第59話
*
「いらっしゃいー」
鍛冶屋の娘さんの出迎えを受けた。親父さんは奥で作業中なのかいなかった。
「今日はメンテナンス?」
「そうじゃなく、ピアッシュの追加で」
「追加って…もう失くしたの?」
「そうじゃなく、追加。あと1セット欲しい」
少女は少し考えた後「同じものでいいの?」と確認してきた。
「うん。同じものが欲しい」
ピアッシュは規格が決まっているのか、それともこの店にあるのはこれ1種類だけなのか同じものをすぐに用意してくれた。
「買う前に試射するんだったよね」
「そう」
裏庭で一通り投げて見せると少女は驚いた。
「おにぃちゃん、すごい。もうすっかり使いこなしているみたいに見える」
「そう言ってもらえて、嬉しいよ」
店に戻って、銀貨1枚を支払う。やはり1セット1銀貨でよかったみたいだ。
「もし知っていたら、でいいんだけど教えて欲しいことがあるんだ」
「なぁに?」
「武器じゃなくて、金具を取り扱っている店、ないかな?」
「金具ってどんなの?」
「例えば、木製品の補強とか、継手とか…そうだ、釘やこのぐらいの金板なんかを扱っている店、ないかな?」
このぐらいといいつつ、5センチ長さに指を開いてみせる。
「金板や釘なら、金物屋かなぁ。店を出て左手。この通りをまっすぐ行って、2つ先の辻を右に曲がったところにアリセルナ金物というこの辺では一番大きな金物屋があるから、そこでなら探し物も見つかるんじゃないかなー」
「ありがとう」
お礼を言おうとして、まだ少女の名前も知らなかったことを思い出す。
「クーナよ」
「クーナちゃん、ありがとう。行ってみるよ」
「うん」
「これ良かったら、お礼代わりに」
クッキー入りの小袋を取り出す。
「なにっ? すごく美味しそうな匂い! いいの?」
「甘いもの嫌いじゃなからったらどうぞ」
「嫌いなわけないじゃない! 本当に貰ってもいいの?」
「いいよー。どうぞ」
「おにぃちゃん、ありがとう!」
本当に嬉しかったのか、飛び跳ねて喜んでもらえて俺も嬉しかった。
「それじゃあ、またね」
「うんっまたねー」
鍛冶屋を後にして、教えてもらった金物屋へ向かう。店名さえ分かっていれば、地図スキルさんが最短距離を教えてくれる。
道に迷うことなく店に辿り着いてみると、なるほど大きな店だった。
「いらっしゃいませー」
気持ちのいい店員の掛け声に出迎えられる。
子供が入ってきたとこで、あれ? という顔をしたものの店員は一瞬で不思議そうな顔を隠した。
「何かお探しのものはありますか?」
取り扱いの品が多いらしく、店内は結構いろんな種類の金具で溢れていた。
建築関係と一口に言っても大きなものから小さなものまで様々だ。木工細工用の金具や釘など細かいものも箱にびっしり並んでいる。
「えーと、説明が少し難しいのですが…」
「それならこちらをどうぞ」
絵を描くことでイメージを双方に伝えやすくしているのか、商談用に石板と白石棒が用意されていた。
紙と違ってこれなら安いものだ。俺も後で雑貨店で買ってこよう。こっそり心に決めつつ、俺は物干し竿の高さを一段低くする為の金具を絵に描いた。
「あぁ、これなら取付金具のコーナーにあります」
さすがプロだ。一目で分かってくれて陳列している場所まで案内してくれた。
「そうそう、これ。これを…4枚ください」
4枚もいらないが予備だ。
「それと、これに合うサイズの釘を10本。他にも太さや長さを変えていろいろ欲しいので…取り出していってもいいですか?」
「お客様の手が汚れるといけませんから、指示いただければ取り分けます」
「では、これを100本」
「こちらは木箱入りで200本になります。100本だと箱なしになりますがかまいませんか?」
箱入りだと整頓しやすくていいな。
「では、木箱入り200本をひとつお願いします。こちらも200本ですか?」
「こちらは150本でひと箱となります」
さっきのよりも細くて長さも短い釘だが、箱の大きさが小ぶりになっている。
「では、ひと箱単位で。これとこれ、こちらもお願いします」
「こちらの最小サイズのものはひと箱500本入っておりますが、構わないでしょうか?」
「大丈夫です」
小さな釘ほど自分で作るのは面倒だ。買えるものなら買って楽したい。
これは大きな取引になりそうだと判断したのか、対応してくれる店員が一人増えた。俺が注文していく内容を石板に記していく。会計をする時に計算しやすくするためだろう。
他にもT字金具やL字金具など特に今は作りたいものが決まっているわけでなくても、将来使いそうなものを選んで注文していく。
店には酸化防止の加工をした鉄の板や銅板なども置いてあった。思わず欲しくなって大量買いしたくなるがぐっと我慢してそれぞれ10枚ずつ注文する。このぐらいでマジックバッグ30の限界かもと思うところで会計を頼む。にこにこ現金一括払いをして、荷物はすべてマジックバッグへ入れていくふりをして、俺のアイテムボックスに収納する。
「ありがとうございました」
店員に見送られて店を後にする。他にもまだまだ欲しいものがいっぱいありそうな店だった。2階にも商品が置いてある感じだったから、また日を改めて来よう。
金物屋の次は雑貨店に入る。石板や白石棒を買い、紐と袋も買う。袋はプレゼント用のクッキーなどを入れる小さなものから、服を入れておける大きなサイズのものまで数種類購入した。
狩った獲物を入れておくのなら、冒険者ギルドで買った防水タイプの袋の方が品質的にはいい。だが、日常使いするならやはり雑貨店のもので充分だ。
「あ、これも買っておくか」
さすが冒険者の街。雑貨店でも冒険者向けの品物も置いてある。俺が目を止めたのはロープだった。これはいろんな使い道があるから…買っておいた方がいいと思う。今日も屋根の掃除にロープがあると便利であることを勉強したばかりだ。
色々と買い物をしているうちに時間は3時を過ぎていた。俺は購入したばかりの取付金具と釘、金づちをマジックバッグに移してエミナルお婆ちゃんの家へ向かった。
「こんにちはー」
しばらく待っても返事がないので、もう一度「こんにちはー」と声を掛けてみる。
地図スキルで光点が移動しているのを確認して、玄関先で待つ。
「誰だい…って、あんた」
お婆ちゃんは俺の顔を見ると驚いていた。
「何しに来たんだい。何か文句でもいいに来たんならとっとと帰ってくれ!」
「違うよ、エミナルお婆ちゃん。あの物干し竿、もう一段下に引っ掛ける場所作らない?」
「…………」
「今の高さだと、濡れた衣類を上げ下げするのは重いじゃない? 少ししか干せなくなるし、不便だよね」
ギロリと睨まれた。
「あんたにゃ関係ないよ。ほっといてくれ!」
「でもちょっとだけ手直しさせてくれたら、すごく便利になるよ? ほら、道具ももう用意したんだ」
にこにこしながら返事を待つ。
「…………金は払わないよ」
「うん、いいよ。俺が勝手にしたいと思ってきたことだから」
「………あんた、おせっかいだね」
「否定はできないかも」
笑って見せると、婆ちゃんはため息をついた。
「…勝手にしな」
「うん、ありがとう」
中庭へ回って、もう一段下に竿を掛けるための金具を取り付ける。ドライバーはない。釘を打ちつけてしまうだけだ。
実際に使ってくれでも、使ってくれなくても構わない。俺がしたくて勝手にしたことだ。そりゃ、使ってくれたら嬉しいとは思うが…結局のところは自己満足だ。一段下に引っ掛けが出来たらそれで目的達成。よし、撤収しよう。
と、その前に…年季の入った踏み台を金具で補強しておこう。そう思って実際に触ってみると、わずかにガタつきがある。
よし、金具で補強したらしっかりした。
「他にも困っていることがあったら言ってね」
「金は払わないよ」
エミナルお婆ちゃんは同じことを言った。
「うん、仕事の依頼を受けてきているわけじゃないからね」
「…………いまはないよ」
「分かった。帰るね」
帰ると言ったとき、ちょっと寂しそうな目をした。やっぱり、君江ばぁちゃんと同じ目をするんだ。
「また来るね」
「あたしには用はないよ」
「うん、俺の気まぐれで立ち寄るだけだから。忙しいときは居留守使ってくれてもいいよ」
「ふんっ。あたししゃ忙しいんだ。居留守なんか使わなくても、いつもいるとは限らないからね」
エミナルお婆ちゃんはくるりと背を向けたかと思うと、バタンとドアを強くしめてしまった。
しめ出された気分を味わうところなのだが、なんだか俺にはお婆ちゃんがさみしさを我慢しようとしてわざとドアを乱暴に閉めたように感じられた。
また時間をおいて様子を見に来よう。
そんなにすぐに仲良くなれるはずがないから焦らなくてもいい。君江ばぁちゃんと仲良くなるまでも時間がかかった。
さーて、今日もいろいろあったなぁ。そう思いつつ、宿に足を向ける。
今夜こそはマニムニ食堂で夕食にありつける。そう思うとさっきまで重かった足取りも自然と軽くなった。
*
「おはようございます」
ギルドでセルビナさんとその隣にいる冒険者に朝の挨拶をする。
「おはよう、ヒロヤ君。…紹介するわね。今日の付き添いを担当してくれる青銅2のマーリレン君よ」
今回の付き添い先輩冒険者は俺より2つ3つ年上っぽい少年だった。歳が近いうえ、体格もマッチョじゃないから気後れしなくて済みそうだ。
パッと見の第一印象だと、沈着冷静で思慮深いタイプ。それでいて話しかけやすい感じだし…この人選はセルビナさんの配慮かな。
「マーリレンさん初めまして、赤銅1のヒロヤです。今日はお世話になります」
にっこり笑ってあいさつしたのに、なぜか目を丸くされた。サーリャの時と全く同じ反応だと気が付いた。
「…よろしく。青銅2のマーリレンだ」
良かった。ちゃんと挨拶を返してくれた。
彼の髪は水色っぽい不思議な銀色で、ふわっとしたくせっ毛のショート。身長は彼の方が少し高く、俺よりもちゃんと鍛えられた筋肉がついている。武器は剣。俺のものより少し長めの剣と予備なのか短剣を1本ずつ剣帯に下げている。革の部分鎧を身につけ、ブーツも頑丈そうだ。青銅2ということは次にランクアップすれば紫鉄だということだ。
「ヒロヤ君、これが依頼書よ。今回は依頼人がいるわけではないから、完了のサインはなし。持ち帰ったものを納品して、査定の用紙を提出してくれれば私が成否を判断するわ」
「分かりました」
セルビナさんから依頼書を受け取り確認する。
レニアスの原で一角兎を1匹以上討伐。セルコンドーラの森西側でダイウヤクの根、コウケイの葉、それぞれ5つを1組として納品、と書いてあった。
ダイウヤクの根とコウケイの葉か。消炎、咳止め用になるから自分の分も採集しておくかな。余裕があれば、の話になるけど…。
「それでは、行ってきます」
「頑張ってね」
セルビナさんに見送ってもらってギルドを後にする。
マーリレンは俺と並んで歩くらしく、黙って歩調を俺に合わせていた。サーリャはほとんど俺の後ろに隠れるようにしていた。出会ってすぐの人と二人で並んで歩くのが、なんだか不思議な感じがした。
雑談をしてもいいのか悪いのか分からず、とりあえず黙って歩く。街中を歩きつつ、地図スキルで目的地の情報を確認しておく。
レニアスの原までは西側の門を出てから徒歩1時間ほどかかる。さらに北西へ進路を取った先にセルコンドーラの森があり、ダイウヤクが採集できる場所までさらに2時間近くかかるらしい。ただ行って帰るだけで片道3時間。往復で6時間も歩くことになるのか。こりゃ、大変だな。
冒険者たちが速足で歩くことに慣れるのも当然だろう。
「行ってよし。次…」
街を出る時、衛兵にギルドカードを見せながら「無事、ギルド登録できました」と預かっていた仮入場札を返却する。札を渡してくれた人とは別の衛兵だったが、札には番号が振られているからそれを確認してから質問してきた。
「宿泊先の宿は決めたのか?」
「はい。【月の花】にお世話になっています」
「【月の花】だな」
いまのところ、定宿と言ってもいいだろう。マニムニ食堂に近いという理由で決めた宿だが泊り客も多くなくて静かだし、移動したい理由も特にない。決まった家が借りられるまでは居座り続けるだろうという気がする。
「そうか、分かった。…頑張れよ」
励ましながら衛兵から大銅貨2枚が返却された。
「ありがとうございます」
受け取って、すぐに腰のポーチにしまう。
「おまたせしました」
マーリレン先輩の近くへ戻り、門を後にする。
「なぁ…」
街を出て、しばらくしてから話し掛けられた。
「もしかして、セルセラの街に来たばかりなのか?」
「もしかしなくても、そうです」
「そうです…って…そうは思えないほど……」
その先をしばらく待ったが、彼は押し黙ったままだった。
もしかしたら、俺が街中を迷うことなく歩いていたり、目的地へ一直線に向かっていたりするのを不思議に思われているのかな。もちろん、俺が迷わずにいられるのは地図という非常に優れたスキルがあるからだ。これがなかったら広い街のどこをどの方向に向かって歩けばいいのか…街を出る門を探すだけでも迷って、うろうろしていたかもしれない。
種明かしは出来ないから、彼が追及してこないことをいいことに俺は何も言わずにいた。
「あの…そろそろ装備しますので、一度立ち止まります」
街道の端に足を止め、背負っていた背負い子に括りつけていた袋からピアッシュを取り出して身につける。
「なんだ、それ?」
「ピアッシュといいます」
「へぇ…初めて見た。投げる武器か?」
そうです、というように頷き返す。
素早く装備して、採集スコップなどが入った袋を再び背負い子に括りつける。
「お待たせしました。行きましょう」
再び背負い子を背にして歩き出す。
「この街に来てから、初心者用の剣を買いに行ったんです」
長い道中ずっと黙ったままというのはお互いに苦行だ。初めて武器を買いに行った時の話を披露することにした。
「へぇ…それ鳥殺しというのか。初めて聞いた」
興味深そうにじろじろ見ながらも、マーリレンは俺のピアッシュを貸してみろとも触らせてくれとも言わなかった。格下、新人相手であっても相手が持つ武器を手にしたり取り上げたりすることはしてはいけない。相手から先に武器を差し出して、持ってみる? とでも言わない限り…いや、それでも先に充分親しくなってからじゃなきゃそんなことはしないはずだ。
「俺のこいつは三代目なんだ」
今度はマーリレンの方から話を振ってくれた。冒険者ギルドに登録してすぐ、彼も剣を買いに行ったそうだ。それ以前に持っていたのは父親から譲り受けた…今も腰から下げている短刀と解体用にも使っているナイフらしい。
「2代目は青銅1になったときにそれまでのものより少し重いものに変えた。そして、こいつは長さをそれまでのものより指の分長いものにした」
「そうなんですね」
初めて手にした剣に慣れて、腕の筋肉がついてくると剣が軽く感じてくる。そして、さらに戦っているうちにリーチが長いものが欲しくなる。そういった流れがなんとなく分かる気がする。
「ランクは違うけど、俺ら歳は似たようなもんだろ。タメ口でいいぜ」
「あー。いいの、かな? 今回、引率というか監督役をお世話になっているんだし…」
「いいって。いつまでもその口調でいられる方がおさまりが悪いというか…気になるというか…」
冒険者同士の会話を聞いていても、結構ざっくばらんな口調が多い。
「じゃ、そうさせてもらう」
「おぅ…。何か聞きたいことがあれば、先輩として少しぐらいなら相談に乗ってやるぞ」
「それは助かる。この周辺のことはサレーナさんのテキストで勉強しただけなんだ。初心者おススメの狩場とか経験談とか…いろいろ知りたい」
マーリレンは気さくにいろいろな話をしてくれた。話をしていると、レニアスの原まであっという間に感じられた。もう1時間、歩き続けていたんだとびっくりしたぐらいだ。
「ここがビギナーズおススメの狩場だ。平坦な草原で、安定して兎狩りが出来る」
かなり広い草原だった。
「向こうに見えているのがセルコンドーラの森?」
「そうだ。今回は森の入り口付近まで行くことになる」
草原を北西へ進路を取った先に森があるのが見える。あそこまでいかないと採集クエが出来ない。ってか、横断するのに1時間もかかる平原か。すげぇ無駄な土地のように思えてしまうのは、俺が狭い島国の日本出身だからだろう。
「帰りに兎狩りをしたいので、行きは出来るだけ戦闘を避けるから」
そうしないと、狩ったウサギという荷物を持ったまま森まで歩いて行ってまた帰ってくることになる。
俺がそう言うとマーリレンはにやっと笑った。よく分かっているじゃないか、という感じの笑みだった。
「ここからは基本、後をついていくからな」
そういってマーリレンは俺の少し後ろへ回った。ここから先は試験管のように見守る位置に立つ、という事なのだろう。
俺はこっそり地図スキルで兎との遭遇を避けるというズルをしながら草原を歩いて行く。地面は平坦だか、草が膝下までの高さがあるために少し歩きづらい。 時々、剣で草を掻き分けるようにして進む。




