第46話
紺色のマントは脱ぎ、いつも着ている服よりもグレードを落とす。どこにでもありそうな中古の服をチョイスして、靴も実用的なブーツに変える。冒険者ギルドで新規カード発行をしてもらうつもりだからスキル表示は【水魔法】【剣術】【洗浄】の二つだけにして、他はすべて偽装モードにしておくことにする。
商業ギルドカードはマジックバッグに収納して隠しておこう。
…ん? そうだ。
商業ギルドカードの名前のところをヒロムに変えた時のことを思い出した。もしかしたら変更できるかも…と実験してみようとして…やめた。
「名前をヒロヤに変えたら、商業ギルドに名前を変えたことがバレる気がする」
冒険者ギルドでは新規登録だから、ヒロヤで作っても問題ないハズ。冒険者業で稼いだお金は冒険者ギルド発行のカードで出し入れすればいいだけ。うん、見た目も変えたんだし別人登録でいこう。
登録スキルは【水魔法1】【剣術1】【洗浄1】の3つかな。洗浄スキルは無意識レベルで使ってしまうから外せない。人前などで使う時は手加減して、使うようにしてみよう。
水魔法のレベル1って何だっけと考えて、ウォーターカッターが使えなかったことを思い出した。うーん…ウォーターカッターぐらいは使いたいからやっぱり2にしておくか。【剣術】は1のままでいいかな。
「よし、出かけよう」
【水魔法2】【剣術1】【洗浄1】に偽装完了。残りは隠しておくことにして非表示。偽装がばれませんようにと祈りつつ冒険者ギルドへ行ってみよう。
冒険者ギルドに来るのは初めてだ。小説で呼んだような感じなのかな…どうなんだろうな、ドキドキわくわくする。
あ、名前の偽装を忘れていた。やばいやばい。
部屋を出る前に気が付いてよかった。
マシロヒロヤをヒロヤに念じて変える。うん、これでオッケー。
身分証を消して、出かける前の再チェック。忘れ物ナシ、身支度よし。
ウエストポーチタイプはマジックバッグではない、ごく普通のものにした。新規登録しようという冒険者志望者がマジックバッグ持ちというのは不自然な気がするから、今回は持っていかない。
洗浄しても色はくすんだ薄鼠色のままのマントを羽織った。
帰りに買い物をするかもしれないから、ごく普通の肩掛けカバンをマントの上から掛けた。身軽な見た目だが、持ち物は全てアイテムボックスに収納してある。
錬金術師さん作の剣もアイテムボックスの中だ。あれは新人冒険者が持つ剣としては高級品過ぎる気がした。冒険者登録が終わったら、新人冒険者が持つような初心者用の剣を手に入れようと思っている。
マントの前をしっかり止めて街を歩くときには見えないようにしてあるが、腰から下げたベルトには解体用のサバイバルナイフを1本だけ下げた。
宿を出る際、鍵を返却したが女将さんに延長を申し出なかった。今夜は別の宿を探してみようと思っている。
街中を歩くときにはマントのフードは降ろしたままにした。フードを被っていると不審者っぽい気がしたからだ。
あードキドキする。
目的地の冒険者ギルドの建物が見えた。冒険者たちの出入りが激しいからなのか、それとも営業時間はいつもそうなのか、ドアは空いたままになっていた。スイングドアタイプではなく、むしろ…閉じた時にはバリケード代わりにもなりそうな分厚い木製の扉だった。
近づけば、3メートル近い大きな扉だということが分かる。もちろん、ドアが3メートルという事は建物の天井はさらに高いということだ。
<この世界の人…3メートル近い巨人でもいるの?>
問えば、世界基本知識さんが答えてくれた。
※巨人族はいませんが、2メートル80までなら記録があります。しかし…どちらかといえば天井の高さは討伐された魔物の解体作業を行うための設備設計だと推察します。
<あ、なるほど…>
読んだことのある小説でも、冒険者ギルドには解体場があった。二メートルほどのブラックベアを吊り下げて解体するシーンがなんとなく思い浮かんだ。
ドキドキしながら、先を歩いていた冒険者たちに続いて俺も建物内に入ってみた。
「………」
遊園地のパークゲートのようにいくつかのブースがあり、そこへ向かう列が整然と一列に並んでいる。わいわいがやがやと雑然ととした感じの会話はあるが、怒鳴っている人は独りもいない。前と後ろの人の間隔も不自然な並び方をしている人はいないし、とにかくきちんとしている。
「………」
屈強な体格をした冒険者が多いが、なかには俺と同じか少し上くらいの年齢の少年少女もいてホッとした。
ギルド嬢は小説では若くて美人な女性が多かったけど、現実は少し違うみたいだ。もちろん、若くてきれいな女性もいるが、ベテランっぽいおばさんや20代半ばくらいのひょろっとした男性ギルド職員、かと思えば髪がなく見事に禿げたおっさんギルド職員もいる。
右手側にはコーヒースタンドのようなスペースがある。多分、というより絶対にコーヒーは出てこないだろう。立ち飲みに最適な高さの丸テーブルを囲んでいるのは同じパーティメンバーというところかな。
左手側は…と視線を巡らせると依頼が張り出されたボードがある。その少し手前にはいくつかのテーブル席がある。チームで依頼を検討しているのか、3人がひとつのテーブルで話し合いをしている様子が見て取れた。
「こんにちは」
突然話しかけられ、顔の向きを変える。
「こんにちは」
相手はまだ若い…といっても俺と同じぐらいの歳に見える女の子だった。髪は赤っぽい金髪で瞳は緑。肩までの長さの髪を両方に分けて括っている。
「セルセラのギルドは初めて?」
俺は頷いてから、ちらりと他の冒険者たちが並ぶ列の方を見た。
「新規登録に来たんだ」
少女の方へ視線を戻す。彼女も職員の一人なのか? それとも冒険者見習い? 10歳からギルドに仮登録が出来ると聞いている。
服装は町娘っぽくはなかったが、かといって冒険者の一人なのかそれとも職員なのか着ている服や雰囲気では分からなかった。
「そうなのね。それじゃあ、向こうの…」と、ここで彼女は声を小さく潜めた。
「禿げ頭のおっさんが担当者だから」
少女が指さした方向を見ると、向こうも視線に気が付いたのかこちらを見ていた。
「今日はセルビナさんがお休みだから…ついていなかったわね」
来い来いというように禿げ頭のおっさんに手招きされ、俺は他の冒険者たちが並ぶ列とは別の方向へ向かうことになった。
「教えてくれてありがとう。じゃあ…」
「うん、またね。私はほぼ毎日案内係をしているから、困ったことがあったら聞いてね」
という事は職員なのか?
「あ、違うよ。下請け、というか雑用のアルバイト」
俺の視線で聞きたかったことを察したらしく教えてくれた。
「じゃあね」
手を振る彼女に小さく手を上げて応え、おっさん担当者へ歩を進める。
「こんにちは」
先に愛想よく挨拶しておく。
「おう…ヒナヒーラにオレを案内されたってことは新規登録希望か?」
「はい。よろしくお願いします」
おっさんは軽く目を見開いた。
「こりゃ、えらくまあ…礼儀正しい奴が来たもんだな」
しまった。目上の人や大人に対する礼儀作法はこっちでは一般的ではなかったのか。
「ま、いい。とりあえず2階へ行くぞ。手続きは上でやることになっている」
おっさんはブースの中から出ると俺を促して2階へと上がる階段へ向かった。階段の数を数えつつ後に続いて2階へ。階段を上がってすぐの小部屋に案内された。
「そっちに座れ。読み書きは出来るな?」
「はい」
「じゃあ、先にこれに名前と年齢を書いてくれや。出身地その他の覧は別に書いてもいいし、書かなくてもいい」
紙と羽ペンを受け取り、ヒロヤ16とだけ書いた。
「お、成人していたのか。じゃあ、こっちだな…」
仮登録の方を準備しようとしていたらしい。
商業ギルドカードを作ったときと同じような水晶とカード発行のための機械をケーブルみたいなもので繋いだら準備完了。
「この水晶に魔力を流して」
2度目だから落ち着いて魔力登録が出来た。
「おっ?」
おっさんの驚いたような声に俺も驚いた。
「え?」
おっさんは俺を見て、光った水晶を見て、また俺の方を見た。
俺はもういいだろうと自己判断して、魔力を流すのを止めた。
「なんですか?」
じいっと顔を見てくる相手の顔を俺もじっと見る。頭の禿げ具合から予測していた年齢よりも若いな。
ひょっとしたら40代前半かも。目の色は紺色で、喜怒哀楽が表情によくあらわれるタイプ。眼光鋭いが裏表はなさそうな…というか苦手そうな感じ。
俺に対する警戒心が伺えた。
「えっと…な、これが光ることはあまりないんだが…」
「………え?」
なんだって? 商業ギルドで登録したときも光ったぞ。っていうか、確かにあの時もハーレンダルさんたち驚いていたっけ。いま思い返してみれば…うん、驚いていた。
「その…どっかの貴族の落胤とかか?」
「違いますよ」
俺は笑って否定した。
「田舎育ちの一般人です。正真正銘の平民です」
絶対にこの世界の貴族とは無関係。生まれも育ちも別の世界ですから。 …とは、絶対に言えないけどね。
「…そ、そうか」
「そうです。田舎者です。セルセラのような大きな街に憧れて、どうせ冒険者登録するならこの街がいいと無謀にもやってきた田舎者です」
「そうか、田舎者か…」
「そうです。田舎者です」
あー。あまり信じてなさそう。だが、まあ…どれだけ疑わしく思われようとも俺とどこかの貴族を繋ぐ血縁関係は出てこない。
「カード、貰っていい…かな?」
あー。大人に向かって敬語なしで話しかけるの難しいぞ。慣れた大人ならともかく初対面に近い相手だと緊張する。
「ああ、もちろんだ」
素早く受け取ってカードを確認してみると名前の表示がちゃんとヒロヤになっていた。ホッとした。
個人情報カードで先にヒロヤに偽装しておいたのがちやんと反映されているみたいだ。スキル表示も【水魔法2】【剣術1】【洗浄1】になっている。
「このギルドマークの横に1とあるのは?」
冒険者ギルドマークは炎をバックに剣と弓がクロスされたデザインだ。この世界では文字が読み書きできない人もいて、そういう人にも分かるようにピクトマークが発展している。
向こうの世界でもトイレマークを見たらそこがトイレであることや矢印を見ればその方向を示していることなどが分かる。この世界でも共通認識されているピクトマークがあり、冒険者ギルドを示すマーク、商業ギルドを示すマークなどが決まっていて広く知られている。
「色が赤銅、横の1がランク。つまりギルド登録したばかりの新人、赤銅1というランクを表している」
冒険者になっても、生まれたては赤ちゃんか。
なるほど…と頷くと、おっさんは冒険者のランクについて説明してくれた。世界基本知識さんに教えてもらっていた通りのことだった。
信号機のように赤から黄色そして青になるほど安全、安心度が高くなると思えば覚えやすい。
「青銅2までは依頼を達成することでランクが上がっていくが、そこから先は貢献度も必要になってくる」
つまり、地域社会への貢献度みたいなものだ。青銅2までの初級は個人の生活優先、報酬目的で仕事をしていてもいいが、中堅どころの中級になってくるとそれだけではダメだということだ。
ギルドから仕事を依頼される場合もある。その時は報酬だけを見て仕事を選ぶのではなく、困っている人を助ける奉仕の精神も求められることになる。
「分かりました」
「ま、そこに人間性とやらも入ってくるのだが…おそらくそれは関係ない話になりそうだ」
ありがとうございます、というように会釈を返しておく。
「ランクについての説明はそんなところだが…登録したてのビギナーズには、いくつかの決まりことがある」
おっさんの説明によると、座学や実践講習を受ける必要があるとのことだ。いきなり素人を野に放つわけではなく、新人教育をする。そして冒険者が死なない確率を上げる。…のは、ギルドの一種の義務みたいなものらしい。
商業ギルドでも感じたが、この世界は人材育成を行うシステムや考え方がきちんとしている。社会として成熟していると思う。使い捨てにされることもないし、向かないと判断すれば別の仕事を薦めることまでしてくれるらしい。
そういえば、この世界にも奴隷はいるんだろうか?
※います。奴隷にはいくつか区別があり、借金奴隷、犯罪奴隷、懲罰奴隷の3つになります。
やっぱり奴隷制度はあるのか。
※借金奴隷は、個人または親権者が負債を負った場合や破産により奴隷となる者で『各自に決められた金額を完済するまで働く者』です。
親権者の負債って…親の借金で奴隷にさせられる子供もいるのか?
※個人が負える負債額は年齢や性別などでだいたいが決まっており、個人で負いきれぬ分は家族、家族でも負えなければ親族と複数人が負うことになります。
厳しいな。でも、借金を払って欲しい人にとっては、回収できないと今度はその人が困ることになる。それを考えたら家族みんなが借金を背負うのは仕方がないのか? 複雑な気持ちだけど。
※借金返済が完了するまで給与を借金返済に充てて働き続けることになりますが最低限の生命保証はされています。とはいえ、個人の自由はほぼないに等しい生き方をすることになります。
へぇ。そう、なんだ……。
「君にも早速、座学から始めてもらう。今日はこの後時間があるか?」
世界基本知識さんと話している間も、おっさんはあれこれ話しかけてきていた。
「あ、はい」
続きはまた後で教えて。と、世界基本知識さんに伝えて意識を目の前の男に戻した。
「ああ、その前に…この街に来たばかりだと言っていたな。宿はどうする? すぐに仕事の依頼を受けなくても…つまりは収入がなくても寝泊まりできるか?」
どう応えようかと一瞬躊躇していると
「基本は13歳までの仮冒険者登録をした子供たち用に用意している宿がこの上にある。1週間ほどなら部屋を用意できるがどうする?」
と親切にも宿の斡旋をしてくれた。
「ありがとうございます。大丈夫です。この街に来る前に少しは…」
稼いできたと言ってもいいのか分からず、不自然なまま言葉を切ったが変に追及されることはなかった。
ま、それもそうだろうなとは思う。着ている服を安っぽいモノに変えているとはいっても、ボロを着ているわけではないし栄養が足りずにがりがりに痩せているわけでもない。ちゃんと観察すれば俺が金に困っている様子ではないことも分かるはずだ。
「それなら、よし。…隣の部屋が資料室になっている。担当者に引き継ぐ」
席を立ったおっさんに続いて、俺も席を立つ。受け取った冒険者ギルドカードは商業ギルドカードと同じデザインでチェーンを通すのにちょうどいい穴が開いていたから手持ちのチェーンを後で通すことにしてフードのポケットへ…入れるフリをしてアイテムボックスに収納しておく。
「サレーナ、登録したてのビギナーズだ。後は頼む」
引き継いだ担当者は20代後半くらいの、すごく大人しそうな女性だった。司書のブースでひっそりと目立たずに座っている…そんなイメージだ。髪は焦げ茶をさらに黒くした感じで、前髪が目を半分覆っているところが少し気弱で陰気な感じだった。
「よろしくお願いします」
カウンターに座るサレーナさんの前であいさつすると「サレーナです。よろしくお願いします」と細い声が返ってきた。だが、彼女の頬にはちゃんと笑みが浮かんでいて、第一印象で受けた気弱なイメージが少し和らいだ。
単なる人見知りなのかもしれない。近所に似た感じの姉さんがいた。慣れた相手ならよく笑うし、向こうから声を掛けてくれることもある。ただ繊細そうだから、彼女が俺に慣れるまでは言動に気を付けよう。
「まずはセルセラ周辺で採れる主な薬草、常設の討伐対象の魔物について覚えてください」
薬草に関する本…というより手作りのミニコミ誌のようなものが15冊。魔物に関するものが8冊。机の上に用意された。
早速手にとって、ぺらぺらと中を確認してみた。
「どれもこれも分かりやすいですね」
薬草はすべてイラスト入りで、見開きの右側に。そして左側にはその薬草のどこをどのように採集するか、旬がいつなのかといった注意点も書いてある。
「…ありがとう、ございます」
「これはひょっとして、サレーナさんが? あ、俺の名前はヒロヤといいます」
まだ自分の名前を名乗っていなかったことを思い出す。名乗る前に相手の名前を呼ぶとか…失礼な奴だ、と自分でも思う。
「すみません、名乗るのが遅くなって」
大丈夫、というようにサレーナさんは小さく首を振ってくれた。
「質問があれば聞いてください。すべて記憶する必要はなくても…覚えておく方がいいです」
「もちろんです。こんな素晴らしいテキスト、しっかり勉強させてもらいます」
「良かった…。ヒロヤくん、ランクアップ早そう」
「だと、良いんですけど…分かりません。やってみないと」
「大丈夫、だと…思う。男の子は薬草よりも魔物について熱心だけど…薬草採集でも、しっかりこなしていけば生活できるから…がんばって」
「はい。俺は薬草採集好きです。むしろ、討伐の方が苦手です」
「そう、なんだ…。うん、それでも…いいと思うの。薬草採集を専門にしている、冒険者もいるから…自分のペースで…いいと思うの」
「そうですね。周りの声は気にしないようにします」
まだ冒険者ギルドに来てから嫌な目には合っていないが、小説ではいろいろ…嫌がらせを受けたりケンカを吹っ掛けられたりするのがお約束のように書いてあった。俺も見た目が成人前の子供によく間違えられるし…実際に向こうの世界では成人前の子供だし…仕方がない部分もあるが、善意もあれば悪意もあると心しておこう。
誤字報告いただきありがとうございます。(お名前を書いていいものか分からなかったので、迷いましたがこちらにお名前は書かないことにしました) 141行目 烙印(誤)→落胤(正)になおしました。助かりました。
46話まで読んでいただいているということにも心より感謝しています… 07/03




