第13話
「……すげぇ、やった…。やっちまったよ、俺!」
本当に、家一軒。丸ごと召喚した。召喚できた。出来てしまった…。
自分がやったことなのに、しばらく茫然自失状態。
「…あ……」
焚火の上に家を召喚しなくてよかったと気が付いたのは、背後で燃え落ちる炭が崩れる音を聞いてから。召喚したばかりの家を燃やして消失って…どんな馬鹿だよ。やらずに済んでよかった。
焚火をしていたのは川側。家を出したのは森側。身体の向きを反対にしていたら、今頃号泣していただろう。自分の馬鹿さ加減に泣くしかなかったはず。
「やべぇ…良かった。良かったよ、バカやらなくて…」
月明りしかないから周囲は暗い。だから玄関先まで、河原の上を転ばないように慎重に歩く。
「玄関脇に椅子はない、か…」
ただしドア横に椅子が置けそうな広さはある。完全にリクエスト通りというわけではないということだ。
「…え?」
玄関ドアを開けようとして、静電気が走った。冬の乾燥した日に、ドアを触るとパチッと来るあれだ。
「この世界にも静電気はあるのか…ってか、川のそばで乾燥もしてないのに?」
※家主新規登録が可能なようです。
「へ?」
※どうやら、この家の前の持ち主は錬金術師だったようです。死去しても防犯機能が生きていたようですが、召喚により登録情報が新規状態になったと推察します。
と、全鑑定さんが教えてくれた。
「錬金術師? 新規登録?」
※ドアプレートに触れたままこの家を丸ごと魔力で覆うように、魔力を流してみてください。
「分かった、やってみる」
…と、その前にステータスカードが確認したら魔力がごっそり減っていた。しばらく意識が飛んでいたように感じたのは気のせいではなかったのだ。
アイテムボックスから回復ポーションを取り出して飲んでみる。すごくまずいことはないが美味しくもなく、どちらかと言えば飲みにくい。どろっとしていないのにごくごく飲めない。ちびちびと飲んで、飲み切ってしばらく待ってからステータスカードで確認するとちゃんと魔力回復していてほっとした。
「家を丸ごと覆うように魔力を流す…」
ドア中央に嵌め込まれた金属板に触るとまたパチッとしたが、我慢できない痛みじゃない。アドバイスに従って、家全体を魔力の薄い膜で覆っていくイメージで…優しく包み込む。
※もっと強く。従わせるように…
優しくではダメらしい。家を支配するようにやれってことか。ぎゅっと握りつぶすようなつもりで力をたたきつけると、何かが繋がるような感じがした。
※登録終了したようです。どうぞ、中へ。
促され、ドアに手を伸ばす。今度は静電気は発生しなかった。軽くドアノブをひねれば、扉が開く。中に入ると自動で明かりがついた。
「…………!」
すご過ぎて声も出なかった。目の前には俺がイメージしたものに近い間取りのリビングがあった。暖炉、カーペット…ソファはなかったがロッキングチェアとテーブルがあった。
天井を見上げれば、魔石でできたような照明器具があった。
一歩、二歩と部屋の中に進むと自動で玄関ドアが閉まり、びっくりして振り返る。
しばらく様子を窺うが、ドアが閉まっただけで何も起こらなかった。
リビングの隣はキッチンらしかった。こちらも中に入ると自動で明かりがつく。
「すごい!」
中に入って俺は思わず歓喜の声を上げてしまった。
必要なものがすべて揃っている。
リビングにも感動したが、キッチンの方はそれ以上だった。
3人掛けの丸テーブルは俺がイメージしたものとは違うが、キッチンには俺が望んだ広いシンクが付いている。野営コンロに似た2口コンロ横の作業スペースも広い。
前の持ち主は几帳面で綺麗好きだったらしく、キッチンツールや食器類も食器棚に綺麗に収納されていた。使いかけのものや出しっぱなしになったものなどなかった。
「鍋やフライパンも揃ってる!」
あちこちの引き出しや扉を開けて、確認してみる。どこを見ても歓喜の声しか出ない。
ここを使っていた人は料理が好きな人だった気がする。
この家は家族で住んでいたのだろうか。食器やカトラリーは3組ずつあった。
奥さんがいて、子供もひとりいたのかもしれない。
「そういえば、椅子も3脚あるものな」
キッチンの奥には大きめの棚があった。
棚の下2段には蓋つきの木箱が置いてあり、その上には蓋つきの小さなバスケットのようなものがひとつ置いてあった。
「根野菜が手に入ったら、ここに入れるとよさそう」
何気なく、一番下の箱を開けて驚いた。
「え……嘘だろ」
アイテムボックスを使ったことがある者にはすぐに分かる感覚。中に入っているものが一瞬で分かり、それを無意識に取り出すことができる感覚。見えていないのに、中のものの出し入れがスムーズにできた。
「時間が止まっているタイプか」
俺の持っているアイテムボックスほどの容量はなさそうだが…それでも結構多くのものが入っている。上の段の箱も開いてみると、中身が違うだけでどちらもマジックボックスだった。
「上が葉物野菜と根野菜と果物。下が魚と肉と小麦粉」
そう。なんと、欲しい食材がいっぱい詰め込まれていた。俺一人だと、たぶん半年くらいは持ちそうだ。いや、肉の量は二か月ほどでなくなるかもしれないけど…それでもたっぷり入っている。
「すげぇ、すげぇ、すげぇー!」
飢える心配がないどころか、これで食事に困ることはない。豊かな食卓。悠々自適な隠居生活がこれで可能になった。
これ、ホントに空き家? 空き家のはずだよな。
空き家を下さいってお願いしたはずだ。
「どうして空き家になったのか分からないけど…誰か分からないけど、前に住んでいた人ありがとう!」
こんなにもいっぱいのものを残してくれて。家や家財道具だけでも感激なのに、食料は本当にありがたい。食事がとれないと生命の危機に直面する。
食材箱に感激していたが、その上のバスケットを開けた時には激震が走った。
「マジか…!」
こちらはなんと、調味料入れになっていた。もちろんこちらも時間停止機能付き。
岩塩、海水塩、白コショウ、黒コショウ、砂糖、ザラメ。味醂代わりか料理酒代わりか、アルコール度数が低い酒が二種類。魚醤っぽいものも二種類ある。これらの違いは使えばわかると思う。
ウスターソースと分類してもいい、いくつものスパイスを加えた果実ソース。スパイスも五種類ほどある。そして、なんと味噌っぽいものまであった。そう味噌があったのだ!
鑑定してみると麦に似た植物を発酵して作られたものだと分る。名前はヤーユル。うん、覚えた。
俺が召喚で取り寄せようとしていたのは大豆味噌。無意識に味噌イコール大豆味噌とイメージが固定されていた。だから召喚しようとしてもできなかった。
でも、麦味噌もどきでも味噌は味噌。これは大切に使おう。なくなりそうになったら、今度はヤーユルと指定して召喚する。絶対に召喚する。
あまりにも味噌に執着していたからか、世界基本知識さんがここから最も近いヤーユルの生産地を教えてくれた。
「大森林を抜けてから半年ほど歩いて移動した先か…。トウトワ村。うん、絶対にそこには行く」
それまでに大豆を手に入れる。そして、その村で大豆を材料に変えた味噌を作ってもらう。豆味噌ゲットという夢というか、目標が一つできた。
日本にいたときは、ここまで味噌汁が飲みたいと思うなんて予想もしなかった。母が毎日、夕食に味噌汁を作ってくれていたのを当たり前のように飲んで大きくなってきた。
食事に味噌汁がなくなって5日ほど経った頃から、物足りなさを感じるようになった。食事の量が少ない不満や食べられる種類の少なさのストレスや不安を、感じていないようにごまかしてきた。おにぎりや肉、果物が食べられていなかったら、もっと早くに食への不満が爆発していた。
「もしかしたら、日本人は米と味噌でできているのかも…」
自分で言ってて笑ってしまった。昔の人だったら、これに梅干しが入っていたかもしれない。
「探索の続きに戻ろう」
バスケットが置かれた棚の上には小さな壺も並んでいた。その壺は陶器製の普通の壺で、中身は茶葉だった。他の壺も鑑定してみる。
すべて普通の壺で中身は種類が違うもののすべて茶葉だった。時間停止機能のあるマジックバスケットに入れていないということは、このぐらいの茶葉は品質が落ちる前に使い切ってしまうという判断だったのだろう。
以前の持ち主がいなくなってからどのぐらいの時間が経過したのか分からないが…鑑定結果では茶葉の品質は破棄を推奨されるほど劣化していた。残念だが、仕方ない。むしろ、茶葉以外の食材をマジックバスケットに入れておいてくれてありがとう、だ。
「あれ? そういえばバターとか油類がないな」
食材棚にはなかったので、キッチン下の扉をもう一度開けてみた。
「こっちは鍋やフライパンだっただろ。こっちは…そういや、開けてなかったか」
思った通り、別のマジックボックスが置いてあった。植物油、バターやラードなどの動物性油、蜂蜜もあった。そしてどうしてなのか海藻までここに収められていた。
海藻から出汁をとるから調味料に近い、と考えたのか? 油と一緒に分類されていたわけは分からないが、ここにあることが分かっただけでもありがたい。
キッチンを調べるだけでもかなりの時間がかかった。リビングへ戻り、キッチン隣のドアを開けてみると…トイレだった。
「こっちの世界でも座るタイプなのか。水洗ではないんだろうけど…」
下はどうなっているんだろうと覗いてみるが、真っ暗な穴が見えるだけだ。
ぽっとん式なら床はなく穴が開いていて、地面に掘った床下に貯める…ようになっているのではないだろうか。
これまでは、大自然が俺のトイレだった。お帰り、文明開化。さよなら、野生児よ。
「トイレのシステムはどうなっているんだ?」
この世界に来てからずっと家のトイレを使える環境になかったから、疑問も持たなかった。今更な質問になってしまったが、この世界のトイレ事情を世界基本知識さんに聞いてみた。
すると、ここのトイレを調べていたのか、少し間が開いてから答えが返ってきた。
※キッチン側に生ものを処理するダストボックスがあります。トイレの排出物の処理と合わせて、たい肥に変換する魔力紋と魔石が働いています。
俺はキッチンに戻ってみた。するとトイレと接している方の壁側の床に、なるほど細長い箱が置いてあった。
箱の蓋を開けてみるがこちらも真っ暗で、中に何か入っているのかいないのか何も見えなかったし、変な臭いもなかった。
※外からたい肥が取り出せるようになっているはずです。調べるのは明日、明るくなってからにしてはいかがでしょう。
時間のことに注意を向けられ、時計スキルで確認すれば、現在深夜。もう寝ていてもおかしくなかった。
「仕組みは分からないけど、トイレもキッチンのダストボックスも、両方使える状態?」
※問題ありません。
じゃあ、早速トイレを使ってみよう…とトイレに行って解放感。あ、トイレットペーパーがない。と、前の世界なら慌てただろうが今の俺には洗浄スキルという便利なものがある。
トイレから出る前につい習慣で手も洗浄スキルで綺麗にしてから、気が付いた。トイレを済ませた直後に全身を洗浄スキルで綺麗にしていたから、トイレを出るときにはもう手を洗う必要はないのに…身についた習慣というものはなかなか変えられない。
「二階はどうなっているのかな」
そろそろ寝室がどうなっているのか確認したかった。
階段を上がると廊下になっていて、部屋に続くドアが3つあった。
一番手前を開けてみるとアタリ。ベッドが置いてある寝室だった。ざっと中を見て隣へ。こちらは錬金部屋というのか、いろいろな道具が揃った作業部屋だった。本棚もあり、興味をひかれたが詳しく調べるのは明日にした。
最後の部屋も確認すると、こちらにもベッドがあった。この家は2人暮らしだったのかもしれない。3つめの椅子や食器類は予備か来客用だろう。子供がいた気配は今のところない。
部屋は2つあったが、最初の部屋の方が主寝室っぼかったからこちらを自室に決める。
「ベットはいいとして、布団ぐらい洗浄しないと……さすがにそのまま使うのは嫌かな…」
念入りに羽根布団や枕を洗浄し、部屋全体にも洗浄スキルをかけてみる。少し埃っぽかったのがすっきりした。
いつでも眠れるようになったところで、一安心。そして、はっと気が付いた。
「まだ、家しか召喚してない」
素敵な家が手に入ったことに浮かれていて、残りの召喚スキルを使わずに寝てしまうところだった。ヤバいヤバい。もったいないことをするところだった。
「えーと、えーとなんだっけ」
あ、そうそう。いま着ている服が薄手だから、もう少し暖かい服が欲しかったんだ。
服、と思ったところでタンスに視線が吸い寄せられた。中を確認してみると、白っぽいローブやマント、シャツやズボンなどの衣類、ブーツも入っていた。
「古着、だけど…妙に新しい感じ」
オーダーメイドというか、生地の手触りなどからも高そう…と思ったところで鑑定スキルが働き、それの正体が分かった。
「これ、マジですごいやつじゃないか」
汚れ防止の付与は当たり前という感じで温度調節、サイズ調節、耐衝撃ってどんだけすごいんだよ、って服ばかりだった。
「錬金術師さん、マジ、ありえない。すごすぎ」
だけど、これだけモノがいい服は俺には似合わない。一般人が着る服じゃないって、すぐにバレる。
とりあえず、普通の着替え一式…まだ肌寒い春先にも着られる服一式、十代後半男子Мサイズでお願いします。【召】!
またしても袋入りで現れ、俺はほくほく顔。
「あれ?」
中を確認してみると、ブーツが入ってないなかった。今回は一式の中にブーツが含まれなかった。がっかりだ。
「しかもこれ、古着じゃないみたい」
いや、古着なのかもしれないが、新しかった。色褪せもないし継ぎ当てもない。というか生地がいいし、デザインも少し凝ってる。
裕福な商人とか、下級貴族の子供が着ていてもおかしくないような…
「やっちまったかも…」
そういえば、と思い出す。今回は古着で、というお願いが抜けていた。無意識に思い浮かべていたのは、向こうの世界でよく着ていた量販店の服。焦ってお願いごとをすると失敗するという例になってしまった。
あと二回取り寄せできるが、新たに古着をリクエストするより先にやらなくてはいけないことがある。それに、厚手の生地の肌着は古着を上に着てしまえば、モノがいいか悪いかなんて分らなくなる。
「一度深呼吸して…」
次に欲しかったスキルはなんだったっけ。
どうやって手に入れたらいいのか分からない錬金スキル、付与スキル、暗視スキルにこの世界の言葉の読み書き…いや、話す能力も忘れてはいけない。日本人が英語の発音を苦手としているように、読み書きできても話せなかったら…口がきけないふりをするしかなくなる。
そういえば、作業部屋には本棚があった。読む力がなければ、せっかく本を見つけても何が書いてあるのか分からない。
よしっ。この世界に生きる人々の言葉を話して、書いて、読んで…えー読解力、理解できるスキルをください!【換】!
無反応ではないからうまくいったと思う。
念のため、ステータスカードで個人情報を確認してみる。
「ギフト【全人語】…」
スキルではなく、なぜかギフトになっていた。なぜかというより、やっぱりという感じか。
もしかしたら…と予測していた。この世界の人にはこの能力は必要ない。というのも、生まれてから成長する過程でこの世界の人々は自然と身に着けていくからだ。
次は暗視スキルが欲しかったがどうすればいいだろうと考えていると…世界基本知識さんがナイスなアドバイスをくれた。
※ダイアウルフの目を変換してみてはいかがでしょう。
ダイアウルフ…そうか、ウルフ。夜行性だ、あいつらは。
シェルターに移動し、ダイアウルフを一匹出す。陰竜の骨をスキル変換したように、ダイアウルフを解体することなく、目に意識を集中する。
ダイアウルフの目を暗視スキルに変換してくださいっ! 【換】!
ささっとステータスカードで確認。無事に暗視スキルの記載が増えていた。
「良かった。上手くいった…」
これで無事、今日の召喚タイムは終わり。さっさと寝よう。
シェルターから寝室に戻る。パジャマなんてないから、服を着たままベットに入る。




