65話
「そろそろ、出かける準備をした方がいいな」
シェルターから部屋へ戻り、自分自身を洗浄。甘い匂いを消して、さっぱりしたところでマジックポーチだけを身につけた。
仕事に出かけるわけじゃないから、マントもコートもナシ。その代りに裾が長い上着に変える。これ、ちょっぴり軍服っぽいデザインでカッコいいんだよな。裏地に色鮮やかな布を張って隠してあるけど、実は汚れ防止と温度調節の付与付き。
蒼炎の大錬金術師さんの部屋で温度調節の魔法陣が描かれた布をいくつも見つけた。魔法陣を見て、それを手にした時に出来るような感じがして、やってみたら付与ができちゃった。錬金術スキルと付与スキルが上手く働いてくれたのだと思うけど、自分では温度調節の魔法陣はまだ描けないから、その辺は今後の課題だ。
「あ、お待たせしました」
5分前着になるように階段を下りて店の前へ行ってみると、すでにセルビナさんが待っていた。
あわてて駆け寄った俺を見て、彼女は目を細めた後、柔らかく微笑んだ。
「ヒロヤ君。その服、すてきね」
「セルビナさんも、私服姿素敵です」
いつもは結い上げている髪がハーフアップに変わっていて、上品さが加わっている。いつもきれいなお姉さんなのだが、そこに清楚が加わった感じだ。ワンピースも可愛い感じでいいね、いいね。
デートっぽい感じでいいのかな。ちょっぴり背伸びして、エスコートする感じでいこうか。…とはいえ、貴族風に手を差し伸べたり腕を差し出したりするわけではないけれど。
「お仕事お疲れ様でした。早速ですが、お店の方に案内しますね」
先にマニムニ食堂で席を予約してきたらよかっただろうかと反省したが、もともと高級レストランというわけでもないし、回転率もいい。満席だったとしてもしばらく待てば席は空くだろう。
「家庭的な食堂なのですが、麦味噌を使った料理がおススメです。癖があるので、まずスープを飲んでみてダメそうなら普通の料理にするといいですよ」
「そうするわ。…ところで、さっきから仄かに不思議な匂いがしているんだけど…」
通りに漂う仄かな香りに気が付いたか。
「これです。麦味噌の匂いですね」
「不思議な匂いね。不快なわけじゃないけど、初めて嗅いだわ。…複雑な匂いね」
期待に瞳を輝かせているセルビナさんを連れてマニムニ食堂に行ってみると、席が空いていてすぐに座ることが出来た。
まずは味噌汁から、と彼女の分だけ味噌汁を注文して自分の分は味噌漬けの肉を焼いた焼肉定食にした。
「では、ヒロヤ君。ビギナーズ卒業おめでとう」
注文した料理が届いたところで、セルビナさんが小声でお祝いの言葉をくれた。ビギナーズを卒業したばかりとバレるのは恥ずかしいだろうとの配慮だ。
「ありがとうございます」
だから、俺も小声でかえす。
「セルビナさんのおかげで無事卒業できました。専属期間が終わるまで、これからもどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね。今後の活躍に期待してます」
微笑みあってから、彼女はスプーンを手にした。
「食べましょうか。お腹ペコペコよ」
彼女はおずおずと味噌汁をスプーンで掬い、口をつけた。
「美味しい。…初めて飲んだ味だけど、嫌いじゃない。うぅん、好きかも。優しい味がするわ」
「野菜の旨味が感じられて俺も好きなんです。ここのは野菜もたっぷり入っていますし」
「ヒロヤ君のそれ、すごく香ばしい匂いがするわ」
「少し味見してみますか?」
「ええ、食べてみたいわ」
ちぎったパンに、ほんの少し切り分けた肉を乗せて渡す。一口サイズのそれをゆっくりじっくり味わうようにして食べて、大きく頷いた。
「独特な味付けね。食べたことがない味だけど、お肉が柔らかくて美味しいわ。私もそれを頼んでみるわ」
お世辞ではなく、どうやら本当に口にあったらしい。
「ロニィ」
看板娘のロニィを呼んで、味噌漬け焼肉定食に変えてもらう。オーダーを入れてから数分で焼肉とパン、付け合わせの温野菜の小皿、味噌汁が追加で運ばれてきた。
「あら?」とセルビナさんが声を上げたのは、味噌汁はもういただいているわよ? ということだろう。
「こちらの味噌汁はヒロヤ君の分です」
「いつもお代わりをもらっているので…。ロニィ、ありがとう」
「味噌汁のお替りは1杯までなら無料ですので、ご遠慮なく声を掛けてください」
ではごゆっくり、というように会釈して、ロニィはテーブルを離れた。
「スープがお替りできるなんて、いいわね。お気に入りの店だと言っていたけど、よく来るの?」
「部屋からも近いし、結構利用してますね」
この町にいる間は三日に二度くらいの頻度になっているが、いないこともあるから具体的なことは言いにくい。
「このボリュームと味で銅貨6枚なので、助かってます」
えっという顔をした後、セルビナさんは声を潜めた。
「これが銅貨6枚なの? スープのお替りも貰えるのに?」
「お得ですよね」
「…ヒロヤ君がこの店に通うのも当然ね」
美味しくてボリュームがあって、安い。裏通りにある店だから客で混雑することもないし、酔客で賑やかになることもない。この店に通う常連ぽい人をたびたび見かけるが、一人か二人連れが多く、料理を楽しんだらさっさと店を後にするマナーのいい客ばかりだった。
「セルビナさん、スープのお替りを頼みますか?」
「うぅん、いいわ。お肉も大きくて、もうお腹いっぱいよ」
パンもここのは少し大きめだ。ふたつめの追加を頼めば別料金になってしまうが、少しハードなライ麦パンだから1つで充分お腹に溜まる。
「それじゃあ、支払いを済ませて帰りましょうか」
セルビナさんのおごりで店を出て「ごちそうさまでした」ともう一度お礼を言う。
「いい店を教えてくれてありがとう。仕事帰りに寄るのは難しいけど、休日は私も利用してみようかなと思ったわ」
「…お祝いのお礼代わりに、これどうぞ」
クッキーを入れた袋をマジックポーチから出す。ちゃんとできたてではなく、冷めた状態になっている。
「あら、すごくいい匂い。もしかして、クッキー?」
匂いと手触りで中身を言い当てたらしい。
「食べてもいい?」
その場で立ち食いするとは思わなかったが、食べたいのなら…と頷き返す。
「なにこれっ! すっごく美味しい!」
ハードビスケットかと思うようなクッキーとは比べ物にならないはずだ。
「これ高かったんじゃ…って、もしかして…」
ハギレで作った袋で気が付いたらしい。
「これ、もしかして…手作り?」
にこっと微笑んでみる。
「………」
おや? セルビナさんの顔が赤くなったぞ。お酒は一滴も飲んでないのに。
「なんで…なんで16歳なのよぉ」
もうすぐ17歳ですが。わざわざ言いませんが。
「悔しぃー。もったいなーい! やっぱり、悔しいー!」
なんだ、なんだ?
セルビナさんは俺をきついまなざしで睨み、「帰る!」と宣言して足早に歩き出した。
この後、彼女の家の近くまで送ろうと思っていたのだが、ギルドの高根の花と呼ばれている彼女の家を突き止めるような行為も出来ないし…と躊躇している間に…見送ることになってしまった。
「ま、いっか」
自分の部屋に戻って、内鍵をしっかりかける。街中で結界石を使うのはもったいないから、元々の鍵に加えて閂を追加しすることにた。退去する時には外して、釘穴を錬金術で埋めて補修すればいい。
シェルター内の家に移動して、トイレを済ませてバスタイムをゆっくり過ごす。
「錬金術師さんの石鹸も小さくなってきたから、手作りするかなぁ」
雑貨屋で売っていた石鹸は獣脂で出来たものが多く、匂いがきつい。植物油で出来ているのは嫌な匂いはしないかわりに、いい香りもしない。値段が高い割に泡立ちが悪くて洗濯石鹸にするしかないと思っている。
「椿油を使うのは量が少ないからもったいない。オリーブ油が大量に手に入ればいいんだけど…」
あるかなぁ、オリーブ。
※この世界には、植物油がたっぷりとれる魔物がいます。最も流通している植物油はこの魔物のものになります。
世界基本知識さん? 魔物から植物油が取れるって、どういうこと?
※ダンジョンや深い森の奥地に生息するアブラの木という植物の魔物です。
脳裏に図鑑のようなものが浮かんでくる。うん、見た目は普通っぽい木だな。世界基本知識さんもAIのように受け応えるだけでなく、画像まで送れるようになってる。いろいろ進化しているなぁ。
…ふむふむ。って、木なのに歩くのか! 木が歩くって…嫌だぞ、木は歩かないで欲しい。
「これ、森の中で常に歩いてる? それとも、動かずに普通の木のふりをすることもある?」
※はい。動かずに擬態していることの方が多いです。
「もしかして、人間を襲ってきたりする?」
※普通の木のフリをして待ち伏せ、近くを通りかかる生き物を襲います。
「これも他の危険な魔物みたいに地図で教えてもらえる? どこにいるか分かる?」
いつも危険な存在を教えてくれる地図スキルさんにお願いしてみる。
「………」
…お、出来る? この辺にはいないけど、いたら表示出来るよって、言ってる?
※錬金術スキルのひとつの魔力視を使って、魔力を有する対象を探知しています。さらに魔力パターンを学習することにより、区別が出来るように精度を高めています。
世界基本知識さんの説明になるほど、と納得。これまでにも魔力パターンを検知、学習することで、地図上に魔物の存在を教えてくれていたんだね。じゃあ、初めは魔力のあるアンノウンでも、1本見つけたら次からはもう区別がつくのか。良かった。
「だけど、ダンジョンか」
さすがに赤銅1ランクの俺はダンジョンに入れないんじゃないかな。
と、なると…冒険者が冒険ギルドに依頼して、ダンジョン産の素材をとってきてもらうことになる?
うーん、どうするかな。
何のために植物油が欲しいんだと聞かれて、香りのいい石鹸を作るためとは言いにくいよね。これはナシだよね、採取依頼なんてできないよ。
だったら後は…森の奥深くにいるという魔木を自分で探しに行って採ってくることか。
カケルを使えば奥深くだろうがひとっ飛びできるわけで…移動に関しては問題ない。強くなってきた魔物が出たら結界に守ってもらって…うーん。だんだんその気になってきたけど、まずは情報を集めよう。
サレーナさんに聞けばいろいろ教えてくれるだろうけど、そうすると俺が森の奥地へ行こうとしていることがバレるから…セルビナさんに待ったをかけられそう。実際、危険だからな。ビギナーズを卒業したばかりのひよっこが森の奥地へ行くなんて無謀もいいところだ。奥に行くほど強い魔物が生息しているのだから、俺以外のひよっこがそんな戯言をほざいていたら、殴ってでも止めるべきだと思う。
うーん、どうしよう。後は…売っている場所を探すか。店売りの商品になる前の原料を買いたいってことは、問屋? この世界ではどういう扱いになるんだ? どこかに流通ルートがあるはずなんだが、個人で手に入れるのは難しいのか?
むむむむむむ。八方塞がりって感じだな。
「でもまあ、とりあえずは情報集めだ。…って…あ、もしかして知ってる?」
世界基本知識さん、ここから一番近い魔木が生えていそうな場所分かる?
地図スキルさんとのwタッグになったのか、サーチでは表示されなかった生息地がマップ上に表示された。
「へー、結構遠いね」
森の中の錬金術師の家へ戻る距離の二倍以上は遠いな。カケルで飛んで行っても片道6時間以上。歩きだと…想像もつかない。森の中がどんな状態か分からないから。
「採集にどのぐらいかかるか分からないし、日帰りは無理だけど…行ってみるかな」
手ごわいと分かったらすぐに逃げ帰ろう。今夜セルビナさんに顔を見せてあるから、明日、明後日は自由に動ける。不在の前には連絡しようと決めたばかりで早速破ることになるけど…明々後日の夕方に戻ってきて翌朝に手ごろな薬草でも納品しておけばアリバイ成立、だよね。
遠出するなら夜間飛行で現地近くまで行って、ステルステントで野営しようか。
「どうしよう、わくわくしてきた」
時計を確認すると時間は10時すぎ。いつもならそろそろベッドに入っている時間だ。
「………いや、ダメだ。寝よう」
もう門が閉まる時間だ。若い冒険者が早朝町から出ていくのなんて普通のことだが、深夜に出ていくのは不審に思われる。
そうとなったら早起きするためにも、もう寝よう。
ベッドに入ってもなかなか寝付けなかったが、それでも知らぬ間に眠っていた。




