第16話
俺は今トイレ問題で悩んでいた。
便秘が続いているということではない。こっちは豊富にストックされていた野菜を、キッチンのマジックボックス内に見つけたことですっきり解消している。
熟睡、野菜と水分をしっかり摂取して、適度に運動、であっさり解決した。
「やっぱり、欲しいよな。欲しいというか、必要だよな」
そう。悩んでいるのはシェルター内にトイレを設置するかどうかということだ。
シェルター内の家にあるのはベッドと椅子テーブルだけ。シェルターの使い方が緊急避難所なのだからそれだけでもいいと思うのだけど…やっぱり、避難中に出したくなったら…どうするか、である。
さっさと召喚すれば解決する問題のようだが、俺が悩んだのはトイレで出たものを肥料にリサイクルするという素晴らしい循環についてだ。
そう、シェルターの家には庭があるのだ。いまは草だけが生えているここに、将来は野菜や果樹を植えて育てられないかと思っている。
「うん、やっぱりお取り寄せしよう。…場所はどっちの小部屋にするか」
シェルターの家にはリビングダイニングの奥に2つ小部屋がある。小部屋といっても6畳ぐらいの広さはある。ここにトイレだけがぽつんと置かれているところを想像すると…広すぎて落ち着かない。
「後でパーテーションでも作って設置するか…でも、使うのは俺だけだからなぁ」
目隠しは必要ない。広いトイレに慣れればいいだけの問題だ。
「うん、パーテーションは先送りしよ」
大工道具は錬金術師の家にはなかった。取り寄せてDIYしてもいいのだが、プロが作った商品そのものを召喚するほうが手っ取り早い。
「ん?」
唐突に気が付いた。
「プロが作った商品を召喚で取り寄せる? ……やぱい。やばい。俺、泥棒じゃないか」
便利な召喚魔法に浮かれてた。調子に乗って、あれこれ取り寄せていたけど…1円もお金を払っていないのだ。
家は持ち主がいなくなった空き家を手に入れた。でも、サバイバルナイフに始まり水生成水筒、高性能野営テント、米に着替えの古着…取り寄せたあれこれすべてお金を払っていない。
持ち主にお金を払いたくても…払えない。どこの誰から盗んだのか分からないからだ。
「浮かれてた。泥棒してたなんて…」
ショックで、思わずしゃがみこんだ。
生き残ることに必死で気が付いていなかった。この世界で生きていくために便利な能力を得て助かったと感謝していたが、取り寄せたアイテムがどこから来たのか考えてなかった。
いや、なんでもっと早くに気が付かなかったのか。本当に気が付いていなかったのかと自問自答する。
「無意識に、考えないようにしていたのかなぁ」
自分のことなのに、自分でも分からなかった。これまで取り寄せたあれこれに代金を払うこともできないし謝罪することもできない。
「気軽に使っていい能力じゃなかった」
失って困っている人がいると思うと、罪悪感でいっぱいになった。
ほんとうに、いろいろ…取り寄せてしまったから。ごめんなさい。
「出来るだけ、自作する方向で…出来ないものはお金を払って買う方向で…」
と今後の方針を決める。
幸い、故人と分っている錬金術師の家から見つかったものは自分のものとしてもいいだろう。
「これからは持ち主がいないもの、と指定して取り寄せるのは許してもらおう」
気持ちを落ち着かせるためにキッチンへ移動し、ハーブティーを煎れる。
「料理でもするかな」
呟いて、ショックなことに気が付いた。
「米っ!」
もう米を取り寄せ出来ないのか? 遠い、遠い国から取り寄せた米。これだけは簡単に買えるものではない。
「……ショックだ」
もう手に入れられないなんて。
※持ち主がいなくなったと限定してみては?
放心している俺を見かねたように、世界基本知識さんが声を掛けてくれた。
「そんなうまいこと、いくわけないよ。主食だよ? 自分で食べなかったとしても売り物になる。昔の日本だと年貢といって税金になってたぐらいだから」
※こちらの世界でも穀物は租税されています。
「だよねぇ」
※ですから、狙う者も多いのです。持ち主から奪われた、と限定してみてはいかがでしょう。
「持ち主から奪われた…つまり、盗まれたってことか!」
俺が持ち主から奪うのはアウトだが、泥棒から奪うのはセーフなのか?
「セーフにしよう」
だって、盗賊のお腹の中に入るぐらいなら、俺がそれをもらってもいいはず。いいことにして下さい。
泥棒から盗んでも罪は罪でしょという声も自分の中にはあるが、蓋をする。シッカリ蓋をして気が付かなかったことにしてしまおう。
「米なしの生活なんて考えられない」
とはいえ、出来るだけ小麦…つまりパン食にも慣れるように努力していこう。
「パンか…嫌いじゃないけど、牛乳と卵の在庫は少ないんだよな。どっちもなしでパンを焼いても美味しいのかな」
森の中に隠れ住むつもりでいたけど、買い物に出かけることを考える必要があるかもしれない。
「お金は錬金術師さんのお金があるけど…オークションに出さないと使えないお金なんだよね」
※持ち主がいない金貨銀貨はこの世に多く存在します。
「え? どういうこと?」
※討伐された盗賊や海賊が隠したままの金銀財宝、船が沈没し海底に沈んでしまった金銀財宝、商人や貴族の隠し財産が本人死亡により世に出回らなくなった場合。それらの金貨を取り寄せする際には枚数を指定することをおススメします。
「あー。もしかして、指定しなかったらすごいことになるのか」
しかし…そうか。討伐された海賊の隠し財産とか、沈没船とともに海の底に眠るお宝とか…そういうのはいいね。ロマンがあるし、もらっても気がとがめない。
「そろそろ召喚タイムだ。早速やってみよう」
※場所を、広い場所に変えることをおススメします。
なぜか慌てたように促され、キッチンからシェルター内へ移動した。
「この辺でいいかな」
平屋の横の空き地で足を止める。
海に潜ることなく沈没船からお宝をサルベージ出来るとしたらわくわくする。
「えーと…」
具体的に考えろよ、俺。ロマンに浮かれていたら、また使えないお金を取り寄せることになる。
沈没した船から、この国で使える金貨銀貨の入った箱を一つ、ただし沈没したのは最近。10年以内くらいでお願いします! 【召】!
「………きたっ!」
けど、思ったより箱がデカいんだけど。
俺が想像したのが、某アニメの海賊のお宝箱だったせいかもしれない。
「箱そのものがすごい高そうなんだけど…」
金で装飾された箱は、そのまま飾っておけるぐらい見事だった。
「重い…」
カギはかかってなかった。蓋を開けるのも簡単じゃない。わざと重くしてあるのか?
「……すごいんですけど…これ」
金貨銀貨の入った箱を1つとお願いしたけど、実際には大金貨も10枚入っていた。
「確か、大金貨ってひとつ一千万だったような…」
銅貨が100円、大銅貨1000、銀貨1万、大銀貨10万、金貨100万、大金貨千万が大体のレートだったはず。
「…うわぁあ」
うっかり、金貨銀貨なんて安易にお願いしたけど、金貨1枚が100万だから…もらい過ぎたぁ。俺が買い物に使うのは大銅貨や銀貨がメインで金貨は1枚でもあれば十分だった。
思わず頭を抱えてしまった。
親にもらっていた毎月の小遣いは七千円。これを毎月やりくりしていた高校生が、いきなり《《億》》のお金を手に入れてしまった。
「やってしまった…」
ひと箱だけならいいだろう、と軽く考えていた。
「これ…ひと箱だけと指定したけど、しなかったらもっと…とんでもないことになっていたのかもしれない」
やらかした感がひしひし伝わってくるが、もうやってしまったことは仕方ないと切り替えるしかない。
お金を召喚するのは封印しよう。これからは地道に、自分でお金を稼いで生活することにしよう。
幸い、販売出来そうな品物を作ることができるスキルを手に入れている。
「薬師スキルで薬を作ってもいいし、錬金スキルでなにか魔道具を作ってもいい」
錬金術師さんの古代のお金をオークションで売却するのもやめよう。もう億のお金があるのだから、これ以上荒稼ぎする必要はない。
見ているとわくわくよりもこれ、どうするよ? と小心者がおたおたするだけなので宝箱はアイテムボックスに収納しておく。買い物に出かけることになったら、少しだけ財布代わりの巾着袋にお金を移動させることにしよう。
「さて、と…」
深呼吸して、気持ちを静める。次の召喚リクエストをしよう。
お願いします。持ち主から奪われてしまって、悪い人が隠し持っている…精米済みの美味しいお米があったら、どうかどうか俺に下さい! お願いします! 【召】!
目を閉じて必死に祈りながら米を召喚してみた。手ごたえを感じ、そっと目を開けて…驚いた。
「……嘘だろ」
50キロぐらいありそうな大袋がどん! と山積みになっていた。
「じゅう…に、いや15袋?」
それが3山もある。つまり、45袋? 米屋の仕入れみたいなことしてしまった。
「誰だよ! こんなにいっぱい泥棒したのは!」
悪い奴からさらに奪い取ってやったのは俺だけど……。
「返してあげられるものなら、持ち主に返してあげたい」
そんな機能がないのが申し訳ないけど、心からそう思う。
「ひどいことをする奴がいるんだな」
さらにそれを奪い取る俺も悪い奴なのだが………はははは。
米の産地はロンディアーナ国だっけ。現在の交通手段では辿り着けないと教えてもらったけど…いつか行けたらいいな。行ってどうすると聞かれたら、どうにもできないのだけど…なにか、お礼ができたらいいのに…何も出来ないのがホント申し訳ない。
「ダメだ…疲れた」
気持ちが疲れた。甘いものでも食べて落ち着きたい。
米をその場に放置したままシェルターからキッチンへ戻り、ふうっとため息をつく。
再びキッチンへ戻って、アイテムボックスからカップケーキを取り出した。
「そういえば、コーヒーがないんだな」
牛乳とカップケーキの組み合わせも悪くないが、やはりコーヒーが飲みたくなる。
昨日までならここでコーヒー豆を召喚していたが、それは泥棒行為と同じだからもう出来ない。
短い休憩を挟んで、食糧庫をがさごそ。あれこれ保存食を入れ替えて、米の保管用に使うマジックボックスをひとつ確保した。
シェルターに移動して、コメの袋を入れていく。全て入ってくれた時にはホッとした。
「えーと、次に欲しかったのは…」
気持ちを切り替えて次の召喚をしよう。
「……って、ダメじゃないか」
シェルターで使うトイレを召喚したかったが、これももう出来ない。持ち主がいないトイレ…なんてあるのか? 空き家を手に入れるほうが手っ取り早くないか?
シェルター内の空間は広い。広すぎて寂しいぐらいだ。シェルターに戻り、畑の横で足を止める。
「使えるトイレ付きの家…変なリクエストだ。もうちょっと具体的に考えたほうがいいな」
錬金術師の家は山の中の隠れ家をイメージしたものだった。次は海辺の別荘とか、湖畔の別荘とか…ああ、イメージがわかない。うっかりすると世界遺産へ思考が流れる。どんな家がいいのかなんて…難しいよ。
海辺の別荘も湖畔の別荘も似たようなものだ。どこに建っているか、がイメージできないなら視点を変えて職業にするか? 商人の家、薬師の家、あとは錬金術師の家…はもう手に入れているんだっけ。
「難しい…」
悩んでいる時間が長くなればなるほど、召喚解禁時間がずれていく。
薬師の家と錬金術師の家は似ている気がするから、商人の家にしてみる…とか。店舗のみだと空き家はないだろうということだから、店舗付きの家でそれほど大きくない二階建てで、トイレが使えるぐらい状態がいい…商人さんの空き家をひとつお願いします! 【召】!
トイレにはこだわったがイメージは適当だった。が、それでもレンガ造りの四角い家が現れた。
「空き家、あったんだ…」
ダメもと気分だったが、無事に空き家が召喚できてほっとした。
「あーそういうことか」
壊れたドアから中に入って、気が付いた。というか、理解した。
「空き家になるよな」
床や壁の赤黒いシミ。所々壊され荒らされた室内。
「いわゆる事故物件。殺人事件があった家、か」
※魔物の襲撃に遭い、町ごと避難し破棄された家のようです。
「えっ? 魔物の襲撃?」
殺人事件じゃなかったのか。
※外壁、扉、室内にも爪跡が残されています。6爪、深さも3センチ以上えぐり取られていますので、かなりの大型のウルフの群れに襲われたのでしょう。
慌てて壁やドアを確認すると、いくつもの線が残っていた。なるほど、俺は名探偵にはなれない。レンガの壁を削り取った爪痕はじっくりと見なければ分からない。壊されたドアもどんなふうにして壊されたのか予想できなかった。体当たりしてから、爪であちこちひっかけた? と漠然と思うだけだ。
「町ごと避難、てそんなことがあるのか?」
小説だとスタンピートが起きて…とかそんな感じだけど、この世界でもリアルにあるのか?
※魔物が急激に増殖する現象がおき、村や町が襲撃されるとその地を捨てるしかない規模の惨事が起きることがあります。辺境と呼ばれる土地、魔境近くの町などでは数年に一度ほどの頻度ですが、大きな都でも百年周期で繰り返されています。
やっぱりあるのか、スタンピート。この世界に戦争がないのは魔物の脅威に人々が協力する必要があるからだって聞いたけど…そういうことなんだ。
見ていて気持ちがいいものではないから、洗浄スキルで汚れを落としてみる。広い空間を洗浄するのは初めてだったが、二度三度と重ね掛けをすることで汚れはきれいに消えた。
テーブルや椅子、壁の一部壊された状態は直しようがないからそのままにして、店舗側から住居スペースへ移動する。
「こっちは綺麗なままだ」
魔物の襲撃があったのは店の中だけらしく、二階は問題なかった。タンスなどはそのままだったが、中は空だった。住人が持って逃げたらしい。
「あった…綺麗な状態だ」
トイレや洗面所、シャワーだけではなく風呂場も完備されている。もちろん、キッチンとダイニングもある。キッチンには食器と鍋なども残されていた。食材とリネン類はない。
「ちゃんと水が出る」
設備はどこも故障していないことを鑑定で確認する。魔法紋は生きているし、魔石も外されていなかった。急いで逃げたから外し忘れたのだろうな。
「悲しい事件があった家だけど…大当たりだ」
トイレが欲しくて召喚した空き家だが、庭付きの家よりも住むのに便利だ。ってか、この家があれば庭付きの家は農作業の合間の休憩小屋兼倉庫にしてもいいぐらいだ。
倉庫に収納するほどの収穫があるかどうか、苗すら植えていないから分からないけど…。
「ここは仕事部屋かな」
立派な机と椅子があった部屋は荒らされていた。金庫を開けたのはここの主人だったのか、それとも強盗犯の方だったのかは分からない。
金庫の中は空っぽだったが、本棚には本が30冊近く残されていた。
いくつか引き出して確認してみると、商業関係の本だった。
「商業スキルって、あるのかな」
計算が早くなったり物おじせずに交渉出来たりして売買に強くなる。話術がうまくなって対人関係も円滑に出来る…そんな効果がありそうな気がする。
「やってみるか」
とりあえず本を棚に戻し、その本棚の前で…
「商業スキルに【換】!」
空振りした感じはなかった。ステータスカードで確認してみると商人スキルが増えていた。
「商業スキルと商人スキルの違いは分からないけど…何はともあれいいスキルが手に入った」
大満足で今日の召喚タイムは終わった。




