第43話
領主館は小島に建っていると言ってもいい。周囲は水で囲まれている。ふふふ…どうやって俺が消えたのか、本当に風の賢者だったーという流れを自分で作ってどうするよと思うが…仕方がないじゃん。この流れに乗るしかない。
領主館とは反対側。人の気配のない水辺で隠密状態のままフローティングボードを取り出し、久しぶりに浮上する。そしてセルネージュ川の方角に飛行開始。
朝の涼しい空気の中、キラキラ光る水面が綺麗だった。
逃げるように出発したが、朝の清涼な空気が肺を満たし…俺の身体も清々しくなった。
「…お」
水面から一メートルぐらいの高さを飛んでいると、水路の下の銀鉱脈を発見。地図スキルさんが教えてくれるんだもの、無視できないよね。
くるりと方向転換、そしてその場でホバリング。
うわーうわー、欲しい。量は多くないけど、この真下に銀が眠っている。
水深…ちぇっ、結構あるな。ここからじゃ、俺の魔力が届くかどうか微妙だぞ。
悩んでいると、地図スキルさんがこっちこっちというように激しく点滅しながらとある場所を示してくれる。
「ん? え? こっちの鉱脈が一度途切れて…そっちの地上近くで地層が浮き上がるようになっているのか! すごい発見じゃないか! ありがとう!」
喜び勇んで飛んでいって確認すれば、5百メートルほど下から徐々に地表に向かって、斜めに銀鉱脈が伸びている。水底ならきついけど…
「よし、ここからならいける」
周辺に誰もいないことを確認し、フローティングボードから降りて隠密も解除。地面に直接手を付け、精神集中。魔力の帯を自分の手の代わりに下へ伸ばして、土の中を潜るように降ろしていく。
「捕まえた」
後は銀鉱脈を他の地層から剥ぎ取るように引き寄せつつ、アイテムボックスに収納していく。他の混ざりものは出来るだけふるい落とすようにしながら銀を引き寄せて…収納。引き寄せて、収納。引き寄せて、収納。ひたすら繰り返す。
僅かずつだが地面が窪む。地下にあった銀鉱脈がなくなった分、どうしても地表は沈んでいく。引き寄せを中断して逆。地下に出来た隙間に河原から持ってきていた岩や小石を入れていく。
銀の採掘が先だから全く同じにはならないが、地盤がひどく沈下することがないように気を配る。
「やっぱ、地面に触れながらじゃなきゃ、この作業は出来ないよな」
ここが森の中など人が通らないところだと採掘したまま放置してしまうのだが、荒れ地とはいえこの辺は人が通る可能性が高い。出来る限り原状回復しておかないと。
「こんなもんかな」
3時間近くかかっただろうか。発掘が久しぶりということに加え、原状回復作業も同時にしていたからかなり疲れてしまった。
ってか、よく考えたら俺、朝ごはんもまだ食べてないじゃないか。
川からも少し離れた草原だから誰もいない。ここで休憩していこう。
「あーおなか減ったー」
椅子を出してどっかり座る。街にいる間は食べることが出来なかったおにぎりにしよう。朝から贅沢に焼肉も食べちゃおうかな。テーブルを出し、その上に緑茶入りカップも出す。
「んー…どれにしよう。朝だし、厚焼きハムがいいかな」
スープはもちろん、味噌汁だ。食後のデザートはネーブルに似たフルーツをチョイスした。
いい人たちと出会って、毎日が刺激的だった。楽しかったし、いろいろと買い物も出来たから満足している。だけど、一人でこうやっておにぎりやみそ汁を誰の目も気にせず食べられる環境は手放せない。
宿での生活は悪くなかったけど、次に立ち寄った街がいい街だと思ったら借家を借りようかな。一週間単位からでも、探せば貸してくれるところがあるかもしれない。
手を洗い、食後のお茶を飲みつつのんびり。まったり。
太陽が天高く上り、少しずつ気温も上昇してきているが、日本の気候で例えればからりと晴れた6月くらい。動けば汗がじんわり出てくるけど、じっとしていたら汗をかくほどでもない。
「ああ、良い天気だなあ」
次は…どうしようかな。どこへ行こう。
思いがけずハイセイの街に長くいることになったが、このまま一気にリーエルへ向かうか。それともエントローペ山に近い盆地、エスラ嬢の嫁ぎ先であるレルナ領へ寄り道するか。
レルナ領では砂糖を製造販売している。という事は砂糖の販売価格が他より安いハズだし、街には砂糖を使ったお菓子が売られている可能性も高い。この世界のお菓子にすごく興味がある。
採掘を終えたらハイセイの街へ戻り、舟で近くの港へ移動し、舟でリーエルへ向かったという足跡を残してもいいが…最後のあの領主様の様子…まさか【風の賢者】と呼ばれるなんて思わなかった。
錬金術のスキルがあると知られていたら、間違いなく【風の錬金術師】と呼ばれていただろうな。
いずれにしろ、普通の少年とは思ってくれていない感じだ。
ふうっと溜息をつくと、俺を励まそうとするかのように地図スキルさんがレア素材を点滅して教えてくれた。
「あぁ、そうだったね。銀鉱脈に目が眩んだけど、本命のシンダリンタルの鉱脈が俺を待っていたんだ」
誰も待っていない、と突っ込んでくれる人は誰もいない。
テーブルや椅子を収納して片付け、フローティングボードを取り出した。
「さぁて、採掘第二弾行きますか」
*
珪砂は花崗岩を細かく砕いて砂にすればいい。白色石灰岩から炭酸カルシウムを取り出し、石灰石に飽和食塩水と空中に含まれる二酸化炭素、アンモニアを少しずつ加えていく。
光による劣化や変性を防ぐために瓶は着色しておく必要がある。茶色、青、緑色を付けるための副原料を加えて、ドロドロに溶かした状態で型に流し入れ、自然に冷ます。一気に冷却することも可能だが、気泡やひびが入らないよう自然に任せる。
塩化カルシウムが副産物としてできるが、これは乾燥材や除湿剤にもなる。ちゃんと残して活用する。無駄にはしない。
「よしよし。これで当分ポーション瓶には困らないぞ」
シンダリンタルの鉱脈での採掘をホクホク顔で終えた翌日。俺はセルネージュ川をエントローペ山へ向かって遡上している途中で実に魅力的な砂に出会った。そう、花崗岩を細かく砕いてわざわざ珪砂にしなくても、砂から珪砂がどっさり採集できたのだ。嬉しくて、製造意欲を抑えることが出来なかった。
俺が今いるのは荒れ地の中の一軒家。薬師の店舗付き家をシェルターから出して、思わずポーション瓶作りを始めてしまった。錬金術師さんの家の方が防犯機能は優れている。だけど、錬金術師さんの家は収納するのがすごく大変だった。気軽に出し入れできる気がしない。
地図スキルさんが周囲10キロ範囲を警戒してくれているから、誰かが近づいてきたらさっさと逃げ出せぱいいと思ったのだ。とはいえ、ポーション瓶を作っている最中に人が現れたらどうしよう、と少し心配しながら作業していた。
作業中、魔物や動物はうろうろしていたが、3キロ先にある川が目的地だったらしくそれ以上こちらにはこなかったのだ。もしもの時は守衛ゴーレムのマモルを出そうと思っていたけど、こちらには接近してこなかった。川の近くに家を出さなくて、ホント良かった。
ポーション瓶は中に入れるポーションの品質を保ち、割れにくいことが厳格に求められているため、製造には神経を使う。一方、食材を保存する瓶であればそこまでの品質はなくてもいい。せいぜい湿気を防ぐ、液漏れしないといった程度の品質で大丈夫だ。
俺はついでにお菓子や食材を入れてキッチンに置いておく瓶を作ることにした。蓋は真鍮で作るとして…瓶本体は四角、いや、遊び心を加えて平行四角で…隅は洗いやすいように緩い内カーブを付けて…うん、こんな感じで…
粘土を手でこねて形状を変えるように、錬金術を使えば熱いガラスも自由自在。魔力で変形成型出来る。瓶の口のネジも適当に刻むが、これはあとで蓋の方を瓶に合わせて成型することで解決だ。錬金術ってホント、すごい。
「あ。香油を入れるための小瓶も作っておこう」
こちらも遮光瓶にして、揮発しないようにしっかり口が閉められるようにしよう。
「そういえば、この世界にコルクはあるのかな」
俺は酒を飲まないから、ワイン瓶やエールの瓶がどのように封じられているのか見なかった。食堂などで客が飲んでいる光景は目にしたが、ジョッキなどの入れ物に移された後だったりした。
いや…ワインは瓶に入っているのではなく、樽入りなのかもしれない。街で酒樽を積んだ荷馬車や舟を見た覚えがある。
「まだ時間があるから、何か小物でも作ろうかな」
瓶の蓋を作ろうにもまだガラスが冷えていない。先に真鍮で、財布を作ることにした。財布といってもがま口財布だ。巾着袋タイプの財布が一般的みたいだが、小銭を取り出すのはがま口タイプの方が使いやすい。
「これにマジックバック機能を付与すれば使い勝手はよくなる…けど…」
そう、だけど…それは危険なのだ。マジックバッグの作れる錬金術師だということで目を付けられる確率は高くなる。用心深く行動しなきゃ。
売り物のマジックバッグはまだ作らないと決めている。
沈没船から手に入れたカラフルな布を小さくカットして裁縫スキルで袋部分を作り、鋳造スキルで作ったがま口の口金を縫い付ける。袋部分の内側は丈夫な麻素材で二重袋にしてあるから、硬貨が中でこすれたとしても、布がすり減り破れることを防げる。
このがま口財布は街へ行った時の商材にするのだ。
冒険者ギルドや商業ギルドに登録してカードを発行してもらえれば、銀行機能付きのカードがもらえる。それは分かっている。だったら、財布なんていらないのでは? という考えは正しい。正しいのだが、実際の生活では全員がギルドカードを持っているとは限らない。
田舎だとほとんどの人が財布を使っているし、街であっても日々のちょっとした買い物には硬貨をやり取りしているから財布は今でも使われている。
カラフルな布と鋳造品を組み合わせた小物は他にもある。
がま口タイプの四角い口金を小物入れの蓋にしたもの。これは俺の母親が持っていて、ハンドクリームやヘアクリップなどの小物を入れていたのを参考にして作った。
髪の毛を挟んでパッチンと止めるあれも作りたかったのだが、金属の加工が難しかった。形は何となく覚えているから薄くすればできるのではないかと思ったが、金属の柔らかくしなる加工ができずに断念せざるを得なかった。日本の職人さんの技術はすごい。
代わりに作ったのは簪だ。留め具はあきらめて、まとめた髪に挿してもらうことにした。飾り部分には【雑貨店マニマニ】で買った貝を削ったものを貼り付けたから、二つとして同じものがない。一本の棒タイプでは抜けやすそうだし、支柱は波打つようにまろやかに曲げ加工して、髪が抜けにくい工夫もした。
イメージ通りに金属加工できるのが楽しくて、高級品タイプのオール銀の簪も作ってみた。いつか恋人でも出来たら、プレゼントしてみようかな…なんてね。
櫛タイプのヘアコームというデザインがあったことを思い出したのは夕飯を食べ終えた後。まだ寝る時間には早かったから、再び小物づくりを再開。
一般庶民向けのアクセサリーだから、基本は真鍮製だ。鉄芯を銅メッキ加工しても良かったけど、メッキ加工の方が作るのは難しそうな気がするから真鍮の方を選んだ。一度に大量制作するために型を作り、これも鋳造した。
櫛の部分は同じでも、全部が同じだと買う方も選ぶ楽しみがない。ワンポイントになる飾りを変えてみよう。河原で拾った石でも、カットしたり研磨すれば綺麗な模様が出ることがある。これも二つとして同じものにならなかったりするから面白い。
まだ薬師ギルドに登録できない俺はポーションや傷薬を気軽に売ることが出来ない。別に働かなくても暮らしていけるけど、働かずに暮らせる平民って変だよね。お前、何者なんだって不審がられる。
確実に、そして簡単にお金を稼ぐだけなら洗浄師として仕事をすればいい。けど…そうするともれなくというか…また領主様とか商業ギルドのトップの方たちとの交流が始まってしまいそうな気がする。静かに平民として暮らすためにも、次の街では洗浄スキル以外を仕事にしたい。
鋳造スキルと裁縫スキル、細工スキルはスキルとして持っていなくても、経験を積んでいればそこそこのモノ作りはできる。子供のような見かけの俺がちょっとした小物程度を作って露店で販売したとしても、おかしくはない…気がする。
街に憧れて田舎から出てきた、成人したばかりの俺…という設定だと、家を賃貸契約するのは無理があるか。うーむ、やっぱり宿屋暮らしをするしかないのかなぁ。
「あーなんだろ。俺にとってモノづくりって仕事というより趣味、だよな?」
楽しすぎて夢中になってしまい、気がついたら深夜を軽く回っていた。
「……あ」
赤い光点がチラチラ地図に表示された。群れで行動している赤点もあれば一つだけが動いているという赤点もある。
魔物が徘徊する時間なのかもしれない。群れを注視すると正体が一角オオカミと分かる。
うーん…この家、大丈夫なのか? マモルを出して巡回させるか。
「あ、そうだ!」
錬金術師さんがしたような家丸ごとを隠避してしまうことは俺にはできない。でもシンダリンダルで杭を作り、隠密を付与して、家の周囲を囲めばもしかしたら…
まだ奴らがここまで来るのに10分ぐらいの時間はあるはず。素早く隠密スキルを付与した杭を4本作り、家の周囲に刺していく。まだ奴らは来ないか。さらに追加で4本作り…間を埋めるように刺した。
「風の向きによってはもう、匂いで気付かれているかも…」
急いで家の中へ戻る。ドアの前にマモルを配置。窓は…念のため鉄格子を追加で嵌めていく。
「来た…」
家の明かりはすべて消した。外には漏れていないはずだ。
夜目スキルがあるため、窓から外をのぞく俺からも、慎重に周囲の様子を伺いながらこちらへ来る一角オオカミの姿が見えていた。
額に角がある他は、シベリアンハスキーみたいだ。ちょっと可愛い。
俺が家の中に入ったことで匂いが消えたのか、不思議そうに周囲の匂いを嗅いでいる。あてにしていた獲物の姿が見えないということで不機嫌になったのか、唸り始めた。
牙をむき出しにすると、かなり怖いかも。やっぱり犬ではなく、オオカミだ。しかも魔物というからには獰猛で、人を襲う性質なのだろう。
「……行ったか…」
しばらくすると、一角オオカミは家の周りからいなくなった。森林サルたちより諦めが早い。ってか、あいつらがしつこ過ぎた。
「もう寝よ」
明かりはつけないまま二階の寝室へ移動。小物づくりは楽しかったが、明日からは安全対策の魔道具作りを優先しよう。
「あ、しばらく召喚してないや」
俺の一番大切なスキル。これにどれほど助けられて、ここまで来たことか。
ベッドに入り、目を閉じたまま考える。欲しいスキル、便利はスキルはないかな。どうすれば変換できるかな…
「あ…寝てた」
気が付いた時には朝になっていた。




