第19話
錬金術スキルを得て、モノづくりを開始してから早や一週間。毎日が楽しすぎて、家から一歩も出ない生活をしてしまった。
そう、俺はまだ河原から引っ越していない。あれからサルの集団に襲われなかったこともあり、同じ場所に居座り続けている。
地下の部屋で軽いランニングや柔軟体操程度は続けていたから、体力の低下はそれほどないと思う。…多分。ご飯を食べるのを忘れたことがあるほど夢中になっていたから、運動不足で太ったということもないはず。……多分。
「ふっふっふ…。今日は初乗りだぁ」
俺が上機嫌なのは、昨日作ったフローティングボード…つまり空飛ぶスケートボードが完成したからである。いや、完成というのにはまだ早い。まだ試運転をしていないから上手くいくか分からないからだ。
未来の乗り物として映画で見たことのある、あの空飛ぶスケートボートに乗れる。ニマニマしてしまう。
昨夜遅く、地下で試した時にはボードだけを浮かしてみた。期待以上に上手くいって、我ながらびっくりした。
メイン素材は軽くて丈夫、精神感応金属のスプリガン…の合板。さすがに高級素材のみを使うわけにはいかなかった。本当のメイン素材はモリア銀とガラスの錬成鋼であるシンダリンタル。
このモリア銀もシンダリンタルもスプリガンも大魔導士さんの工房で見つけたもの。俺がやったのは成型と合板加工と付与だ。
付与は自分のスキルからの転写がもっとも簡単で、自分が持っていない能力を付与する場合には特別なインクで特別な文字や図柄を組み合わせた魔法紋を刻印することで、その機能を与えることができる。
つまり重量軽減スキルと風魔法持ちの俺はシールを転写するかのように、フローティングボードに簡単に付与ができたというわけだ。
持っててよかった重量軽減スキル。陰竜を狩ることを超おススメしてくれた世界基本知識さんに感謝感謝だ。
さて早速、地下のトレーニング室…いつもランニングしている部屋をトレーニング室と呼ぶことにした…に移動。落下でケガをする可能性もあるから、中級ポーションの上も作って備えてある。
「フローティングボードをアイテムボックスから出して…」
ここで重量軽減機能をオフにしたままにしておかないとひどい目に遭う。昨夜は天井に張り付いてしまったこれを地上に下ろすのにどうしようと頭を抱えてしまったのだ。
すぐに収納すればいいことに気が付いて天井からは回収できたのだが、与えた付与をオンオフ出来る回路を勉強するまでアイテムボックスの中から出せなかった。
「…これを足に引っ掛けて」
紛失対策用にフローティングボードと片方の足を繋ぐ足環付きの鎖をつけて、慎重に乗ってみる。もちろんこの状態だと単に板の上に立っているのと変わらない。
精神感応金属部分に直接触れる必要があったため、T字型ハンドル付きだ。裸足で乗りたくなかったからね。
お? ハンドル付きということはスケートボードタイプというよりはキックボードタイプと呼んだ方がいいか。キックボードよりも足乗せ部分は幅広になっていて、キックボードにはある車輪がない。
フローティングボードの方が形は近いけどフローティングボードにはハンドルはないし…うぅーん。それぞれを足したようなものだから、オリジナル商品と言ってもいいのかも? ま、いいや。シンプルに考えれば空飛ぶ板ってことで、フローティングボードと呼ぶことにする。
ハンドルを握って重量軽減機能をオンしてみるとグラリと浮き上がった。真下が見えるわけではないから、体感計測で床上十センチほどか。それでも確かに浮かんでいる。
「よし、このままで少し練習してみよう」
高さ10センチぐらいだと階段一つ分を踏み外した時の落差と変わらないから、初めての練習にちょうどいい。
風魔法の射出方向を変えるだけでできる進路変更。つまり前進、停止、後進も思い通りに動いてくれた。速度も希望通りに早くなったり、遅くなったり思いのままだ。
楽しすぎて思わず笑い声が出る。
エンジンで動いているわけではないから音は静かだし、足裏に伝わる振動もない。摩擦抵抗が少ない氷の上をすべるように、スーッと移動してくれる。
「もう少し上がるか」
少しずつ自分自身に重量軽減スキルを働かせる。するとゆっくりと浮き上がっていく。
「いい感じ! 思った通りだ!」
スキルを微調整しながらゆっくり上昇させると天井に頭がつかえるほどになった。少し高度を下げ、スムーズに移動することをイメージしつつ、くるりくるりと室内を周回する。五分ほど練習をしてから、ゆっくり体重をかけていくイメージで下へ降りていく。
床に足をつけたところで思わず、こぶしを振り上げてポーズ。
「実際に外でも練習してみるか」
うきうきで足を玄関へ向ける。
一週間ぶりの外は季節が進んでいたかのように気温が高くなっていた。まだ9時過ぎなのに日差しがきつい。
万が一の際に、河原へ落下するのは怖い。岩がごろごろしているところは避け、森の中のほんの少し開けた場所でフローティングボードを取り出す。
「木の障害物を、うまく避けられるかな」
あれこれ悩んでいるより、実際にやってみろ…だ。その精神でやってみたら、フローティングボードに乗って障害物を避けながら小回りに動く練習にもあっという間に慣れた。まだ速度は遅いけどね。こればかりは慣れだ、仕方がない。
「あとは風魔法でさらに上昇して、速度が上げられたら完璧だ」
1メートルぐらいの高さで平行飛行、それにも慣れたら徐々に高度を上げていく。
高くなればなるほど、時折風の抵抗を受ける。突風が吹くかもしれないから要注意だな。
「あ、念のために隠密モードにしておこう」
地図スキルでは人らしき反応はなかったが、念のため空を飛ぶ姿を見られないようにしておく。
陰竜の角をアクセサリーにして隠密機能が付与されたアイテムも装着済みだ。デザインがシンプル過ぎて安物に見えるけど、仕方がない。
「このまま、海を目指してみよう」
飛行移動には魔力を使うから片道30分、往復で1時間くらい飛んでみることにした。
時々地図スキルで周囲を警戒しながら進む。10分ほど空の旅を楽しんだところで、目の前の森が途切れて小さな泉を発見した。
「へぇ、地図にマークをつけておこう」
飛びながらだと、地形の変化まで読むのは難しい。息をするように風魔法を使えるようになれたらもう少し余裕が生まれるのだろうけど…重力軽減スキルで重力の影響を調整し風魔法で飛行し、地図スキルで探索しながら安全確認、と全部同時にやっているので結構きつい。
魔力も減っているだろうが、集中力が落ちている…つまり、疲労を感じた。一度休憩することにして、泉の近くで降りることにする。
アイテムボッスから空き箱を出して椅子代わりに座る。
「蜂蜜レモン水にするか、ミックスジュースにするか…」
ミックスジュースは2種類の柑橘と甘味の少ない桃、ナシもどきの合計四種類を蒸留水で割って作ったものだ。フルーツを液体に形状変化する技は錬金術でできた。ミキサーがいらないなんて、超便利。錬金術バンザイ。
「小腹が空いたし、クッキーでも食べるかな」
となると、飲むのは蜂蜜レモン水の方がいいかも。
クッキーは簡単にできることが分かり、自分で型抜きも作ってみたから綺麗な丸や星形になっている。ハートの型を作るのは意外と簡単だったが、型を作った後これでクッキーを作る男ってどうなんだろうと妙に恥ずかしくなって、キッチンの引き出しにしまった。
おやつ休憩しながら周囲を見回すと、地図スキルさんが星マーク素材をチラチラ教えてくれる。
「シイモ草にレニューム、ノルフォリア、ココシアドもある」
中級体力回復ポーション、中級魔力回復ポーション、鎮痛薬、状態異常回復ポーションの素材だから、ここは採集しておかないと。
他にも綺麗な花も生えていて、薬効成分がなくても摘んで帰ろうと思う。綺麗な花はアクセサリー制作のデザインのヒントになるし、香りがいいものは香料を分離するのに使える。
思いがけず長居してしまった。
素材採集にもいいけど、泉の景色もきれいだからまた来よう。
「もう少し広い場所があれば、ここに引っ越すこともできたけど…」
いや、この場所はきっと獣や魔物の水飲み場として利用されているだろう。川のような洪水の心配がないといっても、水場近くに引っ越すのは避けたほうがいい気がする。
空き箱を収納し、フローティングボードに乗る。あと10分ほど飛んだら…今日はもう戻ろう。初日の試運転だから無理しないほうがいいと思う。
変り映えのない森の景色を楽しんだ後、片道20分の距離を引き返す。帰りついて玄関まで来たところで気が付いた。
「やっぱり、疲れてる」
ジェットコースターを3回連続で乗って楽しんだ後、その場にへたり込んだ家族旅行を思い出した。
「しかも、筋肉痛まであるし…」
平均1.5メートルの高さから落ちる恐怖を感じていないのかと思ったらそうではなかった。身体に余分な力が入っていたらしく、腕も足も激しい運動をした後のように張っている。
「先に、風呂に入るか」
思いついた時、好きな時間に風呂に入れるように風呂場にもアイテムボックスを一つ置いてある。中にはタオルや下着の替えが入っている。
この世界の下着は腰紐でウエストを調節するトランクスタイプだった。まあ、そこは別にいい。ゴムの方が便利だと思うがビキニタイプやふんどしタイプではなかったので文句はない。だが、素材や色が気に入らなかった。
生成色や黄褐色、肌色などの地味な色ばかり。素材も肌触りの悪い麻製。絹なんて贅沢は言わないから、せめて亜麻や綿素材で作って欲しい。
下着の肌触りが気になって、沈没寸前船から箱単位で入手した布のうち、肌触りと通気性に優れたもので肌着を自作した。
裁縫スキル、修得しておいてよかったよな。
見本の下着から大体の型紙をとり、チクチクと縫っていく作業も嫌にならずに出来た。おかげで俺の下着は爽やかな水色や青緑というカラフルで肌触りのいいものになった。
ミシンがあれば上着やズボンも自作するところだが、手早く手縫いするならリフォームの方が手っ取り早い。それに、カラフルで綺麗な布を贅沢に使った服は平民向きではないらしい。
古着のリフォームと分かる程度のワンポイントアクセントにとどめておく方がいいそうだ。世界基本知識さんが教えてくれた。
風呂から上がって、洗浄スキルで綺麗にした服をもう一度着る。洗濯したばかりのように、汗臭さが消えるのがいい。男くさいのはいいが、臭い男にはなりたくない微妙なお年頃。
「今はまだ昼だから着ていた服でいいけど…そろそろパジャマ代わりの体操服に代わる、寝衣が欲しいかも」
家の中で誰にも見られないなら、平民のものでなくてもかまわないはず。街へ行ったら少しいいものを買おう。錬金術師さんたちはどうやら貫頭衣みたい服をパジャマにしていたようで…自動洗浄やサイズ変更が付与されたいいものだとは分かるが、足元がスース―するデザインは遠慮したい。
「夕飯の準備には早いし…先延ばしにしていたコーヒー豆の選別でもしようかな」
腐りかけの豆もあったから、キッチンのシンクに豆を出して選別していく。ゴミはダストボックスへ。
たらいに水を入れて明日まで水につけたままの豆を放置する。多分、こうすることで果肉と皮が水を含んでバラバラになりやすくなるはず。明日は豆だけを取り出して、天日で乾かして、乾いたら焙煎しよう。
「あ…焙煎はフライパンで代用するとして…その後のコーヒーミルは……」
確か、どこかで見た。どこだったかな。
キッチンの棚をガサゴソ。
「あ、あった。あった」
ネルのフィルターもあるし…うん、大丈夫だ。
「寒天かゼラチンがあればコーヒーゼリーが作れるようになるんだけど…確か、どっちもなかったよな」
いつでもコンビニでお菓子が食べられるわけではないからか、甘いものが時々食べたくなる。ケーキ屋みたいな店がこの世界にもあるといいんだけど…。
夕食の支度には少し早い。けど、甘いものが食べたくなったから、フルーツ入りのカップケーキでおやつタイムにしよう。食事もおやつも自分で好きな時間に、好きなようにできる。自由でいいけど、出来るだけ規則正しい生活をしようと心掛けている。生活のリズムを崩したことによって、健康も崩れてしまう気がする。
「何かを作る…か、レシピ本を読むか」
どちらにしよう。
「本にしようか。まだ読んでない本もあるし…」
この世界の本のページ、つまり植物紙の質はあまり良いとはいえず、漂白もされていないから黄白や土色だ。インクが裏移りするためか片面印刷になっている。つまり、二百ページある本の中身は半分の百ページという具合だ。
印刷技術には詳しくないし、どんなふうに本ができているのかは想像でしかない。でも見るだけでも分かることがある。
活字ではなく手書き原稿を印刷したらしく、著作者以外に字を書く専門職の筆耕士の名前も奥付に記されていた。もう一つ大きな違いは本の値段がどこにも記されていない。それと、多色刷りはなく、黒インク一色のみだ。
で、ここからは向こうの世界にはない仕掛けだが…錬金術の本には汚れ防止が付与されていた。すごいよね。怖くて試していないけど、紅茶やコーヒーを本にこぼしたとしてもシミにならない…のだと思う。これ、服に付与できたらいいよね。ってか、錬金術師さんの服には確かついてたっけ。
料理の本の方には汚れ防止が付与されていなかった。練習代わりに汚れ防止を付与してみようかな。汚れ防止の付与について勉強するため、料理本から錬金術本へ読む本を変える。するといろいろ興味深いことが書いてあり、目的に辿り着く前に脱線した。
「へぇー空になった魔石に魔力を注げなくなったら寿命なのか」
魔力を引き出す魔力回路が損傷しているだけで描き直せるなら、修復は可能。回路が魔石に定着できなくなっている場合は、新しい魔石に交換したほうがいいらしい。古い方は砕いて粉にすることによって素材として再利用する…なるほどね。
「なになに、効率のいい魔力回路の書き方…は前著にて解説した通り…って、これの前の本ってどれだよ!」
本のタイトルと、大まかな流れをさらってフローティングボードに着地した俺は、どうやら初心者にあるまじき基礎をすっ飛ばしていたらしい。うん、薄々は気がついていた。
「だって、イラスト付きだったんだもんな」
本には時々イラストが付いていて、風魔法付与で荷台を数センチ浮かせることにより荷物の運搬が良くなると書いてあれば飛びつくでしょ。これはフローティングボードが出来るって!
実際には…石畳みの凸凹に車輪がハマって振動が大きくなったり脱輪したりする不便さを解消するための便利技だったが、俺は読んだ瞬間に閃いたのだ。フローティングボードが夢じゃない! って。
目的に向かって一直線。実際に始めてすぐに壁にぶつかり、その壁を乗り越えるために本を流し読みして必要な個所を探して解消。次に進んでまた別の壁。乗り越えたらまた次の壁。
うん、多分。いろいろ間違っていたと思う。でも、情熱は止まらなかったのだ。どうしてもフローティングボードを作りたかった。だから後悔はしていない。
後悔はしていない。でも…ちょっとだけ、反省した。まさか一週間、家に閉じこもることになるとは思わなかったよ、自分でも。




