第40話
「お疲れ様でした」
金庫室から出て、厳重に鍵をかけ終えた2人に俺はにっこり微笑みかけた。
これでもう、商人ギルドの仕事は終わりのはずだ。預けていたマジックポーチもちゃんと回収したし、…終わり、ですよね?
「思っていたよりずいぶん早くに終わったな」
「会頭。それはヒロム君が優秀だからです。わたしは昨日からの準備で疲れましたよ。…重いものを運んで運び続けて腰が痛いです」
イシェラさんは事前準備として、数に間違いがないか数えたり、箱に詰めたりとそんな作業をひとりで行っていたのかもしれない。
「分かった、分かった。一時間休みをやるから、甘いものでも食べに行ってきなさい」
「やったぁ!」
イシェラさんは喜びの声を上げたかと思うと、俺に近寄ってきた。
「ヒロム君、行こ。近くにいい店があるの」
腕を引っ張られるようにしてギルドの裏口から外へ。
ハイセイの街ではフクロウの止まり木や屋台ばかりだったので、普通の喫茶店は初めて…と思ったら、連れてこられた店は喫茶店ではなかった。
「イシェラさん、ここは…?」
どうみても雑貨店だ。ってか、イシェラさんの恋人の店か! どおりで、ずいぶん遠くまで行くなと思っていた。近くにいい店があると言いながら、どこまで行くんだろと思っていたら…
「一時間お休みをもらったからね。それにヒロム君、まだ買い物に行く時間が取れなかったんでしょ?」
「そうなんですよ! 気になっていたので、ありがたいです」
茶葉を買い占めなくては。
【雑貨マニマニ】と書かれたドアを開けるとすぐ「いらっしゃい」と出迎えてくれた店長さんを、イシェラさんに紹介される。背が高くて、優しそうな男性だった。ハンサムというより優しい笑顔の似合う男性で癒し系だな。仕事が忙しそうなイシェラさんにピッタリだ。
「ロナード。彼はヒロム君。仕事で知り合った少年なんだけど、私の故郷と同じようにシンシーの葉のお茶を飲んでいたんですって」
「シンシーの葉を? それは良かったじゃないか、イシェラ。お茶仲間だな」
「初めまして、ロナードさん。ヒロムと言います。よかったら、シンシーの茶葉を売っていただけないかと、イシェラさんに案内してもらいました」
「それはありがたい。どのぐらい用意しよう? 店頭に置いてあるのは試飲用と販売用の缶入りがひとつだけなんだ」
「あーそうですねぇ。…実は俺、マジックバッグを持っていまして…」
チラッとロナードさんの反応を確認するが、マジックバッグ持ちとの自己申告に無反応だ。よし。大丈夫。
「30のこれに入るぐらいいっぱい欲しいのですが…」
ここで二人とも驚いた。
「マジックバッグいっぱいって…」
「ヒロム君、そのカバン空だったの?」
「はい。ほぼ空です」
嘘だ。さっき中に入っていたものはすべて俺のアイテムボックスの中に収納した。
「領主様のお屋敷に置いてきました。時間の余裕が出来たら、買い物したいなと思っていたので」
「領主様っ? 君、領主様のお屋敷に住んでいるのか? 一族の方なのか?」
「ああ、いえ…違いますよ。しばらくお世話になっているだけなんです。仕事の関係で…寝泊まりさせていただいているだけで…」
「そ、そうか…。えっと…それでその、マジックバッグに入るだけというのはこちらとしては構わないというか、有り難いのだが…奥の倉庫まで来てもらってもいいかな」
「はい!」
「イシェラ。すまないがしばらく店番を頼む」
「ええ、いいわよ」
イシェラさんが店番をするのはこれが初めてではないみたいだ。慣れた感じでカウンター近くの壁にかけてあったエプロンを彼女は掛けた。
「ヒロム君、こっちだ」
ロナードさんにについて行くと店舗の裏に別の建物があり、そこが倉庫になっていた。さらにその倉庫は水路に面している。なるほど。舟で運ばれてきた仕入れた品物は、水路から倉庫へ直接運び込めるようになっているらしい。
「ここにあるのが…シンシーの葉の茶葉を入れた箱なんだ」
それ以外にも欲しくなるものがいっぱいで思わずきょろきょろしてしまう。
「ロナードさん、あれ! あれは海藻を干したものですよね?」
「ああ、ノマノマだね。そうだよ。建材に使われているけど、うちでは糊として使う客がいるから取り扱っているよ」
「建材っ? え! ノリっ?」
あれ、寒天じゃないのか? 俺の鑑定ではちゃんと寒天になっているけど…
「あれを煮溶かしてドロドロにしたものと石灰とリカラ石を砕いたものを混ぜ壁に塗る。完全に乾くと潮のいやな匂いを消してくれる優れた壁になるって、昔からこの街の家には使われているよ。ああ、水路の水も綺麗になるって話だけど、こっちはどうかなぁ。壁が水を綺麗にするって不思議じゃない?」
いや、リカラ石は特殊な鉱石だ。消臭効果があるなら水を浄化する効果があっても不思議はない。
「そう、なんですか…かん、壁に塗布していたんですか」
いゃあ、この街の水路の水は綺麗だし淀んだ水の匂いも潮の匂いもしないと思っていたら、建材に秘密があったのか…ってか、それってひょっとして過去の錬金術師さんたちがこの街を作ったときにこの地の人たちに教えたのでは?
ん? 石灰とリカラ石と水を混ぜれば十分みたいなんだけど…錬金術レシピを探ったら、出てきた。
寒天の存在理由ある? もしかして、透明でとろみが出るところから繋ぎにいいと思われた? もったいなぁーい! 食べられるのに。
「で、ノマノマがどうかした?」
「あれはこの辺では珍しくないのですか?」
「どうだろうね。この街ではありふれた建材のひとつだけど、他の街ではどうだろ。使ってないかもしれないね」
「あれもください!」
「ノマノマを? いいけど、どのぐらい?」
「あー。マジックバッグってこの辺に売ってないですか?」
「マジックバッグ? ノマノマのために買うの?」
「いえ、それ以外にも気になるモノがあるんです!」
寒天、ひじき、ワカメは食材。黒蝶貝やアワビ貝の貝殻などは貝ボタンの材料になる。どれも市場の露店や他の雑貨店では見なかったものだ。
「君、変わっているねぇ」
楽しそうに笑っているから嫌な感じはしない。むしろ、楽しい坊主扱いに近い印象だ。
「一度戻って、イシェラにマジックバッグを売っている店まで案内してもらってきたら? その後、ゆっくり店内を見て回るといい。彼女、仕事の途中で抜け出してきたんだろ?」
「はい。そうさせてもらいます!」
フフフフフ。俺は足取りも軽く店へと戻った。
*
「ひどい…。俺の仕事、もう終わっているのに…ちゃんと終わらせたのに……」
「ぶつぶつ言わないの」
イシェラさんにマジックバッグを買いたいと言うと呆れられた。売っている店まで連れていって欲しいと言うと却下された。それなら自分で行ってきます、と言ったらそれもダメ出しを食らった。
そして、商業ギルドへの帰り道。露店売りをしていたフルーツで甘味の補給をして、商業ギルドに向かっているところだ。
「仕方がないでしょ。会頭に一時間だけの約束で抜けてきているのよ。これ以上の寄り道なんてできないの」
「だから、俺だけ…」
「却下。私はヒロム君を会頭のもとに送り届ける義務があるんです。ふらふら一人で街を歩かせたことを知られたら、叱られちゃうわ」
「うーー」
「唸ってもダメ。会頭に許可をもらいなさい。会頭もヒロム君を独り歩きさせたら、領主様に叱られるんじゃないかしら」
「俺、迷子になるような歳じゃありません」
「知ってる。分かっているわよ」
膨れっ面をしても軽くあしらわれるだけだった。
「はあ…仕方ない。仕事が無事完了したから買い物がしたいと言ってみます」
「そうそう。ちゃんと許可をもらおうね」
「と、いうわけで許可をください」
ハーレンダルさんはきょとんとした顔をした。
「なにが、というわけなんだ?」
私の口からは言えません、というようにイシェラさんはそっぽを向いた。仕事場を抜け出して、恋人の店に行っていたと知られたくないのだろう。
「街で買いたいものを見つけたんです。仕事はもう終わりましたよね? あとはもう自由時間でいいですよね?」
「あー。なるほどな…分かった。二、三の確認と手続きを終えたら自由時間でいいぞ」
「ホントですか!」
やったぁ!
二、三の確認と手続きとは領主様からと商業ギルドからの報酬が入っているからその確認と、仕事完了を書類として残さなくてはならないからその手続きのサインらしかった。
応接間に連れて行かれ、必要書類の説明を受けてサインする。その間に、俺のギルドカードをイシェラさんは預かり、入金手続きに行ってくれた。
「ヒロム君、これ」
足早に戻ってきた彼女の表情が硬い。ギルドーカードを受け取り、納得した。
「…これ、内訳はどうなってます?」
「知りたいか?」
知りたいような知りたくないような…びっくりするほどの金額がカートに記載されていた。
イシェラさんは自分の仕事があるのか、すぐに部屋から出て行った。長居しない方がいいと思ったのかな。
「この歳でこれほど稼いでいるのって、もしかして俺だけじゃないですか?」
「そうだろうな」
この街へ来て、さんざん買い物をしたり宿に泊まったりで使ったと思うけど、そんなものとは比較にならない金額が増えている。
「賃貸で家を借りる…いや、買えるな。場所や広さにこだわらなければ、明日からでも住める家が見つかるぞ。よかったな少年」
1千7百万も稼いじゃったよ。ひぇーー
「そうして驚いているところは年相応なのだがな…」
「年相応ですよ。まだまだ子供なので、こんな大金持たさないでください」
「どの口が子供なんぞとぬかすか。図々しい」
「図々しいって…」
「ほれ…これが内訳だ」
領主様からの報酬が多い。お菓子のレシピとお菓子教室で4百万。図書室の洗浄代が2百万。そして、街の新規事業に対する企画立案及びアドバイス料で1千万。商業ギルドからも洗浄代として百万くれている。ひぇえー
洗浄師って儲かるんだなぁ。俺、これだけで生活費稼げるよ。
「良かったな。マジックバッグの120だろうと余裕で買えるな」
「あ…マジックバッグ、もしかして…ここでも販売しているんですか?」
ハーレンダルさんはおい、本気か? という顔をした。自分で言ったくせに。
「商人にとって大切な商売道具だからな。いくつかは在庫があるが…」
「ホントですか? ぜひ売ってください! 120サイズを」
2つと言いそうになったのを慌てて止める。偽装アイテム用に買うのだから、ひとつあればいい。
「本気か…ま、いいか…。しかし、その歳でもう120サイズだと。稼ぎもいいが、思い切りもいいな」
ハーレンダルさんは応接テーブルを離れ、ドアの外に向かって声を上げた。
「誰か! 120のマジックバッグを持ってきてくれ。領収書も一緒にな」
応接椅子まで戻ってきて、ハーレンダルさんは座り直した。
「君だろう? 数日前に砂糖やスパイスを銀貨2枚分も買って行った少年というのは」
「えっと…」
「黄色い看板の天秤屋。わしの店だ」
「あ、そうだったんですねー。さすがですね。大商会の経営者でしたか」
なるほどなるほど。
「じゃあ、もう少し買い物していってもいいですね」
「……まだ買うつもりか…旅先でも、砂糖を使うような料理をしているのか?」
「もちろんです。料理は俺の趣味なんですよ」
そう言って俺はにこにこ笑いかけた。
「この趣味のおかげで、領主様にレシピを高く買っていただけたんです。すごーく役に立つ趣味だと思いませんか?」
ハーレンダルさん、あきれ返ったような大きなため息をついたぞ。失礼な。
「これで子供に大金を持たすなとほざくのだから、片腹痛いわ」
「えー」
「子供というもはもっと可愛げがあるもんだ。大人に対する遠慮もあるもんだ。堂々とわしらと渡り合い、大人顔負けに稼ぎおって」
何を言っても言い負かされそう。
「会頭…」
部屋の外から声が掛かり、120サイズのマジックバックが届いた。肩から掛けるドクターズバッグのようなデザインで黒革製。大人の働く男に似合いそうなカバンだった。カッコいい。
「見る者が見れば分かる。盗難に遭わぬよう、これまで以上に気をつけなさい」
「はい」
商業ギルドカードを取り出し、カード決算する。
「持ち主登録をしておいた方がいい。そっちのマジックポーチもしてあるか?」
「してません。何ですか? 登録なんてできるんですか?」
「マジックポーチぐらいだと登録しない者の方が多いが、持ち主登録しておくと、もしもの時…取られた後に回収された場合に限るが、持ち主だと照合できて持ち主本人のものであると証明してもらえる」
「盗難されないわけでも、盗まれた後に使えなくなるわけでもないのですね」
「まあ、買った店でなくても付与師のいる店なら使用者制限は掛けられるぞ。だが、実際問題力づくで奪うような奴は暴力で使用者制限を外させるからな」
あー。なるほど。
暴力を振るわなくても、自分の物だと言い張って付与師のもとに持っていき、使用者制限を解除させればいいのだ。疑われたときは暴力で解決、とか。簡単に想像できるね。
「高額なマジックバッグを買った店で持ち主登録をしておくのを推奨するのは、マジックバック本体が高額で希少だからだ。闇オークションは別として、まともなオークションでは取り扱いできなくなるし、運が良ければ持ち主に返してもらえる」
「中身を抜かれた後に、ですよね」
「その可能性の方が高いな」
「…分かりました。持ち主登録を2つともお願いします」
これはどちらも買ったところがハッキリしている。オモテに出せるマジックバックだ。偽装用に大切にしたい。
手続きはそんなに難しいことはなかった。書類に購入した場所と日付を記入した用紙を提出し、俺の商業ギルドカードと紐づけするように水晶にかざしてピカッ、光ったら終わり、だった。
「…すごい、早いですね」
「ああ。持ち主登録のことを知らない者もいるが、マジックバックを所有している商人ならみんな知っていることだ。もしも…ないとは思うが、どこかでマジックバッグを拾うようなことがあれば、商業ギルドや冒険者ギルドなどに届け出て欲しい。持ち主、あるいは家族のもとに返してやれる可能性がある」
「盗賊がマジックバッグと気付かないなんてこと、あるんですか?」
「可能性は低いが、襲われた商人が盗賊の目を盗んで隠し、気がつかれなかったということは過去にあった」
「…なるほど」
使用者制限は付与師に頼むことになるというなら、自分で出来るはず。
「…気をつけます」
「ああ、いつもマントなどで隠しておくように。高額なうえ便利すぎるから狙われてしまうが、マジックバッグがあるおかげで大量の商品を運べる」
「これがなかったら、大変ですよね。前に立ち寄った店で聞きましたが、マジックバックの取り扱い数が減っているそうですね」
「ああ、知っていたか。そうなのだ。この国のマジックバッグを製造できる錬金術師は高齢でな。弟子の中にもまだマジックバッグを作れる者はいないらしい」
「…そうなんですか」
俺にも作れると知られたら、大変なことになるな。
「錬金術師の数も年々減っている。いや、スキルを授かる者は毎年いるらしいが…そもそも一人前に育つまで20年かかると言われているからな」
「20年っ?」
俺はスキルを習得してからまだ数カ月にもならない…。
「上級職だからな。そのなかでも、錬金術は特に時間がかかる。薬師でも5年はかかると言われている。君は…どうやらそれほど時間をかけずとも正薬師になれそうだが」
「えっと…俺、薬師になれなくても洗浄師で食べていけそうな気がしているんですけど…」
「それは間違いない。この街の住人となってくれれば嬉しいが、そうでなくても領主のいる街ならどこでも引く手あまた。仕事に困ることはないだろうな」
「そうですか…」
冗談が冗談になりそうにないな。
「さて…君をひとりにさせると領主がうるさい。黄色い天秤で買い物をしたいなら付き合おう」
「ありがとうございます」
あれ? 監視付きを喜んでもいいのかな。
「あの…それでその後、行きたいお店がもう1軒あるのですが…」
「分かった。乗りかかった舟だ。案内しよう」
乗りかかった舟という例えはこっちでも使えるんだ。覚えておこう。
ハーレンダルさんの店で砂糖、黒砂糖、スパイスを買い足してホクホクしながらイシェラさんの恋人のお店へ。
「なんだ。【マニマニ】か。…ああ、イシェラの紹介か」
「はい」
何だ、ふたりが付き合っていることをハーレンダルさんは知っていたのか。
「ここでは何を買うのだ?」
「シンシーの茶葉とノマノマ、ひじきとワカメ、貝殻…」
「変わったものばかりだな。買う方も買う方だが、変わったものばかり扱っているんだな、お前は」
あれ? 気安い感じでハーレンダルさん、ロナードさんに声を掛けた。
「いいじゃないか。おじさんの店と違って、俺は面白いと思った商品を扱うことにしているんだ」
「おじさん?」
「ああ、こいつはワシの甥なんだ」
ってことは…ロナードさんと将来結婚するだろうイシェラさんはハーレンダルさんにとって身内同然、ということか。なるほど…ただの一般職員と会頭の関係にしては、親しそうだと思った。
なんて、そんな謎解きはどうでもいいんだ。買い物、お買い物ーっ。
120サイズのマジックバッグ持ちということを知っているハーレンダルさんが一緒にいるからか、気が緩んでしまいどんどん買っていく。初めのうちはあっけにとられていた様子のふたりだが、俺が楽しそうに買い物をしているからか、いつしか笑顔になっていた。
寒天、大量にゲットしたぞー!
ふっふっふ…これでゼリーが作れる。料理にだって使える。あー楽しみだなー。




