第48話
投げナイフを手に入れた後なら、これをスキルに変えて…とズルが出来たと思うけど…今は素の力で練習してみるしかない。
「おめぇにはこっちの方がいいかもしれん」
新たに持ってきてくれたのは太い針のような武器だった。
「何ですか、これ」
ナイフと違って刃がない。代わりに先端が鋭く尖っていて、突き刺す力に特化しているみたいだった。
「いいからやってみな」
これならダーツと同じ感覚で投げでもいいかもしれない。長さは15センチほどだが、手に持った感じがダーツと同じくらい軽い。
的を狙って投げてみれば、気持ちいいほど深く突き刺さる。これだけ軽く細ければ、威力は大したことなさそうなものだが…と思いつつ鑑定してみると持ち手の一部分がモリア銀になっていた。薄く伸ばしたその部分から、投げ手の魔力が加わって威力が増す仕組みらしい。
「やっぱりな。それはいわゆる鳥殺しだ。素早く動く獲物を一投で射抜いて撃ち落とすには命中精度と動体視力が必要になる。扱いは難しいが、狩人のなかには昔からこいつを愛用している奴もいる」
「鳥殺し…なるほど…」
空を飛ぶ鳥を射落とすために素早く、遠くへ投げる。確かにこの針だとナイフより軽いし、かなりの飛距離が出せそうだ。
「どうでぇ、気に入ったか?」
「はい。こちらもいただきます」
風魔法を使えば命中精度はさらに上げられる。練習次第では追尾機能付きの武器にだってなる。水魔法だけでなく、風魔法も表示しておくか? いや、水魔法と剣スキルと洗浄、現状で3種類だ。まだ登録したばかりだし、様子見した方がいい気がする。
「ところで、これは幾らなんですか?」
がはははと親父は笑った。
「やっぱり、買うと言った後にそれを聞いたか」
「すみません」
「その前に交渉のひとつでもしようぜ」
「交渉、ですか?」
裏庭から移動した親父に続いて店の中に入る。店内には相変わらず他の客はいなかった。
「そいつは7本で1セットになっている」
確かに。これ一本だけだと、一度投げれば終わりになってしまう。失敗は出来ない。
「そいつは抜き身で持ち運ぶわけにもいかねぇし、すぐに使えんと意味がねぇ」
「そうですね」
俺のアイテムボックスに入れておけば問題はないのだが…そうすると人前では使えない。
「そいつ専用の収納ベルトがある」
「あるんですね! それもください」
「基本、突き刺すもんだ。どうしたって獲物から抜けば血や脂が付く」
うん、うん。そうだろうな。俺には洗浄スキルがあるからすぐにきれいにできるけど…
「そこで使うのが黒岩猪のなめし皮だ。こいつは初心者からベテランまで幅広く使える優れもんだ。剣の手入れにも昔から使われてきた」
なるほど…。冒険者必須アイテムなんだな。
「じゃあ、それもお願いします」
「ところで、こっちの剣だが専用の鞘はない。型は汎用タイプだから、こっちの3種類の中から好きなのを選べ」
どれもがシンプルな鞘だが、仕上げとして木に塗られた塗料の違いなのか、僅かに色だけが違う。焦げ茶、茶、赤茶のなかから焦げ茶を選んだ。
「最後に必要になるのが剣帯だが、ピアッシュ専用の収納ベルトと加工してひとつに繋げることが出来るが、どうする?」
この武器はピアッシュというのか。これもこちらの世界の《刺突》を俺の世界の言葉に変換してくれていると思うが、覚えやすい。
「ぜひお願いします。どのぐらいで出来そうですか?」
「そのどのぐらいってのは、どっちだ?」
どっち、って?
親父さんはまたがはははと笑った。声がでかいよ。びっくりする。
「おめぇさん、いったいいつになったら交渉をするんだ?」
「え? …あ」
そういえば、交渉のひとつでもしようぜと言われていた。
「そうでした。出来るだけすぐに欲しいので、すみませんが急ぎの仕事としてお願いします」
ガリがりがりと親父さんは頭を掻いた。
「そいつがおめぇさんの交渉か?」
「はい。あ…急ぎの仕事は無理ですか?」
もしかしたら、予約が詰まっているのか…?
「全部で銀貨3枚だ」
3万か。剣だけで1万だから、ピアッシュが1万として、剣帯と鞘と手入れ用のなめし皮で1万かな。
「分かりました」
マントのポケットから出すのは不自然かも、とマントの下に隠していたウエストポーチから銀貨を3枚取り出す。
カウンターに並んだ商品の横に銀貨を並べると、親父さんははあぁっと大きなため息をついた。
「…?」
「おめぇ、貴族の坊ちゃんかなんかか?」
何だろ、ここでも間違えられた?
「違います。田舎から出てきたばかりの平民ですけど?」
「今日、ギルドに登録したばかりだって言っていたよな」
「はい」
あれ? それを言ったのは親父さんにではなく、少女の方に…だったはずだが?
「田舎から出てきたばかりのガキが、ポンと銀貨3枚を払うことの不自然さをどう説明するつもりだ?」
あ…
「よく間違えられるんですけど、俺、成人しているんで…」
「思ったよりかはガキじゃねぇ、ってか。で、どうやって稼いでいるんだ?」
俺は内心焦っていたが、商人スキルを発動。余裕があるふりをして肩をすくめて見せた。
「冒険者ギルドに登録したのは初めてですが、いくらでも…」
「稼げるってえのなら、冒険者になる必要はねぇだろ」
気分を害したのか、親父さんの気配が変わった。いわゆる、大人を舐めんじゃねぇぞ…このクソガキが! という気迫だ。
「気分を害させたなら謝ります。ですが、俺も遊びで冒険者登録したわけじゃないんで」
「遊びじゃねぇなら何だってんだ」
睨む眼力の鋭さはこれまでに会ってきたハイセイの領主様や【フクロウの止まり木】の女将を前にした時のようだった。
「見ていてください」
俺はそう言って、店の隅に薄く積もっていた埃を洗浄1の能力で綺麗にしてみせた。
「ん?」
分かりにくかったかな、と思って新しい汚れを探す。が、適当な汚れがない。店全体が長年の汚れを残しているため、本気で店内を綺麗にするわけにもいかない。
「もしかして、洗浄スキル持ちか?」
良かった。分かってもらえた。
「はい。そうなんです。ですから、ここまで旅費を稼ぐことはできたのですが…それだけで人生を終わりにするのってつまらないじゃないですか」
親父さんの目つきから鋭さが消え、思案するように顎を撫で始めた。
「やりがいのある仕事、やりたいと思っていた仕事。まだ若いし、夢を追うのって無謀ですかね? だとしても、今しかできないことに一生懸命になることはいけないことだと思わないんですけど…」
これすら理解されないようなら、もうこの店での買い物は諦めよう。そう思っていると親父さんは大きく頷いた。
「分かった。おめぇの事情を聴きだすような真似をしてすまんかった。冒険者は危険と隣り合わせだ。いつだって命は誰にも一つしかない。無謀と勇気を間違える奴らが多いのも冒険者だ。ついいらん心配をした」
「………」
「詫び代わりに、おめぇの交渉に応えて…3時間、いや2時間だけ待ってろ。すぐにベルトを加工して渡してやる」
「ありがとうございます」
親父さんはそういうとすぐに店の奥へ引っ込んでしまった。作業場に行ったのだろう。
「おとうちゃんが…ごめんね」
少女がやってきて、俺が出した銀貨をカウンターから取り上げた。
「商品と交換でいいから、一度返す」
俺は首を振った。
「先払いしておくよ。親父さんは金だけをとるような職人じゃない。2時間待ってくれという事だから、散歩代わりにこの周辺を歩いてくる」
「いいの?」
「もちろんだ。急な依頼をしたのは俺の方だ。必ず戻ってくる」
「分かった。行ってらっしゃい、おにいちゃん」
タイマーをセットして俺は一度店を出た。この店から少し離れた…同じ鍛冶屋に入る。今度は「これをください」でさくっと投げナイフを買う。これは宿に戻ってからスキル変換用に使う。他にも、この店には小手が売っていたからこれも両手用にふたつ買う。片方は防御スキルに変換できないか試すつもりだ。
そこから今度は魔道具屋へ。冒険者が多い街だからか、取り扱い品も冒険者用のモノが多い。
予備を含めたライター、水生成水筒。血抜きを助けてくれる血抜きナイフなんて便利なものがあったからこれも2本買う。
あ、これ。水魔法のウォーターサクション(液体吸引)が付与されているのか。つまり、俺にも作れるし、スキルを使えば血抜きが出来るという事だ。へぇえ…。ウォーターサクションってこういう使い方も出来たのか。
もっとゆっくり見て回りたいところだが約束の時間に間に合うよう、戻らなくては…。それに、今夜の宿を決める必要もある。いいところが見つからなければ同じ宿に戻るという選択肢もあるが…出来れば別な宿も試してみたい。
約束通り2時間ピッタリに店に戻ると、親父さんはいなかったが女の子が待っていてくれた。
「お帰りなさい、おにいちゃん。おとうちゃんがいま仕上げをしているって言ってた」
「ありがとう、待たせてもらうよ」
「えっと、先に確認して。…剣と鞘、はい」
ハイと渡され、確認って? と思ってから気が付いた。
そういえばまだ一度も剣を鞘に入れたり抜いたりして試してない。
俺は剣スキルを1だけオンにして、剣を鞘に入れたり抜いたり、構えて振ったりしてみた。
「うん、問題ないよ。いい剣だし鞘も軽くて丈夫そう」
「じゃあ、次はこれ」
小さな女の子が先の鋭く尖ったピアッシュを扱っているのを見るとちょっとハラハラする。危ないよ、と言いそうになるがぐっと我慢する。
「狂いがないか、全部試し投げをしてから買うのが常識だよ」
またもや常識を教えてもらい、女の子とともに裏庭へ。
「うん、全部問題ない。どれも投げやすくていい」
「おう、待たせたな」
試射を終えて裏庭から店に戻ると、親父さんも仕事場から出てきたところだった。
「早速つけてみてくれ」
特殊なベルトを肩から斜め掛けにして、ピアッシュを専用の収納ポケットへ入れる。
「これはいいですね」
身体の前でピアッシュを抜き取ることになるから、手探りでも出し入れしやすい。ベルトは身体に沿う感じでぶらぶらするような違和感もないし、もちろん邪魔にもならない。
「次はこいつだ」
ピアッシュ専用ベルトに腰ベルトをさらにくっつけるデザインになっている。つまり、剣だけを吊るす腰ベルト単独でも使えるという事だ。
「長さもちょうどいいです。ありがとうございます」
さすが職人という事か。見るだけで客の身体のサイズが分かってしまうのかもしれない。
「狩人専用というわけじゃないが、狩人たちのリクエストで作っているから背中には弓をひっかけておける仕掛けもある」
一度ベルトを外して背中側を見せてもらう。
「普段はこうして閉じた状態だが、飾りピンをこうして、こうすると…」
「なるほど…よく考えられていますね」
フックが飛び出す仕掛けになっていて、弓を背に背負うことが出来るようになっていた。
「激しく走ったり飛んだりしなけりゃ、普通に歩く程度なら十分役に立つだろ?」
「ホントに…両手を開けたいときにも便利ですね」
弓を背中にひょいとかけてしまえば、両手を使う作業が出来る。
「洗浄スキル持ちには必要ないかもしれんが、手入れ用の革はおまけでもう1枚つけておく。普段の手入れはそれでいいが…刃先のメンテナンスは別だからな。時々は手入れに来いよ」
「ありがとうございます。その時はお世話になります」
無事買い物を終え、剣を下げた状態で店を出る。ピアッシュの方は街中だという事で肩掛けカバンに入れておくことにした。もちろん、この店に戻る前に買った品物がこのカバンに入ったままだという事はない。すでにアイテムボックスの方に収納済みだ。
この辺で宿を探してみてもいいかな。そう思ったのは、西側には薬草が多い森や草原が広がっていて採集に行くならこちらが便利という他に、西側にも街から外への出入り口があるからだった。
その気で宿を探していると、とてもいい匂いがしてくることに気が付いた。肉を焼いた時の匂いに紛れて…俺には無視できない匂いだった。
<これは…どの店のモノか分かる?>
夕暮れ近い時間帯。風の流れは気まぐれに吹いていて、匂いの発生源を特定するのは難しい。
しばらくすると、地図スキルにピンが立った。
<あ、ここだね。ありがとう>
急いで行ってみると食堂だった。宿は…併設ではないみたいだ。残念に思いながら、食事をしようと中に入ってみる。
「いらっしゃいませー」
元気のいい掛け声が、すぐにかかった。目がクリッとしているのが印象的な若い女性が微笑みかけてきた。




