第27話
トイレ休憩の後、洗浄スキルで彼らを綺麗にしたどさくさを利用し…自分自身に回復スキルを使った。森に入ったことで靴が汚れてしまったのに気が付いた…というフリをした。
どこの綺麗好きだよ、と自分でも思うが…このチャンスがなければ体力回復ポーションを飲むという選択しかなかっただろう。
村まであと1時間ほどのところで最後の小休憩を入れてくれた。洗浄スキルを彼らに振る舞った後は、さらに俺に合わせたペースで歩いてくれるし、休憩もこまめにとってくれるようになった。依頼は出していないけど、冒険者の彼らに護衛してもらっているような感じがしてきた。
それほど感謝されまくりの洗浄スキルだが、聞けば、洗浄を仕事にしている者もいるとのこと。つまりこのスキルは飯のタネになる。
冒険者の中にもこのスキルを持っている者がいるらしいが、人気者なんだそうだ。魔物や獣を討伐すれば剣や槍先などに血や脂が付いて切れ味が悪くなる。握りや柄に血や脂が付いた時も滑りやすくなったりして扱いにくくなる。それを洗浄スキルは綺麗にして、元の状態にしてくれるのだから人気が出るのも頷ける。
「よかったら、みなさんもどうぞ…」
小腹が空いてくる時間だったから、エクスルスで買ったフルレを八等分し、振る舞った。自分で食べたのは2切れ、彼らには1切れずつしか当たらなかったが、それでも喜んでくれた。
「仕事の移動中に干し肉以外の間食を食べたのなんて初めて!」
女性陣には特に大好評だった。
「やはり、それはマジックバックかい?」
カレスの目がキラリと光ったね。
「エクスルスの町で買ったばかりです。いい町でした、住みやすそうですし…串焼肉の種類も豊富で食べ過ぎてしまいました」
「エクスルスはいい町でしょ。私とケノンはエクスルス出身なの」
「私とマーセアは幼馴染なのよ」
休憩中の配置は、なぜか俺の両側に女性二人を侍らす状態になっていた。これも洗浄スキル効果の恩恵だろうか。
「ヤノス以外は俺たちもマジックバッグを持っているんだ」
そうでしょうとも。五人の荷物の少なさ、そして一人だけ多いヤノスの荷物。見て、彼らの人となりに接して…そうだと思っていた。一番若い彼だけが荷物を押し付けられていじめられているとは思えなかったから。
フルーツのおかげか最後の休憩だと分かっていたからか、休憩後の足取りは軽くなった。
「それじゃあ、ここで」
村に入ってすぐ、彼らとは別れた。この村には検問はなかった。
「クロニー村に宿屋は一つしかないから、すぐに会うだろう…またね」
いやにあっさりと別れるな、と思ったらそういうことらしい。
それほど大きくない村だが、羊があちらこちらにいて村人の数よりも多い。そして少し革の鞣し臭い。
ここで観光するとしたら羊の放牧地や羊の毛皮などの直売所ぐらいらしい。羊の毛皮は欲しかったから、宿で部屋を確保してから立ち寄ってみた。
加工場は村にはないのかと思ったら、小さいながらもあった。村に入ってすぐに気が付いた鞣しの匂いはここからしていたのだ。
町に卸す革の規格から外れた小ぶりのものやカット後の切れ端など、小物づくりに使えそうな革が売られていて、思わず衝動買いしてしまった。ムートンクッション用にもいっぱい欲しいところだが、一番小さなマジックバック持ちだとごまかせる程度の買い物しかできないのが残念だ。
革以外にも、羊の乳、乳で作ったチーズ、羊肉、肉で作った燻製肉、羊の角や蹄、目玉、内臓といった調薬の材料まで売られていた。
羊の角や蹄にはケラチン質が含まれている。肌の保護をする日焼け止めや傷薬の材料のひとつになる。調薬のレシピはいっぱいあり、置き換えできないという材料はあまりない。どうしても必要なものになると超レアの扱いになるが、一般的な薬だと薬師の数ほどレシピがあるようなものだ。ちと、言い過ぎたかもしれないけれど、レシピの数が多いのは本当だ。
ほくほくしながら宿へ戻り、荷物を置いて身軽になったふりをしてまた出かける。村で一軒しかないという食堂に入ると、明夜の空のメンバーたちがすでに来ていて丸テーブルで食事をしていた。
「ヒロ! 一緒に食べない?」
マーセアに大きな声で呼ばれた。少し恥ずかしい。
食堂の中にいた人たちの視線が一気に集まるのを感じる。
おせっかいで熱血なジェスがさっと席を立ち、迎えに来る。
「よかったら、一緒に食べよう。途中でお世話になったお礼もしたいし…」
洗浄サービスのことだろう。お礼をしてもらうようなことじゃないと思うが、ここでかたくなな態度を取り断るのも悪い気がした。ノーと言えない日本人だなぁ。
「お邪魔でないなら…」
彼らのテーブルは2つをすでにくっつけたもの。よく見ると椅子も7脚あるではないか。俺を迎える準備は終わっていた。思わず苦笑いしてしまった。
「ヒロはここね」
不自然に開いていたマーセアとケノンの間が俺の指定席らしい。弟を可愛がるような態度だから、彼女たちの間に挟まれてもモテていると勘違いするようなことはない。
注文を取りに来た店員に飲み物の種類を尋ねる。水かエールか麦茶の三択だったから麦茶にした。麦を焙煎して作るお茶は簡単にレシピが思いつくもの。この世界にあっても不思議ではなかった。
料理は肉の煮込みが二種類、パンもライ麦パンか胚芽のパンの二択。珍しくミートパイもあった。
羊の乳を使ったクリーム煮と胚芽のパン。ミートパイのセットを頼んだ。麦茶を飲んでいるのは俺だけで、時間が経つにつれて周りのテーブルに酔っ払いが増えてくる。
さっさと料理を食べて宿へ戻ろう。
明夜のメンバーが話してくれる討伐へ行った時のことや、エクスルスの冒険者ギルド支部での話など話が面白くて引き込まれたが、誰かが酔って木皿を床に落とした音を契機にして、食事を切り上げることにした。
「すみません、そろそろ…宿に戻ります」
「ああ、それじゃあ俺たちも…。一緒に戻るよ」
「行先は同じだし、行きましょ」
会計は俺の分もまとめて払ってくれた。村の食堂だと飲み物代を含めても銅貨5枚。500円で一食が食べられると分かった。安い。
宿に戻ると、彼らは男女別の2部屋を取っているらしい。部屋の前で別れようとすると、もじもじしながらマーセアが言った。
「ヒロ。また洗浄をお願いしてもいい?」
これがずっと言いたかったんだろうなと思った。宿への帰り道でも、何か言いたそうにしていたからなんだろうと密かに思ってた。
「いいよ。ケノンさんにも掛けようか」
「ぜひお願いするわ。ありがとう」
彼女たちは道中着ていた皮の鎧姿ではなく、私服だったから、この服を綺麗にして欲しかったのだろう。
いや…別に男女差別をする気はないけど、きちんと順番待ちをされるとどうなんだろ。
思わず笑ってしまいそうになるのを我慢して、男たちの方にも洗浄をかけていく。雑に手を振っておいたが、どうせ効果は変わらない。
「ありがとう! 俺たちは依頼で朝早くに出るから、挨拶はここで済ませておくよ」
「分かった。ここまでありがとう。依頼頑張って」
彼らが受けている依頼内容は聞かなかったし、彼らも話さなかった。守秘義務があるのかもしれないと気を回したのだが、終わっていない仕事の話をしない彼らの態度は正しいと思った。
「おやすみー」
「おやすみなさい」
すっきりした顔の彼らと別れ、ようやく部屋へ入って一人に。ホッとすると同時に、仲間がいる彼らのことが少し羨ましくなった。
色々他の人には話せないことがあるから、だれとも長く付き合う気はないが…時々はこういう交流を持つのも悪くない。
しばらく街で雑踏に紛れるような暮らしをしたら、また元の…森の中の生活に戻れそうな気がした。
人恋しさは、もう消えていた。
*
クロニー村を出て、周囲5キロ以内に誰もいないのを確かめてから街道を外れた。
飛行機をアイテムボックスから出す。隠密で姿は見えないはずだが、風魔法を使った痕跡が残ると分かって、より慎重に行動するべきだと思った。
すぐにリーエルの街へ向かう予定だったが、 セルネージュ川を利用した運輸で栄えているという ハイセイの街へ寄り道したくなった。羊のラグやクッションがあれば買いたい。美味しい川魚の料理があると聞いたら、久しぶりに魚が食べたくなった。
クロニー村から歩けば2日かかるらしい道のりだが、さすが飛行機。ひとっ飛びで昼前には着いた。上空から街全体の景色を眺めた後、人の気配が少ない街道近くで飛行機を降りる。
「上から見た感じ、イタリアのヴェニスっぽかったな」
大きめの水路が5本、さらに小さな水路がいくつもあり複雑に絡み合うように流れていた。水路を小舟が行きかう様子や、水路にかかる数多くの橋がヴェニスを連想させた。
エクスルスの町のような、石組みの高い壁で囲まれている町ではなかった。幅広の河セルネージュが天然の堀の役目をしているのか、街に入るためには大きな橋を渡る必要があった。
大橋のたもとに関所のような守衛の詰め所があった。街へ入ろうと並んでいるのは歩きの人より、荷馬車の方が多い。列が別になっていて、荷馬車の方は中の荷物を確認されたりしていて時間がかかっている。荷物を背負った村人もいたが、人専用の列はスムーズに処理されていく。
「次。…ギルドカードは?」
「ありません。旅の途中です。観光に寄りました」
今回の門番さんはベテランっぽい。ざっと俺の全身へ視線を這わせ、見ただけでただの旅人だと判断したらしくすぐに次の質問に移った。
「ハイセイの街にどのぐらい滞在する予定だ?」
「この街が素晴らしいところだと聞いて寄り道してみたのですが、一日で観光できますか?」
具体的なことは決めていないと匂わせる。
門番はにっこり笑って大きく頷いた。
この街が素晴らしいと聞いて来た旅人を、観光に力を入れている街なら歓迎しないはずがない。
「2日以内だと入場料はかからないのだが…ゆっくりしていくかね? ハイセイの魅力は2日では味わいつくせないよ」
門番は地元民がなっている気もするから、郷土愛のある者なら旅人の訪れを喜ぶだろう。
「そうですね。移動の疲れも癒したいですし3、4日ほどかけてゆっくり観光できれば…と思います。おすすめの宿はありますか? 防犯のいいところで、料理も良ければいうことはないのですが」
門番とのやり取りも少し慣れた感じがする。商人スキルの話術のおかげか、落ち着いて話ができた。
「そうだな。それだと…【フクロウの止まり木】がおススメかな。他にもいい宿は多くあるから、絞り切れない。自分で探すのも旅の楽しみだろうし」
「そうですね。そうしてみます」
ここでも大銅貨2枚を払い、街の入場札を受け取る。返金はなくても、街を出る際にはこの札を返すシステムになっているらしい。
外からやってきた人が勝手に居ついたら分かるのかな。入場札をやり取りするのは治安の維持のためなのだろう。…多分。
観光名所のひとつにもなっているだろう大きな橋をゆっくり歩く。橋を渡り切ると町に入ったことになるのだが、家が一軒建つほどの幅の地面が途切れ、その向こうはもう水路になっている。広い陸地が少ないみたいだ。
その水路の端に何槽もの小舟が停まっていた。ここでは観光客だけでなく、街の人にも小舟はタクシー代わりに利用されているようだった。
「そこの若いニーちゃん、乗って行かないかい?」
カンカン帽。いや、水夫帽をかぶった水夫に声を掛けられる。なるほど俺が買った帽子はこの街からエクスルスの古着屋に流れ着いたものだったらしい。
「フクロウの止まり木って宿、分かる?」
「もちろんさ!」
「いくら?」
「銅貨4枚でいいよ」
安い。観光地価格としてもっと高くても不思議ではない気がしたが…タクシーの初乗り料金と同じくらいだと考えれば、そんなものか。
地図スキルさんが教えてくれたから宿の場所は分かっているが、歩くと10分以上かかる。道が狭く入り組んでいるしいくつも橋も渡る必要があるから、もっとかかるかもしれない。
それより何より、乗ってみたいではないか。ヴェニスでゴンドラに乗ったような気分が味わえるチャンスを逃すわけにはいかない。
「ここから乗ればいいの?」
「ああ、今足場板を用意する」
飛び乗って乗れない距離ではないが、幅の狭い小舟だ。長い船体で安定感と荷物を載せる空間を確保している。ますますヴェニスのゴンドラっぽい。
「真ん中が一番揺れにくい。…岸から離れるときだけ少し揺れるからな」
可愛く若い女の子がゴンドラの船頭をやっているアニメをふと思い出した。現実にはおっさん水夫ばかりだったが異国情緒はある。
舟はすいすいと静かに進む。いや、水を掻き分けるさざ波のような水音がしていて気持ちがいい。
水路には何艘もの小舟が行き交い、複数の人が乗っている舟もあれば荷物を載せた舟もある。
水路と水路が交わったところで方向転換するとき、男は「セーセー」と声を上げた。応じるように「ヤーヤー」と反対から接近してきた舟の水夫が声を上げる。
水路はとても賑やかだった。観光客の笑い声や歓声が周囲に響いたり、道を歩いている人が小舟に乗って移動している人に向かって話しかけたり、そうかと思えば水夫同士がすれ違いながら話しをしていたり…。小舟から見える家のベランダから洗濯物が旗のように下がっていたりしている光景もここでは当たり前のことなのだろう。
「素晴らしいところだろう?」
「そうですね。素晴らしい街だと思います」
気を良くしたのか、水夫は観光案内のガイドをしてくれた。目の前にある建物が羊毛の倉庫であるとか商業ギルドの建物だとか、この先にある屋台の串焼肉が癖になる辛さでうまいとか、可愛い女の子がいる料理屋があるといった情報はありがたいものだった。
「ここで降りて、通りをまっすぐ行くとパン屋がある。角を左に折れてしばらく歩くと【フクロウの止まり木】に着く。…気をつけてな」
船を岸へ着け、踏み板を掛けてくれる。
「ありがとう、これ少ないですが…」
10歳の子供と同じチップは失礼だろうと銅貨2枚を追加して払う。
「ほぉ…。ありがとうな、若いのに気が利くねぇ」
気分良く受け取ってくれて、こちらも嬉しくなる。
舟から陸地へ戻ると、身体が一瞬揺れを感じた。しかしすぐにバランスを取り戻し、教えてもらった宿へ向かって歩き出した。
「ここだな」
【フクロウの止まり木】は3階建てのレンガ造りの建物だった。大きく横幅が取れない分、上へ伸ばして面積を確保した感じだ。
しっかりしたつくりのドアを開けて入ると中には誰もいない。と思ったら、ちょうど人が2階から降りてきた。
「おや、いらっしゃい。泊まりかな?」
店の従業員なのか、20代半ばのひょろりと背が高い男の人が声を掛けてきた。髪は黄色みの強い金髪。左目の下に小さなホクロが2つある。
「部屋が空いていたらお願いします。とりあえず一泊で」
「部屋は空いているよ。ひとり?」
連れが後から来るのかどうか確認された。
「ひとりです。こちらは、食事はどうなっていますか」
「隣の建物にある食堂はうちがやっているから、そこを利用してくれてもいいし外へ食べに行ってくれてもいい」
「おいしい魚料理を出す店があると聞いたのですが…」近くにあるかどうかと尋ねる前に「うちのことだよ」と嬉しそうに彼は言った。
「嫁と義父がやっている店で、これがまた旨いんだ。ぜひ食べていってよ」
そうですか。分かりましたと言うしかない。
「肝心なことを聞くのを忘れていました。ここは一泊いくらですか?」
「あぁ、そうだよね。食事抜きで大銅貨5枚。夕食付で大銅貨6枚。さらに朝食もつけるなら銅貨5枚追加。つまり大銅貨6枚と銅貨5枚だよ」
一泊二食で六千500円か。
高くて迷っていると思われたのか、早口に彼は続けた。
「もし2泊以上するようなら、朝食分割引するよ。2泊4食で銀貨1枚に大銅貨2枚。3泊6食なら銀貨1枚に大銅貨8枚。どうかな?」
フロントを見た感じだと清潔に保たれているし、カウンターに花も飾ってあって感じがいい。このお兄さんも悪い人ではなさそうだし…地図スキルさんによるとこの宿は街の中央にわりと近くてどこへ行くにも便利そうだった。
料理の味は彼の自薦のみだが、ここに決めてもいいかもしれない。宿はたくさんあると言いながらも、門番さんが唯一名前を挙げて薦めてくれた宿だ。悪いところではないのだろう。
「分かりました。では3泊6食でお願いします」
銀貨2枚を払って大銅貨2枚のお釣りをもらう。支払いが済んだからと鍵を渡されるのかと思っていたら、ちゃんと部屋まで案内してくれた。
「部屋は三階だよ。二階と三階にそれぞれトイレがある。どっちを使ってくれてもいいよ」
階段はやや狭いが、ガラス窓から光がたっぷり入っていて、圧迫感はなかった。
「うちは1階にシャワー室がある。予約を入れてもらったら10分間貸し切りにできるよ」
シャワーがあるのか。なんでそれをセールスしなかったんだろう。シャワー付きで素泊まり5千円なら安いと思うのに。
俺の顔色を読んだのか、彼は頭をかいた。
「そうだね。先に告げて宿のいいところをもっとアピールするべきだったね」
女冒険者のマーセアに教えてもらった宿の一般常識では、シャワー付きの宿は高級ランクだという。一般の宿にはシャワーはないし裏庭に井戸がないこともあるらしい。
桶に入れたお湯を一杯お願いすると銅貨3枚から4枚の追加料金が必要だとか。桶に比べたらシャワーの水量がどれほど多いか…いや、比べ物にもならない。
「実は僕はもともと冒険者をやっていてね。彼女と結婚して冒険者家業を廃業して、この宿の仕事を始めたばかりなんだ」
「この宿は最近建ったように見えませんけど?」
「もちろん、この宿の主人は彼女の母親さ。僕は入り婿として、見習いから始めているというわけ」
「なるほど…」
「だから、俺はちょっと頼りないけど、しっかり者の女将さんが主人だから安心してね」
「なるほど…」と言ってから、もっと別の相槌があっただろうと思ったがもう遅い。とりあえず笑って誤魔化した。
「部屋はここ。2号室。…どうぞ」
ここで札付きの鍵を受け取り、部屋に入る。
「あ! いけない。お客さんの名前を聞くのを忘れてた」
おいおいと思った。確かにそうだ。一泊だけで出ていくならともかく、3泊の料金を払ったのに名前が分かっていないと、鍵のやり取りをする際にこの男にいちいち面通しをしてからでないと宿泊者かどうか判断してもらえない。
「ヒロム。よく間違えられるけど、成人してるから」
ちなみに、今回は【洗浄】【薬師】【細工】の3つのスキルだけが表示されるようにしてある。レベルは2だ。
「ヒロム様、だね。僕はキリジャ。何かあったら、フロントにいるから何でも聞いてください。ごゆっくりどうぞ。」
「ちなみに、夕食と明日の朝食は何時から?」
「あっ!」
「後でシャワーの予約に行くからよろしくお願いします」
「シャワーの予約は今日はまだ入っていないから5時からなら好きな時間が取れるよ。いや、取れます。食事は夕食が6時から、朝食も6時からです」
「では、シャワーの予約を8時から10分間お願いします」
この後買い物に出かける予定だが、帰りが遅くなる可能性も考えて時間に余裕を持たせた。
「はい。予約を入れておきます。時間近くなったらフロントへ来てください。案内します」
「ありがとう」
ドアを閉め、内鍵をかけてホッとする。
室内はセミダブルのベッド、丸テーブルに椅子が2つ…なぜか横並びになっていた。俺は一人で利用するけど、この部屋をカップルで利用することが多いのだろうか。
タンスはこの宿でもなく、服は壁にあるフックにかけるらしい。
ウェルカムドリンクの代わりなのか、水が入った状態の水差しとコップが置いてあるのが気が利いているのかな。ちなみにコップも2つ置いてあった。
魔道具の照明は天井の他にベッドサイドにも小さいものがひとつある。レンガの壁にはタペストリーが掛けられて冷気対策もしっかりできている。ドアや壁は厚く、地図スキルで隣の部屋に人がいることが分かっているのに、物音はしない。ま、壁が石造りだしね。
ベッドやテーブルにしても、飾り気のないシンプルなタイプではなく、細かい彫刻が施されたものだし、大き目のクッションも用意されている。
一般市民が利用する宿としてはグレードが高いほうだと思うが…なぜ門番さんは一人旅の子供にこの宿を勧めてくれたんだろう。
「そういえば『防犯のいいところで、料理も良いところ』と聞いたから、この宿をチョイスしたのかな? 値段を聞いて高いと思ったら、別の宿を探せばいいから、『自分で探してみるといい…』と付け加えていたとか」
そんな気がしてきた。まさか素直にこの宿に泊まるとは思っていなかったかも。
「ま、いいか。そんなことは…」
3泊することにしたけど、この部屋なら落ち着いて過ごせそうだ。結果オーライ。
カムフラージュ用旅の装備品を入れたリュックを部屋に残し、買い物に出る。もちろんフロントを通る際に部屋の鍵は預けておいた。
「いってらっしゃい」と声を掛けられるのは久しぶりだ。短期宿泊の宿でしかないが、帰れる場所が決まっているのはやはり安心する。
靴屋をはしごして冬用のブーツを1足ずつ、2足買った。1足は予備だ。ブーツの内側に羊の革、外側に防水性のあるカエルの革を張り合わせて作ってある逸品らしい。履き心地もいいし。軽い。デザインはシンプルで遊び心はないが、どんな服にも合う。
そういえば、カエルの革は俺もいっぱい持っていたなぁと目が遠くなる。自分でいつか巨大カエルを解体する日が来るのだろうか…先のことは俺にも分からない。
この街ではもう服を買うつもりはなかったが、通りかかった店のこだわりが気に入った。青、紺色、水色という青系の色を店主が好んでいるのか、品揃えが青系であふれていた。青系は俺も好きな色だ。
ここで旅用のマントをもう一枚買った。すでに持っているものはグレーや茶色。他の店でもよく見かける色だったが、この店にしかなかった紺色のフード付きマントが気に入ったのだ。
全部が水色ではなく、普通の生成りのシャツに水色のポケットが付いたシャツも衝動買いした。店主に俺がリメイクしたシャツを見て欲しい、こっそり自慢したいから、明日も立ち寄ろう。
魔道具屋にも寄った。やはりここでもエクスルスと同じような品揃えだった。
だが、ミルサーの道具があった。筒状のガラスの中の底に風魔法で回転する刃がセットされている。うん、元の世界にあったミルサーと全く同じ仕組みだ。違うのはその動力。電気ではなく、魔石が充電池の役割をしていて、薄い5枚刃を回転させている。
錬金術のある俺にはいらない魔道具だが、錬金術持ちであることを隠すのならこの道具は必要になる。コーヒー豆の粉砕、大豆の粉砕といった食料品だけでなく、調薬の素材を粉砕する際にも便利使いできる魔道具だ。もちろん、買った。
魔道具屋を後にする頃には、市場の露店が店仕舞いする時間になっていて、少しでも商品を売り切りたい人たちの呼び込み合戦が始まっていた。
値切るわけでもないのにお得な値段になっていく野菜や果物といった生鮮食品をあちらこちらの露店をはしごしながら買っていく。
残念ながらチーズや乳などの乳製品はなかった。クロニー村で買ってきたばかりだが、味の違うものがないかと気になる。朝の早い時間なら売っているかもしれないから市場の買い物再戦を決意する。
「そろそろ宿に帰るか…」
俺はフードを被りなおし、足早に広場を抜けた。




