第28話
宿に戻ると、フロントは10人近い客であふれていた。俺くらいの年の少年も交じっていたが、ほとんどは40代、30代の男性ばかり。着ている服がちょっと上質だし、なんとなく商人風。何人かで隊商を組んで旅していた商人たちが街に到着した…というところかもしれない。
買ってきたものはアイテムボックスに入っているし…どうしても部屋へ行かなくはならない理由はない。先に夕食を食べに隣の食堂へ行こうかと身体の向きを変えて…気が付いた。宿泊客だと証明できないと食事を出してもらえないのではないだろうか。
やはり、先に部屋の鍵を手に入れた方がいい。フロントの隅で彼らがチェックインを済ませるのを待っていると、俺より年下と分かる年齢の少年が3階から降りてきた。
「お待たせして申し訳ありません。ご宿泊のお客様ですか?」
離れたところにぽつんとひとりで立っている俺に気が付いて、声を掛けてくれた。
「3階の2号室に、今日の昼過ぎから3泊6食で泊まっているんだ」
「お帰りなさい。鍵をお持ちしますね」
フロントで受付業務をしている婿入り男に声を掛け、俺が宿泊客だと確認した少年は鍵を持ってきてくれた。
「お待たせしました」
歳下でも少年の方が言葉遣いも接客態度も洗練されている。
「こちらお部屋の鍵です」
「ありがとう、助かった。夕食を隣で取りたいのだけど、部屋の鍵を見せればいいかな?」
「はい。案内係の者に鍵を見せていただければ大丈夫です」
部屋への階段が混んでいたため、先に食堂へ行くことにする。
「ありがとう。食堂へ行ってくるよ」
「あ、お客様。こちらの通路から移動できますので、どうぞ…」
いちいち外へ出なくても連絡通路があったらしい。
そこを抜けるとすぐに食堂の喧騒が聞こえてきて、可愛い女の子が3人、料理を運んでいる姿が見えた。テーブル席は丸く、客でいっぱいだった。
思っていたより広い店内に驚く。それに、街の食堂にしてはしゃれている。レストランといってもいいぐらいじゃないか?
「いらっしゃいませー」
金髪の可愛い女の子が俺に気づいて、さっと寄ってきてくれた。
「食事をしたいんだけど、席あるかな?」
宿泊者であることが分かるように、しっかりと部屋の番号まで読み取れるように鍵を見せる。
「ただいま満席でお待ちいただくか、相席が可能でしたら他の客に確認してきます。どうしましょうか?」
相席かー。まだいきなり見知らぬ誰かと食事が出来るほどこの世界に馴染んでいない。人が多いところに来たことで実はドキドキしている。
「席が空くのを待ちます。どこで待てばいいかな?」
「ご案内します」
出口近くに順番待ちのための椅子が6脚並んでいた。最後の椅子に座ったところで、外から店内に入ってきた客が3人現れた。彼らは立って待つことになるみたいだ。
この分だと、俺がテーブルが空くのを待って席についていたとしても、後から来た客との相席を頼まれる…と想像するのは容易い。
「ごめん。やっぱり相席出来るかどうか聞いてくれないかな」
先ほどのウエイトレスに声を掛けて頼んでみた。
「はい。しばらくお待ちくださいー」
店内に漂う匂いがもうおいしそうで、おなかも空いてきた。これだけ繁盛している店だから、相席は当たり前と思うことにする。
「お待たせしましたー。席に案内しますー」
椅子に座ってた男たちから『おれたちのほうが先に待っていたのに…』という目で見られてしまったが、向こうは5人組っぽい。こっちは一人だから割り込めるんだよ。悪いね。
相席に応じてくれたのは3人組の冒険者グループのようだった。武器はマジックバックに収納しているのだろうが、首からギルドカードを下げているからすぐに分かる。
「相席ありがとうございます」
割り込んだ者のマナーだろうと、こちらから先にお礼を伝える。
「いやいや…どうぞ。気にしないでくれ。この店ではよくあることさ」
「そうそう。ハイセイでも有名な人気店だからな」
「それはそうと、君若いねぇ。成人しているんだよね? 一人?」
俺は苦笑して、すみませんというように会釈してから注文待ちをしている女の子に飲み物の種類を訪ねた。ここでも麦茶を注文すると、肉か魚が選べますと確認してきた。心は決まっていたけど、男たちの前の皿をさっと見てから、魚を選ぶ。
ウエイトレスの彼女がくるりと身をひるがえした後、俺は冒険者のおじさんたちににこっと微笑みかけた。
「今日、ハイセイに着いたばかりなんです。門番さんにおすすめの宿ということで紹介されたんですけど…この店がこんなに人気のある店だと知らなかったので驚きました」
「へぇ、そうなのか」
「ここ、安い宿じゃないのに…そんななりして冒険者? にしては、品がいいよねぇ」
「確かに。どこかの大店の坊ちゃんかな」
3人が3人ともおしゃべりタイプらしい。見た目も年齢もバラバラなのだが、すごくまとまっているように感じるのは冒険者グループならではのチームワークということだろうか。
「皆さんは冒険者さんですよね」
「ということは、君は冒険者じゃないな」
「俺たちに【虹色の虹】って妙なチーム名を付けたのがそのバカだ」
「バカと呼ばれた俺がリーダーやってる。年齢が一番上だという理由だけで決まったんだ。ひどいと思わないか?」
「「思わない」」
いや、もう…漫才を聞いているようなテンポの良さに思わず笑ってしまう。
「お、笑うと可愛いな」
「おい。やめろ。男に走る気か?」
「何言ってるんだ、お前ほど危険な男じゃないぞ俺は。女の子が好きだ」
「俺も女の子が好きだ」
「お前ら、いい加減にしろ」
初対面の緊張なんてとっくにぶっ飛んでいた。
「あー。マーレスさん、ナティアに振られたからって男の子に宗旨替えですかぁ?」
麦茶入りのマグカップを持ってきてくれたウエイトレスの女の子も会話に入ってきた。
「振られてない。宗旨替えもしてない。ケティちゃん、余計なこと言わないでくれよ? 頼むよ」
リーダーの男の名前がマーレスだと分かった。ついでに、ここのウエイトレスの女の子目当てでこの店に通っているらしい。
「えー。どうしようかなー」なんて甘えた声を出していた彼女だが、同僚に睨まれていると気づくとさっとテーブルを離れていった。
そうだよね。こんなに店内は混んでいるのだから、のんびり客と話をしている余裕なんてないはずだ。
「ナティアちゃん、睨んだ顔も可愛い…」
「マゾだからな、リーダーは」
「バカだし、へたれだからな、リーダーは」
「お前ら…俺がいい男だからって僻んでないで、遠慮せずに褒めていいんだぞ」
「「僻んでない。いい男でもない」」
そんな会話をしながらでも彼らは飯を食べている。この店が混んでいて、のんびりおしゃべりを楽しむところではないことを知っているからだろう。
「お待たせしましたー」
俺が注文した料理が届いた。豆入りの野菜スープ。パンはハーブ入りのフォカッチャ。バターが添えられている。明日の朝市では絶対にバターを探そうと心に決める。
魚料理は白身魚をバター焼きしたものに温野菜が乗っていて、彩もいい。やはり、食堂というよりレストランのような上品さがある。オレンジを四分の一カットしたデザートもついていた。
「あれ? ケティちゃん。俺らには? オレンジ貰ってないよ?」
「デザートは宿泊したお客様だけのサービスです」
残念そうな目で見られたリーダーはかくっと首を落とした。こっちの世界でもそのジェスチャーは共通なのか。いろいろ面白い彼らは俺がせっせと食事をしているのを見て、自分たちも食べるペースを上げた。
「それじゃあ、俺たちは先に失礼するよ」
「はい。相席ありがとうございました。…おやすみなさい」
「…おやすみなさいって久しぶりに言ってもらえた」
「お前も寂しい奴だな」
「お前も同じ穴の中じゃないか」
類友と同じ使い方かな。
やいやい楽しげな会話をしながら彼らが去り、テーブルから皿が下げられて片付くと…「すみません。相席をお願いしてもいいですか?」と予測通りの声が、ウエイトレスの女の子から掛かる。
「ちょっとだけ待ってくれたら食べ終わるから。その方がグループ客を案内しやすいよ?」
丸テーブルだから椅子の数を増やせば5人、少し狭いが6人でも対応できそうだった。
「あ、そうですね。今6人と4人グループ待ちなので…6人の方が先だったし……少し待ってもらいます」
「うん、そうしてくれるとこっちも助かる」
急いで食事を終えて席を立つ。出口の方ではなく、宿に通じる通路を通って食堂の喧騒から離れるとホッとした。
料理は美味しかったけど、落ち着かない。部屋への持ち込みが出来ないか聞いてみよう。
ちょうど、フロントには誰も客はいなかった。婿入り男がやや疲れた顔で椅子に座っていた。
近づいていくと、彼は笑顔で疲れた顔を隠した。
「やあ、さっきはタイミングが悪くて悪かったね。食事は美味しかっただろ? 量は足りた?」
「料理は美味しかったですが、忙しそうでしたね。量は十分でした」
「そうなんだよ。店が流行るのは嬉しい悲鳴なんだけど…嫁サンが大変そうでさぁ。おかみさんも食事時はあっちに行きっぱなしで、俺もこっちで手いっぱいで、大変だよ」
客に…しかも少年と誰もが認める外見の俺になんで愚痴るかな、この男は。
「鍵を渡してくれた少年は? 彼はしっかりしてましたけど…」
「そうなんだよ。ジルハ君はしっかりしているんだよ。まだ13歳なんだよ。しっかりしすぎだよ」
「13歳、でしたが…」
俺より年下とは思っていたが…本当に若い。
「ここでは名前は伏せるけど、ある大店の見習いをやっていた少年なんだ。行儀作法の教育がしっかりしているから、あの歳でも頼りになってねぇ…俺がしっかりしていないのがますますハッキリしちゃって」
ははははと乾いた笑いを浮かべているが、それどころじゃないだろ。しっかりしろよ、おっさん。
「そういえば君も若いねぇ。ジルハ君と同じで妙に落ち着いていて…なんでか君に変な相談しちゃっているねぇ。なんでだろ」
それは俺が聞きたいわ。
この男の人生相談に乗ってやるほど、こっちも人生経験が豊富なわけではない。
「ところで…明日の食事は部屋用に用意してもらうことはできませんか? 部屋への持ち込みが可能なら、自分で運びますよ」
「他の客も部屋で食べることが多くてね、今もジルハくんに運んでもらっている。運ぶのは彼に任せてくれたらいいけど、時間の予約は出来ないから。それでもいいかな」
時間の予約ができない。つまり店の都合に合わせろということだ。あっさり言われて思わずムカッと来た。
「そうですか、では明日からは俺もお願いします。シャワーの予約時間になるまで部屋でゆっくりしてきます」
「あっ」
今度は何なんだ?
「別のお客にわがままを言われてしまって困っているんだけど…シャワーの8時の予約を9時半に変えてもらえないだろうか? もちろん、お詫びとして銅貨5枚値引きするか、昼の食事を一食つけさせてもらうけど…ダメかなぁ」
ここで俺がダメだと言えば、この男はどうするつもりだろう。
「長年の贔屓客だから、って我儘を言われて困っているんだよ」
相手の同情を乞うのがこの男の処世術のひとつなのかもしれないと気が付いた。それならそれで、したたかな一面を持っているということでもある。
あっちふらりこっちふらりと漂っているだけにも思えるから、したたかさは勘違いで単なる優柔不断かもしれない。…つまり、まだ子供である俺には判断できないということだ。
「別にいいですよ。時間変更ではなく、今夜のシャワーはキャンセルで。その代り明日の昼用にランチボックスをください」
「ランチボックス?」
「さっきお詫びに昼の食事を一食と言っておられたでしょう? ランチを外で食べたいのでサンドイッチか何かを持ち出せるように用意して欲しいんです」
「ランチを外で食べる…サンドイッチを持ち出す……。いいね、それ! 店で食べずに持ち帰ってもらえれば、席が空いていない問題の解消になる」
俺は思わずため息をついた。
「現実を見てください。すでに捌くのが難しいほどの客を、さらに増やすようなことをすれば…お嫁さん、病気になって早死にしちゃいますよ」
本末転倒だ。ただでさえ忙しい店をこれ以上忙しくしてどうする。
「えっ…。どうしよう…それは困る。アイラとゆっくり過ごす時間も取れなくなっているのに、病気になって早死になんて…僕、困るよ」
眉を八の字にして泣きそうな顔をしている入り婿を見ていたら、したたかな一面は儚い幻想だったと気づく。ただの頼りない男か。
あまり役には立っていなさそうだが、それでもこの男なりにどうにかしたいと思っていることは確かだろう。…とはいえ、俺がこの男の力になってやろうと協力する義理もない。
「朝食は7時にお願いします。用意できるようであればランチボックスはその時に。難しそうでしたら昼前に戻りますので用意しておいてください」
「わかったよ。朝7時だね。アイラに頼んでおくよ」
部屋へ戻り、きちんと内鍵をかけてからドアの横の壁にシェルターの入り口を固定。シェルター内に移動して、蒼の家へ。
この宿の共同トイレは使用せず、見学しただけでここのトイレを使っている。シャワーも見学する予定で予約しただけだから、今夜使えなくなっても困るわけじゃない。
シャワーを浴びてリフレッシュしたら、風呂付の空き家を新たに召喚してみようかな。風呂があったのは錬金術師さんの家だけだった。
シェルター内はまだまだ広いし、空き家召喚は楽しい。使えそうなものを探すのも楽しいし、そのまま使えなくても再利用できないかと考えて新たなものに作り替えることも楽しい。
明日は朝市でバターやチーズなどの乳製品を買う予定だから、早めに寝ることにして…2時間だけここで過ごすことにしよう。
タイマーをセットし、風呂付きの家の召喚を試みる。
出来るだけ具体的に…イメージを固めて。出来るだけ新しい状態、きれいな状態で…殺人事件は困るから死体のない空き家で…貴族の隠れ家みたいなのがいいかも。貴族だったら風呂付の家に住んでいそう。
持ち主がいなくなって、管理人もいなくなった…貴族の隠れ家だったけど今は空き家で、風呂付きのきれいな家、俺にください!【召】!
「…………」
しまった。また、やってしまったかも…
大きさを指定するのを忘れていた。
俺の目の前にある邸宅は…そう、4階建てで、部屋数がいくつあるのか分からないぐらいのお屋敷。どどんーと。どどーんと存在していました。
やっちまったなぁ…
まさか、隠れ家がこんなに大きいとは思わないじゃん。隠れてないよ、この大きさ。どこに隠すつもりだったんだよ。貴族って…なに考えてんの?




