第47話
「終わった…」
本というよりミニコミ誌のように薄いため、冊数がそれなりにあっても一読し終わるまで一時間もかからなかった。
「もう、全部読めたの?」
「はい、大丈夫です。試験してみますか?」
冗談のつもりだったが、サレーナさんは腰を上げ、カードのようなものを持ってきた。それには薬草のイラストだけが書いてある。
「これは?」
そうですか…冗談のつもりだったのに試験、やっちゃうんですね。
「ハレナノ草。採集対象は花と葉。葉は上から5枚まで。秋には地下茎の球根を出来るだけ根付きで。主な採集地はマーノリス原から三岩を目印にヤカル森に3キロほど入った地点周辺」
サレーナさんの目が大きくなった。
「すごい…ちゃんと、覚えてるのね」
ハレナノ草が傷薬の材料になることも分かっている。花は鎮静作用もあるが、収穫できるのは6月頃の2週間ほどと短い。地下茎の球根は栽培用だ。この花は種が取れないので球根で増やすしかないのだが、自生していた場所から他所へ移植してもなかなか定植出来ないらしい。1年か2年ほどは球根も生きてくれるらしく、繰り返し新葉を採集したり花の時期を逃さず収穫したりすることは可能らしい。
詳しいことは鑑定さんや薬師スキルのレシピなどでも俺は勉強できる。
「つぎ、これは?」
「二角兎。討伐証明は二角、1対で1つ。1本だけは認められない。前歯、毛皮、肉も販売対象。繁殖力が高く、基本的に2~10ほどの群れ単位で活動。角による突進攻撃、後ろ脚の蹴り、前歯による攻撃に注意。逃げ足も早く、静かに接近しないと逃げられることもある」
視力はあまり良くないらしいが、とにかく群れで生活する小型の魔物だ。1匹でも気づかれればあっという間に囲まれて飛び蹴りされたり噛みつかれたり、角で突かれたりするらしい。相手が強いと分かればあっという間に逃げていくらしいが、可愛い見かけによらず獰猛で初心者冒険者がてこずる相手とか。
俺もまだこいつらとは遭遇したことがないけど、油断しないようにしよう。
「じゃあ、これは?」
サレーナさんの試験は薬草3種類。魔物3種類だった。どれもこれも、鑑定さんや世界基本知識さんに頼らなくても覚えていることばかりだった。というか、まとめが巧くて、楽しく覚えられた。やっぱりあのイラストが良かったように思う。
「凄い…合格。1日で…」
「サレーナさんのテキストが良かったんですよ。特にイラスト。すごい上手ですね」
文字だけだったら、こんなにもすっと頭に入って残らなかったのに違いない。
「え…そ、んな…ことは…」
照れたサレーナさんはすごく可愛かった。年上女性の照れた赤い頬は、俺にとってはご褒美だ。年上好きがバレないよう、気を引き締めておこう。
「サレーナ、言い忘れていたことが…え、どうした? 顔が赤いぞ」
いきなり入ってきたおっさんの指摘にサレーナさんはあたふたしだした。
「な、なんでも…そ、それよりハーシュさん。ヒロヤくん、合格です」
ここにきて、禿げのおっさんの名前がハーシュであることが判明。ハゲデシュでなくて良かった。大笑いしてしまうところだ。
「合格? 何がだ?」
「薬草と魔物の座学終了です」
へっ? という顔で俺を見た後「マジかよ!」と叫んだ。
マジかよ! という叫びは俺による翻訳で、全人語スキルが働いているから。翻訳前はもっと別の表現だったみたいだが、俺にはもう【マジかよ】以外にはならない。
「すげぇ新人だな、おい。…というか、やっぱりお前、新人じゃないんじゃないか?」
「やっぱり新人じゃない?」
どういうことだ?
「スキルカード…ちらりと見えたが、なにかレベル2があっただろ」
「…………」
よく、あの一瞬で読み取ったな。さすがと言うべきなのか、抜け目がないと言うべきか。
「冒険者ギルドに登録したのはこれが初めてですよ」
間違いなく。これは嘘を言っていない。
「ということは、未登録で狩りや討伐をしていたと」
俺は否定も肯定もせず、薄く笑っておいた。
「なにせ田舎育ちなもので…」
生き残るためには恐竜すら殺さなくてはならない環境にいたのだ。危険地帯を抜けるため、必死にあれやこれやと戦った。ポーションづくりの材料となる薬草採集ももちろん経験済みだし、嫌な新人かも?
「どこの田舎から出てきたのか聞いても?」
俺は可愛く見えるように首を傾げておいた。
「これまでどんなものを討伐したことがあるのか聞いても?」
「………二角兎すらまだ狩ったことはないですよ」
兎などの小型の魔物がいない森にいたから。これは嘘じゃない。
「本当のことに聞こえないんだかな…」
「嘘じゃないですって」
信じてないな。
「ただ、薬草の方は保護者変わりのばあさんの手伝いをしていて、採集の経験があります。冒険者ギルドも薬師ギルドもない田舎にいましたから、自家消費です」
「薬師ギルドは都会にしかないから当然として…そうか、冒険者ギルドがない土地か…」
頭の中でいくつか候補を上げているのかもしれないが…当たるはずがない。薬師ギルドもなければ冒険者ギルドもない…異世界から来た…なんて。
「まあ、いい。座学が終わったなら、明日からは実践だ。出来れば8時過ぎに来てくれ。早朝から8時までは受付が込み合う」
「分かりました。込み合う時間を避けて来ます」
今日のところはもう帰っていいみたいだった。俺は改めてサレーナさんに「ありがとうございました」と礼を言ってから冒険者ギルドを後にした。
さて、無事に登録が終わったし…初心者用の剣を買いに鍛冶職人たちの店が多い第3街の西側へ行ってみよう。
*
冒険者ギルドから鍛冶組合のある建物までは歩いて15分ほどだった。この辺りにも宿は多く、冒険者たちもよく利用しているみたいで、歩いている人たちの姿を見ていると冒険者が多い。
出来れば宿ではなく、1週間単位でいいから部屋を借りるか家を借りることが出来ればいいんだけどな。
そう思いながらもこの世界でどうやって部屋を借りればいいのか分からない。向こうの世界でも俺はまだ学生で一人暮らしをしたこともなかったし、部屋探しをしたことももちろんない。
大学進学を期に実家を離れるのかなぁということは漠然と思っていた。まさか突然異世界に来て、一人暮らしをすることになるなんて…思ってもみなかった。
<この辺りから鍛冶屋が増えるみたいだけど…どこかおススメある?>
街の中にあった店は完成品が並んでいただけだった。どうせなら作っている職人から直接買える鍛冶場併設の店の方がいいと思って、この辺りまで足を運んだ。
しばらく待ったが地図スキルにピンが立たない。おススメという漠然とした問いに、地図スキルさんは答えに困ったらしい。
仕方がない。今回は初心者用の剣を探しているわけだから、安売りの剣を樽にいっぱい詰め込んでいる店で鑑定していいものを探すという…小説あるあるな行動をしてみよう。
勘を働かせ…というより、炎をバックに槌を2本クロスさせた鍛冶屋の看板に年季を感じて、なおかつ店名が読み取れた店に入ってみた。
「…………」
いらっしゃいませとも言わない愛想の悪い店員がひとり店番をしていた。 思わず回れ右をしそうになる足を踏みとどまらせて店内をぐるりと眺めてみる。
「見てもいいかな?」
樽に無造作に剣が数本入れてある。これが安売り品だろう。
「どうぞ」
店員の短い許可を得て、ひとつずつ手に取ってみる。
「…………」
正直に言おう。どれもこれも…重かった。重すぎた。これを振り回して戦える気がしない。しかもお値打ち品なんてひとつもない。全部同じ品質の量産品だ。
「もっと短いものは?」
あっちと顎をしゃくられた。新人冒険者だと見抜かれたからか、愛想のなさに拍車がかかる。
壁に掛けられていた短刀をしばらく眺め、一番軽そうなものを指さして手にとってもいいかと許可を求める。
「落としたら買ってもらうからな」
さすがにむっと来て、頷き返すだけの返事で短剣を手にしてみた。
「女、子供用の短剣だ。それ以上軽いのはうちにない」
子供で悪かったなと思いつつ剣術スキルをオンにしてみた。すると先ほどまで重く感じていた剣の重量が軽く感じられた。
試しに構え、からの振り下ろしをしてみる。
「…………」
今度は軽すぎて物足りなさを感じた。スキルの効果、すげぇ。
「なんだ、素人ではなかったのか」
そんな声を掛けられ、はっとした。剣術スキルをオンにすることで無意識にもともと持っていたレベル3まで上げていたみたいだ。
「試し振りありがとう」
短剣を元に戻して、俺はすぐに店を出た。
さて、どうしよう。
周囲を見回し、先ほどの店から少し離れた別の店に入った、ここでも店番をしていたのは独りだったが、今度のは職人っぽい親父だった。一瞬ドワーフかと思ったほど小柄で、身体つきががっしりとしていて頑固顔だ。
「何を探しに来た?」
単刀直入に問われ、俺は正直に「新人冒険者用の剣を買いに来た」と答えた。
「誰のだ? おめぇのか?」
そうだ、というように頷き返すと親父はじろじろと俺の体格を眺め、店を入ってすぐに置いてあった樽から次々と剣を取り出した。
「こっちこい」
カウンターに並べていく様子をただ見ていた俺に、そう声が掛かる。
「確認するから振ってみろ」
俺は先程の失敗を繰り返さないよう、剣術スキルを1だけ開放するように念じた。緊張を深呼吸で鎮めているフリをしてから端から剣を手にする。
両手で構え、剣自体の重さやなんとなくの重心を感じとる。切っ先を下げてから、下から切り上げる動作、今度は上から振り下ろす動作をしてみると「次だ」と声が掛かる。
5本試して、3本目が一番しっくりきた。重さも重心も。
「3本目だな」
見ていただけなのに、親父も俺と同じ判断をした。
「もうちっと良い奴を持っても良さそうなもんだが…わざわざ新人用の剣を買うのは金の心配か?」
あーどうしよう。正直に言ってもいいのか?
「さっき冒険者ギルドに登録したばかりのビギナーズだ」
「嘘だろ!」
「いや、ホント。まだ兎の一匹も切ったことがない」
親父は頭をガシガシと掻いた。
「オレも耄碌したかな」
仕方なく、付け足してみた。
「ワニなら切ったことがある」
解体で、だけど…
「ワニだとぉ? あいつらの方がそりゃ図体はでかいが…簡単じゃねぇぞ。力は強いし、あの硬い皮を切れる力があるんならビキナーズと言えるのか、そりゃ?」
俺は黙って肩をすくめておいた。
「妙なビギナーズもいたもんだ。面白い」
ニヤッと笑ってくれたところを見ると、気に入ってもらえたらしい。
「サービスで研ぎを入れてやる。しばらく待て」
そういって親父は剣を手に店の奥へ引っ込んだ。俺が選んで買うことにしたのは長剣ほど長くはないが短剣ほど短くない、ほど良い長さの両刃の剣だった。
店番が誰もいなくていいのかなと思ったところで、慌てたように女の子が奥から出てきた。
「いらっしゃいー。おとうが戻るまで、待ってて」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
ありがとう、と言っただけで女の子の目が丸くなった。
「冒険者?」
「うん。今日から」
マントのポケットから取り出したフリをしてギルドカードの赤銅1を見せる。ちなみに俺の情報は裏面に書いてあり、表はギルドのマークとランクのみが表示されるようになっていた。
「今日から、なんだ。へぇー頑張ってね」
「店の中、もう少し見てていい?」
「いいよ。ゆっくり見てて」
剣以外に槍も並んでいる。弓は取り扱いがないらしいが、ナイフ類も色々と置いてある。
投擲スキルはないが、アイテムボックスから石を投げ落とす代わりに投げナイフを使うのもいいかも…と思いながらナイフを見ていると親父さんが戻ってきた。
「ほれ…。次からは研ぎ代をとるからな」
「ありがとうございます。ところで、おいくらですか」
俺が剣を受け取り尋ねると親父も娘もキョトンとした後、笑い声をあげた。
「いくらって…そりゃ、おめぇ…真っ先に確認しておくことじゃねえか」
「おにぃちゃん面白ーい。樽入りは全部銀貨1枚よ。常識よ」
常識とまで言われてしまったが…そうか、値札がなくても樽に入っていたら1万と決まっているのか。
「知らないついでに…向こうの投げナイフは幾らですか?」
「投げナイフだと? どれだ?」
これです、と見た目がカッコいいナイフを指さすと親父さんは「投げれんのか?」と聞いてきた。
「分かりません」
正直に答えたが、親父さんは笑わなかった。
「投げたことがないってことだな?」
「そうです」
「石を投げたことは?」
お金のない者が狩りをする場合、石も立派な武器になる。
投げたというか…いつもやっているのは落とす…に近いんだけど……
「やっぱり、石とは感覚が違いますか?」
あるともないとも言わずに、受け応える。
「そりゃ、おめぇ。全然違う。…ま、一度やってみな」
親父さんは壁からいくつかの投げナイフを選び、店の裏へ続くドアへ向かった。
「ついてきな」
「試し投げをしてみるんだって」
女の子に行ってらっしゃいと手を振られて、裏庭へ出てみるとそこには的があった。
「投げナイフは石とは違って、腕全体の筋肉を意識するよりも手首を柔らかくして素早く…」
そう言いながら、親父は投げるお手本を見せてくれた。ズバズバとナイフが的の中心に突き刺さる。
といっても、投げている距離が短いんだけど…と思っていると俺にも投げナイフを差し出してきた。
「やってみな。まずはこんぐらいからやって感覚を掴め」
なるほど、そのための近距離か。いきなり素人が届きもしない距離から投げるのは無駄だということかな。
「はい」
親父さんの動きを思い出しながら投げてみる。
ダーツを投げるのとはまた違う感覚だった。
「妙な癖があんな」
「…すみません」
遊びでやったダーツを思い出してしまったのが悪かったのか、変な癖があると言われてしまった。
もう一度親父さんの投げ方を思い出しながら投げてみる。
「ふん…なるほどな…」
何を思ったのか親父さんは店の中に入って行った。




