第15話
昨夜は久しぶりに空を飛ぶ夢を見た。
向こうの世界にいた時も、空を飛ぶ夢は時々見ていたが今朝の夢には世界樹さんが出てきた。
広いどこまでも続く大森林の上を、世界樹さん目指して飛んでいるのに、どれほど飛んでも辿り着けないという嫌な夢だった。頑張っても頑張っても、どんなに頑張っても辿り着けない。空を飛び続けることに疲れ、腕を動かす力もなくなり、墜落しそうな焦りや不安に襲われ…必死に森に不時着を試みるものの、木の枝に邪魔されたり、獣が出てきたりで安全な場所がない。
なかなかうまく降りられない。焦りと恐怖に…追いかけられ、逃げまどい…そして夢の残滓は悲しみに変わった。最後どうなったのか自分でも分からない。
「あまりいい夢じゃなかったな」
初めは気持ちよく、ただ空を飛んでいたんだけど…疲れた。目覚めは最悪だ。
ため息で気持ちを切り替えて、ステータスカードで魔力量を確認してみる。ちゃんと全回復していた。
「だけど…昨日から魔力量は増えていないんだよな」
グラニアス大陸に来るまでは毎日着実に増えていた。こっちへ来てから討伐もしていないし、魔法も使っていないから、魔力量が増えないのは当然といえば当然かもしれないけど…。
「しばらく、のんびりしてもいいし…焦らずにいこう」
この家で迎える2度目の朝。やはり家で生活できるというのはいい。木にしがみついて夜を過ごすなんて、もう2度としたくない。
「さて、今日の召喚いきますか」
深夜の召喚タイムをわざとずらして時間調整したから、目覚めてすぐに解禁になっている。
今日は何にしようか。家のおかげで安心安全な生活が手に入り、心の余裕が生まれた。
欲しいスキルを、優先順位は考えずに一度整理してみよう。
魔法でまだ手に入れていないのは火、風、土? 光とか闇も小説ではあったけど、この世界にもあるのか? 後は…小説で読んだのは時空魔法、空間魔法、妖精魔法…ん…妖精っているのか? 緑魔法ってのもあったよな。植物の生育が早くなるやつ。これはあったらいいよな。植えた野菜があっという間に収穫できて美味しく食べられるようになる。
あとは…鍛冶、鍛造、付与、錬金術か? この家の持ち主が錬金術師だったらしいから、それ関係の本がありそう。だったら、錬金術スキルを手に入れられるかもしれない。うん、後で本を確認する必要があるな。付与とか鍛冶もいけたりして…
欲しいアイテムもいろいろあるけど、先にこの家に何があるのか、全部確認してからの方がいいかも? まだ全部の部屋の探索は済んでない。仕事部屋の道具もしっかりチェックしていない。
召喚の前に、急いで確認だ。
洗浄スキルで洗顔と歯磨きを済ませる。パジャマ代わりの体操服から着替えて、髪を手櫛で整えたら身支度終了。心配していたけど、寝癖はつかなかった。素直な髪質で助かった。
ベッドとタンス以外に、この部屋には小さな丸テーブルとロッキングチェアがある。テーブルの上には本が一冊あった。ギフト【全人語】が働いて、この本のタイトルを教えてくれる。
スヴェラニア紀行…どうやら旅行記みたい。中身を確認する時間はないから、タイトルだけ読んだ。
他には、書き物机がある。机の上にはペンとインク、植物紙の束。ノートのように綴って使うことはしないみたい。
引き出しを開けてみる。日記があれば読んでみたいような…プライバシーを侵害するようで後ろめたいような……。だがここに住んでいた人がどんな人だったのか、正直すごい興味がある。なにか手掛かりがないかな。
探してみると手紙があった。黎明の錬金術師カーサイノ・チュルエン。宛名にそう書いてあった。短剣の制作を頼んでいる手紙だった。
「地下の作業場にあったあれ、依頼された仕事だったんだ」
何かの理由で、途中のままになってしまった。外出して、帰らぬ人になってしまった…ということだろう。キッチンにも食材がいっぱい残されていた。彼らはちょっと出かけるだけのつもりで、戻ってこられなくなってこの家は空き家になったのかもしれない。
引き出しの奥からはマジックバックも出てきた。こちらは小さい。
「え…」
中を確認して驚いた。銀貨、正銀貨、金貨、正金貨…つまりお金が入っていた。宝石も、いっぱい入っている。
「マジか…」
ここに残っている以外にも出かけるときにもいくらかは持って出かけたはずだから、錬金術師さんはお金持ちだったみたいだ。そりゃそうか、こんなすごい家に住んでいた人だものな。
※こちらの貨幣は現在は使われておりません。
世界基本知識さん? これは昔のお金ってこと?
※約二百五十年から三百五十年前に流通していた貨幣です。現在でも古銭としての値打ちは高く、コレクターへの売却は可能ですが、一般市場では利用できません。
つまり、ここの住人が生きていたのも、二百五十年から三百五十年前…ということか。
そんなに昔の人だとは思わなかった。この家はちょっとだけ埃が積もっていたり、空気が澱んでいたりしたけど…まさかそんなにも長く無人だったとは……。
ありえないほど、綺麗に保たれていたのは特別な術でもかかっていたのだろうか。
「錬金術師の家、すげぇ」
金庫代わりのマジックバックは元通りの場所に戻し、別の引き出しを開ける。
「ここにもマジックバッグがある。この家、一体いくつのマジックバックやマジックボックスがあるんだよ」
マジックバッグってすごく貴重なものだという認識がある。世界基本知識さんにもそう教えてもらっていたから、俺がアイテムボックスを持っていることは出来るだけ知られないようにしなくてはいけないし、知られた時には小さいマジックバック持ちだとごまかす必要があると思っていた。
「だけど…この家、なんなんだよ。マジックボックスやマジックバックがごろごろしている」
※おそらく、カーサイノが自分で制作していたのでしょう。またこの時代には、マジックバッグを作る技術は今以上に身近なものであったと思われます。
今よりも技術が上だった?
※黎明の錬金術師カーサイノ・チュルエンは伝説となった大錬金術師です。弟子の一人が彼の没後に伝記を発行しています。それによると、二百七十一年前、スヴェラニア大陸にあったとされる古代国家ケルナーレを襲った古代竜の討伐依頼を受け、一番弟子とともに行方が分からなくなったと書かれています。
思いがけず、大錬金術師の最後が分かってしまった。
「そう、なんだ…」
ちょっと散歩、とかそういう気軽な外出ではなかったんだ。
「古代竜討伐って…でも、帰る気満々で出かけたんだよね」
帰られないかも…と思っていたら、少なくとも茶葉をマジックボックスに入れてから出かけたと思う。
※恐らくそうでしょう。以前にも彼は古代竜を討伐しています。
「だけど、帰らない人になってしまった…」
何があったのかを具体時に知る者はもうこの世にいないだろう。
「俺が倒した陰竜、あれも古代竜の一種?」
※そうです。グラニアス大陸にはもう生息していません。
「カーサイノが戦ったの、陰竜の可能性もあるよね? もしくは、別の竜と戦っていたら、陰竜が現れた…とか。うわぁ、それってヤバすぎる」
1匹だけでも怖い恐竜が複数いて、しかもあのステルス機能。臭いがするほど接近されるまで気が付かないし、気が付いた時にはもう遅い。
「俺だって、シェルターがあったから何とかなったけど…普通はあいつから逃げることも出来ないと思う」
今は美味しく食べているけど、一歩間違えたら反対に食べられていた。ギフト【シェルター】があってホントよかった。
「一番弟子とともに行方不明、って…もしかして、この家に一緒に住んでいた料理人が一番弟子さんかな?」
※その可能性は高いです。
「名前は分かる?」
※蒼炎の大錬金術師、ティオリエスです。
俺はもう片方の部屋へ移動した。こちらの部屋にもベッド、タンス、丸テーブルに椅子、書き物机と同じような調度品が揃っている。他には風の魔道具や冷蔵庫の魔道具まであった。
「冷蔵庫の魔道具! やっぱりあったのか!」
キッチンになかったから、この世界にはないのかと思っていた。
いそいそと開けて…ショックを受けた。
「見たくなかったな…」
中に入っていたものは黒ずんで、何が何だか分からないひどい有様だった。
※魔法紋には異常がないようです。魔石のエネルギー切れでしょう。
「そうか、魔石を交換すれば使えるのはよかった」
※交換ではなく、魔力の充填で利用可能になります。
「充電出来るんだ! それは嬉しい」
蒼炎という二つ名があるということは、火の魔法が得意な人だったのかもしれない。風と水が使えなくて、魔道具を利用していたのかも…
この冷蔵庫は使う前に掃除しなくてはならないだろうけど、後回しだ。
机に向かうと、上にいくつもの紙の束が散乱している。その中にティオリエスの名前を見つけた。
「やっぱり、ここに住んでいたのは一番弟子さんだったんだ」
2人の正体が分かってすっきりした。
「あー。ティオリエスさんもお金と宝石を置いて行ってる」
小さなマジックバッグが引き出しの奥に隠してあった。中に入っている金額や宝石の数は師のカーサイノさんにくらべると少ないけど、それでも…びっくりするぐらい入っている。
「ちなみに、この古銭を売却するとしたらどうしたらいい?」
※現在でも冒険者が古代遺跡などで金貨を発見し、王都で競売にかけています。偽装スキルで別人を装ってから王都の商人ギルドへ赴き、競売の参加を申請するのが良ろしいかと…。
冒険者ギルドではなく、商人ギルドの方にいきなり行っても大丈夫?
※冒険者が商人ギルドを利用することは禁止されていません。冒険者ギルドを窓口とする場合は両ギルドに手数料を支払う必要があります。また情報管理の面からも商人ギルドの方が信用度は高く安心です。冒険者ギルドからの出品ですと貴族などの権力者に事前情報が漏れ、競売の前にもめ事に発展する危険があります。
「そうなんだ? 冒険者ギルドと貴族が繋がっているイメージがなかったけど…」
※各国にまたがる独立した組織ではありますが、運営面からは各地の有力者との結びつきを無視できません。何らかの形で支援を受けており、支配者層の干渉を排除することは難しいのが現実です。
「分かった。いつになるか分からないけど、王都へ行ってみるよ」
冷蔵庫はダメだったが、食料の入ったマジックボックスがこの部屋にもあった。こちらは酒類が多く、個人的に飲んだり食べたりしていたものを入れていたのだろう。
「酒は飲まないから邪魔なぐらいだけど、茶葉の缶があったのは嬉しい」
そうなのだ。こちらにはちゃんとマジックボックスに茶葉の入った缶が入っていた。いそいそと俺のアイテムボックスに収納させてもらう。
「二日酔い対策だったのかな…」
状態異常回復の初級ポーションがいくつも入っていた。
「他には…この人もマジックバックをいっぱい持っているし…」
机の中から出てきた別のマジックバックの中を確認して、思わず喜びの声を上げてしまった。
「採集用アイテムだ!」
採集スコップ、大小。ハサミも大小、小ナイフ、物を挟んだり掴んだりするためのトングのような道具。採集瓶は大中小の3種類が50ほど。分類して収納するための小袋が20枚ほど。ピンセット、ロープ、紐。杭のようなもの大小6本ずつ、トンカチ、たがね、押しピン、計量カップ。
採集に出かけるときに持ち歩いていた道具類一式が揃ったマジックバックだった。
「これは嬉しいな」
森へ出かけるときには必ず持っていこう。
すぐに自分のアイテムボックスの中に収納しておいた。
「あれ? そういえば…俺のアイテムボックスの中にマジックバックが入れられるんだ」
今初めて気が付いた。
あれ? アイテムボックスとマジックボックスって別物か? 鑑定で表示されているからこの家にあるのがマジックバッグ、マジックボックス、マジックバスケットと区別して呼んでいたけど…?
「ん……ン?」
俺のアイテムボックスはこの世界に来た時、欲しいなと思ったときに不思議な感じがして…多分、その時に初めての召喚をしたのだと思う。つまりはスキルを獲得したのだ。マジックバッグは形のある品物で…ああ、だから違うんだ。アイテムボックスとマジックバッグは別ものなんだ。
「だとしたら、マジックバッグがそのまま収納できるのも理解できる。ってか…これは便利だ!」
ぐぅ…と腹が鳴った。
「あ、もうこんな時間だ」
起きたのは六時だった。もう七時を大きく回っている。
急いでキッチンへ行き、あるものをパパッと食べるだけの朝食にする。見つけたばかりの茶葉の中にはグリーンティーもあった。
鑑定で情報を確認。今後はこの茶葉も取り寄せることにしよう。
「あぁ、召喚タイムがずれていく」
空腹を解消したところで、気が付いた。
「アイテム類は家の中を探せば、まだまだ欲しかったものがあるかもしれない」
そうすると…スキル変換にチャレンジするのかいいかな。
鍛冶の部屋へ行けば鍛冶スキルが手に入るかもしれない。地下へと移動した。
「鍛冶スキルに【換】!」
残念ながら、全く手ごたえがなかった。
「ダメか…この部屋だといけると思ったんだけどな」
何が悪いのか、どうすればいいのか分からなかった。仕方がないからさっさと切り替える。
「鋳造スキルに【換】!」
ダメもとでチャレンジしたこちらは、手ごたえありだった。ステータスカードでスキルを確認してみると、ちゃんと【鋳造スキル3】が増えていた。
「よしっ!」
このままダメもとを続けてみよう。
「付与スキルに【換】!」
またまたうまくいった。これで陰流の角を隠避アイテムに作り変えることができる。
「この部屋にあった、何かが消えているはずなんだけど…」
ざっくり部屋の中は見ていたが、すべてを覚えているわけではないから、何が消えてしまったのかはわからなかった。
他にも欲しいスキルは…基本的な魔法を増やしておくかな。水魔法以外で気になるのは火、風…風か。風がいいかも。昨夜の夢の中で、気持ちよく空を飛んでいた感覚だけが甦ってきた。
風スキルと重量軽減スキルを同時に使えば、空を飛べてしまったり…しないかな。
ダメもとで…「風魔法スキルに【換】!」
「きたっ!」
こちらも何が変換したのか分からないが、しっかりとした手ごたえがある。カードで確認すると【風魔法3】の表記が増えている。
早速、微風を起こしてみる。少しだけ強くしてみる。髪の毛が頬をくすぐっていく。
「練習が必要だな」
どうすればいいのか感覚で分かるとはいえ、使いこなすためには練習が必要だと感じる。
「あとは…そうだ!」
シェルター内は安全な場所なのだが、なにもない。
白い空間に直接座ったり横になったりするしかない状態なのだ。
「シェルター内にも家が欲しいな」
あちらの空間は安全だ。防御力は必要ない。快適さだけがあればいい。
どんな家がいいだろうか。錬金術師の家を召喚した時は森の中の隠れ家をイメージしていた。次は海辺の別荘みたいな家にするか? それとも、湖のほとりに立つ古城のイメージ?
「古城ってなんだよ」
自分で自分のイメージ力のなさに笑える。俺が思い浮かべてしまったのは、世界遺産を紹介する番組で見た外国の城だった。
「城はヤバいって…」
マジでそんなものを呼んでしまったら、持てあますのは目に見えている。
「城に住むなんて…魔王かよ」
そんなものにはなりたくないし、俺はそんな器じゃない。
錬金術師の家がすごく気に入ったから、これをシェルター内に出して別の家を外で使うのもありかも。その場合は、壊れにくい頑丈な家がいい。レンガ造りではなく、石造りで…堅牢な砦…いや、いや何考えてるの。砦は無しナシ。世界遺産のイメージはナシだ。
んーむ…出来るだけ具体的にリクエストする必要があるけど、家のイメージといってもテレビCМで見たモデルルームはうろおぼえだし…やはりここはアニメや漫画の方が参考になるかも?
「そういえば、この世界の一般的な建材は何? 木、レンガ、石?」
※地域や住む人の階級によって様々です。都市部の一般人の家は木やレンガ、石作りが多く、農村部ではほぼ木と土、植物になります。
土と植物…。日本遺産を紹介する番組で見たかやぶきの家を思い浮かべた。
一般の人が石造りの家に住むことは少ないのかな? 石だと頑丈そうなんだけど…
※国による違いは多少ありますが、各ギルドなどの公共性のある建物や商人の店舗兼住宅では石造りが好まれています。
「商人の店舗兼住宅…それ、いいかも。でも、中古…持ち主不在なんてあるかな」
※商家の空き家は普通の住宅と同じ扱いでしょうが、空き店舗の方は難しいかもしれません。空き店舗はその地を治める領主や領主に委託された管理組合が所有管理する仕組みがあるからです。
「やっぱり…」
※ですが、絶対とはいえません。すでに滅びた国、わけあって放棄された都市がこの地上にはあるからです。住むのに適した状態で、と条件をつけてみてはいかがでしょうか。
「そう、だね…」
日本でも空き家問題がニュースになっていた。倒壊寸前になって危険なのに、放置され続けているとか。持ち主がいなくなった空き家は、違法ゴミの投棄場になったりして荒らされていく、とか。いくら空き家でもお化け屋敷みたいな家はいらない。錬金術師の家はすごく特別なケースだったと思う。
「まずは、シェルター内移動!」
出しっぱなしにしていた笹の葉は緑のまま、変化なし。枯れていなかった。実験は終了ということで収納して、何もない空間に戻しておく。
真っ白で何もない空間は寂しい。安全な場所だと分かっていても、くつろげる感じがしない。
庭付き一戸建てが欲しくなる。
「庭も家の敷地の一部にならないかな」
持ち主がいなくなった、庭付き一戸建て。家族三人から四人ぐらいが住める広さ。そんな素敵な家があったら俺は住みたい!【召】!
やけっぱちのように叫んでみた。
「………き、たよ。これ」
しっかりとしたイメージを持っていなかったからか、外観は見たことがない作りになっていた。
「見たことがないデザインの家、そして…念願の庭付き。どうなってんの、これ?」
草が生い茂る地面ごと家を召喚、出来てしまったみたいだ。
いや、そう願ったんだけど…願いはしたけど、ホントに? 土地まで取り寄せられるって…ありえないだろ。そう思うんだけど、目の前に…ある。
見た感じ、家は壊れてはいない。中古でも十分住める感じがする。二階建てと願うことを忘れていたから、平屋だ。
庭の方は放棄されていたせいか草がボーボーだった。畝の跡はあったが、収穫できそうなものは何もない。
だが、繰り返すが…土がある。これから先、俺が何かを植えて育てることが可能になった。
「すげぇ。改めて、この召喚スキルすごすぎる!」
ふと思い立ち、ステータスカードで確認すると魔力が30近くも減っていた。
魔術師の家を召喚した時は素敵な家を召喚できた喜びに興奮し過ぎて、魔力の減少を確認するのを忘れていた。ものすごい反動としばらく意識が飛んでいたことからも、ごっそり魔力を持っていかれていただろう。魔力切れを起こさずに済んでよかった。家を召喚する前には魔力量があるか確認しておいた方がいいな。
「何はともあれ…中に入ってみよう」
木で四角い枠を作り、その中を平たい石と赤い粘土で隙間を埋めた石つくりの壁は頑丈そう。木の薄い板でできた扉はシンプルで建付けは悪く、開けるとぎいっと音がした。
入ってすぐに気が付いた。床が土間になっている。踏み固められた土間は壁に使われているのと同じ赤っぽい粘土でてきている。太い木はなく、直径十センチくらいの木と石をうまく組み合わせて強度を保っているらしい。
部屋の中央に囲炉裏があった。もしかしたら、ここで煮炊きの料理をしていたのかもしれない。
6畳間二つ分はあるから広さは12畳ぐらい。リビング兼ダイニングとして使っていたのかもしれないが、がらんとしていて何もない。
そう。家財道具らしきものはなかった。この隣には倉庫くらいの広さの小部屋が二つあったが、こちらも棚以外は何もない。持っていけるものはすべて持ち出して放棄したみたいだ。
リビングダイニングの外には6畳くらいの広さの部屋が二つある。扉はない。もちろん、こちらも空っぽだ。
壁や屋根、窓以外ない家。だけどここまで何もないと、反対に…好きなようにリフォーム出来る気がする。
「とりあえず、魔術師の家にあった予備のベッドやテーブルなどをこっちに持ってきてもいいな」
シェルター内のこの家は避難先として、仮眠をとったり休憩ができればそれでいい。作り置き料理をマジックボックスに入れ、ここに置いておけば好きな時に食事がとれる。ここで作る必要はない。
シェルター内の家へ予備ベッドや家具などの移動を終えると昼になった。作り置きで手早く食事を済ませて、午後からは森へ採集に出かけることにした。
昨日も一日出かけなかったのだから、少しでも体を動かしたい。それに、修得したばかりの風魔法の練習もしておきたかった。
「いい風だ」
家から出ると爽やかな風が吹いていた。やはり、外は気持ちがいい。
岩がごろごろしていて歩きにくい河原を森へと向かい、中ほどまで来たところで何気なく振り返った。
「ええっ?」
家が消えていた。
なんで? 嘘だろ!
慌てて駆け戻る。
「あれ?」
突然家が見えた。失くなってしまったのかとぷちパニックしていた頭がすっと冷える。
「…え?」
驚いて足を止めたところは家から5メートルほど離れた場所。
※防犯機能の一つ、隠避が付与されているようです。
世界基本知識さんが謎解きをしてくれた。
後ろに下がってみると、家が消えたように見える。戻ると…家があるのが分かる。
「そういえば、野営テントにもステルス機能があったな」
この世界には不思議で便利な機能があることを忘れていた。
地図に我が家のピンを立てておく。もうこれで迷子になる心配もない。
「よしっ」
気を取り直し、森へと移動した。ゆっくり、じっくり周囲を探索する。焚きつけ用にする枝、倒木、枯れ葉すら大切な資源だ。レアマーク付きの素材以外の草も見て覚えていくことで大切な知識となる。
「キノコ類や野菜代わりになりそうな葉っぱ、果物もないなぁ」
思わず愚痴ったら、鑑定さんが教えてくれた。
※キノコ類の生育に適した季節は秋です。雨量が少ない環境で探すのは難しいと推察します。
秋…季節…そういえば、ここは春だった。転移したことで季節が変わっていたんだ。
「あーそうか」
日本のスーパーでキノコがいつも売られていたのは、キノコ栽培されていたからだ。天然モノではなく、栽培モノ。大きなキノコ工場で作られている映像をテレビで見たことがある。
※ただし、適した生育環境にある洞窟内や窪地などでは秋以外でも生育しています。
「分かった。…洞窟や窪地があったら、探してみるよ」
地図スキルには洞窟も窪地もヒットナシ。果物の木は? …ナシ、そうですか。
初めから地図で確認してみればよかった。
捜索範囲を広げてみようと移動と探索を繰り返すが一時間経っても食用になりそうなものは見つからなかった。香料になりそうな花、薬用効果のある草や葉は豊富で、帰ったら調薬してみようと楽しみではある。
「あれ?」
そろそろ帰ろうかどうしようかと思っていると地面に綺麗な羽が落ちていた。
「クジャクの羽みたいな綺麗な色」
メタリックな輝きの羽は鳥の尾羽らしく長かった。
「レアマークがついているし…」
拾ってじっと見つめれば鑑定さんが詳しい情報を教えてくれる。
リクスールナの尾羽。
リクスールナは生息個体数が少なく、青風神の使いとも呼ばれている。この鳥のオスの尾羽は王家の正装装飾品として利用され、王族以外の利用を禁じている。
「…………」
俺はそっとアイテムボックスの中に収納した。また売れないものが増えてしまった、気がする。




