけど短時間でも休めるようにした方がいい。目を閉じて、木に寄り掛かるだけでも違うぞ」
「分かった。そうする」
「それと、今夜はギルシュさんの好意で俺たちにも食事を出してもらえる。…だが、期待はしない方がいい」
後半、囁くような声でマーリレンが言った。
「だな。俺が以前参加した護衛任務でもパンと干し肉が出ればいい方で、足りなければ自分で用意しろっていうのが基本だからな」
カンゼルもそう言ってひっそり笑った。
「隊商を組む商人の護衛でもないと、行商人だとそんなものらしい。…ということで、みんなの分も干しフルーツを持ってきた」
マーリレンもマジックポーチ持ちだということはセルビナさんにも聞いていた。カンゼルもそうだ。だから今回は俺が持っていっても羨ましがられない。
「あ、実は俺もこっそり持ってきた。干しフルーツ」
今ならばらしても良さそう、と自己申告する。
「考えることはみんな同じか」
そう言って、カンゼルもポーチから白いものを取り出した。
「なんだ、それ」
知らなかったのは俺だけではなかったらしい。マーリレンも不思議そうに見ている。
ポキポキと折って3等分すると、カンゼルはその欠片を俺とマーリレンに1つずつくれた。
「ほんのり甘い香りがするだけで変な癖はないから食べてみな」
本人が真っ先に齧ったから、俺とマーリレンも同じように齧ってみた。
「…これ……」
歯を立てた瞬間は硬いと思ったが、サクッと割れるように噛めた。独特な食感はあるが、味は薄い。ほのかに甘い香りはしているが、香りだけで実際には甘くはない。
「なんだこれ。初めて食べた」
「特別美味いものでもないけど、腹には溜まる。間食にちょうどいいんだ」
「へぇ…。なんていうんだ?」
「カレオ。南の方で採れる植物の実からできているらしい」
これ、ココナッツのような気がする。
「その実って、このくらいの大きさ?」
手でボールくらいの大きさを表現して尋ねてみた。
「いや、知らない。店に売っているのはこの白いのだけ。元はどんなのか見たこともない」
「そっかー」
「ヒロヤ、知っているのか?」
「んーなんとなく、これかなというのは話に聞いたことがあるだけ。見たことがないから、あるなら見てみたいと思っただけ」
「そっかー。カンゼルの言うように…これ、特別美味いものでもないな」
「だろ? だから結構安い。味の方は今ひとつだけど、腹に溜まるのは間違いないよ」
「なるほどー。歯触りはいいな」
「独特だよな」
「口直しに、どうぞ」
ココナッツを食べ終えたふたりに、干しアンズを渡すと嬉しそうに口にすぐ入れた。
「甘いな。俺が持ってきたのは、次の休憩の時にでも出すよ」
「俺のカレオでよければまだあるから、次も出すな」
「ありがとう。良かったら、売っていた店も教えて」
俺が尋ねると、カンゼルは嬉しそうにした。
「お、気に入ってくれたか。このぐらいの籠に入って2銅貨だ」
「2銅貨っ? 安っ!」
マーリレンと同じく俺も驚いた。たったの200円ぽっちで買えるとは思えない量だ。
「これ、日持ちするんだよね?」
「するぞ。カビに気をつけていれば3カ月でも半年でも持つらしい」
「へぇー。それなら俺も買ってみようかな。腹持ちがいいなら味がしなくても価値がある」
腹持ちがいいだけでなく、食物繊維もたっぷりだしヘルシー食材だった気がする。
乾燥させたココナッツを刻んでクッキーやパウンドケーキに入れたら、ほろほろとした食感が楽しいお菓子になるはず。
絶対に買おうと心に決めて、売っている店をしっかり聞いておいた。




