第37話
朝食を領主様家族と一緒に食べ、1時間ほどフリータイム。そのあと、レモンさん他役人の方たちと一緒にハイセイの街観光とランチボックス事業に関する会議が始まった。
すでにレモンさんや領主様に骨格案は通っていて、あたらめて同じ説明をする必要はなかったよ、良かった。
「ヒロム様。この旗なのですが…どうやって紐に縫い付ければいいんですか?」
役人のひとりが困ったように、紐の上にハギレを置いて首を捻っている。
いや、その状態で紐に直接縫い付けるという発想が可笑しいよ、君たち。
「直接縫い付けるのではなく、こうやって…」
仕方なく実演制作してみせたよ。
「おぉー。なるほど布を折り返して紐を通す筒状の部分を縫うのですな」
「なるほど、それをいっぱい作って布を紐に通せばいいのですね」
企画案は領主の一言ですでに通っている。では実際にやってみようということで実際の制作に移っている。相変わらずスピード感がすごいね、皆さん。
「紐の長さは水路の幅四メートルに余裕を持たせた5メートル。では実際に旗を括りつける場所はというと中央から両端へ向かって3メートル半ほどで充分でしょう。しかも旗と旗の間隔もある方がよいのではないかと思います」
「それはなぜですか?」
「これは感覚の問題なので、個人差があるかもしれませんが…そうですね。ひとつサンプルを作ってみましょう」
青の店から買ってきたと思える青色の鮮やかなハギレが用意されていた。これを使って形、旗の取り付け間隔を変えた4種類をさくっと作ってみた。裁縫スキルさんがいい仕事をしてくれる。
「おぉ…なんて速さだ」
「器用だ…そして、正確だ」
測りスキルのおかげでハギレのカットも縫い付けの間隔もいちいち測る必要はない。さくさくっと作って実際に飾り付けてみましようと彼らを外へ促す。
「どうしたのだ?」
ぞろぞろと男たちが一斉に部屋から中庭へ出たためか、領主様やトリトーナ様まで出てきたぞ。だから、腰が軽すぎますってみなさん。
「ふむ…もう試作品が出来たのか」
「ヒロム少年の早業で実験してみようということになりました」
「領主様。どこかいい場所はないですか?」
「ふむ…そうだな」
裏側へ回ると、ちょうどいい間隔に生えている木があった。
端と端を結んでもらうといい感じに旗が風になびいて動いた。
「実際に舟に乗ったときには下から見上げる形になります。そうですね。この辺に腰を下ろして見上げていただけますか?」
大人たちが地面にしゃがみ込み、旗を見上げる。
「おぉーなるほど…」
「こんな感じになるのか」
「三角と四角ではどちらの方がいいですか?」
彼らの意見を聞いてみると、どちらがいいとは決められないという結果になった。
それなら行きは三角で、帰りは四角というようにしてもいいかもな。ちょっとだけ雰囲気が変わっていいかもしれない。
「それでは、旗を取り付ける間隔の方はいかがですか?」
規則正しく一定の間隔でずらりと並んだ状態と、3つ1組にして1枚分の間を置いてから次の1組を繰り返すパターンのもの。微妙に受ける印象は違う。
が、こちらについても『どちらもいい』ということで決まらなかった。
「それでは、作る者が作りやすい方でいいですね」
そういうと彼らははっと気が付いたみたいだ。
俺はサンプル作りは手伝うけど、水路を飾り付けるほどの数は作らないぞ。
「材料は簡単に手に入るとはいえ、これをひとりで作るとなると骨が折れる。人数の確保が必要かもしれないな」
レモンが言うと、他の役人たちも頷いて同意した。
「しかし、華やぐというか…いいものですな」
「飾りがあるだけで、わくわくします」
「この辺りでは、祭りの時にこういった飾りつけはされないのですか?」
聞いてみると街の中を飾り付ける祭りはしないらしい。人が着飾って街の中を練り歩いたり、小舟に花で編んだ輪を飾り付けたりすることはあるらしい。
「現地で調査をして、必要となる本数も決めないといけませんね」
はっとしたようにレモンさんが急いでメモをした。
「ほかにも現地調査が必要なものは?」
「そうですねぇ。コース…小舟が通る順番と水路は決まっているんですか?」
「昨日のうちに舟組合の役員と話し合い、3つの案をまとめてあります」
「では、早速行きましょう」と言ったのはトリトーナ様。
「俺も舟に乗って下見に加わります。父上から代行を任されまた」
らしい。では、皆さんでいってらっしゃい…とはならない。当然のように俺も参加だ。
「それでは、こちらが出発地となります」
街へ入ってすぐ。俺が一番最初に舟に乗ったあの水路からスタートだ。
舟を操る水夫は3人。つまり3艘の舟が客を2人、あるいは3人ずつ乗せて進む。俺が乗った舟の水夫は副会長のマーセルさん。同乗者はトリトーナ様とレモンさんだ。
「レモンさん、時間の方も記録をつけておいてください」
「はいっ」
「では、出発します」
マーセルさんは静かに舟を水路の流れに乗せた。
「マーセルさん、方向を変えるときや船同士がすれ違う時に掛け声を掛けますよね。舟が岸から離れるときや岸に着くときにの掛け声はないのですか?」
「そういや、ないねぇ。水夫によっては『舟が付くぞぉ』と声を上げ、倉庫にいる人間に知らせることはあるけど…」
「そうですか。何か掛け声があるとカッコいいかもと思ったのですが…」
「ふむ…カッコいいか。持ち帰って、他の者にも意見を聞いてみよう」
「はい。初めて舟に乗ったとき、セーセーとかヤーヤーという掛け声が船の男っぽくてカッコいいと思いました」
マーセルさんは少し照れたのか、被っていた水夫帽に手をやりくるりと回した。前後が特に決まっていない真円の帽子だからか、被る向きを回しても同じだ。
俺も面白くなって、エクスルスの古着屋で買った水夫帽をカバンから取り出して被った。
「あ。ヒロムも水夫帽を持っていたのかい?」
「ええ。エクスルスの古着屋で見つけまして、日除けにいいなと思い買っていました」
「へぇエクスルスの古着屋で売っていたのかい……」
「そうだな。夏は日差しがきつい。日除けにあるといいかもしれないな」
「観光客相手に販売するのもありでしょうか?」
「そうだな。観光予約所に販売用の帽子を並べるのもいいかもしれないな」
うんうんその調子で自分たちでも考えてください。トリトーナ様、レモンさん。
「この辺りはもう、観光ルートになってますよね?」
「はい。ここは3本のルートどこを選んだとしても必ず通ることになります」
水路の両端の家の配置やベランダの数などを数え、簡略図を記録するのは後続の舟に乗った役人の役目だ。記録しながらの移動のため、小舟の速度はかなり落とされ、時には停まることもある。したがって、俺たちが乗った舟はどんどん彼らを残し、引き離していく。
「あの家の庭はとても素晴らしいですね」
フクロウの止まり木に向かっていた時には通らなかった水路に来ていた。つまり、俺もここを通るのは初めてだ。
「確かに…庭の花壇が素晴らしいな」
よく手入れされた花の庭が水路からよく見える。家の住人らしきおばあさんがちょうど家の中から出てきた。
「こんにちはー。素敵なお庭ですねー」
声を掛け、寄ってくださいというようにマーセルさんに手で合図を送る。マーセルさんはその庭の近くで舟を留めてくれた。
「こんにちは。若い人に褒めて貰えて嬉しいわ。毎日のお世話が私の楽しみなのよ」
耳は遠くないらしく、ちゃんと受け答えが成立している。
「これほど見事な花だったら、舟に乗った人たちにも通る楽しみになります。ゆっくり見せていただいてもいいですか?」
「もちろんよ。見ていただけたらわたしも張り合いが出るわ」
「おばぁちゃーん!」
もっとゆっくり話したいところだが、家の方から彼女を呼ぶ声がした。彼女は俺たちに会釈を残して家へと戻って行った。マーセルさんは舟を水路に戻した。
「この花の庭は一見の価値がありますね」
「ラッセーシャの婆さんの旦那は元舟乗りでね。旦那の帰りを待ちながら舟乗り仲間の疲れを癒す助けにと、たくさんの花を育てていたと聞いたことがある」
マーセルさんはここの住人のことを知っていた。
「いいお話ですね。観光客のみなさんもそういう話を聞きながらこの庭の花を愛でると、また違う心地よさを感じることが出来そうですね」
「ふむ…。マーセル。ここを観光客を乗せて通るとき、水夫たちにその話をさせよ。それと先ほどのご老女に許可を得よ。それはレモン、お前に任せる」
他にも季節ごとの花木が水路から楽しめる場所をマーセルさんはいくつも知っていた。それもレモンさんに記録として残してもらうことにした。
とあるところに差し掛かった時、舟は横にいきなりそれた。不自然なう回路のように感じたため理由を尋ねると、この先の橋の高さが他より低いらしい。
「マーセルさん。普段は通り抜けますか? それともその橋の下を通るのは危険なのですか?」
「いや、危険なことはないね。水夫も腰をかがめて通ればいいし…普段は通るよ。ただ、客を乗せた時は通らないね」
「なぜですか?」
「なぜって…狭いし、橋の下は暗いからね。客も嫌がるだろ?」
「通りたいです!」
「え?」
「トリトーナ様は狭い橋の下をくぐったことはありますか?」
「いや、ないな。ヒロムは何が気になっている?」
俺はにこっこり笑ってから、顔の向きをマーセルさんへ変えた。
「では、マーセルさんお願いします!」
トリトーナ様をちらりと見て、彼が頷き返すのを確認してからマーセルさんは船首を元に戻してくれた。
「さぁ、ここから気を付けて、絶対に立ち上がらないように」
そう言うとマーセルさんはグイッと櫂を力強く動かし、自身も腰を落として頭を下げた。俺たちも座った状態からさらに深く頭を下げる。
橋の下は暗く、そっと上を窺うと橋の底部分のアーチがすぐ近くに見えた。時間にして数秒間。僅か数秒が、実際より長く感じた。
真っ暗だった橋の下から、ばぁっと明るい外へ出る。振り返ると、橋の上を歩いていた人たちが少し驚いた顔をしていた。
俺はにこにこ笑いながら手を振る。すると相手も笑顔を浮かべて手を振り返してくれた。
「トリトーナ様、いかがでしたか?」
改めて尋ねると、元の姿勢に戻ったマーセルさんを見て、それから俺に顔の向きを戻してちょっと笑った。
「なんというか…ドキドキした」
「わたしはドキドキとハラハラでしょうか。橋に頭をぶつけないかと心配になりました」
レモンさん、必死に上を向いていたものな。
「俺は楽しかったです。ドキドキとハラハラもしましたが、やっぱり通り抜けた後は胸がすっとするような感じがしました」
短い間、暗いトンネルの中にいて、すぐに光に溢れた街の喧噪に包まれる。
「そう、橋の下の一瞬は音も静かで、元の街に戻ると明るさとともに人々の喧騒が戻ってくる。そのメリハリが楽しかったです」
「メリハリか…なるほど」
「通る人を選んだ方がいいかもしれませんが、若い観光客だと楽しんでくれるコースになるかもしれませんよ。スリルは時に楽しい感情に変わります。それに、水夫さんの船を操る技術が素晴らしいと感じますし、難所を上手に潜り抜けるのって、なんだかカッコいいですよ」
「ふむふむ…」
またレモンさんのメモを取る手が走った。カッコいいと褒められたマーセルさんは少し照れたようにしながらも嬉しそうだった。
それから一番の観光地でもある教会に到着する。水路から教会を見ることも出来るが、ここから降りて教会の中や周囲を散策してもいい。荘厳な鐘の音を聞いていると教会の中からシスターや神父さんらしき人々がやってきて、トリトーナ様に挨拶をした。
観光客を案内する計画はすでにここにも話が行っているらしい。
ぜひ立ち寄っていただけると嬉しいです、とトリトーナ様を熱心に誘うシスターたち。レモンさんやわざと少し離れたところに立っていた俺にも声が掛かる。
トリトーナ様も断りにくかったらしく、教会内を案内してもらうことになった。この世界に来てから初めて教会内部に入った。
向こうの世界でもそうだが、こちらの世界も教会は光に満ちていた。ステンドグラスの技術はないのか、単なる木枠に嵌めたガラス窓だったが、それでも色ガラスを作る技術はある。色ガラスや透明ガラスを組み、幾何学的な模様で荘厳な雰囲気が作られていた。
パイプオルガンやピアノといった楽器はなく、神に捧げる讃美歌もないみたい。ただ、長いろうそくの前にハンドベルに似た楽器がいくつも並んでいたから、これを使う演奏はあるのかなと思った。
俺はこの世界の人間ではないからスキル確認の儀を教会ではしていない。だから彼ら聖職者と会うのも初めてだし、教会に足を踏み入れたのもこれが初めてだ。
だが、この世界の人たちは10歳を過ぎると教会でスキル確認の儀を受けるし、結婚式などの祝福を受けるため訪れることもあるだろう。もしかしたら、成人の儀も教会で執り行っているかもしれない。俺はこれもお世話になっていないけど…
※教会のない村はあります。そういった場合は村長が成人の儀に代わる儀式を行います。
世界基本知識さんが教えてくれた。
<成人の儀って具体的には何をするの?>
※国、住む場所によっても異なります。この国の一般的な街であれば神事として、神に捧げた聖なる水を入れた杯を受け取り、その中身を三度に分け飲み干すことです。
<三度に分ける意味は?>
※一度目が生まれた瞬間。二度目がスキル確認の儀を受けて人生の指針を得た瞬間、そして三度目が成人の儀を受けて大人になった今…の三度の瞬間を表していると言われています。
なるほど…。聞いておいてよかった。小さな村から逃げてきた設定だけど、こういったことも知っておかないと不意の言動で失敗しちゃうかもしれないからね、
予定より長くなった教会滞在を終え、舟に戻る。
「ヒロムー!」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
「水臭いじゃないのさ。この街にいるなら、うちに寄ってくれてもいいのに」
「アイラさん…」
顔を合わせにくいと思っていた女料理人がいた。
「母さんから聞いているよ。領主様のもとで仕事をしているって」
ちらっと横を見て、トリトーナ様に会釈。領主の息子に対する態度がそれでいいのかと思ったが黙っておいた。
「これ、あたしが作った『ヒロム巻き』」
うっと息が一瞬止まる。まじでその名前を使っているのか。
「感想がもらえるとうれしいけど、ダメでも食べてもらえるだけでも充分だ。ヒロム少年。私たちも頑張るさね。少年も頑張ってな」
「はい。…ありがとうございます。サンドイッチ、いただきます」
ヒロム巻きとは言いたくない。
アイラさんは笑って、残りのサンドイッチ入りの包みをレモンさんに代表して四つ渡すと戻って行った。
あれ? 後から役人の乗った小舟があと二艘到着することになっているんだけど…?
数の手配が失敗したのか、それとも初めからそういう連絡を受けていたのか俺には分からなかった。
「観光客になったつもりで、舟の上で食べてみましょう」
レモンさんの声に頷き、俺達は舟に乗り込んだ。
「俺の分もあるってことは、どこかに舟を留めた方がいいですかね?」
マーセルさんが櫂を動かしながら尋ねる。
「どうなんだろ。水夫と観光客が同時に食べるのはありなんですかね?」
レモンさんの視線が俺に来る。
「考えられる選択肢は3つですね」
そのいち。水夫はここで別の人に交代。交代した水夫は客と一緒に食事をしない。
そのに。水夫は交代せず、客が食事をしている間なにも食べない。
そのさん。水夫は交代せず、客とともに食事をする。
「場所の候補として、いいところがありますか?」
「そうだなぁ。水夫が食事をどうするかは我々の間でも話し合ってみるか。とりあえず、候補と決めている場所に向かう」
マーセルさんの案内で連れて行ってもらった先は街から少し離れた海上に突然現れた桟橋だった。
「舟の上で食べるのも悪くないだろうが、慣れない者だと酔うのではないかという意見が仲間内で出た。で、ここならどうかと…」
うんうん、現場を知っている者でないと出ない提案だよ。いいね。
「マーセルさん。この桟橋は普段どのように利用を?」
「街の水路は狭い。よその港から来た運搬船からの荷物を一度ここに下ろし、小ぶりの舟に乗せ替える際に使っている」
「なるほど…ここは素晴らしい眺めですね」
街全体の景色を見ることが出来るし、舟の上と違って揺れずに食事が出来る。しかも、回り中が水面なのだから、舟に乗っている時と同じような爽快感もある。
「風も頬に当たって気持ちがいいですね」
「マーセル、素晴らしい判断だと思う。観光客が来る日と船の荷の詰め替えの時間を調整する必要はあるだろうが、ここからの景色は素晴らしい」
「観光客相手にここで飲み物を売ってもいいですね」
俺の一言にレモンさんの目がきらっと光った。
「例えば、向こうの柱とあちらの柱の間に大きめの布を掛けるだけで日影が出来そうです」
「なるほど…」
「今回は日差しを遮るものはないが…今後の検討課題にしてもよさそうだ」
「ではみなさん。フクロウの止まり木のランチボックスをいただくことにしましょうか」
ハキロの葉の包みを全部取ってしまわないで食べるやり方をトリトーナ様に説明してから、ようやくお昼にありつけた。空腹も手伝って、とても美味しかった。マーセルさんじゃないけど、量が物足りないほどだ。
「トリトーナ様、ここまでの行程はいかがでしたか?」
「素晴らしい! ハイセイの街を眺めながら、海上で昼食を食べるのなんて初めてだ。確かにこれは特別感がある。観光客にも楽しんでもらえるだろう」
「確かに。わたしも長年ハイセイの街に住んでおりますが、こんな体験は初めてです」
「それを言ったら、毎日舟を操ってこの辺までうろうろしてる俺たちにとっても、ただ人を運ぶだけの仕事とはひと味もふた味も違う。ツアーという形態は普段以上に励みになる。観光客相手にどう楽しんでもらうか、考えるだけでもわくわくする。…俺たちの自慢の街だ。大好きになって、帰ってもらいたいものだ」
マーセルさんの熱のこもった言葉に、うんうんと3人が大きく頷く。
ハイセイの街が観光地として、この先大きく発展してくれたらいいなと俺も思った。




