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第9話 端末必須と手動復旧

「……アルテック・コーポレーション。未確定ID受け入れ。仮登録から本登録へ。安全な居住区をご提供します」


フウが、シンクラウンジで見たページを丸暗記したみたいな口調で繰り返した。


ユウは頷きながら、拠点の通路を歩いていた。

夜は明るい。明るいから逃げ場がない。

それでも歩くしかない。


ナギに話す、と決めたのはユウだ。

けれど話すほど、逃げ道が減っていく気がした。


「アルテックに行くのか」


水の配給所の近くで、ナギが言った。

声は低い。質問というより確認だ。


ユウは息を吐いた。


「……候補の一つ」


「候補が増えると、死ぬ」


ナギの言葉は簡単だった。簡単で、現実だった。


ユウは拳を握る。

候補を増やさないと、生きられない。

でも候補を増やすと、選べなくなって死ぬ。


矛盾の中で生きるしかない。


「三日で仮登録が切れる。保証人もいない。……だから、道筋が必要」


ユウが言うと、ナギは一拍だけ黙った。


その間に、ユウのポケットの会員カードが微かに熱を持った。

《次回招待:本日 24:00》

マーケット区画。担当:ルカ。


ユウは無意識にカードを握りしめる。

握りしめても消えない。ログと同じだ。握っても残る。


ナギが言った。


「アルテックは“優しい顔”をしてる。だから危険だ」


「分かってる」


「分かってないから、ここにいる」


その言葉に、ユウは反論できなかった。


レンが口を挟む。


「ただ、アルテックは選択肢としては悪くない。NSD対策基準を満たす区域を持ってる。男を管理するのも上手い」


“上手い”。


怖い単語だ。

人を管理するのが上手い、ということは、逃げられないということだ。


ミサが腕を組む。


「でも行くには紹介が必要。案内サポート法人もあるけど、監査ログが残る。仮登録で触るとすぐに目を付けられる」


ユウは頷いた。


「だから……試験があるなら、試験で入るのが一番“正規”だと思った」


「正規」


アキが鼻で笑った。


「正規って言葉、まだ信じてるの?」


ユウは言い返せない。信じてない。

でも、正規じゃないと自分は死ぬ。


未実装。男。身分なし。

正規ルートを使わないと、どこかで矛盾が爆発する。


ナギが短く言った。


「行くなら、明日だ。夜に動くな」


ユウは一瞬だけ口を開きかけた。

夜。24:00。ルカの招待。


でも、ナギに言うべきか迷って、喉に引っかかった。

言えば止められるかもしれない。止められたら、次の手が減る。


ユウは結局、言葉を飲み込んだ。


「……分かった」


ナギがユウをじっと見た。

見透かされた気がした。でもナギは何も言わない。


その沈黙が、逆に怖かった。


翌朝。


拠点の門の外に出るための手続きは、拠点に入るときより簡単だった。

出ていく人間は、減るからだ。


《外出申請》

《行き先》

《目的》

《帰還予定》


ナギが淡々と書く。ユウは横で黙っている。


「“アルテック案内窓口”に行く」


ナギが係員に言うと、係員は目を細めた。


「仮登録を連れて?」


「探索帰りの同行者だ」


「……責任は?」


「私」


ナギが即答する。


係員は嫌そうに舌打ちして、ゲートを開けた。


ユウは外へ出た。

外気が冷たくて、肺が痛む。

拠点の内側の“明るさ”が背中に残る。振り返ると、壁が高い。高すぎる。


(戻るのは簡単じゃない)


外に出た瞬間、拠点の制度から少しだけ離れた。

でも離れた分、別の危険に近づく。


ナギたちは四人だけ同行した。

ミサとフウは拠点に残る。フウの腕が完全じゃないからだ。


「アルテックは近いの?」


ユウが聞くと、レンが答える。


「近くはない。ただ、案内窓口は“外縁”にある」


外縁。

企業都市の“門前町”みたいなものかもしれない。


道中、怪物には遭遇しなかった。

怪物がいないのではなく、遭遇しないルートを歩いているのだと分かる。

ナギたちの足取りは迷いがない。危険を避ける動きが、体に染み付いている。


ユウはその背中を見ながら思った。


(俺は一人じゃ無理だ)


昨日、銃犬で思い知った。

今日もそれを思い知る。

足元のひび割れ一つで転ぶ自分は、たぶん外で一人なら死ぬ。


だからこそ、今のうちに“居場所”が必要だ。

住所。登録。住民票みたいなもの。


そういうものがないと、情報収集どころじゃない。

生存が詰む。


そして、居場所を得るには協力者が必要。

協力者を得るには、価値を示す必要がある。

価値を示すには――試験だ。


ユウは自分に言い聞かせるように、歩いた。


外縁の窓口は、想像と違って“ちゃんとして”いた。


バラックではない。

簡易プレハブでもない。

ガラスと金属で組まれた小さな建物。入口に監視カメラ。

門のようなゲート。そこに文字が浮かんでいる。


《ALTEC OUTER DESK》

《受験・登録案内》

《同期:推奨》

《武器携帯:申告》


「……企業の匂いがする」


アキが吐き捨てる。

嫌悪というより、警戒だ。


ナギが言う。


「ここから先は、私たちも“客”だ。変に動くな」


入口に係員がいた。

人間だ。若い女。制服。端末の板。笑顔。

笑顔が、仕事の笑顔で、逆に怖い。


「こんにちは。本日はどういったご用件でしょうか」


声が丁寧すぎて、ユウはミオを思い出した。

同じ温度。同じ言い回し。

“弊社”。


ナギが答える。


「受験案内」


係員がユウを見る。


「受験者様はどなたですか?」


ユウの喉が鳴る。

ここで声を出すだけで、男っぽいとバレるかもしれない。

でも黙っていたら、怪しまれる。


ユウはなるべく柔らかい声を作って言った。


「……私です」


係員が微笑む。


「承知しました。仮IDと同期端末を提示してください」


ユウは首のタグを見せ、腕の貼付端末を差し出した。

係員の板が光る。


ピッ。


一瞬だけ、係員の目が止まった。

でも笑顔は崩さない。


「……未確定識別ですね。問題ありません。受験は可能です」


“問題ありません”という言い方が怖い。

問題があるから、言うのだ。


「ただし、ITエンジニアコースは体内端末の同期が必須となります」


ユウの背中が冷たくなる。


(来た)


係員は続ける。


「探索者コースは貼付端末でも受験可能です。どちらをご希望ですか?」


ユウの脳内で、二つのコースが並ぶ。


探索者。

外に出て、戦って、稼いで、生きる。

危険。でも自由。


ITエンジニア。

中に入って、ネットに触って、旧文明のデータに触れる。

安全。でも端末必須。端末がない自分には地雷。


そして、思う。


(え? 両方できないの?)


現代の感覚だと、複数スキルは武器だ。

でもここでは、部署で切る。権限で切る。

役割で人間を分ける。管理しやすくするために。


ユウは一歩、踏み出せずにいた。


係員が、優しい声で言う。


「迷われていますか? 簡単にご説明します」


係員の板に、図が出る。


《探索者コース》

・フィールド適性

・危険回避

・連携

・応急処置

・最低限の同期(位置・生存確認)


《ITエンジニアコース》

・ローカルネット業務

・旧ログ解析

・復旧・保守

・セキュリティ遵守

・体内端末による常時同期(効率化・自動化)


「IT業務は体内端末に接続していただいた方が効率的です。手が塞がらず、考えずに操作できる。……弊社はそれを前提に業務設計しています」


係員の言葉が、ゆっくりユウの胸に刺さる。


考えずに操作できる。

それは、人が“考えなくていい”ように設計された世界だ。

考えなくていい。つまり、従うだけでいい。

従うだけなら、管理しやすい。


ユウは喉を鳴らした。


(俺は、端末がない)


だから、ITコースは受けられない。

普通なら、ここで終わりだ。


でも、終わりにしたくない。


ユウは、係員に言った。


「ITコース……体内端末がないとダメなんですか」


係員の笑顔が少しだけ硬くなる。


「はい。業務上の理由と、セキュリティ上の理由です」


「業務上?」


「端末同期による権限管理、監査ログ、手順の自動化です。端末がない場合、事故や不正のリスクが高くなります」


(不正のリスク)


つまり、信頼できない存在だと言っている。


ナギが横から言った。


「端末がないやつでも、動ける人間はいる」


係員がナギを見る。


「……例外はありますが、原則は必須です」


例外。

その単語に、ユウは食いついた。


「例外って……どんな」


係員は少しだけ間を置いて言った。


「旧規格の解析部署、オフライン復旧班などは、例外枠があります。ただし――」


係員は板を操作し、別の画面を出した。


《特例試験》

《OFFLINE RECOVERY》

《端末同期:なし》

《監査ログ:100%》

《常時監視:あり》


ユウの背筋が冷たくなる。


常時監視。

監査ログ100%。

首輪だ。首輪が見える形で出ている。


でも――それでも。


「受けたいです」


ユウが言うと、ナギが一瞬だけ目を細めた。

止めない。止めないのが、ナギの答えだ。


係員が頷く。


「承知しました。では共通試験から開始します」


共通試験室は、白かった。


壁も床も白い。机も白い。

そこに座ると、自分が汚れているのが目立つ。


受験者は十数名いた。

ほぼ全員が女。

男は見当たらない。

それだけで、ユウは「自分が異物だ」と再確認させられる。


試験官が入ってくる。

制服。端末板。冷たい目。


「共通試験はコンプライアンス、規約遵守、NSD対策、端末取り扱い、機密保持を問います」


その説明だけで、ユウは胃が痛くなった。

ここは会社だ。会社としての顔を守るために、人を選別する。


端末板が配られる。

画面に表示。


《同意しますか?》

《監査ログに保存されます》

《虚偽申告は保護手順の対象です》


また同意。

またログ。


ユウは、指を震えないようにしながら同意した。


問題が始まる。


「未確定IDの扱いについて正しいものを選べ」

「同期ログの保存期間は何日か」

「NSD対策区域で禁止される行動はどれか」

「旧文明製データを持ち込んだ場合の申告先はどこか」


ユウは、答えを“推測”した。


この世界のルールは、合理性より“管理”を優先する。

安全より“責任の所在”を優先する。

個人より“システム”を優先する。


だから、答えはだいたい一番厳しいものだ。


保存期間は長い。

禁止は多い。

申告先は上層。

未確定IDは保護対象だが、保護は拘束だ。


ユウは、2030年の記憶の中で散々見た“コンプラ問題”を思い出していた。


会社は責任を取りたくない。

だから規約で縛る。

縛って、同意させる。

同意したら、責任は利用者に移る。


ここでも同じだ。

ただし、ここでは責任の移転が命になる。


共通試験が終わると、受験者は二つの列に分けられた。


探索者コース。

ITコース。

そして、ITコースの中に、さらに小さな札が置かれている。


《OFFLINE RECOVERY 特例》


ユウはそこに座った。


周囲にいるのは三人だけ。

女二人と、年上の女一人。

全員が端末を持っているのに、特例枠にいる。つまり、何か事情がある。


ユウは息を吐いた。


(俺だけじゃない)


少しだけ救われる。

でも救われた分、怖さも増える。

例外は、例外だから目立つ。


試験官が来た。


「オフライン復旧班の試験は実技です。端末UIは使用できません。権限もありません。ログは紙で残します」


紙。


その言葉に、ユウは胸の奥が熱くなる。

紙のログ。手書き。マニュアル。


旧文明だ。

少なくとも自分の知っている世界に近い。


試験官が続ける。


「課題:遮断されたローカルネットの復旧。原因切り分け。最低限のサービス再開。制限時間は四十五分」


壁の向こうに、機械室のようなブースが見える。

そこには端末のUIが映っているが、全て赤くエラーが出ている。


《同期エラー》

《権限不足》

《システム停止》


受験者たちがざわついた。


女二人が、小声で言い合う。


「同期できないと何もできないじゃん」

「権限ないって、無理じゃない?」


年上の女が舌打ちする。


「これが特例の現実よ」


ユウは、逆に落ち着いていた。


(同期できないなら、同期しない手順でやるしかない)


それが自分のいつものやり方だ。

趣味でAIをいじっていた頃も、上手く動かないときはログを追って、原因を切り分けて、最小構成で再現して、潰していった。


ユウは、試験官に言った。


「チェックリスト、ありますか」


試験官が眉を動かす。


「……紙の手順書はある」


試験官が紙の束を渡してきた。

ユウは受け取り、ざっと目を通した。


《電源確認》

《配線確認》

《ルータ状態》

《DNS/DHCP》

《ローカルサービス》


基本だ。

基本が書いてあることに安心する。

基本があるということは、誰かが同じ失敗を何度もしたということだ。


ユウはブースに入った。


まず電源。

ランプは点いている。落ちてはいない。


次に配線。

一本だけ、抜けかけている。

差し直す。


端末UIを見る。まだエラー。

当然だ。差し直しただけで治るほど甘くない。


ユウは次に、ルータの実機を見た。

表示が点滅している。異常ランプ。


「……ログ、出せないのか」


端末UIは権限不足。

なら、実機のログを見るしかない。


ユウはルータの側面にある小さなポートを見つけた。

紙束の中に、旧規格の接続手順がある。


コンソールケーブル。

机の下に、道具箱。入っている。

繋ぐ。

端末ではなく、古い小型の画面付き端末に文字が出る。


(……生きてる)


ログが流れた。


《LINK DOWN》

《ROUTE CONFLICT》

《ADDRESS DUPLICATE》


重複。競合。

DHCPが死んでいるか、複数の配布元がある。


ユウは配線図を紙で確認し、最小構成にする。


「外部と繋がる線、抜く」


外部接続を切る。エアギャップ。

内部だけで動かす。


これなら競合が減る。

危険も減る。

でも、会社は嫌うやり方だ。同期が切れるから。


ユウは、内部のDHCPを一度止め、固定IPで最低限のサーバに繋げた。


画面のエラーが、一つ消える。


《DNS復旧》

《ローカルサービス:一部再開》


「……いける」


ユウは、紙のチェックリストに手書きで記録する。


・外部線遮断

・ルート競合解消

・固定IPで最小再開

・段階復旧へ


周囲の受験者が慌てている声が聞こえる。


「え、何それ……」

「端末使えないのに、どうやって……」


ユウは答えない。答える余裕がない。

時間は四十五分。段階的に戻さなければならない。


ユウは外部線を一本ずつ戻し、競合する配布元を見つけた。

古い機器が勝手にDHCPを配っている。

たぶん誰かが手動で繋いだ旧機器だ。


ユウはその機器の配布を停止する。


すると、UIが一気に緑へ寄った。


《ローカルネット:復旧》

《サービス:再開》

《監査ログ:作成》


試験官がブースに入ってきた。


無言で、ユウの紙ログを手に取る。

目だけが動く。

行ごとに確認していく。


試験官が顔を上げた。


「……端末なしで、ここまで復旧させた?」


ユウは頷いた。


「端末がないとできないなら、端末が落ちた瞬間に詰むので」


試験官の口元が、ほんの一瞬だけ動いた。

笑ったのか、笑いそうになったのか分からない。


「……君のやり方は遅い。しかし、強い」


遅い。

強い。


その評価が、妙に胸に刺さった。


「端末社会の“速さ”に逆らうのは、会社にとっては面倒だ。だが、必要な時がある」


試験官が続ける。


「合格だ。ただし――特例採用になる」


ユウの喉が鳴った。


「特例……」


試験官が淡々と言う。


「監査ログ100%。常時監視。業務範囲はオフライン復旧・旧規格解析に限定。居住区は与えるが、契約で縛る。……同意できるか」


同意。


また同意だ。


でも、今度は押すボタンが見えている。

押した瞬間、首輪がかかる。


ユウは一瞬だけ迷い――答えた。


「同意します」


そう言うしかなかった。

住所が欲しい。居場所が欲しい。生きたい。


試験官が頷く。


「面接へ進め。次の部屋だ」


ユウはブースを出た。


廊下の窓の向こうに、探索者コースの実技が見えた。

射撃、連携、応急処置。

ナギたちが生きている世界だ。


ユウは、一瞬だけ思う。


(両方できないのか)


でも、両方できたら管理できない。

管理できないものは排除される。

この世界はそういう世界だ。


ユウは面接室の前に立ち、深呼吸した。


扉のプレート。


《OFFLINE RECOVERY / LEGACY》

《面接》


扉が開いた。


中にいたのは、女だった。

年齢は分からない。目が冷たい。

でもその冷たさは、ナギの冷たさとは違う。

もっと制度の冷たさだ。


「座って」


ユウは座った。


女が言う。


「君は端末がない」


ユウの心臓が跳ねた。


(バレた)


でも女は淡々と続ける。


「端末がないのに、復旧できた。それは価値だ。だが同時に、危険だ」


危険。

またそれだ。


女が画面を見て言う。


「君は“未確定識別”。年齢十三。保護対象」


ユウの喉が鳴る。


女が、ゆっくり顔を上げた。


「質問。君はここで何が欲しい」


ユウは即答できなかった。


欲しいものが多すぎる。


記憶。

住所。

安全。

自由。

そして、男だとバレないこと。


ユウは、言える範囲で言った。


「……居場所が欲しいです。登録。仕事。……それがないと、すぐ詰むので」


女が頷く。


「正直だね。ならこちらも正直に言う。君に居場所を与える代わりに、君は我々の規約に従う。逃げれば追う。違反すれば隔離する」


淡々とした宣告。

脅しじゃない。契約だ。


ユウは、胸の奥で何かが凍っていくのを感じた。


それでも、答えた。


「……従います」


女が、少しだけ目を細めた。


「いい。特例採用で仮契約。試用期間は七日。居住区の“外縁”を与える。夜間外出は不可。同期は不要だが、紙ログは必須。監査は常時」


ユウは頷いた。


首輪が増える。

でも首輪が増えないと、生きられない。


女が最後に言った。


「ひとつ確認。君は本当に端末焼損か」


ユウの背中が冷えた。

ここで嘘が崩れたら終わる。


ユウは頬の傷に触れそうになって、止めた。


「……はい。覚えてないけど、そうだと思います」


記憶喪失。

それは嘘の逃げ道でもある。

使いすぎたら、自分が空っぽになる。


女は数秒、ユウを見て――頷いた。


「分かった。……君のような“規格外”は、管理が必要になる。覚えておけ」


規格外。

管理が必要。


その言葉は、合格の言葉より重かった。


面接が終わり、外に出ると、ナギたちが待っていた。


ナギが言った。


「どうだった」


ユウは息を吐いて答えた。


「……通った。特例で」


アキが眉を上げる。


「ITで?」


「オフライン復旧班。端末なしでも動ける枠」


レンが低く笑った。


「なるほど。そこなら生きるかもな」


ナギは、ユウの顔をじっと見て言った。


「首輪が増えるぞ」


ユウは頷く。


「分かってる。でも、住所が手に入る」


ナギは短く言った。


「住所が手に入ったら、次は“自由”が欲しくなる。欲しくなったら、また危険になる」


ユウは返事ができなかった。

もう欲しくなっている。自由も、記憶も。


ユウはポケットの中で、ルカの会員カードを握りしめた。

熱がある。まだ消えない。

拠点のログも、企業のログも、カードのログも、全部が繋がっていく。


(無料の代金は、後から来る)


自分の中で、何度目かの警告が鳴った。


空の向こうに、アルテックの壁が見えた。

拠点よりも整っていて、もっと高くて、もっと静かだった。


あそこに入ったら、生き延びる確率は上がる。

でも、自分の自由は減る。


ユウは、拳を握った。


生きるために、首輪を受け入れる。


そう決めた瞬間、貼付端末が小さく振動した。


《通知》

《外部会員証連携:更新》

《担当:ルカ》


ユウの背中が冷えた。


(つづく)

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