第52話
「え? じゃないよ、まったく…」
気がつけばセレストさんは苦笑いしていた。俺は終わったことにようやく気が付き、剣を降ろした。
「どう思う?」
「そうね。ビギナーズとしては充分じゃない?」
「充分すぎるよ。赤胴1はもったいない。早く上がって欲しいものだね」
「多分、その心配はしなくてもいいんじゃないかしら。ヒロヤ君本当に優秀だから」
このまま休憩なしで続きをするのか、セルビナさんが剣を手にリングの中に入ってきた。セレストさんが代わりに外へ出て行った。
「任務中にスタミナ切れを起こせば命の危険もあるのは分かるわよね。このまま続けるわよ」
剣を手にしたセルビナさんの気配がぐっと強さを増した。威圧されているのか?
これに飲まれたらいけないと本能で感じる。
彼女はスカート姿のままだ。だが、油断できないのは肌で感じる。
「………」
ガツンと打ち込んでくる威力を必死に受け止め、俺のスイッチが入る。なるほど。これはもう相手が女性だとか男性だとかは関係ない。どれだけ相手が強いか弱いか、相性がいいか悪いか、苦手か戦いやすいか、そういうことでしかない。
セルビナさんが強いことは分かっていたが、いざ対峙してみると…どれほど自分が劣っているか無意識に気付いてしまって…心が折れて負けそうになる気持ちを必死に奮い立たせた。
「やぁっ!」
攻撃を受ける手が痺れるほど激しい。まともに戦えないのが分かる。だが、それでも負けるわけにはいかない。せめて気持ちだけでも負けないようにしないと一気に崩れ落ちるのが…肌で分かる。
考えろ。読み取れ。どこをどうすればいいのか。激しく打ち込んでくる剣を受け止め、躱し、反撃の隙を見つけろ。これは勝負じゃない。負けるのは分かっている。負けているのは分かっているから…せめて食らいつくんだ。
「そう、足も上手く使って! はぁっ!」
セレストさん同様、セルビナさんも手加減はしてくれている。どうやって守るか、守りつつ戦えばいいのか誘導してくれている。必死に食らいつき、相手の攻撃を受ける。
「目がいいし、反応もいいわね」
悔しいけど力は彼女の方が上。女性の細腕から繰り出される攻撃だとは思えないほど強い。
受け止め損ねれば弾き飛ばされる。まともに受けずに流して躱すことだけで必死になる。
パンパンパンとセレストさんが手を叩いた。その音を聞いたセルビナさんが大きく下がり、剣を降ろした。
「お疲れさまー。ヒロヤ君」
本当に剣を降ろしてもいいのだろうかと思いつつ、くたくただった俺も後ろに下がり、セルビナさんから距離をとってから剣を降ろす。
「いいねぇ、君」
にやっと笑われた。二人とも似たような笑みを浮かべて俺を見ている。
「彼、いいんじゃないか?」
「そうね、とりあえずは…」
「充分でしょ。ビギナーズの子とは思えないし」
「まぁね」
こちらは疲労困憊だ。ゼイゼイと荒い息をつくのがやっとで言葉も出ない。こっそり回復魔法を使いたいところだが、使えば魔法を使ったことがすぐにバレるだろう。
「合格よ、ヒロヤ君」
「攻撃の方も合格だ」
良かった。ほんとうに…よかった。もう一度と言われていたら、すぐに足がもつれて倒れていた気がする。動き続けていた時は必死だったけど、一度立ち止まったら…疲れがどっと来た。
「……ありがとう、ございました。座っても、いいですか?」
本音ではぺたりと寝転んでしまいたい。けれど、意地で我慢する。
「ああ、いいんじゃないかな」
「先に上へ行ってお茶を用意するから、歩けるようになったら来てね」
「ありがとう、ございます、セルビナさん」
彼女の後姿を見送っていると、セレストさんが俺が手にしたままだった剣を回収して片付けてくれた。
「君、何か魔法も使えるでしょ? 時々魔力が高まっていたよ」
「…………」
そうなのだ。追い込まれて、つい魔法で反撃しそうになった場面が何度かあった。
「どうして使わなかった?」
「どうしてって…剣だけしか使っちゃいけないんですよね?」
「へ?」
「…え?」
どういうことだ。だって、剣を使った攻撃と防御の講習だよな?
「まさか、剣だけしか使っちゃいけないと思っていたのか?」
「違うんですか?」
「そうか、そうか…単なる思い込みか」
「違ったんですか」
「まぁ、違うと言えば違うし…違わないと言えば違わない」
…なんなんだよそれ。
「俺たちが見たかったのは、君が戦えるかどうか。襲われたときに身を守れるかどうか。戦闘技術とスタミナと…心の強さ、そういったことを確認したかったんだ」
「…………」
つまり、戦うスタイルは剣だけでなくても良かった…と。
「そうだね、もし君が剣以外に魔法も攻撃や防御に使っていたら、こっちも同じように対応していただろう。それだけのことだけど…君、魔法は何が使えるの?」
じっと見つめられる。
「セルビナさんが…」
「うん? あの人がどうかした?」
「3か月間のビギナーズ担当者になってくれると言ってくれました」
「マジかよ! 囲い込み、早いな。オイ」
「囲い込みって…」
ガシガシとセレストさんは頭をかいた。
「そりゃそうか、将来有望だもんなぁ」
「将来有望、ですか?」
「まさか自覚ないとは言わないよな。サレーナの座学をあっという間に終えて、俺とセルビナの実践講習も一発クリア。こんなビギナーズの子、数十年に一人いるかいないかの逸材だって」
「…………」
えっと…もしかして俺、やり過ぎた? わざわざ大きな街に来て登録したのは目だだないためだったんだけど…間違えた?
「しまった、って顔しているねぇ。やはりまだ隠し玉があるんだ」
ニヤニヤ笑うその表情にちょっとムカッと来た。こっちは隠したくて悩んでいるのに、面白がっているな。
「ま、何か訳ありなのかもしれないけど…俺たち職員は冒険者の活動のサポートをするためにいるから、何か困ったことや相談事があれば頼ってくれていい」
「…分かりました。ありがとうございます」
回復スキルを使っていないが、気力体力ともに少し戻ってきていた。魔力が上がったことで身体機能が上がっているおかげだろう。向こうの世界だったら超人クラスかも…。
立ち上がり、部屋の隅に置いていたカバンからタオルを取り出し汗を拭う。洗浄スキルを使いたいところだが、これも我慢。
セレストさんと練習場を出る。外の大部屋には多くの冒険者たちがいて、それぞれ鍛錬をしている。みんな真面目に体力づくりや技能向上を目指しているみたいだ。
「向こうにいる少年、君と同い年の子だよ」
小声で教えられ、セレストさんの視線を追う。なるほど同い年ぐらいだ。…と言っても、体格も彼の方がいいし、ひとつふたつぐらい年上に見えるんだけど。
「彼はまだ座学も実践講習も終わっていない」
「…そうなんですか」
「登録してから1カ月になるんだけどね」
「…………」
ビギナーズ講習を受けるのは3回というのは、3回受けたら終わりで…あとは自分の判断で3か月以内なら何度でも追加講習を受けられる、そう思っていたけれど…もしかしたら違っていた?
3回受けなくてはいけないのは解体にしろ攻撃や防御にしろそれぞれ合格が出るまで…つまり3つとも合格する、という意味の3回だったのかも。
「もう少しのところまで、頑張っているんだけど…」
確か、3カ月ほどで冒険者に向いているかいないか判断されると聞いた。彼にはまだ2カ月ある。あるが……収入無しで1カ月も頑張るというのは色々キツイだろう。それとも、合格しなくても仕事の依頼は受けられるのか?
「お、向こうにいる銀髪の男。彼は黒2だよ」
誰のことかはすぐに分かった。銀髪なのは独りだけだし、ひときわ強そうで…剣を振り下ろす迫力もすごい。対峙しているのはパーティメンバーなのか友人関係なのか、稽古相手をしているような感じだ。
「黒と言うのは黒鉄のことだよ。いまこのギルドに所属しているのは黒クラスが最上位のランクになるね」
「銀もいないんですか?」
こんなに大きな街なのに?
「残念ながら、銀以上の彼らに依頼できる仕事があまりないからね。この街が平和なのはいいことだと思うことにしているよ」
「なるほど…。そういうことであれば、平和が一番ですね」
「ギルドは儲からないけどね」
あははと笑う彼とともに2階へ移動する。
薄くドアが開いていたため、どこにセルビナさんがいるのかひと目で分かった。
「あれ? 俺の分は?」
部屋に入り、すぐにセレストさんはテーブルの上にふたり分のカップしか用意されていないことに気が付いたみたいだ。
「ありませんけど? セレストさんまだ仕事に戻らなくて大丈夫なんですか?」
「ちょっとー俺だけ仲間はずれって…冷たいなぁ」
「仲間外れも何も…ヒロヤ君は私の担当ビギナーズであって、この後のフィールド実習の話し合いをするためにこの部屋に移動したんですよ」
もう、彼には用はない…ということか。
「急に頼まれて攻撃担当を引き受けてあげたのに…お茶の一杯もないなんて…」
セレストさんは情けない声を出した。
「仕事をさぼっていたとハーシュさんに叱られるのは嫌なんですけど…」
粘ってもお茶は出てこない。そう判断したのかセレストさんは大きなため息をついた。
「はぁ…仕方ない。諦めて仕事に戻るか。いやだけど…仕方ない。嫌だけど…」
どんだけ仕事が嫌なんだよ! と思ってしまうぐらい嫌そうにセレストさんは部屋を出て行った。
「もう、すぐさぼろうとするんだから」
セルビナさんは部屋のドアを閉め、内鍵まで掛けてしまった。
「よし、これで邪魔は入らないっと」
嬉しそうに言って、セルビナさんはマグカップの横にクッキーを乗せた皿を取り出した。
「さ、遠慮なく食べていいわよ。ヒロヤ君」
もしかして、クッキーが減るからセレストさんを追い出したのだろうか。
「あ、甘いもの…もしかして苦手だった?」
「いえ、大好きです」
これは俺もアイテムボックス持ちなのをカミングアウトするチャンスか?
「よかったら、こちらもどうぞ」
カップケーキを取り出して見せるとセルビナさんは目を丸くした。
「えっ? えぇっ、いま…えぇ?」
「ハーブティーもいかがですか?」
麦茶にクッキーの組み合わせがいまいちだったので、冷やしたハーブティーを用意してみた。
「…そう、だったのね」
セルビナさんは俺とカップケーキを見比べた後、頷いた。
「私がアイテムボックスを使ったときに驚いたのは、君もアイテムボックス持ちだったからなのね」
「そうです。俺以外の人がアイテムボックスを使っているところを初めて見たので驚きました」
ハーレンダルさんがアイテムボックス持ちだという事は知っているが、彼が実際に使ったところは見ていない。
「これまでずっと隠していたのね。なのに、私が普通に使っているから驚いた…?」
「そうです。…あ、育ての親がわりは知ってましたけど、絶対に隠すようにきつく言われてきたので…マジックバッグで偽装してました」
「田舎から来たんだったわね。確かに、隠しておくように言われるかもね。ってか、マジックバッグももう持っているの? もしかして、それ?」
「そうです。あれ? 気が付きませんでした?」
ミンダオさんにはすぐバレタんだけど…あれ? 解体場での解体講習の時セルビナさんもいたはずなんだけど?
もしかして、匂いがキツイからって俺から離れていた? 彼女があの時、どこにいたのか気が付いていなかったのはこっちの方か。
「あー。うかつだったわ。ビギナーズの子が持っているはずがないという先入観ね」
「なるほど…。あ、ハーブティー冷えてますので、どうぞ」
「ありがとう。いただくわ」
セルビナさんがカップを手にするのを見て、俺も自分の分に手を付ける。喉が渇いていたのでごくごく飲んでしまう。
「カップケーキもいただくわね」
美味しそうと呟いて、優雅にケーキを半分に割る。
「なにこれ! 中にジャムが入ってる!」
そういや、ジャムって高級品だっけ。つい、100円からでも買える感覚でジャムを使ってしまうな。向こうの世界の感覚が抜けない。
「ブルーベリーのジャムです」
「ねぇ、もしかして…これって手作り? ヒロヤ君が作ったのっ?」
「…実は、料理が趣味なので……」
じっと俺の顔を見ていたかと思うと、彼女は勢いよくカップケーキを口にした。
「あまぁい! 美味しぃ!」と嬉しそうに叫んだセルビナさんは女の人というより女の子のような顔をしていた。
「お代わり、いります?」
ぺろりと食べてしまって、空の皿をじっと見ている彼女に聞くと「いいのっ?」と嬉しそうに聞いてから、迷うように視線を揺らした。これは…もっと甘いものを食べたいけど、太るのは嫌だと躊躇していた妹と同じ顔だった。
「これは…お土産にどうぞ。アイテムボックスに入れておけば好きなタイミングで食べられますよ」
同じものをもう一つ追加で出すと「いいの?」と視線が俺の顔をじっと見る。遠慮なくどうぞと微笑みかける。
「ありがとう!」
言うが早いか、セルビナさんは皿を引き寄せ…カップケーキは皿ごと消えた。
「お皿は明日にでも返すわね」
「どちらでも構いませんよ」
沈没船から手に入れた…開店準備用のような荷物の中に大量にあった皿だ。まだまだ同じものがいっぱいある。
「貰ってもいいの? とても素敵なお皿よ」
「俺も気に入ってますけど、同じものが何枚かあるので…どうぞ」
「ありがとう! 今度おススメのスイーツを買ってくるわね」
「楽しみにしています」




