私は、私らしい生徒会長に
『私の真似をする必要はない。キミはキミらしく、キミのやりたいように努めればいい。そうすればきっと、周りも付いてきてくれるだろう』
『だとしても、前任者が偉大過ぎることには変わりありませんが……。精一杯、頑張ります』
『ああ。なにかあったら、いつでも彼らを頼るといい。校内にこそいられないが、私のことも頼ってくれ』
『ありがとうございます、先輩。改めて卒業、おめでとうございます』
『ありがとう。後はキミに託したぞ――玲』
『はい。任せてください!』
× × ×
なんて、自信満々で答えたのはいいけれど。
実際、生徒会長になってから約半年――
自分の仕事ぶりに満足できたことは一度もなかった。
周りは評価してくれているし、頼ってくれていることは理解している。
先生たちもちゃんと褒めてくれるし……。
私自身、みんなの模範として恥ずかしくないように努力はしているつもりだ。
でも、やっぱり。
星那沙夜という存在は、いろいろな意味でとんでもなく大きくて。
――『星那はとんでもなかったからなぁ。でも月ノ瀬、お前はそれを習う必要はないぞ』
――『星那先輩すごかったよねー。あ、でも月ノ瀬さんも十分すごいと思うよ!』
――『君は本当によくやってると思うよ。あの人がおかしかっただけだって』
ほかの生徒や先生からそんな言葉を聞かされるたびに、否が応でも前任の存在感を見せつけられる。
悪気があって言っているわけじゃない。
言葉通りの意味だって分かっている。
学校中の生徒のフルネームを覚えて、いろいろな部活動や委員会にも顔を出して、他校との交流も深める。
学業も運動も常にトップを維持していて、気さくで話しやすい頼れる生徒会長。
それこそが、去年まで私たちを引っ張ってくれていた『星那沙夜』だったから。
どうしても、比較からは逃れられないわけで……。
だけど、挫けたことはない。
これは私が自分の意志で選んだ道だから。
むしろ明確な壁があるほうが、より自分を成長させられるってことでしょ?
「――徒会長さん?」
少しずつ、確実に。
焦る必要なんて……ないんだから。
「生徒会長さん……!」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと考えごとをしちゃってたわ」
「大丈夫ですかー?」
「ええ、大丈夫よ」
名前を呼ばれたことで、私は考えごとを頭から振り払う。
いけないいけない。
一人じゃないのに、つい考えにふけってしまった。
改めて、今の状況を整理することにしよう。
まず時間は放課後で、ここは生徒会室。
晴香たち他の生徒会メンバーは別件で席を外している。
室内にいるのは、向かい合うように座る私と、二年生の女子生徒の二人だけ。
ではなぜ、私が生徒会メンバーではない女子生徒と、こうして話をしているのかというと――
「それで『相談』の続きなんですけどー」
相談。
生徒会長になってから、いろいろな生徒たちがここに来て、こうして『相談』を持ちかけてくる。
これは星那先輩の代もそうだったようで……。
通常の生徒会業務以外にも、生徒たちのお悩み相談を受けるのも会長の仕事のひとつらしい。
……といっても正式な仕事ではなく、いつの間にかそうなってしまったらしいけれど。
「たしか……恋愛相談でいいのよね?」
「そうですそうです!」
そして、今回のお悩みは定番の『恋愛相談』。
なんとも女子高生らしい相談内容だ。
……定番ではあるけれど、私にはちょっと荷が重いのもまた事実。
だって私、恋愛経験少ないのよ……?
絶対もっと相応しい人いるわよね……?
という私の胸中など知る由もなく、女子生徒は表情豊かに話を続ける。
「去年から好きだった男子が、今年から違うクラスになっちゃって……。最近、知らない女子と話してるところをよく見るんですよぉぉ!」
「あら……それは心配ね。その男子とは元々仲良かったの?」
「良かった! ……と、思います。委員会とか一緒でしたし、趣味も合うから話も弾むし……一応今もメッセージのやり取りは続いてますから!」
「へぇ、完全に関わりがなくなったわけじゃないのね」
メッセージのやり取りが続いているのなら、十分脈ありっぽいけれど……どうなのかしら。
「でもー、でもー! やっぱり心配なものは心配っていうか……! 私の乙女心が警報を鳴らしてるんですよぉ!」
大げさに身振り手振りをして、不安な気持ちを全身で表現している。
なんだか……うん。
このテンション感といい、話し方といい……。
どこぞの元気過ぎる後輩を思い出すわね。
「私どうしたらいいですか!? もっと気にせずグイグイいったほうがいいですかぁ? それとも耐えて耐えて……ここぞってときに一気にアピールしたほうがいいですか!?」
本人からすれば、とても大切な悩みなのだろう。
好きな人がいる気持ち、とか。
自分以外の女子とも仲が良い気持ち、とか。
どうするべきか悩む気持ち、とか。
そういった恋愛にまつわる『気持ち』は、私もよく……分かるから。
「そう……ね。私は恋愛経験が少ないから、ちゃんとしたアドバイスができるか分からないけれど……」
せっかく、私を頼ってここまで来てくれたのだ。
適当な返事なんてできない。
……そもそも、適当な返事をするつもりなんてないけどね。
「まず、その男子に好きな子がいるのかどうかって分かってる?」
「それは分からない……です。私の気持ちがバレちゃいそうで、聞けなくて……」
「なるほどね。聞けないということは……アナタ自身、関係性が変わることに対して若干の恐怖心があるってことかしら?」
「えっと……はい。ちょっと……怖くて」
「そんなにシュンとしないで。普通のことだと思うわ」
ふふっと微笑み、私は首を振る。
「恋愛だけじゃない。どんなことでも『変わる』ってことは大変よね。だって『その先』が分からないから。怖くて、不安で仕方ないもの」
一歩踏み出したとしても、その先がどうなるかなんて分からない。
分からないことは……怖い。
恋愛でも。
それ以外でも。
変化というものには、不安が伴うものだから。
「生徒会長さんも……そうなんですか?」
「もちろんよ。怖くてずっと逃げてた時期だって、私にもあるのよ?」
「うそ……。ぜ、全然想像できない……」
関わることが怖くて。
知られることが怖くて。
偽りで自分を覆い、逃げていた。
その経験がある私だからこそ、話せることを。
私だからこそ、伝えられることを。
この子に、話そう。
「アナタがその彼と特別になりたいのなら……。まずはその『変化』と向き合うところからじゃない?」
「変化と……向き合う……?」
「努力すればその恋は絶対に報われる――なんて、無責任なことは言わない。誰であっても、どんなに頑張っても……報われないときもある。傷つくこともあるわ」
最終的に『その椅子』に座れるのは、ただ一人。
選ばれる者がいれば、選ばれない者もいる。
恋とは――そういうものだから。
それでも、みすみす諦めて後退りをするなんてことは……してほしくない。
「だからまずは、変化と向き合ってみなさい。アナタが笑う結果になっても、例え泣く結果になっても……『その先』を強く望むのなら。その覚悟ができるのなら――」
この子には、笑顔になれる可能性がある。
今ならなんだってできる。
「全力でぶつかりなさい。その彼に……そして自分自身にも。自分が好きなこと、相手が好きなこと、いろんなことをいっぱい共有して、時間を共にして……」
「時間を共に……」
「そして、アナタが『絶対にここだ』って思うタイミングで、想いを伝えるの。そのタイミングがいつなのかはアナタにしか分からない。だって告白は、誰かに言われたからするものじゃないでしょ?」
「生徒会長さん……」
「……私ね、アナタみたいに元気で真っすぐな目をした女の子を知ってるの」
女子生徒から視線を外し、窓から外を眺める。
夕日の輝きに目を細め、私は一人の女の子を思い浮かべた。
「いつだって自分のやりたいように振る舞って、いつだって自分の想いを正直に伝えてて、いつだって大事な人に寄り添おうと一生懸命だった」
本当に……一生懸命だった。
眩しくて、素敵で、こっちまで笑顔になれる。
ちょっぴりお馬鹿だけど……だからこそ、目標に向かって走り続けられる子。
……あ、嘘。
ちょっぴりじゃないかもしれない。だいぶ、かもしれない。
「だから……アイツは『あの場所』へ辿り着くことができたのかもね」
過ごした時間の長さもあるだろう。
だけど、それはあくまでも要因の一端に過ぎない。
アイツが辿り着けたのは。
アイツが『選ばれた』のは。
ひとえに――真っ直ぐな想い。
……なかなかできないと思うわ。
同じ人を何年も思い続けて、ずっと支えよう努力し続ける……なんて。
「ほえぇ……そんな子がいるんですか……」
「ええ。もしかしたら、アナタの知ってる子かもよ?」
「だ、誰だろう……! 余計に気になるぅぅぅ……!」
同じ二年生だし――ね。
名前を出せば、きっとすぐに分かるわよ。
……今頃体育館で動き回ってるかしら。
「とにかく、不安な気持ちも分かるけれど……今は自分にやれる範囲でたくさんアピールしなさい。ただし自分を偽らないで、ちゃんとありのままの姿でね」
「ありのままの自分でアピール……!」
「アナタが好きになってほしいのは本当の自分でしょう? だから、変に見栄を張らないでストレートにいきなさい」
それが意外と難しいものなのだけど……。
なんとなく、この子はそれが出来ると思う。
好きな人にはより良い自分を見てほしいし、悪いところなんて絶対に見せたくない。
でも隠し続けても……いつかきっと知られることになるから。
女子生徒は私の言葉に対して、輝くような笑顔で力強く頷いた。
「……分かりました! ありがとうございます、生徒会長さん! すっごく気持ちが落ち着きました!」
「それなら良かったわ。たいしたアドバイスができなくて申し訳ないわね」
「いえいえ! そんなことないですよ! でも……やっぱり不思議だなぁ」
「不思議?」
「こんなに素敵で、美人で、かっこいい生徒会長さんに彼氏がいないのが……超不思議です!」
あら……。
予想していなかった話の流れに、私は自然と笑ってしまった。
「ありがと」
褒められることは多いけれど、嬉しいことには違いない。
この子の場合、お世辞で言ってるわけじゃないのは分かるし。
せっかくだから……教えてあげようかしら。
私は微笑みを浮かべたまま、穏やかに話す。
「でも……実は私、好きな人に振られたのよ? 初恋は失恋で終わったわ」
「うえぇぇっ!? マ、マジですか!?」
「マジよ」
「ちょっ、だ、誰ですか!? こんなに素敵な人を振る男は! 私許せませんよ!」
「そうよね? こんなに素敵な私を振るなんて許せないわよね?」
「許せませんっ! いったい誰なんですか!」
「……ふふ。さぁ誰かしらね」
自分のことじゃないのに、ぷんぷんと怒っている姿が面白い。
「別に後悔はしてないし、恨んでもいないわよ? 振られはしたけれど、好きになって良かったって……心の底から思ってるから」
あの経験がなければ、私はこうしてここに立っていなかった。
あの経験がなければ、私はあんなにも素敵な友人たちと出会えなかった。
彼と出会って、過去を共有して――恋をして。
必要のないことなんて、なにひとつなかった。
まだ……完全に乗り越えたとは言えないけれど。
悔しい気持ちが完全に晴れたとは言えないけれど。
初めて恋をしたのがアイツで良かったって。
私は……堂々と言えるから。
「……大丈夫です! 絶対大丈夫ですよ!」
私の話を聞いた女子生徒はグッと拳を握り、勢いよく椅子から立ち上がった。
「きっと、すぐに新しい恋が見つかりますから! もしかしたら、そんな人が今もう先輩のそばにいるかもしれませんし!」
「新しい恋……?」
「そうです! 新しい恋です! だって生徒会長さん、こんなに素敵なんですから!」
……考えたことなかったわね。
初恋が終わって。
どこかの馬鹿が勝手にいなくなって。
生徒会長になって。
さまざまな変化に付いていくことがやっとで、それ以外のことを考える余裕はあまりなかった。
「同じ乙女として頑張りましょ! 私、応援してますから!」
「え、ええ……ありがとう」
勢いの良さに気圧されながらも、私は頷く。
「あっ、私これから友達と遊ぶ約束してるので……! 今日は失礼します!」
「気を付けて帰るのよ」
「はいっ! あの、本当にありがとうございました! 私――」
女子生徒はぺこりと頭を下げたあと、扉まで向かっていく。
そのまま出ていく……と思いきや、再びクルっとこちらへ振り向いた。
そして、今日一番の笑顔を浮かべて――
「月ノ瀬先輩が生徒会長さんでよかったです!」
心の奥底まで響くような……。
そんな言葉だった。
「それではまた!」
扉を開けて、女子生徒は慌ただしく生徒会室から出ていく。
先ほどまでとは打って変わり、途端に室内は静寂に包まれた。
私は椅子に座り直して息をつく。
頭の中で繰り返されるのは、先ほどの言葉で……。
「生徒会長さんでよかった……か」
みんなが自慢できる生徒会長になれているのかは分からない。
あの人に恥じない存在になれているのかは分からない。
それでも――
「……ふふ、嬉しいわね」
私にとっては、なによりもエネルギーになる嬉しい言葉だった。
× × ×
その後、数分ほど経って。
「さて、と。仕事も溜まってるしちゃんと処理しないと……」
相談を受けていたことで、仕事の進捗が遅れてしまっている。
晴香たちが戻ってくる前に、私の分はちゃんと終わらせないとね。
伸びをして、気合を入れ直した……そのとき。
――コン、コン。
と、生徒会室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「はい。入って大丈夫です」
また相談かしら?
それとも先生とか?
とりあえず返事をして、その人が入ってくるのを待つ。
――コンコン。
しかしもう一度、扉がノックされた。
あれ……聞こえてなかったかしら?
「はーい。入って大丈夫です」
さっきよりも声を張って答える。
これで聞こえないなんてありえない。
でも。
――コンコン、コン。
――コン、コココン、コンコン。
まるでリズムを刻むかのようなノックに、私は思わず眉をひそめる。
――コンココン。ココン。
ノックの音は止まらない。
なんなら、ノリノリになってきているようにすら感じる。
……誰だか知らないけれど、さすがにイライラしてきたわね。
「ちょっと、いい加減に――!」
ドアの向こうに向かって、そう言いかけた瞬間――
ガラガラッ――!
と音を立てて、勢いよく扉が開かれた。
そして、その先に立っていたのは。
「ふははは! どうよ! オレ様のノックミュージック……略してNMの聴き心地は! 魂が震えただろう!」
……。
…………。
「もしもし警察でしょうか? 校内に不審者が――」
「待て待て待て! ノータイムで通報するな! どこからどう見てもイケメン在学生でしょうが!」
「はぁ……」
耳に当てていたスマホをテーブルの上に置いて、私は盛大にため息をついた。
仁王立ち。
ドヤ顔。
そんな様子で堂々と立っている男へとジト目を向ける。
「なにしに来たのよ――《《昴》》」
扉をしつこいくらいノックしていた人物の正体は、クラスメイトの問題児――青葉昴だった。
たしかにコイツなら、あんなふざけたことをやってもおかしくないわね。
というか、なによノックミュージックって……。
あぁもう……なんだか頭が痛くなってきたわ。
静かになった生徒会室が、また騒がしくなるのを感じた。
「おい、心底嫌そうな目で見るのやめろ」
「邪魔にでもしに来たの? これでも私、結構忙しいのだけど?」
「んなこと知っとるわ。だから来たんだっつの」
「えっ……?」
「ほんじゃま、失礼するぜーっと」
今、なんて……?
サラッと重要なことを言い残し、昴は生徒会室へ足を踏み入れる。
部屋の中央程度まで歩を進めると、突然立ち止まってなぜか神妙な表情を浮かべた。
「くんくん……むふふ、麗しの生徒会長様の匂いが室内に充満――」
――ガッ!!
昴の戯言を遮るように、鈍い音が響く。
「なにか――言ったかしら?」
「いえなにもまったくマジでなんでもないです。あの、その……なんで床にシャーペンが刺さってるのでしょうか。煙が出てるんですけどそれは……」
昴は冷や汗を流して、床と私を交互に見る。
床にシャーペンだなんて……おかしなことがあるものね。ふふふ。
「ん? よく分からないけれど……とりあえず適当に座りなさい」
「いや、分からないわけ――」
「座りなさい」
「はい座ります! 昴くん着席!」
ようやく話を進められそうね。
「それで? なんでここに来たのよ」
「なによ。理由がなきゃ来ちゃいけないっていうの!?」
「晴香と志乃は今いないわよ」
「スルーかよ。……いや、別にその二人に用があったわけじゃねぇ」
それは意外だった。
昴のことだから、てっきり志乃にでも会いに来たと思っていたのに……。
それなら尚更、どうして……?
昴は腕を組み、私にちらりと目を向けた。
「……まぁ、アレだ。忙しい生徒会長様を手伝いに来たんだよ」
「私の手伝い……?」
「ああ。さっき自分でも言ってたけど、お前最近めっちゃ忙しいんだろ?」
「それは……まぁ……」
志乃でなく、晴香でもなく、私に会うためにここに……?
それも、聞き間違いじゃなければ手伝いに来たって言ったわよね?
……えっ、あの昴が?
半年前とはだいぶ変わったとはいえ、昴にしては意外な行動であることには変わりなかった。
――と、思っていたら。
「だから、蓮見や司から頼まれたんだよ。お前を手伝ってやってくれってさ」
「そうなの……?」
「おうよ。せっかく帰ってのんびりしようと思ったのに……。べ、別に感謝してくれてもいいんだからね!?」
「晴香たちがアンタに……」
「連続スルーやめて???」
あぁなるほど。晴香たちが手を回したのね。
それなら、こうして手伝いに来てくれたのも頷ける。
「頼まれた以上、黙って帰るわけにはいかねぇって話だ。そんなわけで、オレにも手伝わせろ」
「いきなり来て手伝わせろって言われても……」
「なにやればいい? 歌って踊ればいい? それともまたオレ様渾身のNMを――」
「次もう一回アレをやったら、屋上のフェンスに吊り下げるわよ」
「ほんますんませんした」
一瞬で頭を下げる姿は、もはや感心すらしてしまう。
さすがは、日頃から留衣や志乃に謝罪しまくっているだけあるわね。
……冗談は置いておいて。
あの昴が、こうして手伝いに来てくれたのは驚いた。
もちろん初めてのことではないけれど、いつもは司や留衣も一緒だったし……。
正直、ちょっと困惑している。
「……いいの?」
「んぁ?」
「だからその……手伝ってもらっていいのって」
「いいに決まってんだろ。変なところで遠慮してんじゃねぇよ」
「遠慮してるわけじゃ……」
私の都合に付き合わせてしまうのは気が引ける。
司たちもそうだけれど、昴はそもそも生徒会メンバーではないのだ。
それなのに、私の作業が遅いせいで昴の時間を……。
「――あのな、月ノ瀬」
私の思考を断ち切るような、鋭い声。
さっきまであんなにふざけていたのに、今の昴は真剣にこちらを見ていた。
「いいか? お前は会長さん……星那沙夜じゃねぇ。月ノ瀬玲なんだ」
「え……?」
「なんでもかんでも、あの人と自分を比較して……追い続ける必要はねぇんだよ。つーか、追いかける意味なんてまったくない」
まるで私の思っていることを見透かすような言葉。
……思わず、表情が強張る。
なにも言い返せない私は、ただ黙って昴の言葉を聞くことしかできなかった。
昴のことだからきっと、私の表情を見てなにを思っているかなんて分かるはず。
「お前があの人の後任として、恥ずかしくないように努力してるのはみんな知ってる。だけどな、これだけは勘違いするなよ」
普段、ずっとふざけているくせに。
普段、適当なことばかり言っているくせに。
「生徒たちが自分で選び、付いていきたいと思ったのは……『お前』なんだ。だからお前はお前らしく、堂々と胸を張ってろ。ほかの誰でもない、月ノ瀬玲として――な」
「昴……」
「近くにいなかったオレは、お前の『新しい決意』を見ててやることができなかった。だから……ま、こんくらいはいくらでも手伝ってやるよ」
こういうときだけ、真面目になって。
こういうときだけ、素直な言葉をぶつけてきて。
「お前はお前に使える武器を遠慮なく使えってことだ。お前がこの一年間で得た『繋がり』は決して偽りじゃないだろ? それは星那沙夜にはない、お前だけの武器なんだからな」
星那先輩にはない、私だけの武器。
それこそ――この一年間で紡いできた、私だけの繋がり。
……たしかにそうだ。
私は私の意志で、多くの生徒たちと関わってきた。
誰かを追いかけるためじゃない。
誰かになるためじゃない。
『私自身』がただ、そうしたいと願ったから。
本当にコイツは……。
私が言葉を失っていると、昴は急にニヤリと口角を上げた。
「……あ、ちなみに胸を張れってそういう意味じゃないからな? さすがにそこに関しては……うん、あの人には勝てないっていうか……むしろ逆にナンバーワンっていうか……その……」
「刺すわよ」
「ごめんなさい! せめて優しく刺してッッ!」
「なんで刺される前提なのよ」
あんな真剣に言葉を並べていたのに、すっかりいつものモードに戻ってしまっていた。
私はこめかみに手を当て、やれやれと首を振る。
コイツはいつだってそうだ。
言うだけ言って、最後にはヘラヘラ笑って冗談で場を収める。
決して、真剣な自分の姿を相手に長い間見せようとしないのだ。
「てなわけで、仕事寄越せ。じゃないとここで歌って踊る、アイドルすばるんを披露すんぞ」
「絶対見たくないわね」
「おい、絶対は言い過ぎだろ。それか一方的に面白トークを聞かせてやる。田舎に帰った男がとある怪異と出会う話とかな」
「そ、それずっと気になってるやつじゃない……!」
「ぐふふ」
それって例の話じゃない……!
いつもいいところまでいって、結末は絶対に話してくれないやつ……!
その怪異の話もとても気にはなるが、今は自分の作業を優先しなければならない。
話を聞きたい気持ちをグッと抑えて、私は頷いた。
「……分かったわよ。それじゃ改めて……昴、私を手伝ってくれる?」
「なんでも任せておけ。オレは有能だからな!」
「知ってるわよ。……ありがとね、昴」
「……おう」
動機がどんなものであったとしても、私を手伝おうとしてくれたのは事実だ。
そのために自分の時間を削って、ここに来てくれたのだ。
あの昴が――よ? それってすごいことじゃない?
一人じゃないことに安心感を覚えて、自然と笑みがこぼれる。
「じゃあ、ここに積んである書類の内容チェックをお願いしていい? 誤字や脱字があれば簡単に報告してちょうだい」
「うーい。了解っす会長」
適当に返事をして、昴はさっそく作業を始めた。
腹が立つけど、コイツの能力はとても高い。
それこそ、私と対等に勝負ができるくらいに。
だから、安心して任せられる。
「ふーむ……。委員会の報告書か……」
書類に目を落とす昴を見て、ふと思う。
――もしも。
もしも昴が生徒会メンバーだったら、こんな感じだったのかしら。
騒がしそうだけど……それはそれで楽しくなりそうね。
……あ、そうだ。
私はテーブルの上に置いたスマホを手に取り、SNSを起動した。
『晴香、今大丈夫?』
校内にいるであろう晴香にメッセージを送ると、すぐに既読がついた。
『あ、うん大丈夫だよ! どうしたの? なにか問題でもあった?』
『そういうわけじゃないの。ただ、お礼が言いたくて』
『お礼? なんだろ』
昴の話が本当なら、ここに来るきっかけを作ってくれたのは晴香と司みたいだし。
まずは晴香にお礼を伝えておこう。
『私のことを手伝ってほしいって、昴に頼んでくれたのよね。だからそのお礼よ』
『え?』
『え?』
返ってきたメッセージは、予想していたものじゃなくて。
おかしいわね。
私、なにか間違ったことを言ってしまったのかしら。
疑問を浮かべながらも、私は晴香からの返信を待つ。
『えっと……ごめん玲ちゃん。なんの話か分からない……』
文字だけとはいえ、とても嘘を言っているようには思えない。
とりあえず話を進めよう。
『でも、昴が自分でそう言ってたわよ?』
『うん、たしかに玲ちゃんが最近大変でさーって話はしたよ? でも、そこまで具体的にお願いはしてないっていうか……。もしかして今、青葉くんが来てるの?』
『ええ。アンタや司に頼まれたから仕方なく……って』
『あー……』
――なんとなく、話が見えてきた。
『玲ちゃん、それアレだよアレ。まさに青葉くんって感じのアレだよ』
『あぁ……そういうことね。アンタたちの名前まで出して……なにしてんのよ昴は……』
『そういうこと、だね。青葉くんらしいというかなんというか……』
『もう……。突然ごめんね、晴香』
『ううん、全然! もうすぐこっちの作業が終わるから、そしたらまた連絡するね! 青葉くんにもよろしく!』
『ええ、またあとでね』
話が落ち着いたことで、私はスマホをテーブルに置いた。
そして、ブツブツなにかを言いながら作業をしている昴へと目を向ける。
――『だから、蓮見や司から頼まれたんだよ。お前を手伝ってやってくれってさ』
まったく……最初から素直に言いなさいよ。
私の考えが間違っていなければ……。
昴は誰かに頼まれたからここに来たわけじゃない。
自分の意志で、自分が心配に思ったから、ここに足を運んだのよね。
ただ、不器用で素直じゃない男だから……その理由を正直に言わなかっただけで。
最初からコイツは……純粋に私を手伝うためだけに来てくれたんだ。
晴香たちに連絡したら、すぐにバレるって分かってるだろうに……。
アンタはどこまで……。
「……うわ、コイツ字上手いな。……いやでもオレの方が上手いし顔もイケメンだな。きっとそうだ。間違いない」
「なに文字と張り合ってるのよ。それに顔は見えないでしょ」
「え~でも姉御~!」
「でも、じゃないわ」
……本当に、青葉昴は変わった。
初めて会ったときは、なにを考えているのかがまったく分からなくて怖かった。
偽りの私を見透かしていて、それでも泳がせているコイツが怖かった。
だけど、それからさまざまな時間を共にして。
昴が抱えている苦しみや、複雑な感情、並々ならぬ想いを知って――
友達の一人として、力になりたいと思った。
助けになりたいと思った。
留衣や志乃がいたから、あまり出しゃばったことはしなかったけれど――
汐祭里が終わって、私たちの前からいなくなったときは……本当に悲しかった。本当に寂しかった。
それでも、今はこうしてここにいる。
――『でも……そうだな。オレたちは友達……だもんな』
私たちを、友達だと言ってくれる。
「……ねぇ、昴」
「なんだよ?」
「ありがとね、来てくれて」
パチパチと瞬きをしたあと、昴はバツが悪そうに視線を逸らした。
「……お礼ならさっきも聞いたぞ」
「そうだったかしら? 二回言っちゃダメって決まりはないでしょう?」
「あの月ノ瀬が二回もお礼を言うなんて、明日は雪だな!」
「アンタは私をなんだと思ってるのよ……」
「真面目に頑張ってる新生徒会長だろ、そりゃあ」
「なっ……」
ストレートな言葉に、不覚にもドキッとしてしまった。
私が、あの昴に……だ。
まずいわね。
完全にこいつのペースに乗せられているわ。
「ほほーん? オレの不意打ち食らっちゃった感じ? うぷぷぷぷ。玲ちゃんもかわうぃうぃ――」
ガンッ!!!
鈍い音が響くと同時に、昴がビシッと背筋を伸ばす。
「いいから作業に戻りなさい」
「はいマジで調子乗りましたすんませんでしたぁ! ……でもその、床にシャーペンが二本刺さってますがそれは……」
「次に刺さるのはどこかしらね?」
「満面の笑みで物騒なこと言うのやめて!!」
どこまでも、退屈しない男。
どこまでも、読めない男。
それがまた、楽しくもあるけれど。
「本当にもうアンタは――どうしようもないほど馬鹿なんだから」
自然と出てきた自分の声音は、穏やかで優しかった。
生徒会長として、きっとこの先も大変なことはあるだろう。
星那先輩と比較され続けるだろう。
だけど私は一人じゃない。
頼りになる仲間や、助けてくれる友達がいる。
私は、私が歩める道を……一歩ずつ進んでいけばいいんだ。
焦る必要なんてない。
追い込む必要なんてない。
私はこの世界に、たった一人の存在。
美人で、頭脳明晰で、運動神経抜群で。
存在感溢れる、汐里高校の――生徒会長なんだから。
私は、私らしい生徒会長になればいい。
「月ノ瀬」
「なに?」
「――お前は誰だ?」
おふざけなしの質問。
昴が聞きたいことは、言葉通りの意味じゃない。
その奥にある、私の意思だ。
「――月ノ瀬玲よ」
私は胸に手を当て、迷うことなく真っ直ぐ昴に答える。
「はっ、よく分かってんじゃねぇか。《《そういうこと》》だ。頑張れよ、月ノ瀬生徒会長」
私の答えに、昴は満足そうに笑った。
直接的に励ますことなく。
核心的な部分は言わず、遠回しで……自分に気付かせるように。
それが……どうしようもなく面倒くさくて不器用な、青葉昴という男のやり方。
――『きっと、すぐに新しい恋が見つかりますから! もしかしたら、そんな人が今もう先輩のそばにいるかもしれませんし!』
先のことは、誰にも分からない。
私の『想い』が、この先どう変化していくかなんて予想できない。
でも……まぁ、そうね。
《《そう》》なるのもまた――
とても、面白いかもしれないわね!




