第12話
転移門がある洞窟を出て、すぐに気が付いた。
「ここ、空気が薄い。高い山の上にいるのか?」
見渡す限り、どこにでもありそうな森の景色が広がっている。ただ、向こうと違って針葉樹林の森だった。一本一本の木が軒並み高いせいで、空が遠く、隙間から差し込む光はわずかで薄暗い。
この辺は平地のように見えるが、もしかしたら山の尾根あたりにいるのかもしれない。
落葉樹の森と違って落ち葉は少なく、大木と大木の間の間隔は広い。日陰を好む草がまばらに生えているだけで非常に歩きやすいし視界も通りやすい。木の幹や倒木、岩の上などに苔があちこちに生えている様はとても風情がある。
歩いていくうちに、非常にゆるやかな下り坂になってきた。
「これで石畳みの道が続いていたら、熊野古道そっくりだ」
適度な湿気があるせいか、森の中を吹き抜ける風は涼しい。昨日までが初秋としたら、こちらは初春という感じだ。前日との気温の差は10度近くあるだろう。
綺麗な苔に目が止まり、驚いた。小さな星マークがついていた。
「あれ? なんだこれ」
※鑑定で詳細を見なくても一目でわかるよう、レア素材には黄色の星マークをつけておきます。
「おぉおお…」
全鑑定さんが貴重な素材だと分かるように星マークをつけてくれたらしい。進化モードだ。
いや、鑑定スキルは進化しないらしいから、これまでにもやればできたのだろう。
※周囲10キロ範囲内に危険な魔物が存在しないことを確認しています。
なるほど。そういうことか…
向こうだと、恐竜をはじめとする危険な生き物がうろうろしていた。採集よりも逃げる、あるいは討伐優先だった。それでも、果物やら貴重素材やらあれこれ教えてくれていたけれど…あれでも遠慮モードだったらしい。
苔をじっと見るとさらに詳しい鑑定結果が出る。
モレアルスの苔。
魔力に富み、薬効向上の働きに優れている。上級ポーション向き。レニンラードの大森林に自生する希少な苔。
「なるほど…」
ここは大森林、レニンラードらしい。
「それじゃあ、採集するか」
さっきまでは風情があると喜んでいた俺が急に環境破壊者になる。だがさすがに根こそぎ…という気にはならない。苔を採集するのは半分くらいでやめておく。
「あ、これも星つきか…」
転移門の位置を知る者はほとんどないと聞いていたが、この辺りは貴重な素材の宝庫だった。苔の種類だけで7種類。キノコが5種類。シダのような植物が2種類。ハーブみたいな野草や小さいカタクリみたいな花や、野生の蘭の花。地図スキルと全鑑定の黄金コンビが次々と採集するべき植物を教えてくれる。
途中で水飲み休憩を入れ、マップで危険な生き物がいないかどうかを確認してみる。
「やっぱりいない、よね?」
そうなのだ。洞窟を出てからすでに3時間が過ぎているというのに、地図には赤マークがひとつもない。時々鳥や虫がいる気配はあるが…とても静かだった。
水飲み休憩のつもりだったが、早めの昼食にする。
「ここだと、外で肉を焼いても大丈夫そう」
少し迷ったが、最小限の荷物だけ広げて焼き肉をしてみた。何度も何度も地図スキルで周辺を警戒しつつの焼き肉だったが…結局、食べ終わって後片付けが終わっても異変はなかった。
このあたりは安心安全な場所、ということかもしれない。
「近くに川でもあれば、しばらく住んでみてもいいかも…」
周囲で最も高い木の、ぎりぎりまで登って、周囲を見てみる。
どんなに目を凝らしても、木々が連なっているだけで川らしいものは見えない。
「遠視スキルとか、暗視スキルとかも欲しいな」
※大まかな表示になりますがグラニアス大陸北東部、マルマレーリン地方の地図を案内しましょうか?
世界基本知識さんが声を掛けてくれた。
「ということは…ここって、グラニアス大陸北東部、マルマレーリン地方?」
俺の地図スキルは警戒すべき生き物の位置情報や貴重植物情報などを教えてくれる、非常に優秀なスキルなのだが、範囲が10キロ四方という制限がある。だから、知りたくても10キロ圏外の情報を提示することはできない。
一方、世界基本知識さんは知識として広域地図を教えてくれることができるみたいだ。
「俺が今いるのはどこ?」
尋ねると脳内に広がった地図に緑色のピンがたつ。
「川のある場所は分かる?」
※残念ながらレニンラード大森林内の情報は不明です。実際に現場を歩くことによって地図スキルに情報が蓄積されます。
「そっか…」
木から降りて、周囲を見渡す。
移動して、10キロ圏内に川があれば地図スキルが位置を教えてくれるはず。
ここから南側、80キロぐらい先で森が途切れて草原になっていた。西側は百キロぐらい先で森が終わっている。崖になっているのか、森の先はいきなり海になっていた。東側と北側はまだまだずっと先まで森が続いている。
「なるほど…西側は海なのか。じゃあ、このあたりの村と街の位置は?」
こちらは地図情報があるだろうと思って訪ねてみると、南側に形を変えた逆三角ピンがたった。
人口の違いを示しているのか、3種類のピンがある。村は小さく、町は中くらい、都市のピンは大きい…と、ひとめで分りやすい。
「しばらくは森の中に隠れ住むとしても…ずっとテント生活というのもどうなんだろう」
シェルターに入ってしまえば安心安全だといっても、一日の使用制限がある。
「森の中に、使われなくなった隠れ家でもあればいいんだけど…」
そんな都合のいい場所はないか。
※持ち主がいなくなった空き家を召喚するのはどうでしょう。
「!」
家を…丸ごと召喚、する? そんなこと、出来るのか?
欲しいといえば欲しい。すごく欲しい! そんなことができたら、森の中だろうが河原だろうが…どこでも住みやすくなる。
向こうの世界でも空き家問題がニュースになっていた。こちらの世界でも、持ち主がいなくなった家があるかもしれない。いや、あると思う。
「それ、やってみよう!」
※具体的にどんな家がいいのか決めておくことをお勧めします。
「なるほど。単に空き家というだけでは対象を絞り込めなくて困るよな」
なんだかワクワクしてきた。
「そうとなったら、やっぱりこの辺で川を探そう!」
飲み水には困っていないとはいえ、トイレを流す水…は水魔法で処理できるとして…叶うなら風呂も入りたい。毎日洗浄スキルで服も身体もきれいにしているが、やはり風呂に入った時のような疲労回復は望めない。
南へ行くか西へ行くかで迷って、海に近い西側へ足を向ける。崖から海に降りる場所がなければ意味はないが、うまく海へ降りることがあれば海産物が手に入る。
1時間ほど歩いて移動したところで木の植生が変化していった。
スギやヒノキっぽい木が生える間隔が広くなり、その間に背丈の低い木や落葉樹がひょろひょろと隙間を埋めるように生えている感じだ。
針葉樹のみの暗い森から、陽が差し込むハイキングに適した気持ちのいい森に変化した。
混合林に変わると、木と木の間隔が狭くなってくるから歩く速さも自然とゆっくりになる。
花や実がついた背の低い木に視線が引き寄せられ、採集でも始めれば移動速度は停まる。
「もしかして…」
気になった木に近寄って鑑定してみると、やはり椿の木だった。厳密にいえば、椿っぽい木だ。正式な名前は別にあるが、翻訳変換すると椿になっている。
「確か…椿の実からオイルがとれるんだよな。道具があれば、の話だけど」
そう思ったところで薬師スキルが働いた。
「マジか…」
薬師スキルでオイルが抽出できるらしい。スキンケアクリームのレシピも頭の中に浮かんできた。
これはもう、採集するしかない。ってことで採集だ。良質な植物オイルはシャンプーや石鹸にも利用できる。もちろん、傷薬にも使える。
この世界、ポーションがあれば刺し傷切り傷裂傷も治せるらしいとんでもない世界だが、決してお安いものではない。擦り傷や小さな切り傷程度は塗り薬の傷薬で対応するのが一般的だ。
「他には…もうないか」
思いがけず寄り道してしまったが、川探しを再開。さらに1時間が過ぎるころ…念願の川を見つけた。地図スキルの端に川が表示されたのだ。
一直線に移動していると、いきなり足元が斜面になっていた。慎重に、5メートルほどの落差がある斜面を下りていく。もちろん、下りながらでも採集したい素材が見つかれば、採集優先になる。
「あった…」
川幅1メートルぐらい、深さも膝下ほどしかない小さな小さな川だ。
この川をさらに下流に下っていけば川幅は広く、深くなるのに違いない。
大きな岩がごろごろ連なる川べりを下っていく。どのぐらいの時間が過ぎたのか、川の流れが速く急になるとともに、片方が崖のような高さへと変わっていた。
「この辺の景色って、昔行ったことのあるキャンプ場みたい」
崖の反対側のこちらは水の流れもゆるく穏やかで、開けた河原になっている。もし、本当に空き家が手に入れば、ここに設置できるだけの広さがある。
森の中だと、木を切り倒して切り株を起こし、平らに整地しなければ家は建てられない。
野営テントでは結界付きはなかったけど、この世界の家の防犯はどうしているんだろう。木の柵や塀で囲うしかないのかな。
※一般市民の家は柵と塀のみです。
世界基本知識さんが教えてくれる。
※貴族の館は守衛のほかに、訓練された犬や家狼が侵入者対策に飼われていることもあります。
家狼! 家畜化され、人に飼われている狼がいるのか。
※大錬金術師クラスの者なら防犯のため、ガーゴイルを使役することもあります。
「ガーゴイル! すごい!」
家狼もガーゴイルも俺には無理だから、時間の余裕ができたら塀か柵で家を囲うことにしよう。
家を設置するだいたいの場所を決め、まずはステルステントを出す。今日の移動はここで終了だ。休憩したら夕飯の準備をしよう。少し早いが、今夜からスープつくりに挑戦する。
「えーと…材料は…」
まな板に食材を出して並べていく。スープの素みたいな便利なものはないし、味噌もないから、作れるのはキノコスープだけだ。
ニラやほうれん草っぽい葉っぱ数種類とキノコを刻んで煮る、塩コショウで味付けして終わり。それだけ。玉ねぎやジャガイモ、ハムやベーコンなどがあればよかったんだけど…ないものは仕方がない。せめて、焼き肉でボリュームを出そう。昼も焼き肉をしたけど…他に食べるものもない。
料理スキルが泣くようなメニューだが、文句を言ったら罰が当たる。お腹いっぱい食べられるということはとても贅沢なことだと今なら思う。
スープの味はいまいちだが、キノコのおかげで食べられないことはない。肉とご飯だけでは栄養が偏るから、明日以降もこのスープは飲むことにする。
ゆっくり食べて終わってもまだ周囲は明るい。
夕刻になり、さらに気温がぐっと下がってきている。昨日までとは季節が逆戻りした感じで、着ている服が薄く、寒く感じる。
料理は野営コンロを使ったが、寒さ対策で石を組み枯れ木を使って焚火をすることにした。
石は河原に転がっているものを並べて、枯れ枝は森の中を移動中に拾っておいたものを使う。笹の葉や竹の切りくずもアイテムボックスから取り出して炊きつけにする。
着火は野営用キッチンツールに入っていた魔道具でいけた。十五センチくらいの長さの棒に魔石が一つついている魔道具で、魔力を流せば棒の先から小さい炎が出てくる優れものだ。
「明日から、レア素材だけでなく枯れ木も拾って補充するようにしよう」
焚火で暖をとりながら、この後の召喚タイムのことを考える。
希望する空き家はベットルーム、キッチン、暖炉付きのリビング、薬作りに使う仕事部屋、トイレ、できれば風呂付きの二階建てがいいな。あんまり広すぎると掃除が面倒だから、2LDkか3LDkくらい。風呂はシャワーのほかに足が延ばせるくらいのバスタブがあれば最高なんだけど…シャワーだけでもありがたい。
他には春先に着るような、もう少し暖かい古着一式が欲しいな。柵や塀を作るとしたら、斧やのこぎりなどの大工道具も必要になってくる。あ、くぎがないと組み立てできない。地面に固定するため、地面を掘って穴をあける必要もあるからその道具も欲しい。
んー、こうして欲しいものを考えてみると道具類が全く足りない。しかし、道具を揃えたところで素人に作れるものだろうか。これまで一度もDIYしたことがない。テレビ番組で芸能人や芸人が作っているのを見たことはあるが、あれだっていろんな道具や材料を駆使していた。道具も材料もない素人の俺には、柵作りだってハードル高すぎる。
「焦っても仕方ないけど、まだまだ足りないものだらけだ」
道具だけでなく、欲しいスキルもいっぱいある。人語スキルはいつどうなるか分からないから早めに修得しておきたいし、夜間の移動の可能性を考えると暗視スキルも欲しい。今は水魔法だけだけど、他の魔法も便利そうだから欲しい。鋳造スキルに付与スキルも手に入れて隠密アイテムを作りたい。隠密だけでなく、便利なアイテムがあればそれも作りたい。作れるスキルが欲しい。
解禁タイムまで待つのがつらかった。夜は早めに寝るというリズムが身についてきたのかもしれない。眠い…
「眠いけど…、気合をいれるぞ」
寝る前の召喚タイム。気合を入れて欲しい家のイメージを…しっかりとした設計図を描くように頭の中に思い浮かべる。
外見は森の中に似合う三角屋根の二階建て。好きなアニメで見たようなレトロな家。玄関までは三段くらいの上り階段があり、玄関扉横にはポストがあり、ロッキングチェアが置いてある。丸いアーチの扉を開くと、暖炉のあるリビング。落ち着いた雰囲気の絨毯とソファ。となりのキッチンには四人掛けのテーブルがあり、ここで食事を摂る。。キッチンは広いシンク付きで食器が洗いやすい。トイレが1階と2階にあると最高。風呂場はシャワーと足を延ばせる大きさのバスタブ付き。二階に続く階段の幅はあまり狭くないものがいい。俺のベットルーム、薬作りに使う仕事部屋、倉庫もそれぞれあると便利かも。
イメージをこれでもかというほど膨らませ、願いを込めて祈る。願う。
安心安全に過ごせる、丈夫で居心地のいい家が欲しい。もう持ち主がいなくなった空き家をどうか。俺にください!【召】!
ものすごい反動が来た。
頭が真っ白になり、しばらく意識が飛んでいた…気がする。




