第14話
家を手に入れたことで興奮していたが、横になるとすぐに…気が付いたら寝てしまっていた。
布団の中でぬくぬくと寝たのが久しぶりだったせいだろう。目が覚めたら10時近くて、びっくりした。
「半日、無駄にした気分…」
起きてすぐ、ステータスカードで毎朝恒例の魔力量チェック。次のレベルアップまではまだまだ遠い。
のそのそとベッドから出て。部屋の窓から外を見る。川辺の素敵な景色が広がっていた。テント生活から別荘住まいに変わった住環境に、あらためてびっくりだ。
服を脱ぎ、下着を変えてまたまた同じ服を着る。肌着の厚みが変わっただけなのに、寒さを感じなくなっていた。下着を洗浄し、部屋を出る。1階へ降りてトイレ横のドアを開けると、思った通り洗面所だった。
「もしかして、水が出る…とか?」
蛇口のところが魔石になっていて、魔力を流してみれば水が出た。
「おおお…!」
ということは、キッチンも水回りが使えるのか! 急いで検証に行きたかったが、その前に洗顔だ。この世界に来てから初めて顔を洗った。これまでは湿らせたタオルで顔を拭くか、洗浄スキルで綺麗にするしかなったのだ。
「やっぱり水で洗うのはすっきりするなぁ」
洗顔フォームはなかった。代わりに石鹸らしきものがあったが、見るからに古くなっていて使うのはやめておいた。
「ここには鏡があるのか」
部屋に鏡がなかったから、この世界にはないのかと勘違いするところだった。
鏡の向こうの俺は大きくは変わらないが、少し変わったような気もする。のほほんと親の庇護のもと生きてきたのが、この世界に来てひとりぼっち。自分の命を守り抜く過酷な現実のなか生きてきたからかもしれない。目つきが少し悪くなっていた。
「いや、気のせいかもしれないけど鼻も少しほっそりして高くなってない?」
日本人顔が国籍不明な感じになっている気がする。よく見ると髪も黒っぽいけど真っ黒ではない。すごく濃いいこげ茶色? 遠目に見ていると黒髪との違いが分からないけどね。
「じー」
自分の瞳を覗きこむようにして確認すると、以前からこんな色だったっけ? という気がしてならない。確かに黒っぽいけど、焦げ茶にも見える。
視線を鏡から落として、気が付いた。
「これ、歯ブラシか…」
こっちの世界にも同じものがあった。考えることは同じということか。
さすがに他人の使い古しは使う気にならない。いつものように口の中を洗浄スキルで綺麗にして終わりにする。
隣のドアが気になるものの、空腹には耐えられずにキッチンへ移動する。
どこかに卵がないかと探してみたが、見つからず。牛乳もなかった。
小麦粉はあるが、パンもない。
「牛乳と卵と小麦粉があればホットケーキが焼けるかもしれないのに…」
いや、ベーキングパウダーがないから膨らまないか。
そういやまだ探していない場所があった、と椅子を足場にしてキッチンの上の棚を開けてみる。
「うわ、もったいない…」
三つ並ぶ瓶の中身はカビだらけのジャム。瓶は洗って再利用するとしても、中身は捨てて処分するしかない。
「あれ? ここにもマジックボックスがある」
一回り小さいが、食材が入っているかもしれない。
期待しつつ箱を取り出して、キッチンの作業台の上へ置く。蓋を開けてみると探していた牛乳と卵、パン、そしてクッキー、カップケーキなどのお菓子が入っていた。
すぐに食べられるものが見つかり、俺は大喜びで牛乳を飲み、パンを食べた。パンは少しパサついていて、素朴な味がした。
「でも、なんで?」
このマジックボックスが置いてあったのは、俺の身長ではつま先立ちでやっと届く棚の上。
ここのキッチンの主は可愛い奥さんだと思っていたけど、背が高い料理人の男の可能性が出てきた。
「ごちそうさまでした」
牛乳を入れていたカップと手を洗ってから、マジックボックスの中身をさらに物色する。
チーズ3種類、燻製肉も3種類。魚を加工したスモークサーモンっぽいものも入っている。
共通点は、なんだ?
小樽入りワインが20、麦酒の樽が1つあることに気が付いたところでひらめいた。
「お酒とそのおつまみ?」
にしては、卵と牛乳が一緒に入っていたわけが分からない。
「もしかして、食物アレルギーか?」
ここに住んでいた錬金術師が卵と牛乳アレルギー持ちで、勝手に食べないように料理人が隠していた、とか?
さっきのパンは鑑定せずに食べてしまって、もう残ってない。あれが卵と牛乳抜きのパンだったら決定なのだが、予測は予測のまま終わりにするしかない。
小さいコッペパン2つと牛乳だけでは足りないから、キノコスープと果物を追加する。俺のアイテムボックスの中に入っていたんじゃなく、この家にあった方の果物だ。
「似たようなものでも、味が薄いな」
向こうの大陸で収穫してきた桃の方がおいしかったから、食べるのをチェンジした。こっちの桃は後で砂糖を足してジャムにでもしよう。
高いところに隠されていた食材のマジックボックスは食材棚の下から3段目に置く。そこにあった調味料入りのマジックバスケットは4段目に移動。踏み台と取り出した食材の一時置き場用に、キッチンの椅子を一脚置いておく。
「さて、室内の探検に戻る前に外回りを確認しよう」
中も気になるが、外回りも確認しておきたい。昨夜はまだ夜目スキルもなかったから、全景が分ってない。家の中は外が暗くなってからでも調べられるが、外は明るいうちがいい。
玄関から出ると、ポスト…はどこにもなかった。郵便物が届く予定はないから、別にいいんだけど…。
3段の小さな階段を下りて左回りに回り込んで、家を外側から調べてみる。
リビングの壁、外には暖炉の煙突があった。
「なんだ、これ?」
その近くに両開きの扉がある。カギはかかっていなかった。
「マキ置き場か…」
残っているマキの量は5分の1ほど。この家があった場所がどこか分からないが、今後は俺がマキを準備しなくてはならない。冬になる前に…
「ってか、今の季節は春でいいのか?」
ひとりごとに応えてくれたのは世界基本知識さん。現在は四月三日で、季節は初春で合っているらしい。
こっちの冬がどれだけ寒くなるのか、雪が降るのかも分かっていない。
「今が春ならマキの心配は、当分しなくていいとして…」
さらにぐるりと建物の周囲を回ると大小の窓が二つ並んでいた。小さいほうはトイレの窓だと思う。
「これか…」
キッチンの裏手に小さな扉があった。ここからたい肥を取り出せるようになっているのだろう。
開けてみると土っぽいものが入った箱がある。これも前の住人が残したものだ。俺はまだ水分だけしか出していない。
野菜不足なうえに、飲む水分量も減らしていたからすっかり便秘になっている。
「嫌な臭いがしないのは助かるな」
まだ上までいっぱいになってないから、これはこのまま元に戻しておく。
ぐるりと外周を確認して気が付いたことがいくつかある。そのなかでも最大の謎は…外観と建物内の広さが合ってない、ということだ。特に2階がおかしい。外から見ていたら1部屋しかないように見えるのに、実際には3部屋もあるのだ。
錬金術師の家だから、不思議や謎が詰まっているのだろうか。考えても分からない。
分からないといえば、もう1つ。河原に建てたはずなのに、家の周り50センチくらいの地面が地面になっている。おかしなことを言っていると自分でも思う。だが、実際にそうなっているのだ。家の周りになかったはずの土の地面があり、家の基礎部分とくっついている。
整地した空地にこの家を召喚していたら、気づかなかったかもしれない。だが、俺が家を設置したのはゴロゴロとした岩が転がる河原だった。
「河原だと歩きにくいはずなのに、地面を歩いているように歩けてしまうんだから、不思議だ」
見れば見るほど謎が増える。
「確か、リビングの窓は大きかったよな」
今朝、外へ出ようとリビングを通った時に…外から光がたっぷり入ってきていたのを見ている。
「なのに、外からは窓がないように見える」
窓がないといえば、キッチンの窓も外からは見えなかった。キッチンにも窓があったはずなのに…。
「不思議だー」
謎には気が付いても謎ときはできない。謎は謎のまま残すことにして、家の中の探検に戻ることにした。
家の中に入り、まだ見ていなかった洗面所の横のドアを開けてみる。期待していた通り、ここは風呂場だった。
シャワーと、少し小さめだがバスタブがちゃんとあった。バスタブに入るときには足を少しだけ曲げればいいだけだから、不満を言うほどのことではない。
「あれ? ここにもドアがある」
リビングに戻ったところで気が付いた。
階段下の空間を物置にしているのか、パッと見た眼では分かりにくかったがドアがあった。
開けてみると、そこにも階段があり、下へと続いていた。
「いやいやいや…ありえないっ」
地下室なんて、あるはずがないのだ。だが、目の前には地下へと降りていく階段がある。
「えっ?」
地下室までくりぬいてそのまま移築させたら、普通…地下室が1階になって1階は2階になるでしょ。
河原を誰が掘り下げたというのさ。
「いやいや…おかしいだろ、これ!」
叫んだところで目の前の光景は変わらない。おっかなびっくり階段を下りてみると、地下には扉が4つもある。降りた位置とドアの向きが違和感だらけだ。一体いつの間に家よりも外側にはみ出した、部屋を作ったというのだろう。
「怖い…なにこの家。ビックリハウスを通り越して、ホラーハウスかも……」
何度も深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「よしっ、見ない方が怖い。いくぞ」
まず先に開いた右端の扉の向こうは倉庫だった。ベッドやタンス、机と椅子。ティーテーブルに小さな棚など予備と思える家具類。交換用と思うシーツや枕、ベットカバー。足元マットや丸めた絨毯、キャスター付きの鏡もある。嬉しいことに、食器類や新しい石鹸もあった。
「ここの石鹸はちゃんとマジックボックスに入っていて、良かった。キッチン用にひとつ貰っていこう。鏡は2階の寝室用に欲しいかな」
次のドアの向こうは何もなかった。ただ広い空間だった。
ありえないでしょというほど天井は高いし、広い。運動のためのスペースなのかもしれない。俺だったらそうする。
その隣の部屋は、鍛冶場だった。
「オカシイデショ」
なんで、ここに炉があるのか。こんなところで火を焚いてもいいのか。排気や換気はどうなっているのか。もう突っ込みどころ満載だ。
だが、ここを実際に使っていたのは間違いない。材料もあるし、道具もあるし、出来上がった製品もある。
「錬金術師って、剣も作るのか?」
作業台の上に片手剣が五本並べられていた。
近寄って鑑定してみると、その中の二本に「軽量」と「耐衝撃」の付与が付いていた。よく見ると、長さや厚み、身幅が少しずつ違う。
「素材は同じでも、刃の角度が少し違うし…手に持った重さも微妙に違う」
実際に手に持ってみると軽量の付与がある剣とない剣の違いは大きかった。
「持つだけなら持てるけど…これを振り回すとなると…」
疲れて、力が抜けそうだ。剣がすっぽ抜けるなんて、素人が一番やっちゃいけないことではないだろうか。
獣の討伐は魔法で遠距離攻撃。接近するのが怖いから、できるだけそのスタイルで行こうと思っているのだけど…場合によっては接近戦をしなければいけない、そんな時があるかもしれない。
「剣術スキルをとれば、俺も戦えるのかな」
異世界転移もので主人公が冒険者ギルドに登録し、生活費稼ぎに討伐を始めるパターンをよく読んだ。読んでいるときは頑張れ! 的な気持ちで応援しつつ読んでいたけれど…自分が実際にやるとなったら、出来る気がしない。
「いや、スキルがあっても筋肉がないとやっぱりダメでしょ」
剣を作業台の上に戻し、材料置き場へ向かう。精錬済みの鉄や鋼、粘土や木炭。それが何かということは鑑定で分かっても、これらをどうしたらよいのかの鍛冶スキルは俺にはない。
一通り見学して、部屋を出る。そして最後の部屋のドアを開けた。
「………」
まったく、予想しなかったものがあった。
普通、地下室にあるはずがないものだったからだ。
「どうやって、入れたんだ?」
いや、アイテムボックスがあればいける。俺はそれを知っているのに、向こうの世界での常識にとらわれてしまった。
「まさか、馬車があるとは…」
そう、博物館とかそんなところでないとお目にかかれないような立派な馬車が目の前にある。
さすがに馬はいないが…こんなものを利用していたなんて……錬金術師というのは地位が高いのか、それとも生まれが貴族だったのか。
「しかも、立派な馬車以外にも、もう一台ある」
質素な感じでグレードが落ちた馬車がもう一台奥にある。こちらはお忍びなどで使っていたのか?
高級馬車の方に乗ってみた。ソファの座り心地はなかなか良かった。しかも、家と同じで外から見た目以上に広い。
ありえないほど広い。
「こっちの空間。これ、ベッド代わりに眠れるよなぁ…」
ベッドルームと簡易キッチンとトイレまで完備されていた。コンパクトだけど機能的なクルーザーの中みたいに細かく設計されて設備が整えられている。これはもう…走る家、だよね。
「……はぁ」
妙に疲れた。地下室を出てキッチンへ戻ろう。何か飲みたい。
茶葉が捨てるしかなかったのは残念だ。この家を手に入れたことでいろいろなものが手に入ったから、ちょっぴり自分に甘くして、茶葉を取り寄せてもいいかもしれない。
「そうだ…ハーブティーならどうかな」
アイテムボックスの中に森で採集したハーブ類を入れていた気がする。さっそく料理スキルと鑑定を使えば、レモンに似た柑橘系の香りがするハーブティーを淹れることができた。
「なかなか、いいな、これ」
爽やかで、後味もすっきりしている。他にもハーブはあったから、次は別なハーブで試してみよう。
キッチンの蛇口から水が出ることも確認できたし、鍋で湯を沸かすこともできた。
「少し早いけど、夕飯を作ろうかな」
一度にたくさん作っても困らない。いつでも食べられる状態にして、アイテムボックスの中にしまっておけばいい。鍋の予備もあったし、食器も多い。焼き肉と野菜炒め、おにぎりをワンプレートに盛り付けて収納しておけば、あとは汁物を作るだけでいい。完璧だ。
刻んだジャガイモ、玉ねぎ、人参にキャベツ。ここになめこっぽいキノコを加えて煮る。ブイヨンはなくても、今日から味噌が使える。野菜たっぷりキノコいり味噌汁が完成したころには、もう匂いがおいしすぎて我慢できなくなった。味見とはいえない量の味噌汁を飲んで、ほっと大きく息を吐く。
満ち足りた…そんなため息に自分でもおかしくなる。
ご飯も炊いた。スモークサーモンを入れたもの、焼き肉を入れたもの、岩塩のみのおにぎりも追加で作った。小麦粉はあったが、パンを焼くのはまだ出来ない。作ろうと思えばレシピはいくつも思い浮かぶが、パンを膨らませるイースト菌がない。もしかして、まだどこかに食材が隠れているのだろうか?
この家のマジックボックスにないもの。イースト菌、豆類、キノコ類、茶葉、ジャム、マヨネーズ、酢、貝類、キュウリ、コーヒー、豆腐…などなど。挙げていけばきりがない。しかし、残念な気持ちよりも感謝の念の方が強い。
よくぞここまで在庫を残しておいてくれた。しかも大きいサイズのマジックボックス、複数に…と心から感謝している。
キッチンを後片付けし、2階の部屋へ移動する。日本にいた時だと、寝るまでの時間があっという間に過ぎて1時や2時まで起きていたこともあった。だけどこの世界では、早寝早起きが基本だ。シェルターもテントもなかったときは暗くなったら寝る生活に近かった。
召喚タイムのために頑張って起きていたけど…
転移門を移動したことで召喚解禁時間がまた夜中になってしまった。
思い切って、朝までずらす方がいいかもしれない。一度寝てから2時や3時と真夜中に起きるのはつらい。
「さてと、この世界で初めてのお風呂だ!」
着替えを用意してから、バスルームへ入る。ひとりしかいないのだから、どこで服を脱いでもいいのだけれど、やっぱり裸であちこちをうろうろするのは恥ずかしい。
先にバスタブに湯を張っておけばよかったと後悔したが、待つ間も惜しいのでシャワーを浴び、身体を洗っている間にバスタブに湯を張った。
「なかなかいいね、これ」
異世界の石鹸は悪くなかった。香りもほんのり、すっきりとしたミント系だった。ただ、リンスはない。明日の朝になったら、髪があちこち跳ねて広がっていたら嫌だな。
身体を洗って湯船に入る。「あぁ…」なんて声が自然と出てしまった。風呂はいい。やっぱり、控えめに言っても最高だ!
長風呂してしまったからか、風呂から上がった時には眠くて眠くて、たまらなかった。水を飲んで少し目を覚ましたけれど、それも長くは持たないだろう。
部屋に戻り、体操服を今夜からパジャマ代わりにする。歯磨き代わりに口の中を洗浄。少しだけ眠気が退いたが、ベッドの中に入るともう抗えなかった。
気が付いた時には朝になっていた。




