第56話
宿の《月の花》に戻り、いつものように部屋へ入るとすぐシェルターに移動した。
明日は街中のクエストだが、近いうちに草原でのクエストにも出る。兎狩りを指定されているから、これまでのような一対一ではなく、一度に複数の魔物を相手にすることになる。ピアッシュの扱いに慣れておきたかった。
「んー、ここだとやばいかも」
人目を気にすることない良い練習場だと思ったが、果てがどこにあるか分からない空間に投げて、ピアッシュを回収できなくなってしまったら困る。
「何か、いいものはないかな」
アイテムボックスの中を探してみると、森で収納した倒木に気が付いた。
「これでいいか」
石造りの家の壁に立てかけるように、木を3本並べる。
投擲スキルをオンにして1本ずつ順に投げる。確実に狙ったところに突き刺さってくれるから楽しい。さすがはレベル3というところか。
「どこまで早く連続して投げられるか…」
7本を全て投げ終えるまでの時間を少しずつ短くするタイムアタック。さらには、遠近ランダムに投げたり相手が逃げていく状態を想定して素早く投げる訓練もしてみた。
「なかなかいい感じだな」
今度は俺が動きながら投げて…。
ゲームのダーツでは絶対にしない動きだ。しばらく投げる練習を繰り返した。
「これを投げた後に回収することを考えたら…やっぱ、先に痺れ薬を塗っておかないと。その場で仕留めきれずに逃げられたら回収できなくなるかもしれない。それは困るよな」
視界に入っていたらピアッシュをアイテムボックスに回収することは可能なのだが…他の人間がいるときには収納による回収が出来ない。
「どのぐらいの効果だといいんだろうな」
兎は討伐後に食肉に加工されるはず。つまり誰が食べても安全であることを考慮しなくてはならない。
投擲の練習を切り上げ、薬師の家へ向かう。スタンピートで放棄された家だからか、調薬する環境は整っている。
「獲物が大型、中型、小型の体格で、量や濃度を変えてみるか」
まず完成しているのは中型用だ。これを希釈すれば小型用にも使える…ハズ。
「痺れ…麻痺…麻酔…麻酔もいいな」
逃げずにその場にとどまってくれたら刺さったピアッシュの回収は楽に、しかも確実にできる。
「麻酔、か…眠り薬…」
調薬レシピを探っていて、ゲッと思った。
眠り蛇というそのままの名前の蛇が獲物に噛みついて毒液を注入すると、噛まれたカエルや小動物は眠ってしまうらしい。で、蛇は眠ってしまった獲物を丸のみにする…と。その蛇が持つ毒を人用に加工したものがこの世界では一般的な睡眠薬として販売されているらしい。
「蛇は嫌だな」
一度死にかけたせいか、すごいトラウマになっている。蛇と思うだけでぞっとする。
さきほど一般的と言ったが…睡眠薬レシピは他にもある。植物由来のもの、キノコ由来のもの、魔物の素材を使ったものもある。
「痺れ以外のものも作ろうかと思ったけど…どれにするかな。手持ちのものから考えてみるか」
あれこれ検討した結果、眠り薬は作らなかった。材料が足りないうえ、どのぐらい肉に影響が残るか予測できなかったからだ。
それで結局、俺が作ったのは麻痺薬だ。サーベルタイガーの爪に引っかかれると痺れ成分が傷口から侵入して動きが鈍くなる…らしい。錬金術で抽出したあとその麻痺成分を濃縮したり希釈したりして麻痺薬にした。
薄めたものは突き刺さった部分を麻痺させる、いわば部分麻酔。小型から中型の獣や魔物用にも使えるんじゃないかと思う。反対に濃縮したものは大型の魔物用にも出来る…と思う強力なやつ。小型に使えば死んでしまうかも…な危険な奴だ。誰かと一緒にいるとき、大型の熊なんかに遭遇した時に使えたらと思っている。
「あの森でいろいろ狩ったけど、そのまま収納したままなんだよなぁ」
このグラニアス大陸に来る前のことがすでに遠い昔のことのようだ。目につくもの、不思議なもの、あの大陸でも結構色々と採集したよな。アイテムボックスの限界をまだ感じていないことを良いことに、どんどん放り込んでいっているから入れたのを忘れているものもある。
「あぁ、これもレア素材だ。これだと結構、効果が高い回復ポーションが作れるな」
鑑定さんで確かめつつ俺が率先して採集したものもあれば、地図スキルさんにレアだと教えられて採集した素材もある。
万が一、人間が触れてしまった時用に麻痺を解消させる効果を期待して回復ポーションを作っておく。多分コレで対応出来るんじゃないかな。
というか、自分用にはスキル変換できないかな。うん、しておいた方がいいかも。
麻痺回復薬をスキルに【換】!
スキルが無事獲得できているかカードで確認すると【麻痺耐性3】と表示されていた。
そっかー。麻痺から自動回復するというより、そもそも麻痺しにくくなるスキルになったのか。うん、これはこれでありがたい。
「あれこれ作っていると寝るのが遅くなりそうだからこのくらいにするか…」
洗浄スキルで全身を綺麗にして入浴タイムをパスすることにする。シェルターから宿の部屋に戻るとベッドに直行した。
よし、明日は初めての街クエストだ。しっかり寝ておかないと…。
どんどん冒険者らしくなってきた気がする。妙にワクワクする気持ちを鎮めて寝付くのは…難しかった。
…やっぱり…俺用にも、眠り薬を作っておいた方がいいだろうか。
*
「おはようございます」
約束の10分前に冒険者ギルドに到着してセルビナさんに挨拶。彼女は「おはよう」とにっこりした後、申し訳なさそうな表情をした。
「あのね、ヒロヤ君。すごくお願いしにくい依頼なんだけど、ヒロヤ君にぜひ受けて欲しい依頼があるの」
ん?
「今日は街の中のお手伝い依頼じゃなかったんですか?」
「それはそうなんだけど…ちょっと、その…2階へ行きましょ」
相変わらず1階フロアは賑やかだ。内緒話には向かないと判断したのか2階へ案内される。
「ここなら人目を気にせず話が出来るわ。あのね…」
話を聞いてみるとどうやら、気難しいことで定評のあるおばあさんからの掃除依頼が昨日、俺が帰った後に飛び込んできたそうだ。朝から張り出したり何人かの銅クラスに打診したりしたが、やはりというか誰も受けたがらず残っているらしい。まるっきりの新人である俺のデビュー依頼にするにはどうかと躊躇したが、セルビナさんによると俺ならうまく仕事をクリアしてもらえるんじゃないかという事で、出来ればお願いしたいという話だった。
「なるほど…。依頼は掃除なんですね?」
「屋根の上という高いところでの掃除が苦手でなければ、それほど難しいことじゃないと思うの。問題は…エミナルおばあさんの口の悪さ、かしら。ハッキリぶちまけちゃうと」
誰もが受けたがらない掃除依頼。もし失敗したら、またやり直しになるのだろうか。
「もし、ですけど…俺が依頼できなかったとして…別のお手伝依頼に再チャレンジできますか?」
「もちろんよ。でも、付き添いとして同行してくれる先輩冒険者からも状況を確認して、その報告次第で判断させてもらうから。ヒロヤ君はいつも通りの平常心で臨んでくれれば…多分、大丈夫だと思う」
「分かりました」
出来れば俺に引き受けて欲しいという気持ちがひしひし伝わってくる。その熱心さに負けて、俺はエミナルおばあさんの依頼を受けることにした。
「よかった。ありがとう、ヒロヤ君」
ホッとした様子のセルビナさんとともに1階へ降りると、付き添いをしてくれるという先輩冒険者が窓口で待っていた。
「ヒロヤ君、紹介するわね。今日の付き添いを担当してくれる黄銅2のサーリャさんよ」
俺より2つ3つ上かなぐらいの歳の女の子だった。身長は俺の方が高い。彼女は小柄だがちゃんと鍛えられた筋肉がついている。黄銅2ということは俺の3つ上のランクだ。弓使いの女の子らしく、街中にもかかわらず背には弓を背負っている。髪は茶色で肩の下で切りそろえた長さ。片方の耳を出して、耳の上に髪を結上げるようにして括っている。
「サーリャさん初めまして、赤銅1のヒロヤです。今日はお世話になります」
にっこり笑ってあいさつしたのに、なぜか目を丸くされた。
「あ…そ、の…よろしく。サーリャだ」
ちょっとぶっきらぼうな物言いに俺はあれ? と思ったがセルビナさんから今日のお手伝いクエストの内容を聞いた彼女は表情をこわばらせて叫んだ。
「げ! よりによってあのばぁさんか!」
あれ? さっきまでは声も小さいし大人しそうな女の子かと思っていたのに、印象が変わったぞ。
そしてなんとも言えないような微妙な表情で俺を見た。
「ヒロヤだっけ。あんたもついてないな。よりによってあの婆さんの依頼なんて…」
お、いきなり女の子に呼び捨てにされた。久しぶりだなぁ。
「そうなのか?」
ため口で聞いてみれば、この方が良かったのか「そうだよ。有名な婆さんなんだ」と愛想よく返してくれた。
「そっか…でもまぁ、とりあえず頑張ってみるよ」
「そう、だな…。あたしは付き添いで見ていることが基本だから…その、助けてやれないけど、ごめんな」
だんだん興味がわいてきたぞ。どんなお婆さんなんだろう。君江婆ちゃんみたいなタイプだといいんだけどな。
「ヒロヤ君、これが依頼書。よく読んで、あまり遅くならないうちに向こうへ着くようにしてね」
「分かりました」
セルビナさんから依頼書を受け取り、書かれていた内容を読み込む。添え書きしてある地図で現場も確認する。
…なるほどな。つまりは現場へ迷わずに行くこともクエストに含まれているわけだ。先輩冒険者は基本見ているだけ、いないものと思ったぐらいの方がいい。
「では、行ってきます」
依頼書を折りたたみ、肩掛けのマジックバッグへ。迷ったものの、やはり俺は肩掛けのマジックバッグを持ってきていた。今日は町中クエストのため腰に剣は下げていないが、ピアッシュは念のためマジックバッグの中に入れてある。
さっさと冒険者ギルドを出て、こっそり地図スキルで目的地にピンを立てる。すると歩いて10分ほど先と近いことが分かった。
屋根の上の掃除という事だか、洗浄スキルは使わない方向でいこうか。それとも1ぐらいは持っていることをカミングアウトしても騒ぎにならないだろうか。歩きながらどうしようと考えて、バレるまでは…可能な限り隠すようにしようと決めた。
この街で冒険者登録したわけだが、せめて銅を卒業するぐらいまでレベルを上げることが出来れば他の街へ行った時もマジックバッグ持ちだという事が目立たない気がする。
なので目標は銅を卒業後の次のレベル、黒鉄1までこの街でレベルを上げることにする。そうなると多分数カ月や半年ぐらいはここの街で過ごすことになるから、洗浄スキルを完全に隠し通すことは難しい気もする。もう日常生活の一部のようになっていて、無意識に使ったり…人前でも使いそうになって…内心大慌てすることがある。いつかはバレると思うけど、それでも可能な限りばれないようにしよう。
「ここか…」
依頼書の地図を時々見ながら歩き着いた先は、緑色の屋根の2階建ての一軒家だった。玄関横から入っていくと中庭に続いているのだろう小道もある。
ドアのノッカーを叩く。このノッカーもない場合は直接ドアを叩くことになる。この世界にドアチャイムはなかった。
「こんにちはー! こんにちはー!」
相手がお婆さんという事は耳が遠い可能性もある。声を大きくして叫んでみた。
「誰だい! 煩いねっ!」
中庭の方にいたのか、小柄だがまだ背中も曲がっていないし杖もついていないお婆さんがひとり出てきた。元は綺麗な金色だったのだろうが、今はくすんだ色合いの金髪をひとつにまとめて結上げている。鋭い目つきに、ちょっと頑固そうな性格が現れたお婆ちゃんだった。
ビンゴ! 見た印象からも君江ばぁちゃんそっくりだ。懐かしいなぁ。
「誰だい。にこにこ笑って、押し売りかい! 帰れ!」




