第24話
町の入り口である門の前には二十人ほどが待機していた。検問の順番待ちだ。
列の最後尾に並び順番を待っていると、周囲の人たちの話し声が聞こえてきた。言葉が通じることにほっとしてしまう。不審に思われないようにと頬を引き締め、無表情を装った。
流れはスムーズで整然としていた。前の方にいる6人ほどは同じチームの冒険者らしかった。門番とは顔見知りなのか、首から下げたギルド証を見せるとあっという間に中に入っていった。その後に続いた男女は夫婦らしい。こちらは隣町を訪れて帰ったこの町の住人らしく「お帰りなさい」などど挨拶されていた。住人が持つ証明カードのようなものがあるみたいだ。カードを簡単にやり取りしただけで、彼らもすぐに検問を通って行った。
次の次が俺の番だ。あー、ドキドキする。
町の門に近づくにつれてすれ違う人々が増え始め、門番の姿もハッキリ見えるようになった。ラノベの挿絵で見たことのある全身甲冑姿ではなく、革の鎧に槍、腰には剣を下げているという…先ほど通って行った冒険者グループたちと似たようなスタイルだった。
「次の人」
冒険者たちはそれぞれギルドカードらしきものを首から下げていて、それを門番に見せていた。この町の住人らしき夫婦も身分証らしきものを提示していた。
「こんにちは。この町には初めて来ました」
被っていたフードを降ろし、にこやかにあいさつした。
この国ではこんにちはは『ペローサ』と発音するらしい。ギフト全人語さんが仕事をしてくれるおかげで無意識に俺はこの国の挨拶をし、言葉を話すことができていた。
「ギルドカードは?」
愛想のない門番の人は早口だった。見た目はハンサムで体格もいいからもてそうだけど…にこりともしないのはわざとなのかな。威圧感はいらないんだけど…。
俺はドキドキしながら「ありません。村を出て旅をしています」と答えた。
「念のため話を聞く。向こうへ」
移動しろと手の動きで端へ追いやられる。
「こっちだ。こっちへおいで」
と、別の門番に呼ばれて列から離れる。俺の後ろに並んでいたおじさんは俺にちらっと視線をやっただけですぐに興味なさそうにしていた。
「ギルドカードを持っていないんだな」
ドキッとしたが、ここで慌てるのは悪手だ。何もやましいことはないのだから堂々としていろと自分に命じる。
「はい」
「どこの生まれだ? 村の名前は?」
「トウカビレティ」
東海市+ビレッジ+シティを少しずつ足して捏造してみた。
「トーカビレテー。聞いたことがないな。遠いのか?」
「あちこち歩いて、三カ月ほど経って…ようやく辿り着きました」
「それにしちゃあ、身綺麗だな…」
「幸い、洗浄スキルを得ることが出来まして…」
スキルは隠しておいた方がいいのだろうが、この場合はバラしておいた方が不審に思われなさそう。
「ああ、洗浄スキルか。同僚にもいるけど…あれはいいな。羨ましい」
羨ましそうに呟いた後、声音を仕事モードに戻した。
「エクスルスには何をしに来たのかな?」
同僚らしきこの門番さんの方が愛想はいい。ただし、こちらの男は背も低くハンサム度も落ちる。年齢も上っぽい。
「買い物と宿泊です」
「買い物はなにを?」
愛想がいいというか、子供に対応した時の態度かな。
「靴とか、服。あとは保存食などです。リーエルの街までの旅の途中なので」
「なるほど」
エクスルスは旅の通過点の一つだと分かったからか、視線が少し和らいだ気がした。
「規則で町への入場料が大銅貨2枚必要になるよ。ただし、二日以内に出る場合は免除される。どうする?」
「二日以内に町を出ます」
二千円が惜しいわけじゃなかったけど、町の雰囲気を観察したり買い物のために立ち寄っただけだ。
「じゃあ、仮の入場札を渡すな。出るときにはこことは別の西門がリーエルに近い。西門の門番にこの札を渡せば返金してもらえるから、失わないように気をつけてな」
「はい。ありがとうございます」
「二日以上の滞在になった場合は返金はない。なにか質問はあるか?」
「あ、えと…」
ありませんと言いかけた言葉を切る。
「おすすめの宿はありますか? セキュ…防犯のいい宿がいいのですが」
「防犯か…そうだな」
ここで値踏みするような視線を投げてきたのは所持金に応じたランクを考えたのだろう。
一番近くから紹介するな、と彼は三軒の宿を紹介してくれた。
場所が分からなかったら、途中で歩いている人に尋ねればいいというアバウトぶり。いや、おおらかさ。
元の世界だと地図アプリが使えるんだけど…
※お任せください。
お、地図スキルさんがナビしてくれるらしい。それは助かる。初めての町で迷子にならずに済む。
大銅貨2枚を払い、仮の入場札を受け取り、すぐにその場を離れる。
会釈がこの世界でも挨拶の仕草になっているのは、検問待ちをしている間に人々を観察していたから分かっている。
黙って俺を見送っていた門番さんの視線はすぐに外れた。
「………」
やったー! 無事、町に入れたぞ。微笑んでしまいそうになるのをぐっと我慢する。検問が終わった途端に微笑んでいたら、不審者っぽいからな。
ああ、だが。物珍しげに視線が彷徨うのは止められない。
初めて見る景色。見知らぬ外国へ来てしまったような感じでドキドキする。ただ、周囲にいる人々の会話がちゃんと聞き取れるから、外国であって外国ではないような不思議な感覚だ。
当たり前だが、この世界には車はない。歩行者優先道路はなく、荷馬車や馬車が中央を闊歩し、人々は端の方を行き交う。石畳が続く道は元の世界でいうところの二車線ほどの幅。馬車同士がすれ違うようなときには、人の流れが両脇に追いやられて歩きにくくなる。
幸い、徒歩より少し早いくらいの速度まで落とされているため、馬車に巻き込まれて死にそうという圧迫感はない。御者も道行く人に分かるようにベルや鈴などの鳴り物を馬につけているから、蹄の音とともにすぐに馬車の接近に気が付く。
町を入ってすぐのこの辺りは木造の家ばかりで、平屋や二階建てがほとんどだった。
門番さんに教えてもらった一軒目の宿にたどり着く前に、市場らしき広場に出た。新鮮そうな果物や野菜が並んでいる光景にわくわくする。
早速買い物に走りたいところをぐっと我慢する。この街で買い物をする前に、マジックバッグの現状を調査したい。俺が思っているよりも貴重品なら、買う量を控える必要がある。反対に広く普及しているようなら、そこそこの量を買い込んでも悪目立ちしないで済む。
マジックバッグを販売しているとしたら、魔道具屋か雑貨屋かなぁ。
控えめにきょろきょろしていると、地図スキルに魔道具屋と雑貨屋のピンが立った。
町の中で独り言をいうわけにはいかないから、地図スキルさんに心の中でありがとうを伝える。
一番近かった一軒目の宿に空き部屋があるかどうかと値段を聞くため、立ち寄った。二軒目の宿もその近くにあった。三軒目の宿は少し離れていたから、先に魔道具屋へ行くことにした。
レンガ造りの二階建ては表通りに面していて、少し高級感がある。ショーウインドウはないが窓にはガラスがはまっていて、店内の様子がうかがえた。
ドキドキしながらドアを開ける。
「?」
何かを感じたが、店内にいた人物と目が合ってその感覚は四散した。
「いらっしゃいませ。何を探しているのかな?」
声をかけてきたのは40代ほどのやや髪が薄くなっている中年紳士だった。販売員というより、店主っぽい。
「あの…こちらではマジックバッグの販売はしていますか?」
子供が買いに来るようなものではないからなのか、不思議そうに眉が動いた。
「ありますが…高いですよ」
分かっています、というように頷く。
気後れして会話ができなくなる前に…こっそりと商人スキルをオンにする。
「頑張ってお金を貯めているところですが、この店ではいくらなのか参考までに教えて欲しいのです」
「冷やかしの客はお断りしていますが…」
「販売する気があるのなら、値段の開示は店側にとっては有利に働くのではないでしょうか」
「………」
黙るなよ。
「見えない目標には手が届かなくても、目標が見えていれば努力しやすい…と誰かがどこかで言っていました」
「誰かが、どこかで…ですか」
「はい。目標は夢じゃない。叶える現実だ。…と、これも誰かがどこかで言っていました」
紳士然としていた店主が突然噴きだし笑った。
「すみません…」と言いつつ、まだ笑っている。
「それでは、現実をお持ちしますのでしばらくお待ちください」
彼がすっと表情を改めたのは一分ほど後だった。後ろへ視線をやると、青年の店員が近寄ってきた。地図スキルで店の奥にもう一人誰かがいると分かっていたが、足音を立てない静かな接近には少し驚いた。
「お客様を応接室へ」
おや? と思うほどの好待遇。奥の小部屋へ案内され、ソファでしばらく待っていると、店主が箱を手に戻ってきた。
「先にお願いがございます、決して商品にはお手を触れないように」
お願いと言いつつ、脅されていると感じるほどの迫力だった。
「もちろんです。決して触れないと約束します」
口約束だが、この場で契約を結ぶほどの決意で応えた。
「こちらが当店で最も取り扱いが多い、30サイズになります」
「30サイズ…」
おうむ返しにしたためか、店員は初心者にも分かるように教えてくれた。
30サイズとは30×30×30センチほどの容量らしい。カバンのデザインでも多少違いがあるらしいが、基本は大銀貨1枚。つまり10万円だということだった。
バッグの形状は肩掛けカバンかウエストポーチタイプが多く、見た目はどれもがシンプル。高級品は刺繍や飾りといった付属品などで変化をつけている。生地は革でできていて見た目の派手さよりも丈夫さが優先されているようだ。
この店で一番取り扱いが多いという30のマジックバックの形状はシンプルなウエストポーチ。冒険者にしても行商人にしても、嵩高いカバンは邪魔になるから持ち歩きたくないものな。
60サイズ…大きめスーツケースぐらいの容量になると100万と10倍に跳ね上がる。120サイズの荷馬車ほどの容量になるとさらに10倍の1千万。この店では在庫として持っているのは1つだけだという。
もっと大きな街の魔道具屋へ行けば、大きめの幌馬車サイズの240が1憶。幌馬車2台分の480サイズになると取引の数もぐっと減ってしまい、10憶の値段がついているが相場としてはその2倍に跳ね上がっていてもおかしくないらしい。
10憶と言いかけて、直前で「大金貨100枚ですが…」と言い換え、驚くフリが出来た。
ひっくりかえってしまいそうだった。俺が驚いたのは売り物のマジックバッグの値段そのものよりも、俺が持っているマジックバックの異常性が改めて分かったからだ。
錬金術師さんの家にはマジックバッグ、マジックボックス、マジックポーチ、マジックバスケットがごろごろしていた。一番小さいと思うマジックバスケットでも30はあるし、マジックポーチも60より大きい気がする。…というか、30とか60という規格ではない気がするのだ。
規格といえば……俺のアイテムボックスはまだ限界が分かってないから、どんだけの値打ちがあるのか想像もつかない。
「そうです。そのくらいの価値はありますからね。大金貨100枚です。大商人や高位貴族にとっては大した金額ではないかもしれませんけどね…」
俺のアイテムボックスが規格外であることは薄々気が付いていた。
それより、一般的に販売され、利用されているマジックバッグのことに神経を集中させなくては。
「マジックバッグが貴重だということは分かってましたが、この店でさえ120サイズの取り扱いがたった1つだけとは…。流通量が少なくなっているのですか?」
「少なくなっているどころか、減る一方だからです。ご存知のように、現在はマジックバッグを製造できる錬金術師は各国に数人いるかいないかというありさま。国王の保護といえば聞こえはいいでしょうが実質は国のトップに命の紐を握られているようなもの…これは失礼。言葉が過ぎました。ぜひ、ここだけの話に願います」
「もちろんです。ここだけの話ついでに伺いたいのですが、先ほどのサイズについてですが…30より小さなものはありませんか?」
「それは迷宮の宝箱からごくまれに出るというギフトのマジックバッグのことですか?」
迷宮! 宝箱! やっぱりこの世界にもそのシステムがあるのか!
「ギフトのマジックバッグ?」
「これは失礼。業界用語といいますか、錬金術師。つまり人が作っているものに対して、誰がいつどのように作ったのかも分からないものを、希少なギフトになぞらえてそう呼んでいるのですよ」
「なるほど…それはとても貴重なお話を伺いました」
「ギフトのマジックバッグには決まったサイズもなければ決まった値段もありません。冒険者が見つけて王都のオークションに出品されるようなことがあれば、貴族たちが目の色を変えて競り落としていますよ」
にこやかに微笑んでいた店長の目がギラリと光った。
「もしや…ギフトのマジックバッグをお持ちなのでは?」
どんな嗅覚をしていればバレるのか。いや、単なるカマかけかもしれない。
「いえいえ…まさか」
「まさかまさか…まさかですか?」
うわー。目を付けられたかなぁ。
「お客様。お客様はこちらの業界のお話に興味をお持ちのご様子。他にも大変興味深いお話もございますので、じっくりと語り合いませんか?」
前のめりに切り出され、見透かされているなーと苦笑いをしてしまった。
正直なところ、貴重な話を聞くことができるチャンスだと思う。だが、身の安全も図りたい。
この町から出た後は、髪や瞳を別の色に変えて別人のように偽装することにしよう。
まだ名前も聞かれていないが、この町限定の名前で宿にも泊まることにしようと決意した。




