第25話
魔道具屋の店主と話し込んでしまい、すっかり店を出るのが遅くなってしまった。
結局俺は『30サイズのマジックバッグを買いに来ただけの客』の立場を貫き通した。
腰につけていたマジックポーチも背負っていたリュックも普通のカバンだったから、調べられたとしてもボロが出ることはない。
デザインも一般的なものにしてあるから、不審に思われることもなく済んだ。
錬金術師さんの肩掛けカバンやポーチを隠したままにしていてよかった。まさか、支払いの際に見せたポケットの中から取り出した小銭入れが最小のマジックバックだとは思いもしなかっただろう。
魔道具屋を出ると、急いで宿屋へ向かった。二軒目に行った宿の対応がよかったので、離れた場所にある三軒目には向かわなかった。
食堂兼宿屋で、宿泊者が出入りするドアと食堂に直接出入りするドアは分かれている。俺は宿泊客が出入りする方のドアから中に入った。
「あの…宿泊したいのですが、部屋は空いていますか?」
恰幅のいい女将が受付カウンターに座って、縫物をしていた。枕カバーくらいの大きさの布が何枚もカウンターの端に積まれている。
「あら…昼間の…。空いてるよ。一泊でいいのかい? 食事はどうする?」
「一泊で夜と朝の食事付きでお願いします」
「部屋代が大銅貨3枚、2回分の食事が大銅貨1枚。合計で大銅貨4枚だね」
事前に聞いていた通りだった。
「はい。銀貨でお釣り、いいですか?」
市場でも買い物をしたいから、大銅貨のお釣りが欲しかった。
一軒目の宿の方が銅貨5枚、つまり500円分安かったのだが、宿の主人らしき男の対応が悪かった。いくら俺が成人したばかりの16歳だとしても、歳を誤魔化してないかだとか、家出してきたんじゃないだろうなとか、仕事は何やっているんだとか…ほっといてくれと言い返しそうになった。
確かに俺はこの世界の人たちから見れば、童顔に見えるかもしれない。 だが、この世界では成人していることになっている十六歳だ。
……成人の自覚がないから、よけいに頼りなく見えるんだろうな。
「かまわないよ。はい…釣りの大銅貨6枚。そしてこれが部屋の鍵だよ」
「ありがとうございます」
お釣りを確認し、部屋の鍵とともに受け取る。
レトロなデザインの鍵だった。
鍵開け名人の手にかかったら、開錠なんて簡単なんじゃないかと思えた。
これで防犯がいい宿だって紹介してもらったのだから、一般的な宿だとどうなるんだと言いたい。
「もうこの時間だと食堂に酔っ払いがいる頃だ。部屋に食事を届けるサービスもできるが、どうするね?」
一瞬迷ったが、部屋に届けてもらうことにした。子供の一人旅だと絡まれたりしたら嫌だ。
「お願いします。明日の朝食は何時からですか?」
「6時だよ。悪いけど、朝は食堂で食べておくれ。8時ぐらいになったら忙しさも落ち着くから、部屋へ届けてやれるけどね」
「分かりました。朝市は何時ごろからやっていますか?」
「早いところで5時過ぎかねぇ。なにか目当てのものがあるのかい?」
「携帯食ばかりだと飽きるので、日持ちのするフルーツでもないかと思って…」
少し口調を砕けてみた。おかみさんもだんだん気安い感じになってきているし、この時間からチェックインするような客は他にいないのか暇を持て余している感じだ。
「フルーツならいい店があるよ。マーサの店って赤い帽子を被った私みたいな体格の女店主がやっているテントなんだけどね。扱っている種類も多いし、目利きだから滅多なことではハズレはないさ。下手な店だと食べ頃も、保存の仕方も分からず売りつけてくるところがあるから、気をつけなさいよ」
「はい、気を付けます」
にこにこ笑って愛想よくしておく。お腹が空き過ぎて鳴りそうだけど我慢する。と、思ったけど我慢できずにグーッと鳴ってしまった。
「おや、こりゃ悪いことしたね。すぐに食事をもっていかせるよ」
おかみさんは座っていた椅子から立つと、厨房があるらしい奥へと歩いて行った。
部屋がどこにあるのか聞いてないんだけど…と思いつつ、鍵についている木札に書いてある数字から見当をつけて2階へ向かう。5番目、2の5号室を探す。ほどでもなく…階段を上がってすぐだった。
部屋に入り、カモフラージュのために背負っていた荷物、リュックを床に下ろす。
本当は手ぶらで旅ができるけど、やったら不審がられる。
室内はベッドとテーブルがひとつずつ。椅子が2脚あるだけだった。壁に洋服掛けがあり、その横にタペストリーが掛けてあるのが唯一の装飾品だ。
ま、一泊三千円だとこれぐらいシンプルな部屋になるのだろう。
ベッドシーツも枕カバーも汚れていないし、室内の清掃も行き届いている。室内に嫌な匂いもこもっていないし、食堂の喧騒も気にならないからアタリなのだろう。
あ、ドアが普通より厚いのか。防音は嬉しいよな。うん。
ドアをノックする音に気が付き、少しずつ開ける。廊下に男の子がいた。
「ありがとう」
重そうに見えたため急いでトレイに乗った料理を受け取る。
「食器は後で取りに来るから、廊下に出しておいて」
おかみさんの子供かな。赤っぽい金髪が同じだし、ちょっとふっくらしているところも似ていた。歳は10歳前後くらいなのに、もう家業の手伝いをしているらしい。
「ありがとう」
チップに銅貨1枚を渡すと喜んでくれた。
「明日の夜も部屋で食べる?」
「朝にはこの町を出ようと思っているんだ」
答えると『なぁんだ、そうなのか』とがっかりした顔をする。明日もチップがもらえるかも、と期待したかな。
「えっと…それじゃあ、ごゆっくり」
男の子は走って階下へ降りて行った。
夕食は少し硬めのパンが二つに、野菜たっぷりのスープ。煮込まれた肉を葉野菜で巻いたものだった。
「えっと…これは」
気になった肉を鑑定してみれば、一角兎の肉となっていた。異世界物の定番肉の一つ、魔物の肉だ。
うわー。魔物肉だよ、魔物肉。豚でも牛でもないお肉だよ。もちろん、普通のウサギ肉でもない。
そっと匂いを嗅いでみると肉の匂い消しに使われているのか、ハーブの香りがしていた。
この世界にもトマトに似た野菜があるらしく、トマトの煮込みっぽい。塩が高いのかやや薄味だが、トマト以外にも煮込まれて溶けている野菜のうまみで素直においしいと感じた。
そう、初めての魔物肉はおいしかった。鑑定で気が付かなかったら、普通のお肉だと思ってしまうほどには違和感がない。いや、むしろうまみが凝縮されている感じで高級肉かと思うほどだ。
肉を巻いているのはレタスに似た葉野菜のメイロだ。肉噛んだ時のほろりと解ける柔らかさと、熱が加わっても残っているレタスのシャキシャキ感が絶妙だ。
ジャガイモメインの野菜たっぷりスープも薄味だったが、キノコの出汁で優しい味わいだった。
この世界の料理は元の世界のものに食材も料理法も似ていて、安心感がある。わけのわからないゲテモノ料理が定番となったら、何とかして外食を回避する羽目になっていただろう。
硬めの雑穀パンも素朴な味で、スープに浸して柔らかくすればこれはこれでありだと思えた。そのまま食べたら顎が疲れそうだから毎日は嫌だけど。
「ごちそうさまでした」
呟いてから「あ」と思った。この世界にも『いただきます』や『ごちそうさま』に相当する言葉があるのは分かっている。だが、平民が食後に言うのは丁寧過ぎないかどうかを今後確認しておいた方がいいかもしれない。
いや…それより、何も言わない癖をつけよう。
完食後に食器をいつものように洗浄しようとして、はたと気が付いた。今は洗浄スキルを使わない方がいいかも、と食べ終わったままの食器を外の廊下に出す。
ドアの開閉音で気が付いたのか、少年らしき光点がこちらへ移動してくる。動きを地図スキルで見ていると、俺の部屋の前で立ち止まって食器を回収してから、一階へ降りて行った。
町に入ってから、地図スキルの探知範囲を狭く指定した。普段使っている10キロを1キロに落としても、光点だらけで頭が痛くなりそうだったから急いで対策したのだ。
10メートルでも人を示す光点が多くて賑やかと感じた時は、さらに5メートル四方にまで範囲を狭めている。
俺を襲おうとして来た魔物を赤い点で危険を知らせてくれたように、悪意のある人間も赤で示してくれたら助かるんだけど…
地図スキルさんにお願いしてみる。
…あ、冷や汗を流している状態? 無理を言った?
※鑑定とも繋いで、学習します。感度を上げるには、時間が必要、です。…知識も繋ぐと学習が早くなり、ます。
魔物を識別するのと違い、人間の感情を把握するのは難しいと思う。分かっているけど、悪意を検知出来るならすごく助かるから頑張ってみて欲しいとお願いする。
さて…寝るまでの時間をどうしようかなと考えながらベッドに座る。
「………ん?」
感じたことがない感触に、慌てて腰を上げて確認する。
へぇ…マットレスはなく、藁を束に整えたものをシーツで包んでいるのか。敷き布団代わりは羊の毛皮? 確かに柔らかいけど…今は夏に近づいてる季節なんだけどな。
洗浄スキルでベット全体を綺麗にする。念のためにね。だって、虫がついていたら嫌だし、毛皮臭いのも勘弁して欲しい…
上掛けの布団は綿入りだった。薄くて軽い。これは自宅用に余分が欲しいかも…。旅行者が買うのは変だから、この街では買えないな。残念だけど。
「………」
錬金術師さんのベットが最高級品に思えてきた。ごく当たり前に羽根布団や綿入りの敷布を使っていたけど…やっぱり、いろいろ世間の常識を学ぶ必要があるな。
世間の常識といえば…。
はぁっ、と溜息が出た。
魔道具屋で大銀貨1枚の30サイズをポンと買った後…冷やかしの客じゃないからね…店内の魔道具も見せてもらった。けど。かなり驚いた。
驚いていないように、必死に商人スキル効果を上げて誤魔化したけど…まさか、あれほど種類が少なく、性能も今ひとつのものが一般的だったとは……。
店内に置いてあった商品の多くは、照明と水回りの魔道具だった。照明は天井に取り付けるタイプ、壁や廊下、卓上など設置場所によって大きさも形も違っていたが照度を変えられるようなものはなかった。明かりを点けるか消すかの二択で、色も白っぽいか黄色っぽいかのどちらかだった。
水関係もキッチンの蛇口タイプか、冒険者や旅行者が携帯する水生成水筒ぐらいしか種類がなかった。そういえば…錬金術師さんの家にはお風呂があったけど、召喚で手に入れた空き家にもこの宿にも風呂はなかった。
シャワー設備はあるらしいが、俺が今泊まっているグレードの宿では共同のものすらシャワーはないみたいだ。もちろん、トイレはあるらしいが共同だ。
共同トイレってなんだか臭そうで嫌だな。トイレに行きたくなったらシェルター内のトイレを使おう。
魔道具屋の話に戻ると…俺が持っているステルステントの腕時計タイプなんて影も形もない。どころか、ステルスではない普通のテントですら、腕時計タイプ収納ではなかった。この魔道具、どこから手に入れたのか分からないから、同じものを下さいと言えないんだよね。それどころか誰にも見つからないよう、隠さないとやばい。
一般的なテントは簡易組み立てのテントでごく普通に自分で袋に収納しなくてはならないみたい。冒険者たちはその袋を手持ちのマジックバッグに入れているんじゃないかと思う。
だったらテントのどこが魔道具っぽいことになっているかといえば、テントの周囲に杭を打ち込むことによって接近してきた人間の存在を音で知らせてくれる防犯システムが付いているそうだ。
なにそれ、仕組みを勉強したい…ということでお買い上げした。今持っているテントより性能がいいです、と褒めながら買ったよ。嘘だけど。
俺には地図スキルという非常に高性能なスキルがあるから、魔物の接近が10キロ先から分かる。つまり接近を知らせる杭なんて、いらない機能といえばいらないんだけどね。
でも俺にはいらなくても、一般向けに作って今後売り出したいとなったら勉強しておきたい機能だと思ったんだ。
店主自身が魔道具の制作と修理をしているらしく、所々で褒めながら買い物をすると気を良くしてくれたからお互いいい取引をしたと思う。
そうそう…冒険者が持っているマジックバックといえば、ランクが上の者になると1千万…つまり大金貨1枚の120サイズを個人持ちしているそうだ。やっぱり、使っている人は使っているのだと分かってほっとした。商人ギルド優先だけど、冒険者ギルドにも登録して階級を上げておくとマジックバック使用の不自然さを解消出来そうだ。
明日は…まず靴屋で靴を買う。靴屋の家を召喚して靴は何足か手に入れたけど、実際に足を入れてデザインも選びたいじゃないか。その後、服の着替えを何着か買って…偽装用の携帯食を買った足で町を出ようと思っている。
明日の予定をあれこれ考えながら寝ることにした。
羊の毛皮のベッドは悪くなかった。初めてこの世界の人たちといっぱいしゃべった興奮があったハズなのに、肉体的にも精神的にも疲労の度合いが大きかったのか…いつの間にかぐっすり眠っていた。
羊の毛皮…リーエルの街に行ったら、買おう。結構柔らかくて、気持ちが良かった。




