第53話
和んだ後は真面目な話に戻る。
「フィールドワークなんだけど、草原での兎狩りと薬草採集。いつがいいかしら。希望はある?」
「そうですね。今日でなければ…早いうちにお願いします」
「今日はさすがに…ムリね。明日は街の中の簡単な仕事クエストを入れようと思っているのだけど、大丈夫かしら。多分、数時間から半日ほどで終わると思うわ」
「お願いします。とりあえず明日、8時すぎに来ればいいですか?」
「そうねぇ。そうしてくれる?」
「わかりました」
「それが終わったら草原での兎狩りと薬草採集なんだけど…マジックバッグ…どうする? 普段使っていると、使えないのは不便よね?」
「そうですね。出来れば持っていきたいのですが…赤銅1が持つにはやはり、違和感ありますよね」
「そうねぇ…実際、ビギナーズが持っているのなんて聞いたことがないけど…」
「普通は背負い子から始めますよね?」
若い冒険者のほとんどが背負い子を使っている姿を見ている。
「そうなのよね。私が貸したという事にしてもいいんだけど…」
贔屓だと思われるのも先のことを考えるとまずい。
「何事も経験ですし、他のみなさんと同じようにやってみます」
「そう、する? 背負い子はビギナーズの子用に貸し出しも用意できるから、それを使うといいわ」
そうなのか。買ってこようかと思っていたが…
「いえ、自分用のを買います。この先、使いたいことがあるかもしれませんし…」
いらなくなったらアイテムボックスに保管するか、シェルターの空き家の倉庫にでも放りこんでおけばいい。
「それなら…街の雑貨屋でも売っているけど、ギルドの売店にある背負い子の方が丈夫だからおススメよ」
「ギルドの売店ですか?」
「あら、知らなかった? ごめんね、私が説明し忘れていたのかもしれないわね。この階の奥にあるの。後でよかったら寄ってみましょう。他にもいろいろあるから」
「はい、よろしくお願いします」
「で、草原が終わったら…卒業試験代わりの森での討伐と薬草採集をやる前に1日か2日休みを入れる予定でいるから」
「分かりました」
「冒険者になってからは自分で自分の体調管理をしながら仕事をすることになるけど、休めるときにはしっかり休むようにしてね。慣れるまでは自分が思っているより疲労を貯めこみやすいから、気をつけなさい」
「はい」
「あ、そうだ。ハーシュさんに引き継げと言われているんだけど…何の用か聞いてくるわね。大したことない用事だったら私が変わってくるわ」
「…俺はここで待っていればいいいですか?」
「ええ、そうしていて。…あ、お昼どうする? この近くの店へ行ってくれてもいいわよ」
俺は時計スキルで時間を確認できるが、この世界の人はどうするんだろうと思っていたら…
「窓の外を見て。ここから時計塔が見えるのよ」
「…なるほど」
セルビナさんの視線を追うように視線を外へ向けると時計塔がある。この街の住人はあれで時間を確認しているようだ。
「では、先にお昼を摂ってきます。1時間くらいで戻ってこれると思います」
「ええ、行ってらっしゃい。また後で…」
一度ギルドを出て、近くの食堂へ行ってみた。が、ギルドに近いせいか冒険者たちでいっぱいだ。相席の順番を待つのも嫌だったのでこの店はやめることにした。ガタイのいい見るからに暑苦しそうな男たちばかりって…無理だろ。気後れせずに入れるわけがない。
少し足を延ばすことになるが市場を目指す。昨日気になった調味料のクスクーがあれば買っておきたい。
食材や調味料を扱う店が市場へ向かう途中にあり、ここで目的のクスクーを買うことが出来た。他にも、数種類のビネガーを買ってホクホクで店を出る。
「これは…屋台だな」
ゆっくり店で食事をする時間の余裕はない。
串焼肉以外のものがないか…と屋台を回ってみるが3軒回って全部が串焼肉だった。仕方がないからパン屋を次に探す。地図スキルで場所は分かったが…遠い。
仕方ない。手持ちのパンを取り出して焼肉を挟むか。となれば次は落ち着いて食事が出来る場所探しだ。きょろきょろと辺りを見回していると、一人の男と視線が合った。この街に初めて来たときにも見かけた…あのスリによく似ている。軽く睨むようにすると、男はそそくさと姿を消した。後ろ暗いところがなかったら、子供に睨まれたぐらいで姿を消したりしないだろう。
仕方がない。ギルドで場所を借りよう。
手土産代わりにさらに串焼き肉を買って戻る。
ギルドに戻るとセルビナさんの姿がない。2階へ上がってもいいかどうか分からずセレストさんかハーシュさんの姿がないか探していると、ヒナヒーラが近づいてきた。
「誰を探しているの?」
「セルビナさんかセレストさんかハーシュさん…だけど…先にひとつ聞いてもいいかな?」
「いいわよ、何?」
「向こうでパンを食べている人たちがいるけど、ここって食堂があるのか?」
コーヒースタンドのような場所で初日に見たのは、何かの飲み物を飲んでいる人たちだけだったが今見ると何かパンみたいなものを食べている人がいる。
「ああ…あれね。ギルドには食堂はないわ。でも、外から持ち込みで軽食を摂ることは禁止されていないの。飲み物を買えば誰だって利用できるわよ。立ち食いになっちゃうけどね」
「そうなんだ。お昼を食べ損ねるところだったから…俺も飲み物を買って、場所を借りてこよう」
テイクアウト用の小さなカウンターへ向かうと、まだ年若い少女が二人いた。ヒナヒーラみたいな仮登録者なのかもしれない。
「何にしますか?」
カウンター近くにはミニ看板が立っていて、メニューが値段とともに書いてあった。
「えーと…ミルクで」
麦茶1銅貨、ミルク2銅貨、エール3銅貨…って三択しかない。やっぱりコーヒーはなく、がっかりした。
「2銅貨になりまーす」
「ありがとう」
2銅貨を渡し、カップを受け取って空いたテーブルへ向かう。
「ヒロヤ君?」
街の中は人がごちゃごちゃいるからずっと地図スキルの人センサーは切ったままにしている。セルビナさんがいつの間にか接近していたことに気が付かなかった。
「なにしてるの?」
「ここでお昼を食べようかな、と…」
「あら。それなら2階へ行きましょ。打ち合わせしながら食べればいいわ」
そうしてもらえると、テーブルと椅子が利用できるからありがたい。
「なぁに? 外でいい店が見つからなかった?」
「一番近くにあった店は…その…先輩方の迫力がすごくて入れませんでした」
「あら、かわいいことを言うのね」
くすっと笑って先を歩く彼女の後に続く。二階の同じ部屋のドアを「どうぞ」と開けてくれる。
「セルビナさんは? お昼済ませました?」
手にしていたミルク入りカップをテーブルの上へ置いた。
「ええ、さっきサレーナや他の子たちと一緒に」
俺たちは向かい合う椅子に座った。
「じゃあ、食後のフルーツなどはいらないですよね」
「フルーツ! いるわ!」
食いつきがいいセルビナさんの様子に思わず頬が緩む。
「もう…からかわないでよ」
「からかったわけじゃないですよ。…どうぞ」
アンズを出すとセルビナさんは鼻に近づけて香りを嗅いだ。
「いい香り。ちょうどいい食べ頃ね」
「果物ナイフいりますか?」
「果物ナイフ?」
あーこっちではそう言わないのか。
「果物を切るのにちょうどいい、小さいナイフです」
「大丈夫。手で皮が剥けるから。ほら…」
つるつるっと皮を器用に剥き、ぱくり。彼女は躊躇なく噛みついた。
「甘酸っぱいー」
おっと、見ている場合じゃなかった。俺も昼ごはんにしなくては。
肩掛けカバンのマジックバックから出したふりをしてパンと串焼肉、レタス…に似たメイロとトマトを出す。皿をまな板代わりにしてトマトをカットし、メイロを手でちぎる。パンに切れ込みを入れ、メイロ、トマト、串から外した焼肉を挟む。
「何それ、すごく美味しそう」
「ただ挟んだだけですよ?」
「ヒロヤ君、料理が趣味だって言っていたけど本当みたいね。すごく手際がいいわ」
ぱくりと食べると思わず頬が緩む。お腹が空いていたこともあり、自画自賛できるほど美味しい。
「そのパン、どこで買ったの?」
「あー。買ったわけじゃないです」
「もらいもの?」
パンを貰う状況って、どんなパターンがあるだろう? お礼? お裾分け…?
「って、まさかの手作りっ!」
「……えぇ、まあ…」
発酵させたりなんだかんだとご飯を炊くよりも手間だが、作れる種類も豊富で味も変えられるし…で、楽しみつつ自分で焼いたりしている。もちろん、買ってくることもあるから全部が手作りというわけではない。
「ヒロヤ君、今すぐ3つか4つ歳とれない?」
「とれるわけないでしょ!」
「そうよねぇ…あーあ、私があと4つぐらい若かったらなー。そしたら、放っておかないのに」
「………」
もぐもぐもぐ…俺は黙ってサンドイッチを食べる。
女性の年齢の話には触れない。聞かない。回れ右、地雷が埋まっている。と、さんざん妹に聞かされている。沈黙は金なり、金也。
もぐもぐもぐ……。
「美味しい?」
「…まあまあです」
「すごく美味しそうに見えるんだけど…」
「今夜か明日用に…持ち帰ります?」
その言葉を待ってましたと言わんばかりの笑顔で頷かれる。
なんだか、どんどんキャラが変わってきてないか? …食いしん坊さん、好きだけど。
「食べ終わってから作ります。少し待っててください」
「ありがとう!」
アンズを食べ終えたセルビナさんは「手を洗ってくるわね」と言って席を立った。
「あ、待って」
俺はウォーターボールと呟いてこぶし大くらいの水球を出すと、ふよふよと動かした。
「撫でるようにすれば手が洗えますよ」
彼女は俺とウォーターボールを何度も見て「はぁっ」と溜息をついた。
「水魔法ね。しかもこの繊細なコントロール…はあっ…ありがとう、綺麗になったわ」
セルビナさんは手を洗った後、水滴を「ウインド」で乾かした。どうやら彼女は風魔法が使えるらしい。
「解体場で使わなかったのはなぜ?」
「出来るだけ秘密にしておきたかったので」
「そう…。攻撃と防御の時も、使わなかったわね」
「あ、それ。セレストさんにも聞かれましたけど、単に剣だけで戦わなくてはいけないのだと思っていたんです」
「魔法も同時に使っても良かったのよ?」
「そうみたいですね」
はぁあ…とまた彼女は溜息をついた。
「ねぇ、年齢誤魔化してないわよね?」
「誤魔化してません。16です」
もう少しで17になるけど、それは言わないでおこう。
「超優良物件なのに…せめて20歳か、おまけでも19くらいだったなら…」
年齢の地雷には近寄らない。触れない、聞こえない。
俺はせっせとセルビナさん用のお持ち帰りサンドイッチを作り、ハキロの葉で包んだ。
「どうぞ…」
「ありがとう。遠慮なく頂くわ」
セルビナさんの手が包みに触れると、サンドイッチは消えた。
「…………」
もしかして、他の人達はアイテムボックスに収納する時、手で触れてからでないとだめなのかな?
背筋を冷や汗が流れていく気がした。
「ヒロヤ君?」
「あーその…先ほどサレーラさんたちと一緒にお昼を食べたと言ってたのを思い出して…ひとつだけだと問題になりますか?」
違う話題を振った。まさか、手を触れずにアイテムボックスに収納できるのが異常だと…今、気が付いたとは言えない。
「大丈夫よ。気遣ってくれてありがとうね。…さてと、ヒロヤ君のお昼も終わったことだし…。ハーシュさんに確認してみたら、ギルドに登録したビギナーズに説明するべきことをいろいろ忘れていたらしいのよね。代わりに私から説明や案内をするわ」
「お願いします」
セルビナさんから改めて、基本的な説明を受けた。
すなわち、仕事の報酬は依頼人が冒険者に直接支払うのではなく、ギルドに預け金として事前に支払われていること。そして依頼完了後に冒険者へギルドから支払われることになるが、受け取る報酬はすでにギルド取り分の手数料と税金が引かれていること。つまり、冒険者個人が税金を納める必要はないということだ。
そのほか冒険者への報酬は成功報酬であり、失敗した場合は報酬がないだけではなく場合によっては違約金が発生するらしい。目安としては成功報酬が銀貨を超えるような場合に補償金制度が適応され、失敗時には違約金を負う義務が発生するみたいだ。
「分かりました」
「この辺の説明をしてもすぐに理解できない子が多くて困るんだけど…ヒロヤ君はさすがね。お金の他に、失敗が続くとギルドへの貢献度も下がってランクアップが伸びたり難しくなったりするの」
俺はただ頷き返した。
「ギルドカードの通帳機能についても説明するわね」
商人カードを作ったときに受けた説明とほぼ同じだった。
「ビギナーズにはまだ必要ないと思うから勧めてないんだけど、ヒロヤ君は先に登録しちゃう方がいいかも」
「えと…とりあえず、登録しておきます」
ナイフで軽く指先に傷をつけ、滲んだ血液をカードのくぼみに。するとすぐに+と-のマークが現れた。
「無事、登録できたみたいね。入金はギルド…冒険者ギルドの他に商業ギルド、森林組合、土木建築組合、紡績・被服組合、薬師ギルド、錬金術ギルド、貴族院でも入出金が可能よ」
貴族院というのが貴族カードを発行しているところかな。そして錬金術ギルド…ギルドがあったんだ。錬金術師は少ないと聞いていたけど…そうだよな。この手のシステムに一番詳しいのは錬金術師のはずなんだ。
「支払いは街の大きな店舗でも可能だけど、入金は先ほど言ったギルドや組合の施設のみになっているから気をつけて」
「分かりました」
「他にも細かい話をするとね…」
冒険者同士のケンカは基本的に当事者同士で解決すること。ただし、窃盗や盗難、闇討ちや殺人などの禁止事項に触れた場合はギルドや街の治安を守る衛兵も介入して捕縛、罪を裁かれることになるらしい。
「例えば、こんな場合だと…」
フィールドで他の冒険者と獲物の取り合いになってしまったケースの例。先に討伐していたパーティが危ないと判断して助けに入るケースの例。などなどの説明を聞く。
「可能であれば声を掛けて、助けが必要かどうかの意思疎通を図る。声を掛けることで戦況が不利になると判断した場合、まずは合図が送れるかどうか考えて。相手と視線が合い、合図を送れそうなときはこう…」
と言ってセルビナさんはピースサインを出した。そしてそれを自分の胸に当てる。
「これは救援が必要か? と問うサインなの。で、必要な時は頷き返し、必要ないときは首を横へ振る」
返事の方は俺たちと同じだから分かりやすいしやりやすい。
「声もかけられないし合図も送れない。そんな時は一番、後でトラブルになりやすいのだけど…命の危機にあると判断したなら介入してもOK。むしろ、放っておいたら死ぬと分かっていて無視するのは一種の殺人と同じ。ただし…ここが重要。助けに入ることで自分も命の危険にさらされそうだと思ったら、関わっちゃダメ。非情なようでもその場から逃げて。そして出来るだけ早く別の冒険者かギルドに救いを求めて欲しいの。無茶なことはしてはダメ。一番大切なのは自分の命。他人の命を救うことは自分の命を救った後に考えることよ。分かった?」
「分かりました。他にも、重要なハンドサインがあれば教えてください」
セルビナさんは頷き、立ち上がって全身が見える位置に立った。
「パーティごとにサインを決めている場合もあるけど、基本的なサインは覚えておいて損はないわ」
立ち止まれ。後ろに下がれ。黙れ。警戒しろ。逃げろ。走れ。しゃがめ。伏せろ。
「こんなところかしらね」
どこかのパーティーに入る気もなければ、誰かと組むつもりもないがソロ活動でも知っておいた方がいい情報だ。ビギナーズを卒業した後に知らないという事になったら恥ずかしい思いをするかもしれない。
「あぁ、見ろというのもあったわね。地面の痕跡を指し示す、木の陰に隠れている魔物をそこにいるぞと教えるとき。その方角を親指で指さして…見ろ、とやるわけ」
見ろのサインは握りこぶしの親指を指し示す方へ向けて振るというものだった。会計を呼ぶときのハンドサインに少し似ている。もっとも、会計を呼ぶときの親指の向きは天井だが。
「上を見ろ、というときはこうでいいんですか?」
「それはお会計を呼ぶときのサインね。天井とか上の場合は親指を立てた後、人差し指で上を示すの」
「なるほど…」
指鉄砲の形を作って、上に向かってバキューンと打つ真似をする…と覚えると覚えやすい。




