第29話
「おはようございます。朝食お願いします」
少し寝不足の朝。だって、貴族の家、でかいんだもの。部屋数いくつあるんだよって…途中で数えるのやめた。探検も楽しいが、ほどほどにしないとだめだね。
お宝は思ったほどは残ってなかった。換金できそうなものは根こそぎ持ち出して、売り払ったって感じだ。根こそぎと言いつつも屋敷の使用人で部屋にあったテーブル、椅子、タンス、ベッド…など持ち運びしにくいものは多数残っていた。使用人用といっても、一般的な町人から見ればかなり質のいい家具だ。
まあ、目的だった広い風呂が手に入っただけでも十分か。お湯の量が他の風呂の2倍から3倍必要で魔石の減りが早そうだから…召喚しておいてなんだけど、あまり使わないかも。ははは。
「おはようございます。朝食ご用意してきます」
「お願いします」
カウンターにいたのは入り婿、俺の食事をとりに行ってくれたのはジルハ少年。
「昼食なんだけど、ランチボックス? っていうのがイメージしにくいらしくてね。サンドイッチを外に持ち出したりしたら、途中で崩れてしまうんじゃないかというんだよ。かと言って木の器に入れたりすればかさばってしまうし…どうすればいいのか相談したいって」
あー。ここじゃサンドイッチのテイクアウトは一般的でないのか。余計なことを言ったかな。
「分かりました。ランチボックスは無しでいいです。食べに戻ってきます」
「いやいや、そうじゃなくてね。アイラはランチボックスというものを作ってみたいそうなんだよ。すまないけど、相談に乗ってやってくれないか?」
「でも、お忙しいんでしょう?」
「夜ほどじゃないよ。実は義父も興味を示していてね。新しい料理の匂いがする。だそうだよ」
「お待たせしました」
ジルハ少年の後ろに、少し気が強そうな…でも美人といえる女性が立っていた。
「お客さんがランチボックスのお客かい」
顔には若いねぇと書いてある。ちなみに彼女は30代くらいかな。姉さん女房っぽい。
「無理をお願いしたようですみません」
「いやいや逆だよ。こっちが夕べご迷惑をおかけしたお詫びなんだと聞いているよ。…その件で少し時間をもらえないかい?」
料理人タイプらしく、アイラさんの接客態度もジルハ君より劣る。
「でも、お忙しいんじゃないですか? お昼、食べに戻ってきますよ」
「うぅーん…。それなら、昼の方が時間が取れやすいから、昼過ぎの2時くらいに相談に乗ってもらえないかな」
おいおい。俺が彼女の相談に乗るのは決定なのか。店で食べることで帳消しになるとこっちは思っていたのに。
「そのかわりと言ってはなんだけど、今夜の夕食はタダにさせてもらうよ」
正直、お金より時間の方が貴重なんだけど…ま、仕方がない。身から出た錆と思って、回収しよう。
「俺がお役に立てるかどうか、わかりませんよ?」
「いや…お客さんは他所から来た人だろう? この街以外の料理を知っているだけでもあたしらには価値があるのさ」
「それでしたら…この宿に泊まっている商人の方たちに相談してみては?」
俺よりも商人たちの方がこの世界をあちこち旅してまわっている。
「あの方々に? 食べることはうまくても自分で料理をしない人たちだよ。参考になるようなことがあるか分からないねぇ」
なかなかはっきりとものを言う人だ。こういう人、嫌いじゃないけど。
「そこのところ、お客さん…えと、名前何だっけ?」
ここで初めて名前を聞かれた。料理人として働いているから、宿泊者の顔と名前を覚えることはあまりしないのだろう。
「ヒロムです」
ヒロがついていたらなんでもいい、とこの街ではヒロムと名乗ることを決めていた。
「ヒロムさんか」
いや、イントネーションが違うが、まあ、いい。
「一人旅をしているらしいじゃないか。当然、道中では自分で料理を作るんだろう?」
「まあ、そうですね」
「やっぱり。それに料理好きは顔を見りゃ分かるんだよ」
そりゃすごい特技だ。
「もし可能なら、あんたの知るランチボックスを教えておくれ。その代りと言っては何だが、この店の名物料理をひとつ教えるよ。昨夜はララーニャを食べてもらったらしいが、レカスをぜひ食べてもらいたいね。親父の作るレカスがこの街で一番旨いと思っているんだ、あたしは」
「それは、すごい興味があります。…分かりました。とっておきのランチボックスを教えましょう」
「そりゃ嬉しいねぇ。いまからわくわくしてきたよ」
ウキウキした足取りで彼女は厨房に戻って行った。
「お客さん…いえ、ヒロム様すみません」
入り婿が申し訳なさそうに指さしたのは俺が手にしていたトレイだ。
「料理が冷めてしまいましたね。僕、温めましょうか?」
「え?」
「僕の特技といいますか…ほら、元冒険者だと言ったでしょう? 温めることぐらいしかできませんが、一応火魔法が使えるので…」
あー、なるほど。火魔法でも温めができるのか。ってか、燃やさずに温めができるって実は難しいのでは? いや、火力が足りないのなら、コントロール以前の問題か? どっちだ?
「ありがとうございます。お願いします」
温度を変えるのは水魔法でもできるし、俺には錬金術があるから簡単だ。だが、今は出来ないふりをしておこう。
絶妙な温度に温めてもらった朝食を部屋で食べてから宿を出る。
さぁて、乳製品が買える朝市へ行こう。
地図スキルさん、朝市はどこにあるの?
「…………」
右に一つ、左に二つ。正面奥にも一つ。街の地図に4つのピンが立つ。
うん、間違ってないよね。俺が今いるのは中央に近い宿だから、四方にあってもおかしくはないね。
「…………うん…」
一番近いところから行こうか。遠くまで行って買いそびれることになったら困るから。
*
欲しかった乳製品を無事買うことができた俺は、足取りも軽く市場を後にした。宿の女料理人に特別なランチボックスを教えると約束してしまったから、宿に戻る前に雑貨店へ向かう。
鍋や皿といったキッチン関係が並ぶコーナーには、串焼き用の串は売っていたがピックはなかった。そう、サンドイッチに突き刺して崩れを防止しようと思ったのだ。
ないなら作ればいい、というのは俺がやる場合の話。店の人に参考程度といえ試作してみせるなら、この街でも簡単に買えるものを使うのが親切というものだ。
「すみません、この串の半分くらいの長さのものはないですか?」
「ないねぇ。何に使うんだ、そんな短いもの。役に立たないだろ」
役に立たないとばっさり切り捨てられる。
はいはい、忙しそうだから、俺はもうちょっと他の商品探しをしてきます。
いや…ないなら作るのは正解かも? 一本を三分の一にカットして、カットした口を少し削ればいい。難しいことではない。
いや、待てよ。短く尖ったものをうっかり誤飲するなんてことにでもなったら、店の評判に傷がつく。難癖をつける人間に突っ込まれる隙は初めから作らない方がいい。
となると…ピックはやめてきっちり包む方向か。
この世界に布はあるけど食べ物を包んでいるのを見たことがない。市場でチーズを買っても包んでくれるのはキロという葉っぱやハキロという葉っぱ。細かい葉脈はあるが、大きな葉脈はなく、曲げて包みやすい。ハキロはキロより大きいという違いがある。
どこにでも生えるし育てやすい木の葉っぱで、しかもこの辺では一年中茂っているらしい。
包装材として一般使いされている葉は、この雑貨店でも売っているし、市場で他の食品とともに並べて販売しているテントもある。
この葉は切り落とした後も10日ぐらい鮮度が続くという優れものだ。水分が抜けにくく、枯れにくい…つまり保水力と生命力が強いという性質があり、実は調薬の材料としても使える。さらに、わずかに殺菌効果もある。
殺菌効果は鑑定で知ったことだが、この世界の人たちは昔からの経験でこの葉が優れていることを知っていて使っているのだろう。鑑定無しでも虫が付きにくい、ということでその良さが分かるか。
包むのはハキロで決定として、紐がないかな。ゴムがあればいいけど、多分この世界にゴムはないと思う。あればゴムタイヤに発展進化できるんだけど…まだ車輪は木製か金属製かのどちらかしか見たことがない。
そういえば錬金術師さんの馬車の車輪は木のホイールを金属製の板金を巻いた変わったつくりになっていた。木を金属で包むことで車輪の磨耗や小石の突き刺さりを防いだのだろうか。
強度だけなら金属製にすればいいが…オール金属だと重くなるんだよな。速度が落ちるし、馬が二頭必要になる。
手芸関係の商品を並べた棚に移動すると、ちょうどいいものがあった。荷造り紐だ。太さが色々あり、俺自身が今後ものづくりをする時にも大いに役立ちそう。
これも買いだな。
せっかくだから、店のワンポイントが欲しい。紙の値段はいくらだろう…と今度は文房具コーナーに移動する。小さい店なのに、ぎゅうぎゅうに商品が詰め込んである。これだけいろいろ取り揃えていたら、店も狭くなるか。
雑貨店でハキロの葉、荷造り紐、紙、ついでに大小の四角い皿を4枚買う。個人用に麦わらを編んだ籠とハンカチも買って店を出る。雑貨店巡りは楽しく、もう一軒別の店にも行ってみた。
2軒めの方は生活雑貨が充実していた。爪やすり、まだ気になる年頃ではないが髭を剃るための小刀は錬金術師さんの家にもあるが、それではモノが良すぎる。外では一般人向けのものを普段使いしている方がいいと思ったので両方買った。
鏡が意外と高い。作るのはそんなに難しくないはずなのに、どうしてなんだろう。これは後で自作することにして買わなかった。
野営用にセットになったカトラリーも買った。普段使っているものとどこが違うかというと、柄が細身で軽さを追求したものになっていた。荷物の重量を減らす工夫だろう。俺には必要なくても隠ぺい工作は必要だ。
雑貨店の買い物は楽しく、あっという間に昼前になった。急いで食材を買って宿に戻る。もちろん、帰りは小舟に乗せてもらった。断然、歩きよりも小舟の方が早い。
「お帰りなさい」
歩き回ったから、おなかがペコペコだ。
「ただいまです。荷物を置いてきますので鍵をください」
食事をする前に部屋の鍵を受け取り、買ってきたものを部屋へ置きに行く。フリをするだけでも良かったけど、実際に置いてくる。
「部屋で? それとも食堂の方で食べる?」
「食堂にします。先ほど外から見たらそれほど混んでいなかったので…」
夜と昼の客の様子、店員の様子、料理の違いも見ておきたい。この世界のすべて、見ること知ることすべて…新しい体験なのだ。
入り婿から鍵を受け取り、動き回って軽く汗をかいた全身を洗浄できれいにしてから部屋を出る。
宿から食堂へ抜ける通路を行くと、昨夜接客してくれたのと同じ女性と目が合った。
3人の接客係がそれぞれ担当するフロアの位置は決まっているのだろう。
「ランチですね? お席案内しますねー」
もう鍵を見せなくても顔パスらしい。
「肉と魚のどちらにしますかー?」
「夜に魚を用意してくれると聞いているので、昼は肉の方で」
運良く、カウンター席が空いていた…と思ったら、どうやら予約してくれていたようだ。カウンターの奥にちらりと見える厨房から、アイラさんが首を伸ばしてこっちを見ていた。
会釈をすると、嬉しそうににこっと笑う。するときつそうな目元が優しくなって…これがギャップ萌というやつかと変なことを思った。
「飲み物は麦茶でいいですかー?」
「はい、麦茶で」
麦茶を買おうとしたら、これが商品として売っていない。麦を買って自分で焙煎しろということなんだろうね。こちらの人たちは手間暇を惜しまない。簡単にできることなら自分でやる、という感じだ。
「デザートのフルーツはイチジクかネーブルのどちらかになります。どうしますかー?」
料理の前に麦茶を運んできたウエイトレスに尋ねられる。
デザート付きは夜だけのサービスじゃないのか。やるな。
「ではイチジクの方で」
「はーい。少しお待ちくださいねー」
本当に少し待っただけで料理が届いた。パンは昨夜のとは違うが朝とは同じ雑穀パン。やや細長いタイプ。肉料理は角煮のように先に肉の塊だけを煮込んだものをシチューに入れたような、肉も野菜も両方食べられるミルク煮込みだった。
味は文句なしにうまい。これは作るのに時間がかかっていそうだ。この味でランチが500円。流行らないわけがない。現状を保つのも大変だろうに、まだ新しいことに挑戦してみたいと思っているのか。すごいな。
カウンターはひとり席と同じようなものだから、落ち着いて食事を楽しむことができた。
ごちそうさまと心の中で呟き、席を立つ。店が落ち着いたころに声を掛けてくれと伝言して部屋へ戻る。すると30分ほどで入り婿が呼びに来た。トイレに行っている時間があってよかったよ。
「えーと……」
こちらへと案内されたのは、いまだランチ客の対応が続く厨房。こんなところで話をするのか?
「おう、こんな場所ですまんな。オレがこの店の親父、カルパーノだ」
ごつい親父さんだった。声もでかいしガタイもいい。腕なんて俺の2倍以上の太さがあるよ。
この世界では料理人用の服はないのか、普段着にエプロン姿だ。エプロンをすることで汚れを防ぐことが出来るという発想自体は共通でよかったよ。
「すまないね。店の方はもうすぐ落ち着くから、作りながら話せるかな。出来れば試作もお願いしたい」
はいはい、アイラさん、そういう流れになるだろうと思ってましたよ。
「分かりました。厨房の隅をお借りします」
先に手を洗い…彼らの前で手を洗ったという行為を見せる必要があると思ったので…街で買ってきた食材その他を調理台の上へ並べていく。
パンはこの街のパン屋で買ってきたコッペパン。というか、さすがにパンはここでも専門店から買っているのではないだろうか。そうでなかったとしたら手を広げ過ぎだよ。
カルパーノさんとアイラさんの他に、厨房にいるのは20代そこそこの青年が一人だけ。彼が雑用すべてを引き受けているとしても、3人で厨房を回しているとしたらすごい。毎日が戦争だ。
本当に、彼らの健康状態は大丈夫なのか?
青年はちらりとこちらに会釈をした後、皿洗いの手を速めた。もしかしたら彼も料理好きで、俺がこれからすることに興味津々なのかも。
「まず、ランチボックスという言葉の定義から説明します」
「定義ってなんだ? えらい難しそうな言葉だが…」
「忘れてください」
「おぅ、忘れるから続きを頼む」
「まずはサンドイッチを作ります」
『サンドイッチを外に持ち出したりしたら、途中で崩れてしまう』
…つまり彼らが知りたいのはサンドイッチの作り方ではない。持ち出す工夫だ。
「お昼の煮込み料理を少し分けてもらってもいいですか?」
「おぅ、好きに使ってくれ。もう新たな注文はこねぇはずだ」
どうやら昼営業の終わりを告げてあるみたいだ。今作っている料理を出したら終わり、そういうことらしい。
「サンドイッチに関しての説明は今は省きます」
顔色を窺うとアイラさんが頷いてくれたので先に進むことにする。
買ってきたコッペパンの中央に包丁で切れ込みを入れる。うっすらとバターを塗り、メイロを少しはみ出るようにして挟む。その間に角切り肉を出来るだけ汁気を入れないようにして挟むわけだが、念を入れてその汁気を吸う素材としてコミコミの実を粉にしたものを角切り肉に絡める。
「ちょっと待った。今のはなんだい?」
「サンドイッチに関しての説明は今は省きます」
そう言ってあっただろう。
「…だが、気になる。あとで教えて欲しい」
「はい。一緒に作りましょう」
「おぅ、助かる」
サンドイッチ作りの続きに戻る。
とりあえず先ほどのサンドイッチはあれで完成だ。今度は別のパンを使ったサンドイッチを作る。
こちらもパン屋に売っていた四角い型に入れて焼いた定番のパンを使う。そう、基本のサンドイッチを作るのだ。
四角いパンを5ミリ幅くらいにカット。先ほどと同じくうっすらとバターを塗ってからメイロを敷く。さらにその上に、串焼肉屋から買ってきた肉を串から外し、粗みじん切りにする。もちろんこの肉にもしっかりとした味が付いているので追加の調味料は使わない。
マヨネーズという調味料はこの世界にはなさそうだ。自分がブームを作っていいものかどうか迷っているから、まだここでは隠す。
ここで二人とも自分の仕事を終えたようで、俺の手元をのぞき込むぐらいの近さまで接近してきた。
「卵をひとつ貰ってもいいですか?」
「リーノ」
「はい、すぐに用意します」
親方の声に、青年が卵を用意してくれた。
フライパンも借りて、素早くスクランブルエッグを作る。この時、塩もちょっぴり振らせてもらう。
メイロの上に粗みじんにした肉、間にユートクペーパー、その上にスクランブルエッグを置き、もう一度メイロを載せたら上下をパンで挟み込む。まな板を載せ、鍋を載せて重しを掛けた。
「さて、サンドイッチの準備はこれで終わりました。実際に持ち出す準備をします」
「あとで、今のサンドイッチの質問をさせてくれ」
「分かりました」
買ってきたハキロの葉を広げ、破らないように気をつけながら、包丁で切り込みを四カ所入れる。荷造り紐は十字に置き、一本をもう一本の中央で結んでおく。
「先にこちらのパンから包みます」
コッペパンタイプのサンドイッチを葉の中央に置き、両端の方から葉を折りたたむ。残りの横長になった方の葉も折りたたむと重なり合う部分が多いためパンはちゃんと隠れる。
荷造り紐の結んだ部分を底中央にして、上下で一度クロスしておく。左右の紐も中央でクロス。四本を2本ずつ手にとって最後に蝶々結び。
これで包み終わったわけだが、ひと手間加える。
「こちらは出来れば自作して添えた方がいいと思います。このサンドイッチを作った日と、当日中にお召し上がりくださいと注意書きがしてあります」
サンプルとして作ったそれを三人によく見えるように見せてから、結んだ紐の下に挟み込む。
「完成です。手間は少しかかりますが、材料費は安くあげたつもりです」
出来上がったそれをアイラさんに向かって差し出す。右から左から、下から、上から三人の視線が痛いほどに注がれる。
「すげぇな。しっかり包まれてる。しかも食べ終わった後、残った紐と葉は小さく丸められるから邪魔にならないし、簡単に燃やせる」
火魔法が使えなくても、生活魔法の種火が使えればこのくらいのゴミは簡単に処分できるだろう。たとえ燃やせなくても、ゴミ箱に捨てるまでポケットに入れておける。
「あたしはこのメモ書きに感心したよ。もちろん、この包み方もすごいさ。でも、このカードがあれば腐っただのなんだのという客の文句をかわせるってこった」
俺がカードを添えた意図にすぐ気づいてもらえてホッとした。
「その通りです。その場で食べるものではないため、客側へのサービスであると同時に店側の用心もかねています。販売する際にも、一言注意を添えておくとさらに効果的だと思います」
「すげぇな、若けぇのに飲食店の商売ってもんを良く知ってる」
3人から尊敬の眼差しで見られて顔が赤くなってしまった。恥ずかしすぎる。
「もう一種類のサンドイッチの方も気になっているのですが…」
リーノ青年がおずおずと切り出した。
「もう少し重しを掛ける時間があった方がしっかりくっつくのですが、時間が経ったものとして説明します」
3人はまた俺の手元に注目した。
「こちらのサンドイッチは先ほどとは違い、高級品扱いでハキロの葉で包むことはしません」
雑貨屋で買ってきた四角い箱の底にキロの葉を敷く。この時、箱からはみ出さないように…でも葉の緑は見えるように箱の側面に沿わせて立てる。
パンを包丁で四つにカットし、この時切り分けた断面が見えるようにこちらも立てて並べる。
「箱の隅が少し空いています。フルーツなどをカットして入れると華やかでいいと思います」
そう言うとリーノさんがオレンジを渡してくれた。素早い。いつも親父さんやアイラさんの補助をしているから手馴れているんだろう。
手早くオレンジをくし型にカットする。皮を剥きやすいように、半分ほど切り込みを入れておくことも忘れない。
「ほら、華やかで素敵になりました」
「で、その箱はどうするんだい?」
「箱ごと持ち帰る方には箱代を上乗せします。けれど、どちらかといえばこの宿で食べていただくことを考えています」
「宿で? 部屋まで料理を運ぶサービスはやっている。箱に入れる必要はないんじゃないか?」
「箱に入れるメリ…理由はいくつかはあります。部屋に届ける際に箱を積み重ねることで複数同時に運べます。そうです。楽に運搬できて、早く届けられるのです。さらには、受け取った客はすぐに料理を食べなくてもいい。時間がずらせるということは客にとっても自由が利くと同時に、店側にとっても自由が利きます。つまり、早めに届けてもいいということです」
「早めに…届けられる」
「例えば、客が一時に食べたいと思っていたとします。サンドイッチなので出来たてを届ける必要はないじゃないですか」
「あっ!」
「そうです。注文された数を12時に届けてもいい。指定時間より遅くならなければいいわけです。すぐに食べずに置いておいても箱に入っていることで埃を気にすることもない。皿に乗っているだけだとパンがパサついて味が落ちてしまうかもしれませんが、箱入りだとそれが防げます」
「親父っ。商人たちは時々部屋で会議をしているじゃないか。その時に、箱入りのサンドイッチを注文してもらえると、あたしたちだって作るのも運ぶのも楽になるってもんさ」
そう、その通り。俺もそれを考えた。
「運ぶのが楽だということは、後片付けも楽になるということです。蓋と本体を分けて重ねることで、一度に多くの箱を片づけることが出来るでしょう」
リーノ青年の目が「すごい!」と言っているように、キラキラ輝いている。
「この宿だけではありません。例えば、どこかで会議を行うということになり…その会議が数時間程度で終わればいいのですが、長引いてしまった。さらにはゆっくり食事を食べに行く時間も惜しい。そうなったときに箱入りのサンドイッチがあればどうでしょうか。会議を続けながら食事もできる。そんな売り方をすることだって可能ではないでしょうか」
「おぅ…天才かっ!」
「ここまでは、箱を回収する場合を説明しました。箱ごと販売することにも少し触れますと…この宿は商人たちが多く宿泊していると推測しました。(服装から分かるんだよね)時には彼らの予定が変わって急いで宿を出発することだってあるでしょう。その時に箱入りのサンドイッチというメニューがあれば、いい売り物になるのではないでしょうか。彼らは時間を買うはずです。食事を抜くよりもサンドイッチの箱代を上乗せすることの方を選ぶと思いますよ」
うんうん、と3人ともが頷いている。商人が予定を急に変えることは、やはりよくあるのだろう。
「やっぱり、あと1人くらいは人手が欲しいな」
「今だとギリギリだものな。かぁちゃんも寄り合いだ、帳簿つけだ、仕入れが足らなくなったと走り回ってるもんなぁ。もうちと楽させてやりたいさ」
「だね。あたしらは楽しくてやっているようなもんだけど…」
「あと1人新しく人を雇うのでしたら…ぜひオレにサンドイッチづくりをさせていただけませんか? 箱に詰めたり包む料理をやってみたいんです!」
「そうだなぁ、リーノもそろそろ料理を作りたいよなぁ」
「いつまでも雑用というわけにもいかないし、いいかもしれないさね」
「ちなみに、新規雇用の売り子を2人以上にすると面白いことができますよ」
「おもしろいこと、ってなんだぁ?」
「1人は店の前に出店のように机でも置いて持ち帰りサンドイッチを売ります。そしてもう1人ないし2人はサンドイッチを売りに行きます」
「売りに行くって、どこへ」
俺はニヤッと笑った。
「決まっているじゃないですか。水路ですよ」
「「水路?」」
「水夫さんたちは客待ちをしたいから、できるだけ舟から離れたくない。でも、昼になると当然お腹が空く。そんな時に、サンドイッチ売りが歩いてきたらどうします?」
「おまっ…天才かっ!」
「…よくもまぁ、そんなことを思いつくもんだね。あたしは感心したよ」
「何も水夫だけではありません。観光客も喜んで買ってくれると思いますよ。舟に乗りながらサンドイッチを食べてこの街の美しい景色を眺める。風に吹かれながら、小舟に揺れる。心地いいひと時が過ごせることでしょうね」
3人が3人ともあんぐりと口を開けた。
「小舟は移動のために乗るだけではないでしょう? 観光のために乗る、それにほんの少し楽しみを加える…ただそれだけのことです」
「それだけって…これはもう、この街全体の観光事業にもかかわってくるさね」
「アイラ…かぁちゃんに、急いでかぁチャンに話して来い。わしは死ぬ気で夕食の仕込みに入る」
「あいよ! ヒロム少年、あんたも来ておくれよ」
「いやいや…勘弁してくださいよ。難しい話じゃないんですから」
これ以上巻き込まれるのは勘弁して欲しい。
キャッチボールではなく、ボールを投げっぱなしになるが、この先の話を進めようとここで終わりにしようと、俺はどちらでも構わない。やりたい人が頑張ってくれ、と言いたい。
「ぁあ、もう…時間が惜しいさね。行ってくる! リーノ、親父を頼んだよ!」
気がついたら夕食の仕込みを始めなければならない時間になっていたらしい。彼らは昼ごはん、いつ食べたんだろう。と思ったら、仕込み作業をしながら親父さん食べ始めたぞ。
リーノはちゃっかり俺が作ったサンドイッチを食べているし。
あ、親父さんがそれに気づいて横取りするように食べ始めたぞ。ま、無駄にするよりいいか。
材料費を請求…したら後でくれないかなぁ……。
「お邪魔しましたー」
厨房からささっと逃げるように出る。
目でこのサンドイッチの作り方を教えてくれと言われたって、今はそんな時間の余裕ないでしょ。
あれぇ? 俺の1日が終わってしまったぞ。
いや、まだ2時間ほど夕食の時間まで間がある。急いで出かけてこよう。
夕日に染まるこの街の景色を見るだけでも価値がある。散歩していれば、欲しいものに出会うことがあるかもしれない。
あ…まだこの街に来て、羊の革の敷き布団を買っていないじゃないか。そもそも、それが目的でこの街に来たはずなのに…あはははは。急いで行けば、まだお店空いているかな。




