第36話
領主の娘の花嫁修業に、と頼まれた料理教室。のハズがなぜかミラーナ夫人までが教えて欲しいんだと。ニコニコと娘とともに待機していらっしゃる。
エプロンを掛けますか? と尋ねたら、いらないらしい。領主館には専属の洗浄スキル持ちがいるから、問題ないのだと。
高そうなドレスを気にしなくてもいいのは、よかったね。
さて、では始めますか。
「お二人にはべっこう飴つくりをお教えいたします」
「べっこうあめ、ってなんですの?」
そう来るだろうと思って、先にサンプルを用意しておいたよ。俺が作った飴を籠に移し替えたものだ。被せてあったハンカチをさっと取り去る。
「まぁ…素敵」
「いろいろな色があるのね。キラキラと輝いていて宝石のようだわ」
べっこう飴なんて庶民のお菓子かと思いきや、砂糖が貴重なこの世界では貴族さんでも飴は高級品に近いらしい。つまり、ジャムも高級品だね。砂糖を使わない甘味料を使ったジャムは一般市民でも手が届く値段だ。とはいえ、決して安くはない。
「こんなにカラフルな色…まあ、これ。中にフルーツが入っているわ」
ミラーナ夫人の声に、少し離れた場所にいたはずのクードルフ初め、料理人たちも興味を惹かれたのかわらわらと寄ってきた。
「こりゃすげぇ。こんなのは見たこともない」
ざわざわざわざわ…
「わしらも習いたい」
おれも、俺も…ということだが、素人と本職を同時に相手にすることなどできない。足並みを揃えたいため、急遽頼まれた料理人向けの飴教室は夜、晩餐の後片付けが終わってからにさせてもらった。
さて、仕切り直しだ。
素人さんと言ってもいい母娘2人に作ってもらうのは、基本のべっこう飴とハーブティーを加えたのど飴。菫の砂糖漬け…つまり花入りの飴だ。
フルーツは包丁でカットしなければならないため、今回は見送った。料理人たちに教えておけばいいだろう。その代りに彼女たちが喜びそうな、見た目が可愛くて華やかな花入りにも挑戦してもらうことにした。
「今回一緒に作っていただくのはこの3種類になります」
琥珀色の飴をひとつ台の上へ置く。次にさらに茶色いハーブのど飴。最後に菫の花入り飴。
完成形を先に見せておく方がモチベーションが上がるはず。
「どれも素敵だわ。本当に、これが私にも作れるのかしら?」
「大丈夫です。ゆっくり、丁寧に、できるまでお教えします」
「良かったわね、エスラ」
「はい。お母さまも一緒というのがさらに嬉しいわ」
2人がきゃぴきゃぴはしゃいでいる間に俺はさっさと材料を揃え、準備を整えた。
既に許可はとった。躊躇なく砂糖を使わせてもらおうか。ふっふっふ…
「さ、始めますよ。俺がゆっくり手本を見せますから、まずお2人は見ていてください。続いて真似していただければご自身でも作れるようになりますよ」
煮つめて熱くなった鍋の中に手を入れるとか、肌にこぼすことでもしなきゃ危険はないはず。
ミラーナ夫人もエスラ嬢も真剣な顔をして砂糖を煮詰めている。
「そろそろいい色になってきましたね」
出来る限り優しい言葉遣いをする。そして難しい言い回しを避けて誰にでも分かりやすいように心がける。その甲斐あったのか、それともそもそも失敗のしようがないのか…二人は形はともかく、飴つくりに成功した。ゆっくり作業していたから、かなり時間はかかったけどね。
「嫌だわ。私の飴、先生のようにきれいな形にならない」
いつの間にか先生呼びになっていた。
「でも、お母さまの花入り飴は私のより可愛いわ。綺麗にできていてとても美味しそう」
「お2人とも、成功ですね。形は、作っていくうちに上手くなっていくでしょう。今後の楽しみになりましたね」
「そうですわね。私、もっともっと上手になりますわ」
「では、厨房を片付けて場所を移しましょう。せっかく覚えたレシピです。忘れないように書き残して、今後のために備えましょう」
そう言って別室へうまく誘導する。いつまでも厨房に領主夫人とその娘にい続けられたんじゃ料理人たちの居心地は悪いだろう。
サロンに移動し、メイドさんにメモ用紙とペンを頼む。用意出来たらそれを2人の前へ置く。本人に初めから手順を思い出させ、メモを取らせたほうが覚えやすくなるからだ。
「出来ました!」
「わたくしも出来ました」
得意げな母娘によくできましたね、というよりに微笑みかける。
「最後に、この飴の美味しいだけではない効能をお知らせします」
「効能、ですか?」
「そうです。3種類とも喉の調子が悪いときに舐めると喉が潤う効果があります。さらにハーブティー入りは殺菌効果も含まれますから、風邪の引き初めなどにも有効的です」
「まあ、素晴らしいわ!」
「花入り飴にはどんな効能があるんですの?」
「花ということではなく、今回の菫の説明になります。菫の花には不眠改善効果がありますが、この花ひとつを食べただけではさすがに足りません。かと言って、飴をたくさん食べますと、歯の病気になってしまいますから、基本と同じく喉の調子に良いとだけお伝えしておきます」
「分かりました」
「たくさんできましたので、領主様に贈り物にされると喜ばれるかもしれませんね。…ああ、言い忘れていました。飴は頭を使う仕事の方にピッタリのお菓子です。疲れた時に食べると頭の働きが少し良くなりますよ」
「ありがとうございました。先生!」
2人はとてもいいことを聞いたというように喜んで、部屋を後にした。
さて、俺はもうひとつの料理教室…料理人向けの飴のレシピを書いておくかな。
*
晩餐の席での領主様はにこにこだった。愛する妻と愛する娘からの愛のおすそわけ二重奏だものな。俺の父も妹からのプレゼントをもらった時にはもう、でれでれに喜んでいた。俺が同じものをあげたとしてもあんなに喜んでもらえないのに、理不尽だ。
と言いつつ俺も妹に「おにぃちゃん、あげる」と小さな頃にもらったラムネ菓子、しばらく食べられなかったものな。もったいなくて。
うん、分かる。分かってしまうぜ、男だもんな。愛する家族には弱い。
食後、領主様に呼ばれて食後のティータイムになった。ティーと言いつつ、領主様とトリトーナ様が飲んでいるのはワイン。俺も一応勧められたけど断って、ハーブティーにしてもらった。
使用人たちはいるものの、男3人だけでのんびりタイムだ。
「ヒロム。改めて礼を言うぞ。エスラにとても良い菓子レシピを教えてもらった。報酬とは別に何か褒美を与えたいのだが、何か欲しいものはないか?」
「褒美、ですか…」
そう言われてもなぁ。
「ヒロム。サイオンス家が甜菜から砂糖を作り、貴重な財源としておること、知っておったのだろう?」
「ええ、まあ…」
否定はしないでおく。実際に、それを知ってからレシピを決定した。偶然じゃない。
「そして、菫はわが家の家紋。庭にて長年育てておる青い花。そのふたつをひとつにした菓子とはつまり、サイオンスとわが家がともに結ばれた、絆の菓子」
庭に咲いていた小さな青い花が菫であることも、家紋が菫であることも知らなかった。恐ろしいほどの偶然が重なっただけなのだが…黙って会釈しておいた。
「そうだったのか、美味しいだけではなかったとは。…なんと素晴らしい!」
息子のトリトーナさんの方は気が付いてなかったみたいだね。多分だけど、男爵夫人も気づいていたっぽいな。娘の方はどうか分からないけど、
「ヒロム。俺からも礼を言いたい。そしてお願いがある」
「お願いですか? トリトーナ様」
「俺の婚約者のミランダにも、ハイサルディ家とサイオンス家を結ぶ絆の飴のレシピを覚えてもらいたい。教えてもかまわないだろうか?」
「もちろんです。両家の繁栄が長く続きますように…受け継いでいただければ俺も嬉しく思います」
両家の繁栄を願う菓子。ただの飴なのに随分と話が大きくなった気がするが…2人は決意した表情をして頷き合っている。
いやー偶然って怖いなぁ。でも、いい方に転がったわけだから、終わりよければ結果良しだね。
「半年後にトリトーナとミランダ。ケイスールとエスラの合同結婚式を行う予定だ」
「そうですか。それはおめでとうございます」
トリトーナ様の年齢は26。この世界ではやや遅いらしいけど、お相手のミランダ嬢が今年17になったばかりなんだって。成人は16歳でも、結婚が認められているのは17歳かららしい。
つまり、婚約者が17になるのを待っていたからトリトーナ様は結婚式を挙げられなかった。兄が結婚していないから、妹であるエスラが先に式を挙げることも出来ないということで…今回の合同結婚式になったらしい。ふむふむ…。
「式には両家の絆の菓子を披露し、出席者に振る舞うことを考えておる。ぜひヒロムにも出席してもらいたいところだが…そうもいかんのだろうな」
半年もこの街に引き留められるのは勘弁して欲しい。
「申し訳ありません…」
「いや、いいんだ。君には君の事情もある。わしらがその道を塞いでいいものではない」
良かった。ちゃんと送り出してくれると分かって、ホッとした。逃がさんぞと言われたときは怖かったもんね。
「お父様、ヒロムの道とは?」
「正薬師を目指しておると聞いた」
何だ、ハーレンダルのおじいさん、守秘義務なんだの言っててもやっぱり領主に報告したのか。
「すまんな。ハーレンダルの奴も、どうにかして君の力添えが出来ぬかと悩んでわしに話を持ちかけてきたのだよ」
その申し訳なさそうな表情をどこまで信用してもいいのか分からないね。ちょっと好感度が下がってしまったよ。
「セルゴート卿に直接の伝手はないが、時間を掛ければたどり着けよう。ヒロムがリーエルに着く前に道筋をつけることも出来よう。薬師学校への推薦書はどうかね?」
「その…学校には推薦書がないと、一般人…えと、平民には入学できないのでしょうか?」
「いや薬師になる者はむしろ平民の方が多い。だが、入学の前に試験を受けねばならん。その試験が二か月後の8月。学校が始まるのはそれより一カ月後の9月。君がこれからリーエルへ向かったとしても、2カ月ではたどり着けまい?」
「…………」
実は可能だ。歩いて行くわけではないから、余裕で着ける。
「あの…自力で移動してみて、間に合えば入試を受けてみようと思います」
「ヒロムは馬にも乗れるのか?」
「いえ…はい。馬にも乗れますが…この街から舟で移動すれば移動時間は短くなるかな、と」
「ふぅむ…。わしもそれは考えた。しかしそうすると、小さな港から港へ舟で乗り継いでいくことになる。リノアドの港町まで辿り着ければ王都行きの船も出ていようが…最近では海賊が出ると聞く。おススメできるルートではないな」
「父上。海岸線沿いを街から街へ馬車を乗り継ぐルートも結構時間がかかりますよね」
自分で馬車を持っていなくても、主要な街と街の間を定期運行している馬車が市民の足にもなっている。だが結構お金がかかるらしく、歩いて移動する人が一番多いそうだ。
「うむ。途中で急峻な崖路を超える難所になる。どうしても馬車だと海岸沿いから離れて大きく迂回せねばならん」
「スリナローペ山を越えるルートですね。確か最近…その辺りに山賊も出没すると聞きました」
つまり、海から行っても陸路を行っても賊が出る、と…。
「今のところ、どうしても学校に入学したいわけではありませんし、いい師匠と出会えるかもしれません。推薦書は辞退しておきます。ご心配いただき、ありがとうございます」
「そうか…。確かに、学校以外の道もあるか」
「はい。この街に来て、多くの方々とのとても良い出会いがありました。旅をする目的は目的として、この偶然のご縁を今後も大切にできれば、人生が楽しくなるのではと思っています」
ハイセイの街には来る予定はなかった。たまたまクロニー村に行くことになり、たまたまハイセイの街のことを知った。そしてたまたま宿を取った【フクロウの止まり木】で多くの人と出会い、その女将さんの縁で領主様や商業ギルドのトップとも出会った。
全てが偶然だ。偶然が重なって、いま俺はここにいる。
「しかしだ。君がわしらに与えてくれた恩恵は大きい。大きすぎる。それを、報酬のみというのは味気ない。何か別のものでも報いたいのだよ」
…と言われても、何がいいとか思いつかないな。
「そうだ。ヒロム、君は本に興味はないかな?」
「あっ、あります!」
この世界では本は貴重だ。この街では図書館も古本屋も見ていない。
トリトーナ様は父親の許可を求めるように顔の向きを変え、領主も大きく頷いた。
「我が家にある図書室に案内しよう。我が屋敷に滞在中、好きなだけ読んでもらって構わない」
「ありがとうございます!」
「といっても…それほど蔵書が多いというわけではない。おぉ、そうだ…君に新たな仕事をぜひ頼みたい。その図書室の件で」
「図書室の仕事、ですか?」
「ハーレンダルも言っておっただろう。君にしか頼めない仕事をお願いしたい、と」
「あ…」
仕事内容を先に教えてくれと言ったら、断られた。ハーレンダルさんひとりでは決められないことだと。
「秘密を守って欲しいという条件が付いた、お仕事ですか?」
「そうだ。ハーレンダルが依頼したい仕事とわしの仕事は別のものだが、やることは変わらぬ。引き受けてもらえぬか?」
「その…具体的には?」
「ハーレンダルの方はギルドへ出向き直接聞いてもらうことになる。わしの方は…その図書室の洗浄じゃよ」
「洗浄? 図書室の掃除ですか?」
何を頼まれるのかと思ったら…それだけ? そんなことが秘密のお仕事?
「いや、部屋の掃除だけなら、我が家も洗浄師を雇うておる」
洗浄スキルで洗浄する人は洗浄師って、師のつく仕事なのか。
って…掃除じゃないって、どういうこと?
「図書室にはわが領の昔からの貴重な資料もある。先祖が残した忘備録もある。今は幸いにして平和が続いておるが、かつては些細な情報すら厳重に保管すべき資料であった」
「分かりました。本だけでなく資料も含め、部屋を隅々まで綺麗にします」
領主様は少し困った風に苦笑いした。
「いや、上手く伝わっておらぬようだが…1級の仕事ぶりは特別と聞いておる。本の中には経年劣化により変色したもの、虫食いになってしまったものもあるという。そこで、それらの本を出来るだけ元の状態に近いほど綺麗にして欲しいのだ」
「…………」
ようやく、領主が俺に望んでいることが何なのかわかった。本を元通りに綺麗に? それってもう、修復の域に入ってない?
「あの…本の修復なんてしたこと、ないのですが…」
「よいよい、心配せずとも、1級のそなたに出来ぬものなら誰にも出来ぬ。試しにやってみてくれるだけでも良い。きちんとした仕事の依頼ゆえ、報酬をケチることもせぬよ」
「いえ…仕事ぶりを見てから報酬の件は検討してください。ろくに仕事もしないで報酬を得るなんてこと、俺にはできません」
「分かった。では、その件は後だ。後で話し合おう」
話はここで終わり、時間もそろそろ遅くなったということでお開きになった。
部屋へ戻ると、すぐにロルフェさんが来て「お風呂の準備が出来ておりすが、いかがなさいますか?」と入浴を勧めてくれた。
迷うことなく、風呂に入らせてもらうことにした。
「えっ?」
案内された浴室は俺の実家のそれより大きかった。じゃなくて…
「ロルフェさん…?」
脱衣所から出て行ってくれない。どころか接近してこられて焦った。
ま、まさか……
「お世話いたします」
だよねー。
じゃないよぉー!
「大丈夫、一人で入れるから! ちゃんと身体も洗うし、頭も洗うよ! ひとりで!」
必死に頼み込んで、一人にしてもらった。
「あー焦った。びっくりした」
風呂に入る前に変な汗をかいたよ。
綺麗なお姉さんは好きですか? はい、好きです。ロルフェさん髪長いし、胸もおっきいし、美人だけど笑うと可愛いし…芸能人だと誰に似ているんだろ。
とか、ねー。見ているだけならなんとでも言えるよー。言えるんだけどねー。
「…………」
好きだった女の子にひどい嘘をつかれてから、怖いんだよな。見ている分には何ともないんだけど、近付かれると身体がビックっとする。完璧、トラウマだよ。
この先、付き合ってくださいって言葉…言えるかなぁ。その前に、好きな女の子できるかなぁ。気持ちが鬱になる。
俺のことは横へ置いておいて…
トリトーナ様のお相手、17歳だって。俺とひとつしか違わない。9つも離れた歳の差だって。昔から家同士で交流があったって…計画的じゃん。
19歳の時に、お相手10歳か。少女だよ。ロリコンじゃん。17歳に育つまで待っていたらロリコンじゃなくなるのか。
むー。変な感じ。頭がグルグルしてきた…と思ったら、のぼせかけてた。ここの風呂、換気悪すぎ。
湯気を水滴に戻して空中の水分を移動。視界すっきりにさせてから風魔法で微風を発生。するとのぼせが解消した。
洗った髪も素早く水気をとって、着ていた服も洗浄スキルで綺麗綺麗にする。さっぱりした身体に洗いたてのようになった服を着て浴室を出ると…
「あ……」
ロルフェさんが大き目のタオルを持ち、俺が出てくるのを待ち構えていた。
「あれ、ヒロム様? 髪もちゃんと洗うってお約束……もしかして魔法で? 私、髪を乾かそうと…お待ちして…」
「う、うん、ありがとう。でも、自分でできるから…」
「あ…そうなのですね」
すごく残念そう。でも、いくらメイドさんだっていったって、女の人に髪を乾かしてもらうのは俺にはハードル高すぎる。
「じゃあ、あの…せっかくだから、何か飲み物を用意してくれると嬉しいな」
「はいっ。すぐにお持ちします!」
アイテムボックスの中には飲み物も食べ物も入っているのは内緒。アイテムボックス持ちなのも内緒だな。
部屋で待っていると、冷たいレモンライム水とハーブティーを持ってきてくれた。
「ヒロム様、どちらになさいますか?」
「レモンライム水をもらうよ。ありがとう」
「何か他にご入用なものはございませんか?」
「んー、特に、ないかなぁ」
「マッサージや髪のブラッシングも…必要ありませんか?」
「うん」
普段、ご令嬢だとここで色々お世話を受けたりするんだろうな。俺は男だからどっちも必要ない。
「…あ、そうだ」
「はい。なんなりと…!」
「領主様に図書室の本を好きなだけ読んでもいいと許可をいただいたんだ。図書室の場所を教えてもらってもいいかな」
「これから向かわれますか?」
「そうだね。出来れば1冊ぐらい持ち出して寝る前に読みたいんだけど…そういえば、部屋から出してもいいかどうか聞かなかったな」
「持ち出すのはダメかもしれません。ご家族の誰も、持ち出されたことはありませんので」
「そうかー。残念だけど仕方ないね。今夜は大人しく寝ることにするよ。明日案内をよろしくね」
「はいっ」
ロルフェさんは部屋を出かけて、アッと言って体の向きを戻した。
「あの、ヒロム様…洗濯を希望のお召し物はございませんか?」
「ああ、洗濯はしなくてもいいんだ。俺は洗浄スキル持ちだから」
ロルフェさんは驚いたように目を丸くした。
「あぁ、だから…なるほど…そうだったのですね」
少し変だと思うことでもあったみたい。
「いつ拝見してもお召し物は洗いたてのように綺麗ですし、肌も輝いておいでだし、髪もつやつやしていらっしゃいますし、いつでも爽やかな香りがしていて不思議だったのです」
「あはは、ありがとう。香りはブレスレットの香油かな。リフレッシュ効果があるんだ」
風呂に入ったときに外していたブレスレットをポケットから出して、匂いを確かめるように手渡すと「これです」と彼女は頷いた。
「とてもいい香りですね」
「気に入ったのならあげるよ」
「ホントですか?」
「うん。あ、でもデザインが…もっと可愛いものの方がいいよね。ちょっと待ってて」
隣の部屋に置いてあった荷物の中から探し出してきたフリをして、アイテムボックスの中から彼女に似合いそうな新作ブレスレットを取り出す。
「これなんか、どうかな?」
「あ、でも…私……」
ほっそりとしたブレスレットでシンプルながらも柔らかな曲線を彫刻し、小さな青石を嵌めてある。
「青石の破片だから石に値打ちはないけど、ロルフェさんの髪に良く似合うよ」
先に渡していたブレスレットを回収し、青石付きの方を渡す。
「2つの青石の間にある楕円の石。ここに香油を一滴たらすと、香りが長く楽しめるようになっているんだ」
珪藻土だけでは色合いが寂しい。白っぽい灰色だからね。
「うん、やっぱつこっちのデザインの方がよく似合う」
香油もプレゼントした方がいいかな? そこまで行くとお礼を超えて、別の意味があるプレゼントと勘違いされそうだし…ブレスレットだけでいいか。
「……ありがとうございます。あの、でも本当に頂いてもいいのですか?」
「うん、いいよ。ロルフェさん良く気が利くし、お世話になっているからね。お礼に、どうぞ…」
「ありがとうございます。大切にします」
うつむき加減で表情が見えなくても、嬉しそうなのが声から伝わってきた。
「明日も朝から、領主様と一緒のご飯なのかな?」
「その予定だと思いますが、お部屋へお届けした方がよいですか?」
「うぅん、皆さんとご一緒させてもらうよ。明日からの予定も確認したいし」
「準備が整いましたら、お声がけに参ります」
「うん、明日もよろしくね。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ、ヒロム様」
パタンとドアが閉じ、一人になる。んーと背伸びして寝室へ移動。
ナチュラルに、様付けに慣れてきたぞ。慣れるのに早すぎるとは思うものの、本物のメイドさんに様呼びしてもらうのってちょっとウキウキする。
パジャマ代わりの貫頭衣に着替え、それまで着ていた服をアイテムボックスへ収納。
なんだかんだで激動の一日だったなぁ。
とっくにハイセイの街を出て、飛行機でリーエル目指して飛んでいたはずなのに。予定は未定だなぁ。
ベッドに入ると、やはり疲れていたらしく…すぐ寝ついていた。




