第49話
「お客さん、人数は?」
指を一本立ててから店内を素早く見る。パッと見た感じ既にテーブルはどこも満席だ。が、どうしてもこの店で食事がしたかったから相席でも構わないとさえ思った。
「ちょっと狭いけど、カウンターでもいい?」
見るとキッチンに近い場所に狭いカウンターがある。隣り合う人と肩と肩が触れそうなほどの狭い空間だが、幸い今は誰もいない。
「そこでいい。このいい匂いのする料理が食べたい」
「いい匂いって…ヤーユルのスープのこと? それともヤーユル焼きの方?」
「両方。他にもヤーユルのおすすめ料理があれば、それも」
ウエイトレスの女性はすごく嬉しそうに笑った。
「お客さん、初めて見る顔だけどヤーユル好き?」
俺はしっかり頷いた。
この世界に来るまではこんなに味噌にこだわるとは思ってなかった。毎日ご飯とみそ汁は食べるのが当たり前…ぐらいの感覚でいたから、いざ食べられなくなった時に自分の中にこんなに強い執着心があったことに気が付いて驚いたほどだ。
「嬉しいわ。うちの父親がトワトワ村出身なのよ」
いつか必ず行こうと心に決めていた、麦味噌の生産地のひとつだ。まさかこんなところでヤーユルと出会えるなんて。
「待ってて。すぐに用意するわ」
長い金髪を首の後ろでひとつにまとめて流している女性の後ろ姿が弾むように厨房へ消える。他にもウエイトレスの女性はふたりいる。が、俺の対応をしてくれた女性とは血縁関係になさそうな女性ばかりだった。
「お待たせー」
いい匂いにそわそわしながら待っていると、料理をトレイに載せた女性が戻ってきた。
思わず料理に視線がくぎ付けになる。
みそ汁がある。葉物野菜を味噌で和えた物。味噌をつけて焼いた肉もある。…鑑定によると肉の種類は兎らしかった。
「い…」ただきますと言いかけ、慌てて「…い、いい匂い」と誤魔化した。
「どうぞ、ごゆっくりー」
食堂内は混みあっているからか、ウエイトレスの彼女は料理を置いてすぐに別のテーブルへ向かって行った。
残念ながら味噌汁の出汁はカツオブシでもなければ昆布でもない。だが、干しキノコを使っていて、物足りなさはない。具材に味が濃く癖もある根菜を使っているからだろう、うま味成分たっぷりだった。
葉物野菜の味噌和えもみりん風の甘めの調味料で伸ばしてある。これは向こうの世界にはなかった調味料…もしくは、日本にはなかった調味料…あるいはこの世界だけの調味料だろう。鑑定によって調味料名、製造方法といった情報も分かってしまった。
クスクー。クスクの実を発酵させたのち、ビネガーを加えてさらに半年寝かせた調味料、か。この時のビネガーはヒルベリーが一般的、と。…時間が出来たら市場で探してみよう。
ここで一緒に食べるのが白米でないことを心底残念に思いつつ、パンで兎の味噌焼きを食べる。
ゆっくり味わうようにしながら食べていると、席まで案内してくれた女性が戻ってきた。
「お客さん、スープのおかわり、いる? 1杯までなら無料よ」
「もらっていいなら…ぜひ」
正直お腹はいっぱいだが、お代わりをもらうことにした。すぐに持ってきてくれた2杯目は、言葉通り【もらっておく】ことにした。つまり、カップの中身を飲んでいるフリをしながらアイテムボックスに収納したのだ。明日の朝、おにぎりと一緒にいただくことにしよう。
それとなく食堂内の様子を伺って、会計をそれぞれのテーブルで済ませるシステムであることを確認した。ウエイトレスの女性を呼ぶ際には声を上げるか、グッドサインのように親指を立てた拳を小刻みに左右へ揺らすのがお約束らしい。
俺も他の冒険者のマネをして、ハンドサインでウエイトレスを頼んでみた。
「お待たせー」
俺の担当と決まっているのか、同じ女性が来てくれた。
「すごく美味しかったよ。いくらかな?」
「銅貨6枚よ」
俺は銅貨7枚を数えやすいように並べてから聞いてみた。
「ここの営業時間は?」
彼女はチップを含めた銅貨7枚を並べた俺に、にっこり笑いかけてくれた。
「朝が6時から8時。昼が11時から2時。夜が5時から9時よ」
2時間3時間4時間の合計9時間勤務か。なかなか大変そうだ。
「知っていたらで構わないんだけど…この辺におススメの宿ってない?」
あえて、値段のことには触れずにおいた。俺の見た目だと安宿を勧められるだろうが、実際にシャワーもトイレも宿のものを使うことはないから拘らない。この街の建物は石造りやレンガ造りが多く、木造に比べると防音も気にしなくていいと思う。
「あ、それなら。私の幼馴染の家が宿をやっているの。…あ、もしかして冒険者さん?」
彼女の視線は俺が首から下げたギルドカードを捉えて、しまった…というような表情をした。
「冒険者だとダメなのかな?」
「うーん…。成人、してるわよね?」
もちろんとは言わずに頷き返す。
「お客さんタイプの人なら多分大丈夫だと思うけど…粗野な感じの男の人だと、リケが警戒しちゃうから。…もしダメだったらごめんね」
「もちろん。断られたとしたら俺に理由があったからだろうから…気にしないで」
「良かった」
簡単な道順と宿名を聞いてから、食堂を後にする。うっすらと夜の気配が感じられたが、まだまだ周囲は明るい。この世界も夏に向かって日照時間が長くなるようだ。
《月の花》。ここか…。ヤーユル料理を食べた食堂《マニムニ食堂》の裏手から細い路地を折れ曲がると歩いて5分もかからない場所に宿屋はあった。ただしこちら側は裏側になる。あまり広くはないが井戸のある中庭をぐるりと回りこむようにすると別の通りに出た。
表から宿を見ると馬車が停められる馬小屋を備えた立派な宿だった。幼馴染の家だから紹介したのだろうが…普通だったらここを勧めないよな。グレードの高そうな宿を勧められたことに苦笑いしてから、とりあえず入ってみることにした。
「いらっしゃいませ」
彼女がリケと呼ばれていた幼馴染だろう。年齢が20そこそこぐらいと同じであることに加え、少し大人しそうな印象を受ける。
「一人なんだけど、空いている部屋ありますか?」
断るならここで満室だと言えばいい。
「…あの…はい」
じっと俺を見た後、ハイと彼女は答えた。
俺が冒険者だと分かったはずだけど、断られなかった…。
「料金は幾らになりますか?」
「一泊大銅貨5枚になります」
え? と思った。見た感じだと7枚ぐらい要求されそうな感じたけど…もしかして、競争が激しいのかな。この街に宿が多くあるのは世界基本知識さんに聞いて知っている。
「食事を用意することが出来ないので、その…外の店をご案内しています」
なるほど…。人手不足から部屋貸しだけにしているのか。説明がないという事はシャワーもなかったりするのかも。
「ではとりあえず一泊。お世話になります」
大銅貨5枚を払うと彼女はホッとしたように肩から力を抜いた。
「ありがとうございます。こちら、お部屋の鍵です」
受け取ると鍵についている札には3の3と書いてある。どうやら今夜の部屋は3階らしい。
「夕食はお済みでしょうか?」
「《マニムニ食堂》でここを紹介してもらってきました」
「あ…ロニィが…」
あのウエイトレスの彼女の名前はロニィというらしい。
「明日の朝食も《マニムニ食堂》で食べる予定です」
にこっと微笑みかけてみるとリケさんの表情もつられたように明るくなった。
「ロニィのところの食事、美味しいから…いいと思います」
「あれっ、お客さん?」
受付の向こうから20代半ばくらいの男性が現れた。目の前の二人はどことなく…いや、目元が良く似ているから…兄妹っぽい。
「一泊お世話になります」
会釈して、鍵についている札をそれとなく見せる。
「ありがとうございます。案内します」
へぇ…案内付きか、と思いつつお兄さんについていくと、彼は部屋ではなく裏庭をまず案内してくれた。
「井戸から水を汲む場合は、こちらの桶をどうぞ。部屋へ持ち込むことは禁止ではありませんけど、できるだけ早く桶を返却してもらえると助かります」
やはり、この宿にシャワーはないらしい。俺にはどうでもいいことだけど…
「うちにお泊りになった商人さんが馬を世話する時には、大き目のこちらの桶をお使いになるので、間違えないようにしてください」
なるほど、と思いつつ頷いておく。
「次はトイレですが…各階に1カ所ずつあります」
階段横にあるから分かりやすい。…多分、使わないと思うけど。
「隣ですが、こちらは水場です」
「水場?」
初めて聞いたぞ。
「水魔法をお持ちの方がシャワー室代わりに使いたいということで、排水のある小部屋を用意しています」
「なるほど…。ここは鍵が開いていれば好きな時間に利用できますか?」
「はい。シャワー室代わりですので、ご利用は長くても10分ほどにしていただけると助かります」
水魔法持ち限定になるが、この水場を喜ぶ者もいるはずだ。これからますます暑くなってくる夏。シャワーを浴びれるか否かは宿選びとして重要な要素だ。
「3階のお部屋ですが…ベッドは2つ用意してありますが、使用はひとり、ベッドは片方だけにしていただきたいのです」
「分かりました」
これまでにもベッドが2つ入っている部屋をひとりで使っていた。もちろん、片方しか使っていない。
「冒険者の方で…ひとりの予約で部屋を借り、パーティメンバーをこっそり呼んで泊めるということがありました」
「なるほど…。俺はソロですし、そうでなかったとしても誰かを黙って泊めるような約束違反はしません」
「ありがとうございます」
ホッとした様子を見ると、冒険者を泊めることでトラブルが起きたことがあったんだなぁと感じた。
「それでは、どうぞごゆっくり」
部屋のドアの前で彼は軽く会釈を残し、静かに戻って行った。
鍵を開けて部屋に入ってみる。特に変わったところはない普通の部屋だ。
ベッドが2つ、丸テーブルがひとつに椅子が2つ。チェストはなく、壁に衣類を掛けるフックが6つ並んでいる。
俺は早速、部屋の内鍵をかけ…いつものようにドア横の壁にシェルターの出入り口を固定し、シェルター内に移動した。
「さ、トイレトイレ…。そのあと風呂かな」
風呂でさっぱりした後、今日は久しぶりに召喚タイム。投げナイフから投擲スキル3、小手から体術3を得た。
「…体術?」
てっきり防御スキルとかそういう感じになると思っていたが、身分証で個人情報を確認してみると表示されていたのは体術スキルだった。
「予想と違ったけど…これ、いいスキルだよ」
武器無しで戦ったり守ったり出来やすくなるスキル、なんじゃないだろうか。意外なものから意外なスキルが手に入った。
「明日は弓も買ってこようかな」
冒険者経験はなかったが、狩人みたいなことはしていた…と説明……あ、ダメだ。兎を狩ったこともない狩人って不自然じゃないのか? そういや、親父も変な奴だと言っていたっけ。それに狩人なら罠の仕掛け方も知っていないとダメな気がする。
「罠、か…」
罠籠か何かを買ってくれば、もしかしてスキルに出来ないか? うん、試してみる価値はある。
この世界にはダンジョンもあるらしいし、今すぐ行くわけじゃないけど今後のことも考えたら罠に関するスキルも習得しておくと便利かも。
「さてと…寝るまであと3時間ほどあるな」
何をしようか。今日1日のことを思い出して…そういえば、と思った。
「冒険者ギルドでチャージの…お金の話をされなかった」
カードに血を登録することも勧められなかった。なんでだろうと思っていると世界基本知識さんがいつもより小さな声で見解を述べてくれた。
※赤銅1の仕事報酬は金貨以下、だからではないでしょうか。
「あ、なるほど…」
カード通帳のやり取りは金貨以上が基本だったっけ。納得。
「いゃあ…それにしても、うまくいった」
商業ギルドカードに続いて、冒険者ギルドカードも発行してもらえた。もちろん、名前はそれぞれ別で。
「つまり、別の街で冒険者登録するときに別の名前、別のスキルで登録することも可能だってことだよね」
新規登録だと赤銅1からのスタートになってしまうから、実際にはめんどくさい。やらないと思うけど、どうしてもやり直さなくてはならないときには仕方がない、かな。
「他には…血抜きナイフも買ったんだった」
付与されている機能は素晴らしいが、性能的にはあまり良くない。
「これだと、小動物しか使えないよね」
あ、そうだ。俺のアイテムボックスには狩っただけで収納してあるあれこれがいっぱいある。水魔法を付与するだけで簡単に作れるし、自分で血抜きナイフを作っておくといいかも。
「ん? 血だけを抜く? 分離とか抽出とか…あ、あああ…錬金術を使えば…」
出来る。出来てしまう気がした。
「なんて便利な錬金術…」
血抜きナイフがあると便利かもと思っていたが、俺には必要ないじゃん。
「…………ま、いつの日か。付与スキルを解禁できる機会があれば、売り物用に造ればいいか」
売り物用、か…何か作ってから寝よう。何を作ろうか。
「そういえば…ピアッシュに麻痺効果や弱い毒効果を付けるのはどうかな」
薬師スキルを使えば薬を作る以外に、麻痺薬や弱い毒薬も作れる。もちろん、強い毒薬も作れるが、そんなものを使わないと倒せないような敵に遭遇したときは奥の手…陰竜などを倒した時のように肺を狙った水攻撃を選択する。自分の命がかかっている時には出し惜しみなんかしていられない。
「それに、弱い毒ぐらいにしておかないと、毒殺マニアのように思われたら嫌だし…。うん、やっぱり麻痺ぐらいにしておこう」
魔物を動けなくしてから剣で仕留める。薬草採集中心で手堅くやっていく冒険者スタイルとしては、ありなんじゃないだろうか。
「麻痺薬を入れる容器から先に考えるか」
ポーション瓶と同じで光には弱いから保護色を付けて…なおかつポーションとは全く違う形の瓶にしないと。
「ピアッシュの先端に塗るのは直前がいいか、先に塗っておくのがいいか…んー」
誤って触れた時の対策として…念のため、麻痺状態から素早く回復できる薬も作っておいた方がいいな。
「麻痺状態って状態異常になるのか? もしかして、麻痺回復薬をスキル変換すれば、麻痺耐性とか状態異常回復スキルとかにならないかな?」
これはもう試してみる価値はある。うん。




