凡人
おかしい? 俺はセイヤと対峙して剣を構えていたはずだ。なのに、俺は皇都の屋敷いるように思えた。
「あなたは優しい男になるのよ。……お父様は無口だけどちゃんとあなたの事を見ているからね。ジン、だからお願い――私は――」
大好きな母様が消えていく。母様、俺は約束を守れなかった、ごめんなさい……。
俺はマシマ家の三男として生まれた皇子だ。程々に強い魔力と同年代よりも優れた体格、人並み外れた知性を宿していた。でも、それだけだった。
同年代の周りは全員バカだと思って過ごしていた。上の二人は魔法バカなだけで直情的で扱いやすい男だった。
一番警戒すべき男は四男のクレハだけだった。あいつだけは別格だった。……母様にそっくりなところもムカつく。魔法も力も人徳も全て持っている男だ。
「ジン兄さん……、母様、大丈夫でしょうか?」
三つ下のセイヤは俺にとってどうでもいいガキだった。魔力が弱く、魔法もろくに使えない。そのクセ妙な正義感をかざそうとしてくる。きっとこの先痛い目をみる。セイヤと話すとイライラする。なぜならこいつは俺が嫌いな親父にそっくりだからだ。
「知るかボケ。てめえは魔法の練習でもしてろ」
そうやって蹴飛ばした覚えがある。そうだ、セイヤは俺にとってただの虫けらだった。なのに、どんどん俺の理解の範疇を越えていくようになった。
母様が死んだ。最後にセイヤが抱きしめていた。俺は母を抱きしめたくても抱きしめられなかった。抱きしめるのが恥ずかしい、ただのガキの意地だった。弟たちの前でいい格好をしたかっただけだ。泣かずに母様を見送る。ポッカリと胸に穴が空いた。その頃からだ。俺が愛情というものがわからなくなった。
そんな時、俺と同じよな目をした――リノアと出会った。
目の前が壊れた水晶みたいザザザッと砂嵐が吹き荒れる。はっ、と我に変える。
俺は闘技場の壁に叩きつけられていた。……リノアの呪いを半分奪い取って、寿命と引き換えに得た力が? 強烈な劣等感と嫉妬心に頭が支配されそうだった。だが、俺の取り柄はクールな頭だ。
「……ジン、もうやめよう。これ以上は無駄だ」
なんでそんな顔で俺を見る。てめえの同情が一番腹が立つんだよ――
武力でセイヤには勝てない。たとえ自分が呪いで強くなったとしてもそんなことはわかっていた。
そもそも寿命と引き換えに強さを得る必要なんてない。強い奴を金で雇えばそれでいい。
セイヤみたいな奴は、卑劣な手段を使えばいいんだ。目の前で大切なものを壊せばいい。それだけでこいつは泣き叫ぶ。
女子供を傷つけられない中途半端な剣士だから、リノアに戦わせればそれでいい。
だから、俺が戦う必要なんてない。必要なんてないのに……、俺はなぜ剣を握っているんだ?
ゆらりと立ち上がる。ふらつく足を両手で支える。頭がガンガンする。
俺はセイヤが嫌いだ。本気で俺を殺そうとした弟が嫌いだ。分かってる、俺がアイツの大切なものを壊した。自業自得だ。
かろうじて顔を上げると、リノアが吹き飛ばされているのが見えた――ありえない、あのリノアがただの令嬢に負けるわけないだろう? 俺が唯一、信じられるんのはリノアの強さなんだ。
「……化物め」
セイヤはピオネの方を一切見ていない。なんだそれは? 信じ合っているのか? てめえはリノアとの結婚の約束を忘れやがったクセに。ガキの冗談だと思っていだろ? 冗談なんかじゃねえんだよ。このバカ野郎が……。
リノアのことを考えると、なぜかわからないが身体が動いた。俺は常に怒りを抱えている。親父に、セイヤに、クレハに……不甲斐ない自分自身に――
「……ジン、立つな」
――心臓がドクンと跳ね上がる。心の内から声が聞こえてきた。『駄目ですわ、ジン、これ以上私の力を使っちゃ駄目……でないとあなたが――』と。
俺とリノアは文字通り、心が繋がっている。呪いの影響で遠くに居ても言葉がわかるんだ。
相手に感情がわかるわけじゃない。それでも――俺だけがリノアと繋がれて嬉しいんだ。
『うるさい、リノアは俺様の言う事を聞いていればいいんだ。どうせ時間がない。俺達の目標を忘れたのか?』
『忘れるわけないわ。……セイヤを皇帝にするわ』
俺たちには『時間』が無いんだ。悪手でも、非道と言われても――自由都市にとって、最善で最良の未来を作るために リノアの「未来予測」と俺の「真贋」スキルが導き出した答え。
『セイヤを皇帝にすることが、自由都市皇国にとって最善の未来』
だから、俺は手を伸ばす。
「俺は……お前が必要なんだ」
セイヤを皇帝にするために――
リノアの呪いを俺が全部受け持って、リノアの寿命を伸ばしていつか、セイヤの隣に立たせるために――
セイヤの心がどうなろうとどうだっていい。邪魔する奴らは排除する。それが俺の短い人生の役目だ。
伸ばした手は、セイヤには届かない。力尽きるように俺は地面に倒れた。空を見ていた。あの日の空と同じ雲一つない綺麗な青空だった。
セイヤのぬいぐるみと引き裂いて、教室をめちゃくちゃにし、親父に叱られた夕刻。野原で寝ていたら、いつの間にかリノアが横にいたんだ。
『……風邪ひきますわ。さあ帰りましょう』
はっ、感情破壊したと嘯いている癖に、俺が力を使うと陰で泣きやがる。俺の寿命を奪う癖に、俺の身体の心配をして、無意識に優しくしようとしてくる。
……俺が、俺が……、お前がいると、俺は弱くなるんだよ……。
俺は空に掲げた手を握りしめた。
「うるせえ……、ここが俺の分岐点なんだよ。……セイヤ、俺が勝ったら、俺の言うことを聞きやがれ」
「ジン兄さん……」
はっ、久しぶりじゃねえか、俺のことを兄さんって呼んだのはよ。てめえはいつもいけ好かねえ。虫唾が走るぜ。――だから、地べたに這いつくばれ――
俺の身体から真っ黒な闇が湧き上がり、身体中に這いつくばる。それは「呪い」の力であり……俺のわがままな意思力だ。
脳裏にリノアの姿が浮かんだ。感情破壊したなんて嘘吐きやがって……、そのせいで俺は、お前に惚れても諦めていたんだぞ? この悪女め。セイヤに恋しているなんて俺にはバレバレだったぞ。
「ははっ、マジでムカつく男だな……。じゃあな、クソガキ」
全ての指示書は金庫に残してある。なら、俺の仕事はここでセイヤに勝って、アイツの心と行動を奪い取ることだ。
『ジンッ! 馬鹿なことはやめて! また次が――』
――次なんてねえよ。あばよ、泣き虫リノア――




