悪女リノア
セイヤの顔を見た瞬間、私は心がズキリと傷んだ。こんな感情なんていらない。私は……感情を捨てきれなかった。『感情破壊スキル』が使えなかったんだ。
「人が多いですわね。ジン、あなたはセイヤと決闘をしたいのでしょ? なら、私はその女の決着をつけますわ」
その女……ピオネがセイヤに守られながらも私をまっすぐに見つめ返していた。なんの苦労もしらないただの顔が良いだけの小娘。……私が先に好きだったセイヤを独り占めした女……。許せるわけもない……。
「ジンッ! リノアッ!」
「セイヤ様、大丈夫です。私はこの人に負けません」
天才と言われる才能、『成長スキル』で三年分の力を先取りした魔法の技術。そして――寿命と引き換えに使える魔女の力。この皇都、ひいては帝国でさえ私に勝てる存在はいない。そう自負している。
「待てよ、お前と決闘してやるよ。……この屋敷の裏に闘技場があるんだぜ。付いてこい」
「ふふ、懐かしいわね。夏休みにここでよく遊んだわね」
「無駄話はいいだろ。先生、遅れるなよ」
セイヤもピオネもジンの態度に戸惑っていた。実際、私もそうだ。ジンはなぜ雰囲気が柔らかくなったのだろうか?
懐かしいコバ屋敷をぞろぞろと歩く。一度だけ来たことがあった。その時はリオナがいない時だったけど、来賓としてこの屋敷に泊まったんだ。
「先生……一体、これは……」
「君たちに判断に任せます。もしも、ジンと決闘したくなければ、私が全力で抗いましょう」
「いえ、俺はジンと戦います」「私もです」
「よろしい……、ではあなたたちも着いてきてください」
屋敷の裏にはスモモの木が実っていた。スモモの匂いが一面に広がるこの場所は私の記憶を刺激する。スモモは大好きだ。甘いモノは大好きだ。私は初めて食べて「リンゴ飴」を思い出してしまった。今思うと全然美味しくなかったのに、あの時はすごく美味しく感じられた。
「どうした、リノア。懐かしいのか?」
「ええ、とても懐かしいですね。死期が近いと昔を思い出すらしいですわ」
「はは、違いねえ」
ジンと私が闘技場の舞台の上に立つ。私たちは理解している。自分たちがわがままで、悪女、悪人と言われる存在だと。そんなことはどうでもいい。だって本当のことだもん。そうしなければ、この国の平和が成り立たない。そうしなければ、この国の未来を見据えられない。
ジンが私の手を握った。私の中の真っ黒な「呪い」がジンへと移動する。
『呪い? はっ、かっこいいじゃねえかよ。てめえは今日から俺の相棒だ。その力を半分よこせ』
『寿命が短くなる? どうでもいい、そんなもの願いを他の奴らに託せばいいんだ。それよりも現状を動かす大きな力が必要だ。リノア、俺に付いてこい』
『ははっ、確かに俺様は皇帝の器だ。だがな、それはリノアの呪いで強化された俺だ。本質的には俺は皇帝にはなれない。凡人は自分のことを一番理解している』
ジンの手をぎゅっと握りしめた。私は悪い女。だって、ジンが私の呪いを半分引き受けるって言った時、喜んだ。私は十代で死ななくても良くなった。寿命をジンとわけることが出来た。ただただ、喜んだ。喜んだあとに――自分の浅ましさに悲しくなった。そんな後悔も一晩経てば忘れてしまう。私はそんな反吐が出るような性格の女だ
変わりたい、でも人の本質は変われない。
「リオナお兄様、決闘の立会人をお願いしますわ」
「……本当にやるんですか? あなたはこの国の英雄です。ですから――」
英雄なんてだいそれたものじゃない。私は……ただの『悪女』。お兄様を騙して、養ってもらおうとした時から変わっていない。
あの女が前に出てお兄様の手を掴んでいた。私はそれを見て、なぜか嫉妬の炎が心に渦巻いた。
「大丈夫です、リオナ先生。私、先生から魔法剣士の全てを教わりました。だから――絶対に負けません」
私はこの子から似たような力を感じ取った。成長スキルで得た力……でも、何か違う。あれは三年間の成長を得られる本だったはず。
「ジン、子供みたいなことはやめてくれ。なぜそこまで俺に固執する? 俺が一体何をした?」
「……天才には一生わからねえよ。さっさと構えろ。ぶちのめして言う事を聞かせてやる」
ジンのコンプレックスは私にはわからなかった。だって私の呪いがなかったらジンは本当の強者には絶対に勝てない。でも、ジンが弱いのは別に構わない。私が強くなればいい、それだけ。それに、ジンはカリスマがあって、私よりも全然頭が良くて、どんなことでもできる。……力が強いだけよりもよほど羨ましい。
ジンはプライドのせいで心を拗らせてしまった。
でも――私も同じなのかも知れないわね――
私は自分で嫌な女と理解している。生まれた時から性格が悪かった。どんなことをしても自分以外を蹴落としても、絶対に生き残る、そういう思いで私は生きてきた。
だから、あの魔女が私にお兄様を殺させようとした時、我慢ができなくなった。
兄様を利用して、媚を売って生き残ろうとしたのに、自分をよく見せるために、お兄様を散々利用してきたのに……最後の最後で自分の心を殺すことが出来なかった。
お兄様が塔の屋上から身を投げだした時――、私は後悔と絶望が襲いかかった。だってあんなのは私が望んだ未来じゃない。使えないお兄様は私の横に置いて、どんなことがあろうと、私が守ろうと思った。だって、愛しているお兄様なんだから……。
身体が引きされるような痛みを感じた。何度も感情破壊スキルを使おうと思った。でも、これを使ったら――感情がなくなって、あの魔女の言いなりになって、もっと後悔する。そう思った時、私の手が血の染まっていた。
セイヤが舞台に上がる。私は少し悲しい気持ちになった。セイヤは私にとって、特別な人だった。
「ジン、もう一度言う。お前は何をしたいんだ?」
「……そうだな、面倒なことは全部しまいだ。てめえをここでぶちのめす。それで鬼ごっこの終わりだ」
――私はお兄様を失くした代わりに、セイヤと出会った。始めは、興味もなかった。でも段々とセイヤが異常だと理解できるようになった。どれだけ辛い目にあおうが、心が折れなかった。私はすごく不思議だった。
セイヤが心を失うたびに、私はセイヤに惹かれていった。
私は理解した。セイヤは私と同じ「感情破壊スキル」を発動させることができる天賦の才を持った選ばれし人間だと。
私は感情を破壊出来なかった。もしかしたらセイヤなら……。そう思って期待していた。心が壊れて感情がなくなったセイヤとずっと一緒に――
でも、この女が全て奪い去った。私はピオネを強く睨みつける。
「リノア様……、あなたはなぜ私をそんな目で見るのですか?」
全部全部、この女が悪いんだ。感情がなくなったセイヤを私が引き取って、婚約をして……、皇都で二人で暮そうと思っていたんだ。
私はずっとセイヤを見てきた。知らず知らずのうちに私はセイヤを愛するようになっていた。
セイヤがこの女が愛を育む姿を見ていたら――自分の心が壊れそうになった。
あの時と同じだった。後悔がずっと頭に付きまとう。私がもっと普通にセイヤと接してれば。私がもっと本気でセイヤにアプローチしていれば。私がマシマ家に直談判して、セイヤを婚約者にしていれば……。
「ひぐ、ひっぐっ……。わ、私は……、なんで、いつも……、ひっぐ……」
「リ、リノア様?」
お兄様が訝しげな顔で私を見ていた。私に感情なんてない。みんなそう思っている。
……違うの。私は……凡人が、ただひたすら努力をしただけ。あの成長スキル本に出会った時からそう。あのくそったれなレティ家の牢獄をお兄様と抜け出して、いつか二人で――
「ジンッ、あなたはセイヤと決着をつけるのよ。私は――、この小娘に身の程を弁えわせるわ」
私は英雄なんかじゃない。ただの悪女リノアよ。
あなたは私の愛した人から愛情を受けている。それが――、それが許せないだけなのよ!
本当なら、ドレスを切り裂きたかった。本当なら、あなたを殺したかった。でも……それだとセイヤもお兄様が悲しむのよ! この怒りをどうすればいいの? 分かってるわ、私のただの我侭だっていることを。私が女神様の罰を受けているっていることを――
あの女が私に剣を向けて言い放った。その構えはセイヤにそっくりであり、お兄様の面影も垣間見えた。
「――公爵令嬢ピオネ・カーマイン、あなたの決闘を受け入れます。いざ、勝負――」
私は嫉妬に狂いそうになって頭に血が登った。
「感情を破壊したフリなんて馬鹿なことはもうやめよ。肥大する英雄像を守るのなんて馬鹿らしい。私は稀代の悪魔、魔女レティの名を次ぐ、稀代の悪女リノア・レティよ」
腰から剣を抜こうとした時――あの女の姿が見えなかった――気がついた時にはあの女が私の背中を取った――
8月1日に発売される書籍板の3巻、1幕2幕は、WEB板に比べて雰囲気がかなり違います。スローライフっぽい感じではありますが、読みやすくなっていますし、ほとんど書き下ろしました。
3幕は書籍版の初稿の前の原稿しかないので、設定に齟齬があります。語られていない話が沢山あります。
WEBに乗せるか迷いましたが、雰囲気を感じ取っていただければと思います。
よろしくお願いします!




