第61話
冒険者ギルドに戻ってくるまではマーリレンと一緒だったが、俺が採集した薬草と兎を入れた麻袋を買取カウンターに渡して査定してもらっている間に、彼は彼の仕事をしていた。つまり、セルビナさんに俺の狩りや採集の様子を報告していたのだ。
「ケガもなく、無事戻ってこれたみたいね」
書き込んでもらった買取表を提出し、セルビナさんにクエスト終了を報告する。
「はい。…無事終わりました。お願いします」
「それじゃあ、俺は帰るから」
「あ、ありがとう」
「またな」
「…また」
マーリレンは片手を上げてから、帰っていった。
「はい。クエスト終了ね。お疲れ様」
兎1つが5銅貨。つまり500円だった。最終的に7匹持ち帰ったため兎だけで3500円。薬草の方が800円と400円だから合計4700円が今日の稼ぎだ。
大銅貨4枚と銅貨7枚を受け取り、ウエストポーチに入れるフリをして収納する。
「次のクエストの話もしたいから、上へ行きましょうか」
セルビナさんに誘われ、いつものように2階の小部屋へ移動する。
2人きりになると「初めてのクエストはどうだった?」と尋ねる声が少し優しくなった。
「…多分、悪くはなかったかと…」
「そうね。悪くはなかったわね」
向かい合わせの椅子に座る。
「初めての狩りで兎7匹は上出来だと思うけど、2匹逃がしたんですってね」
「……」
「重かったから、わざと逃がした?」
「マーリレンがそう言ってた?」
「彼はもしかしたら、とは言っていたけど…初めてであれだけ狩れたら十分だとも言っていたわ」
「………」
「ちなみに、初回の狩りだと一日かかって1匹か2匹が平均ね」
「……」
「剣を使わずに弓を使えば4、5匹ほど獲る子もいるけれどね」
そうかもしれない。ウサギは逃げ足が速い。気付かれずに剣が届く範囲まで近寄れなかったら…かなりの確率で逃げられるだろう。弓やピアッシュのような遠距離からの攻撃手段がないと苦戦する。
「次の森での狩りではマジックバッグを私が持っていくことにするわね」
「…背負い子は?」
「ない方が身軽でしょ?」
「まあ…それはそうだけど」
「マーリレンから聞いたけど、ピアッシュという投げ武器を使ったそうね。見せてくれる?」
町に入る前に外していた装備を出してテーブルの上へ置いた。
「これがそうなの。私も初めて見るわ。…手に取ってもいい?」
「どうぞ」
「見た目からそうかな、と思ったけどかなり軽いわね。…なるほど、投げナイフより遠くまで飛びそう」
「腕のいい狩人が鳥を獲るための武器らしいですから」
「軽い分、威力が弱そう」
「魔力を流せば、そのまま投げるよりも威力が出るそうです」
「へぇ…そうなの」
くすっと彼女は笑った。
「森での狩りでは遠慮なく使って見せて欲しいわ」
俺は黙って肩をすくめた。
「話は変わるけれど、貸家の件。軽く調べてみたわ」
「! ありがとうございます!」
「西側だと意外と空き家がありそうよ。見つけたのはまだ3件だけど、探せばもっとありそう。築年数と間取りはこちらを参考にしてね」
渡された紙には簡単な情報が並んでいた。
1.築65年、部屋2、台所1、トイレ2、裏庭あり、井戸ナシ
2.築54年、部屋3、台所1、トイレ1、裏庭あり、井戸ナシ
3.築35年、部屋4、台所1、トイレ2、裏庭ナシ、井戸ナシ
「1と3はひと月単位のみで、1は銀貨8枚、3は銀貨16枚。2は週貸しも可能だけど割高になって、月貸しにすると銀貨12枚よ」
それぞれひと月8万、12万、16万か。高いけど、毎日5千円の部屋を借りることを思えばお得感がある。専用のトイレとキッチンがついているわけだからな。
「…なるほど。一部屋が銀貨4枚というのが目安ですね」
「そういうこと。築年数や実際の場所などで人気があるナシが変わってくるから、大体の目安と思って欲しいそうよ」
「借りるとして…必要なのは家賃のみ? 管理費とか手付とかお礼とか、細かいところはどうなんです?」
まだ一人暮らしをしたことはないが、5つ歳上のいとこが大学を期に一人暮らしをしていて、あれやこれやで大変だったという話は聞いている。
「必要なお金は家賃だけでいいけれど…信用がねぇ」
「やはりビギナーでは難しい?」
「まず無理ね」
「……ですか」
「残念だけど」
「ランクで言うと鉄?」
「ランクで言うと紫鉄でも良いみたいだけど、この町に一年くらい住んでいれば安心してくれるみたいよ」
どちらも無理だな。
「分かりました。相場が知れてよかったです。無理をお願いしてすみませんでした」
諦めよう。この町に1年以上住む気はない。
「今は残念だけど、ヒロヤくんなら1年経たなくても借りられるようになるかもよ。…で、家一軒の方は無理だったけど、部屋貸しの方は大丈夫よ」
「部屋貸し…」
「そう、家賃の先払いがあれば1週間から1カ月、好きに出来るわよ」
家まるごとの方が自由がきいていいけど…部屋を借りるだけでもいいか。 こっそりシェルター内に移動すればキッチンもトイレも風呂も…部屋も数えきれないほどあるわけだし。
「料金の方は? 1カ月だと?」
「銀貨2枚と大銅貨3枚でいいって」
一カ月2万3千円? 安い!
「安くて嬉しいですけど、部屋の広さは? 場所はどこですか?」
「場所はねー。この前ヒロヤ君が屋根掃除に行ってくれたところよ」
「え?」
あそこか……。西地区ではないな。
「ちなみに、大家はエミナルさん」
やっぱりエミナルばあちゃんの家の隣にあったアパートか。
「西地区ではないけれど、あそこだと治安はいいしランクの若い子にはおススメの物件なの」
なるほど。
だけど、外から見た感じだと部屋が狭そうだったなぁ。
「大家さんが気に入らない?」
「エミナルばぁちゃんは好きだけど…あそこは部屋が狭そうだし、やっぱり西地区にこだわりたいかなぁ」
毎日の夕食をマニムニ食堂で食べたい。
「……そう。分かったわ。部屋貸しでいいなら前払いという条件だけのところもあるし、商業ギルドに直接行ってみて。紹介状を渡すから…自分で足を運んだ方が話が早いかも」
「商業ギルド? 不動産の売買ではなくても…?」
「管理部門があるのよ。冒険者ギルドと契約している物件もあるから、そちらを先に見てもらったら…ほんの少しかもしれないけど安く借りられるわ」
「分かりました。行ってみます。…紹介状、お願いします」
どうせ次の討伐まで1日か2日、休みを入れると決められている。
「そう言えば、森の試験の方は明後日ですか? しあさって?」
「…しあさっての方でいいかしら?」
「分かりました。時間は8時で?」
「7時でも大丈夫?」
「大丈夫です」
「面倒だけど、手続きから一通り習うという意味で…ギルド集合ね」
「はい。…よろしくお願いします」
そんなこんなのやり取りの翌日、俺は商業ギルドに足を運んだ。この町では行くつもりはなかった商業ギルドだが、仕方がない。
セルビナさんに書いてもらった紹介状を渡した担当者は、中を読んで何度か俺と手紙の間で視線を動かした。本当にビギナーズが部屋を借りるんだろうか。支払いは大丈夫だろうかという疑いの眼差しだ。
「出来れば予算はひと月、銀貨6万以下がいいです」
そう言いながらカウンターに銀貨6枚並べて見せたら態度が変わった。
きちんと対応してくれるようになった担当者が俺の条件を確認しておススメしてくれたのは、西地区のマニムニ食堂にほど近いアパートの1室。一階が古着屋、二階が古着屋の倉庫と事務所、そして3階の8部屋を部屋貸しにしているという建物だった。
実際に足を運んでみて感じたのは、1階は古着屋なので客の出入りがあるが、階下の2階は従業員が出入りするだけなので建物内の人通りも少なく静かだということ。
ひと部屋の広さは8畳ほど。専用のキッチン付きで広さは4畳ほど。ベッドやテーブル、椅子といった基本の家具は備え付けがあった。個室内にはないが、3階の住人用に男性用1つ女性用1つのトイレとシャワーブースがある。
現在のところ入室しているのは女性三人、男性二人。つまり俺が入居したら俺含めて男性三人になるわけで…トイレもシャワーも三人の共用というわけだ。
ま、俺はどちらも使わないと思うけど。
そして、この部屋のいいところは隣が空き部屋だということ。つまり俺が借りた部屋の隣の部屋から音は聞こえてないし、こちらの生活音を聞かれる心配もない。
また角部屋だから窓が大きく、部屋の中が明るいのもいい。窓を開けると風の通りもいいし、カビ臭さもないし湿気てない。
ひと目で気に入って、ひと月の契約を頼んだ。更新したかったら、契約が切れる5日前までに次の家賃を前払いすればいいらしい。裏を返せば、支払いをしなかったら1カ月で解約して部屋を出ればいいということだ。
即日引っ越し、この日は完全休養にした。休養と言っても買い物をしたり部屋を整えたりしながらだからゆっくり出来たかどうかは分からないが、落ち着ける環境にはなった。
大切な荷物は置きっぱなしにする気はないが、住んでいる気配は残しておかないと…と思って新しい布団やカーテンを買ってきたり台所用品を揃えてみたりした。
夕方には同じ階の住人、男性二人とも遭遇し、挨拶できた。彼らは同じパーティを組んでいる冒険者だった。ランクは紫で、メイン武器は剣と盾。2人とも同じスタイルで似たような装備をしていた。兄弟ではなさそうだけど、と思った俺の顔色を読んだのか、従兄弟の関係なんだと教えてくれた。
彼らに聞いたところによると、同じ階に住んでいる女性三人のうちの二人は下の古着屋で働いている女性店員らしい。残りの1人は冒険者で、女性ばかりの4人でパーティを組んでいるうちの1人だとか。他のメンバーと一緒じゃないんですねと聞いてみたら、他のメンバーはこの町の出身で親と同居しているらしい。一緒に住めるなら家賃がいらないから、そうするよな…と思った。
気になった共用設備のトイレとシャワーブースの掃除についてだが、掃除当番を決めずにシャワーブーツは使用した後に掃除、トイレは汚れが気になった時に掃除という感じでいいらしい。掃除当番が決められなくてよかった、とほっとした。
引っ越しの翌日、今日も休養日だからゆっくりする。借りた部屋の周辺を散策したり、買い物をしたり料理をしたりしてゆっくり過ごすことにした。
ただし休日でも起床は6時にした。寝坊の癖をつけたら困ることになる。しっかりいつも通りの時間に起きて、作り置きのおにぎりやマニムニ食堂でもらってきたお替りの味噌汁、フルーツなどで朝ご飯を済ませた。食後30分以上たってから軽く柔軟体操をする。冒険者は身体が資本だから、今後は筋トレもした方がいいかも。
1階の古着屋に行ってみると、フロアの右側が女性向けで左側が男性向け商品になっていた。中央には少しだけど子供向けの服も置いてあった。
気に入ったデザインのベストがあったので1枚買った。リヴァーシブルになっていて、片方は黒、片方は濃茶色で着回ししやすそうだ。商家から流れてきた古着なのか、生地がしっかりしていたところも気に入った。
昼にはトルドスのおっちゃんの屋台の様子も見に行ってみたらすごい繁盛していた。
すっかり行列のできる屋台になっていて、味見を兼ねて買ってみたらタレの味がすごく美味しくなっていた。これなら借金の返済の心配をしなくても良さそうだ。
「師匠、今日も…頼むぅ」
師匠と呼ばれるのはやっぱり恥ずかしい。
「…仕方ないなぁ」
頼まれたし、忙しそうだったから2時間ほど販売の手伝いをすることにした。文化祭の模擬店で販売をしているみたいで、少し楽しい。
おっと、売り切れる前に自分用の追加を買わせてもらおう。明日の昼食用に肉入りガレットを4つキープして、カバンに入れるフリをしてマジックバッグに収納した。もちろん、お金はちゃんと集金箱に入れておく。
「すみません、販売終了ですー」
肉の方が先に失くなってしまって、今日の昼営業は終わってしまった。
「えぇー。すっかり食べる気でいたのに」
いい匂いがしているから、そんな気になってしまうのも分かる。
「すみませんー」
おっちゃんに確認すると夜営業はするということらしいから、客にそう伝えるとまた来るよと言って大人しく立ち去ってくれた。
「家に帰ったら肉、あるの?」
「いや、夜営業用に急いで肉を仕入れてくる」
「そっか。…タレは?」
「今夜の分はあるけど、帰ったらタレも追加で作る」
「夜は手伝えないけど、頑張ってね」
「おう、ありがとな。助かった」
「…じゃあ、また」
「またな、師匠」
おっちゃんと別れて、魔道具屋へ寄る。目新しいものがないかと期待していたけど、店にあるのはすでに持っているものか、俺に必要のないものや興味のないものばかりだった。
この店には売り切れ中なのかマジックバッグは置いてなかった。
こっそり、上客用に隠している可能性もあるけど…赤銅1じゃ聞きだすことは無理だと思う。
食材や調味料を買い足して帰宅。夕飯の時間までゆっくりしていようと、持ってきていた錬金術の本を読んでいたら、防御用アクセサリーを作ってみたくなった。
雷撃の付与って、静電気よりも強いんだろうな。電流を流すアクセサリーや警棒みたいなのが出来たら、これをスキルに変換できるかな? 雷魔法になる?
雷か…。放電の仕組みって…たしか、空気中の水分や氷の粒が激しく振動するか何かでエネルギーが生まれて、プラス極とマイナス極の…あれ? 雨雲の中の水分や急激に冷えてできた微細な氷がぶつかって雷が発生する…としたら、水魔法で再現できるのか? 雷魔法というスキルが独立してあるのではなく?
水魔法のレベル3で再現できる? 気がしないところを見ると次のレベル4で可能になるのかも?
「…ダメっぽい」
なんとなく、感覚で分かる。今はできない、と。
雷撃がダメなら結界…と思ったけど、これも無理っぽい。結界付きテントを召喚できれば、もしかしてワンチャン…と思うけど、盗みになってしまうと気が付いたから…もうダメだよな。
「むぅ」
視点を変えて、攻撃による防御ではなく危険回避のための防御だとしたら…隠密はもう作ったしなぁ。…あ!
「解毒スキルを付与した、解毒のネックレス…」
偽装用に作ってない。
「麻痺回復もそうか…」
どちらもまだ偽造用アイテムを作ってない。うん、作っておいてもいいよな。
「んー、アクセサリー…か?」
現状、手首にはステルステント。腕輪は隠密。首から下げているネックレスは冒険者ギルドカード。指輪は出来ればつけたくない。剣を握るのに邪魔なのだ。
後は…イヤリングぐらいか? 右と左でひとつずつ、解毒と麻痺耐性をつける…か?
耳たぶに触れて、鏡を出して自分の顔を見てみる。見慣れない色とホクロに笑ってしまう。誰だよこれって感じだ。基本の顔は変わらないのに髪と瞳の色を変え、ホクロの位置を変えただけでかなり印象が変わっている。
「どうするかなー」
普段は身につけずにいて、言い訳をする必要があるときだけネックレスとして下げていたふりをするとか? んーネックレスの重ね付けか。普段は服の下に隠せるのは…やっぱりネックレスぐらいだよなぁ。
「それか、もう片方の手首か」
ステルステントは右手首にしている。左手首にバングルタイプ…なら、ギリギリ邪魔にならないか?
「嵌め込む魔石はひとつにするか、それとも付け替えにするか…」
小さい魔石を使うなら、石を二つ使っても邪魔にならないデザインに出来る。自動のサイズ調節も出来ればいいのだろうが、まだそれも分からない。勉強が必要だ。
「んー。明日の試験が終わってソロデビューできるようになったら、一度戻ろう」
錬金術師さんの家を探せば、何かいいアイデアが見つかるか…偉大な錬金術師さんが作ったものがマジックバッグに保管されているかも。宝石類や魔石が入っていると確認したあの袋。高価なものばかりが入っていることに驚いて、ちゃんと見ていなかった。
うん、俺が作らなくても、すでにあるかもしれない。
すっかり制作意欲は消えていた。




