三人集まれば話すことは自ずと決まる【後編】
──時間が経って。
買い物を終え、ショップから出たわたしたちは一階の喫茶店へと場所を移していた。
休みの日だけあって、店内はそれなりに混んでいる。
家族、カップル、友人とか……。
一方で、スーツ姿の大人一人に対し、私服姿の二人というわたしたちの姿は周囲からどう映っているのだろう。
カラン、と聞こえるグラスの音を聞きながら、わたしは足元に置いてある買い物袋へと目を向けた。
「すみません……。まさか服を買っていただいてしまうなんて……」
「本当に……。わたしたち、そんなつもりは全然なかったんですけど……」
申し訳ない気持ちで目を伏せ、わたしたちは対面に座る星那さんへと頭を下げる。
というのも――
あのあと、星那さんに翻弄されながら、わたしたちはそれぞれ気になる服を数着見つけられた。
わたしも志乃さんも、派手寄りではなく大人しめ寄りの服だったけど……。
金額的に学生にはすべて買うのは無理だし、どれか一着に決めようとしたとき……。
――『欲しい服はそれですべてですか? せっかくなので、ここは私が払いましょう。私からの贈り物、ということで』
と、さらっと言いながら、星那さんはそのまま当然のようにクレジットカードで支払いを済ませてしまったのだ。
「いえ、お気になさらず。私は社会人ですから」
「それは……そうですけど……」
「それに私、こう見えて会社ではそれなりの立場で、それなりのお金も持っています。持て余すよりは、こうして使ったほうが有意義でしょう」
「わぁ……」
「……かっこよすぎ」
「ふふ、それほどでもあります」
表情に変化はないけど、どこか誇っている……ような感じがした。
買ってもらうつもりなんて、微塵もなかったのに……。
わたしも志乃さんも、ここまで言い切られたらもう素直に感謝するしかなかった。
「本当にありがとうございました」
「あ、ありがとうございました……」
二人揃って、わたしたちはもう一度頭を下げる。
これが大人の余裕。
これが社会人。
わたしも将来、こんな風にかっこよくなれるのかな。
……全然想像つかないんだけど。
なんて、考えていると。
「はい。――ぜひ、今日買った服を着て『彼』を驚かせてくださいませ」
その一言に、わたしたちは同時に頭を上げた。
そんな反応を見て、星那さんは小さく首をかしげる。
「どうしたのですか? むしろ、《《そのための》》お買い物だったのでは?」
「そ、それは……」
「えっと……」
もちろん単純にデザインが好きだったからとか、気になったからとか……そういった理由で服を選んだ。
……でも、それ以外の要因があったこともまた事実で。
あいつはどう思うのかな、とか。
あいつはこういうの好きじゃなさそう、とか。
『あの顔』が頭をよぎって、そのたびに振り払っていた。
好き嫌い関係なく、あいつはいつもわたしの脳内に勝手に登場してくる。
……困る。ほんとに、困る。
志乃さんも同じようなことを思っているようで、その頬が赤く染まっていた。
「これがいわゆる『青春』というものですか。お二人とも、とても可愛らしいですよ」
穏やかにそう言って、星那さんはコーヒーを飲む。
そして。
「――私も一着くらいは買っておいたほうがよかったのでしょうか」
その言葉を、わたしたちは聞き逃さなかった。
「あ、あの……! 星那さん!」
「どうしました、志乃様。そんなに慌てて。……あ、私のコーヒーが気になりましたか? とても名残惜しいですが、そんな欲しいのでしたら……どうぞ……」
「そ、そうじゃなくて……コーヒーではなく……」
「では、なんでしょう?」
……本当に表情が変わらない人だ。
青葉みたいに、基本ヘラヘラしてふざけるならまだしも……。
一切表情を変えず、真顔のまま冗談ぽいことを言うものだから、反応に悩んでしまう。
わたしと志乃さんは一度お互いを見たあと、再び星那さんへと目を向ける。
「私……いや、私たちは星那さんに聞きたいことがあるんです」
「あぁ、そういえば言っていましたね。私に聞きたいことがある、と」
星那さんは真剣そうに顎に手を添え、真面目な様子で話を続ける。
「私に答えられる範囲であればお答えしましょう。……あ、現在恋人はいません。好きなタイプは高収入タワマン住みの爽やか年上イケメンでございます。国籍は問いません」
「なんでいきなり……!? それにすごく具体的……!」
「おや、違いましたか。女性が集まってする話といえば、いわゆる恋バナ的なものなのか……と」
「いや、ちが……くはない……かもですけど……」
「ちなみに好きなタイプのくだりはすべて冗談です。特にこだわりはありません」
「じゃあどうして言ったんですか……!?」
「気まぐれでございます」
おぉ……志乃さんのツッコミが止まらない。
さすがは長い間、川咲さんや青葉たちと関わってきただけある。
小ボケに対する切り返しがちゃんとしている。
……というか、うん。
や、やっぱり星那さんって……クール系なのは外見だけで、中身は案外おもしろ系のお姉さんなのかもしれない。
表情や声のトーンがずっと同じだから、本音と冗談の判断がまったくつかないけど。
心のどこかで、実は星那さんもわたしと同じ『陰寄り』なのかなって思ってたけど……なんか全然違そう。
むしろ『陽寄り』の疑惑すら浮上してきた。
「それで、聞きたいことは?」
話を逸らした本人なのにも関わらず、星那さんは何事もなかったかのように話の続きを促す。
「あ、はい……その」
あ、ようやく本題に入れそう。
志乃さんは一度咳払いをしたあと、その『質問』を星那さんへとぶつけた。
「星那さんと昴さんって、どのようなご関係なんですか――?」
シンプルな質問。
だけど、わたしたちが一番知りたかったこと。
星那さんと青葉の――距離感の理由。
「……なるほど。『お二人』の時点で、彼関係の質問だとは予想していましたが……。やはりそういった内容ですか」
わたしたちの質問を受けて、星那さんの表情が僅かに変わった……ような気がした。
それに、三人を纏っていた空気も……どこか変わった。
「青葉と星那さんからは、なんというか……。わたしたちとはどこか違う雰囲気を感じるんです。年齢とはまた違った……なにかを……」
「違ったなにか……ですか?」
「……はい」
星那さんはわたしたちと違って、年も上だし学生でもない。
だからこそ違っているように見えるのかもしれないけど……。
そういうのとはまた別の、もっと深いところにある……『なにか』。
それをわたしは――知りたい。
わたしたちの質問に、星那さんはどう答えるのだろうか。
「結論を先に言えば、特別な関係ではありませんよ。それこそお二人のように、毎日顔を合わせているわけでもありませんから」
嘘を言っているわけではないと思う。
星那さんが忙しい人だということは考えなくても分かるし。
でも……それならこの違和感は――
「ですが」
その三文字に、わたしと志乃さんはピクリと反応をする。
星那さんの『答え』は、まだ終わっていなかった。
「彼と私は、さまざまな『秘密』の上で成り立っています。それが、『現在の彼』と『現在の私』を結ぶ《《縁》》――と言えるでしょう」
「さまざまな……」
「秘密……?」
思わせぶりな言葉をわたしたちは繰り返す。
さまざまな秘密。
縁。
いまの彼、いまの私。
星那さんの言葉が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
「気になりますか?」
「それは……さすがに気になっちゃうというか……」
「そう言われたら……気にしないのは無理なような……」
秘密なんて誰もが抱えるものだし、別におかしなことではない。
でも、こんなふうに言われてしまったらスルーは無理な話だ。
いや……うん。むりだ。
さすがに気になり過ぎる。
わたしたちの視線を集める星那さんは、ゆっくりと人差し指を口元に添える。
そして――
ふっと、笑みをこぼした。
「ふふ。――それこそ《《秘密》》、でございます」
それは、初めて見る星那さんの表情だった。
どこかいたずらっぽく、どこか楽しそうに。
その表情が、この人とあいつが抱えている『秘密』の大切さを物語っていた。
二人を繋ぐ……縁。
いったい、どんな縁で結ばれているんだろう。
いったい、なにを抱えて……なにを共有しているんだろう。
「……」
モヤっとした感情が、わたしの胸の奥で顔を出す。
嫌な感覚に顔をしかめる。
なんだろう……この感情。
普段は全然感じないものだ。
……あ、もしかしてこれが――
「彼の話ついでに、せっかくなので私からも質問していいでしょうか?」
「あ、はい……! ごめんなさい、私だけいろいろ聞いてしまって……。なんですか?」
「普段……学校での彼はどんな感じなのですか? 沙夜様が卒業したことで、校内での話を聞くことがなくなってしまいましたから」
「普段の昴さん……ですか?」
「普段の青葉……」
どんな質問が飛んでくるのかと思ったら、意外と普通の内容だった。
普段のあいつ……か。
特に示したわけじゃないのに、視線は自然と志乃さんへと向かう。
すると、志乃さんもわたしへと目を向けていて……不意に視線が交わった。
そして、笑みをこぼす。
「昴さんはもう……相変わらずですよね」
「うん、ほんとに相変わらずって感じ」
「いつも自由で、いつも明るくて……」
「いつも勝手で、いつもうるさい」
「この間なんて、いきなり私の教室に来たんですよ? 『爽やかイケメン昴先輩の登場だぜ!』……って。日向と一緒にすぐ追い出しましたけど」
「あぁ……その話ね。ほんとに馬鹿じゃんって思った。川咲さん、結構真面目に怒ってたよね」
転校してきたことで、校内での立場が以前とは変わった――わけでもなく。
あいつはこれまで通り適当で、これまで通り騒がしくて、これまで通り好き勝手に校内を騒がせていた。
それこそ先週、移動教室のために一緒に廊下を歩いていたら――
『ふははは! 去年の汐里祭で大目立ちしたルナ様のお通りじゃい! 頭が高い! 崇めたまえ! 眼鏡を讃えたまえ!』
とか言い出すし。
まぁ速攻で廊下に沈めたけど。
去年からなにも変わらない……『校内の有名人』のままだ。
こうして振り返るだけでも、ため息が出てくる。
「……ふむ、そうなのですね。相変わらず昴様は校内で目立っているようで……」
「悪い意味で、ですけど」
「あはは……。この間、一年生の子にも聞かれました。『なんであの先輩って変なことばかりしてるんですか?』――って」
「あ、それわたしも聞かれた。晴香と一緒にいるときに」
一年生は当然青葉のことなんて知らないわけだし、転校してきた三年生がとんでもないやつだったわけで……。
見た目が見た目だから、一度は騙されるかもしれないと思うと……うん、不憫でならない。可哀そうに。
とはいえ、そんな心配をしなくてもあいつ自身がその幻想を粉々にするものだから、勘違いは一瞬で済むだろう。
……ま、元々はその『おふざけキャラ』も親友を立てるために作り上げられた仮面だったんだろうけど。
でも、今のあいつはただ単純に自分が『そうしたい』からふざけてるんだろうね。
自然体のままで。
『自分』のままで。
……どっちにしても、厄介で騒がしいことには変わりないけど。
「中学の頃から経験しているので慣れてはいますが……。一度転校したからこそ、余計に目立っているのかもしれませんね」
「かもね。……ほんとに呆れる」
「た、たしかにほどほどにしてほしい気持ちはあるかも……」
あいつ自身が好き勝手言われるのはいいけど、その影響が志乃さんたちにも出てしまうのは良くない。
ましてや月ノ瀬さんや晴香、志乃さんは生徒会メンバーなわけだし。
……思えば思うほど、わたしはとんでもない男を好きになってしまったのかもしれない。
クーリングオフ効くかな。大丈夫かな。
「ですが――そんな彼だからこそ、お二人は心の底から好きになったのでしょう?」
一瞬、時間が止まったように感じた。
「え」
「えっ」
戸惑いの声を漏らすわたしたちに、星那さんは続ける。
「彼の話をするときのお二人は、とても幸せそうに見えました。彼を想う気持ちが、こちらまで伝わってきましたよ」
「そ、そう見えました……?」
「見えました。言葉とは対照的に、表情が『幸福』に満ちておりました。留衣様も、志乃様も」
わたしの質問に、星那さんは即答する。
……自覚がなかった分、正面から言われるととてつもなく恥ずかしくなってくる。
わ、わたし……そんな幸せな顔してたの……?
志乃さんも突然の指摘にあわあわと視線を泳がせていて、なにも言えなくなっていた。
まぁ、その、ま、間違いでもなんでもないんだけど……。
改めて……それも年上の大人の女性に言われると……ちょっとヤバい。
「これもまた『青春』、ですね。お二人を見ていると心が洗われます。洗われ過ぎて、明日になる頃には全身真っ白になっているかもしれません」
平静を取り戻すために、わたしはこほんを咳払いをする。
「ほ、星那さんの言う通り……その……」
「なんですか?」
「……す、好きですけど……」
「……おぉ」
「わ、私も……! す、昴さんのことは……好き……です」
「……おぉぉ」
わたしたちの答えに、星那さんは感心するように唸っていた。
これに関しては、うやむやに終わらせたくなくて。
恥ずかしいけど……ちゃんと答えられた。
……超、恥ずかしい。
「こんなに純粋なお二人に慕われて……彼も幸せ者ですね」
わたしたちとは正反対に、星那さんはずっと余裕そうだった。
「たしかに彼はお調子者で、周囲を振り回すタイプです。それでも、彼なりの『優しさ』がそこにはある。全然違う場所を見ているように見えて、実はちゃんと周りを『見て』いる」
ふと視線を落とし、星那さんはそう言った。
「強いのに、弱い。真っ直ぐなのに、曲がっている。器用なのに、不器用。――そんなちぐはぐな彼だからこそ、お二人は惹かれたのでしょうね」
――すべて、その通りだった。
だからこそ、わたしたちは青葉昴という男に惹かれた。
「幸せ者であり……罪作りな者、ですね。彼は」
あいつのことを話す星那さんの声音が、優しくて。
あいつを『理解』しているからこそ出てくる言葉が、温かくて。
どの言葉も、青葉昴という男をちゃんと『見て』いないと絶対に出てこない言葉で。
わたしは――
「そう言う……星那さんは」
「はい?」
「星那さんは……青葉のことをどう思ってるんですか」
テーブルの下でギュッと手を握りしめ、わたしは問いかけた。
星那沙夜の友人。
ただそれだけじゃないような気がして……。
「私が彼を……? ちなみにそれは、《《そういう意味》》での質問と捉えていいのですか?」
「……はい」
「私も……知りたいです」
「……なるほど」
どんな関係なのかは分かった。
でも、どう思っているのかはまだ聞いていない。
「……先日、姉にも似たようなことを聞かれましたね」
「え?」
「失礼しました。こちらの話です」
星那さんはカラン、とコップを回した。
どんな言葉が返ってくるのだろう。
なにを聞かせてくれるのだろう。
「……そうですね。私がお二人と《《同じ》》なのかどうかは、正直まだ分かりません。私には絶対に縁のない感情だと思っていましたから」
わたしたちと……同じ。
それがなんなのかは……さすがに分かる。
分かってしまう。
「それでも彼は――とても素敵で、魅力に溢れた青年だと思いますよ。それこそ……彼の歩む道を、近くで見届けたいと思ってしまうほどに」
それって――
「彼はまだ二十歳にも満たない高校生です。私にとってはまだ『子供』に過ぎません。ですが数年後、彼が年を重ねて今よりもさらに立派になったとき……」
わたしと志乃さんに緊張が走る。
星那さんは少し間をあけて――
「そのときは道を見届けるのではなく、彼と共に同じ道を歩めたら……それはとても素敵なことなのかも、と感じてしまいます。思わず、そんな光景を想像してしまうほどには」
優しくて、温かくて、特別な想いが込められた言葉。
「私もお二人と同じく……彼の不器用な優しさに救ってもらいました。最も、本人にはその自覚はないのでしょう。とまぁ……そんなことを考えるくらいには、私も彼のことを想っているのかもしれませんね」
「……」
「……」
なにも言えなかった。
まさか星那さんの口からそんな答えが出てくるなんて、予想していなかったから。
二人を繋ぐ『縁』はそこまで……。
「しかし、私の最優先は沙夜様でございます。それが変わることは未来永劫ありえません。――と、私の答えとしてはこのような感じですが……いかがでしょうか?」
とんでもない角度から次々と飛んできた言葉に、わたしたちの間に無言の時間が流れた。
どう反応すればいいのか分からなくて。
どう落とし込んだらいいのか分からなくて。
星那さんの言葉を、わたしはただ頭の中で繰り返していた。
最優先は星那先輩。
だけど、青葉のこともすごく好意的に思っている。
それが表すことは――
「……る、留衣さん」
コソっと名前を呼んできた志乃さんが、こちらに身体を寄せてくる。
用件を話す前に、わたしはこくりと頷いた。
「……うん。とんでもない『ライバル』が出現したかもしれない。……なんならラスボスと言ってもいい」
「……よ、予想外過ぎました」
「……同意」
「留衣様? 志乃様? 申し訳ございません……なにか変なことを言ってしまいましたか?」
わたしたちは姿勢を正し、すぐに首を振る。
なにも変なことは言っていないから。
「あっ、そ、そんなことないです……! むしろ答えてもらって嬉しかったです……!」
「さすがに驚きましたけど……でも、答えてくれてありがとうございました」
「いえ。私もお二人の話を聞けて良かったです。おかげで私の中にあるこの感情が、なんとなく分かってきましたから」
「え、それって……」
「まさか……」
「ふふ、これ以上は秘密です。学生さんにはまだ早い……ということで」
大事なことはいつも言ってくれないから、ずっとむず痒い。
やっぱりこの人には、ラスボスという名が相応しいのかもしれない。
ライバルなんて言葉では片付けられないほど大きくて……。
きっと、まだまだ星那さんの心にはさまざまな感情が渦巻いているはず。
言葉以上の、たくさんの感情が。
「最後にひとつだけ言えるとしたら──」
星那さんの口元が僅かに緩む。
それは、あいつではなく。
わたしたち二人に向けた『笑み』だった。
「彼が『己』を見失わずにいられたのは、司様や……そしてお二人の存在があったからでしょう。貴方たちが諦めずに関わり続けたから、彼の『現在』があるはずです。どうかそれを……お忘れなきよう」
優しく、たしかに届けるように。
諦めずに関わり続けたから……か。
ずっと理解りたくて。
ずっと出会いたくて。
拒まれても。逃げられても。背けられても。
わたしは……わたしたちは、ずっとあいつがいる場所に向かって歩き続けてきた。
見ている方向は違っても。
抱く想いは違っても。
わたしたちが目指す場所は――たったひとつで。
「私は……まだ未熟なところばかりで、あの人……昴さんがいる場所に追いつけていません」
最初に答えたのは志乃さんだった。
わたしよりも長く、あいつと関わって。
わたしよりも長く、あいつを想って。
ずっとずっと、走り続けてきた女の子。
「それでも前に進んで……いつか絶対にその手を掴んでみせます。だから私は……諦めませんから」
「いい心掛けです、志乃様。その純粋で真っすぐなところが、貴方の一番の強さだと私は思いますよ」
「あ、ありがとうございます……」
それはわたしも同意見だ。
可愛らしくて守りたくなってしまう子だけど、実際はちゃんと芯を持っている強い子だ。
……そうじゃなきゃ、何年も朝陽君や青葉と一緒にいられるわけがない。
予想以上に大きなものを抱えているあの二人を想い、支え、共に過ごせてきたのは――
きっと、彼女が彼らにとって『太陽』だったからだろう。
……わたしも。
「……わたしも、あいつの一番になれるように頑張ります。朝陽君っていう大き過ぎる壁がありますけど……それでも、わたしは負けず嫌いですから。難易度が高ければ高いほど……燃えます」
「留衣様らしいですね。貴方は周囲に惑わされず、自分の気持ちを正直にぶつけることができる。その強さを捨てないでください」
「はい」
「私も負けませんよ、留衣さん?」
「ん、望むところ」
志乃さんと視線が交わり、笑い合う。
……強敵がたくさんだ。
でも、そっちのほうが面白い。
そしてわたしたちは次に、星那さんへと目を向ける。
「「もちろん、星那さんにも負けませんから」」
同じ言葉を、それぞれの想いに乗せて。
さすがに予想外だったのか、星那さんは僅かに目を見開いた。
「…………驚きました。私にも、ですか」
「はいっ、星那さんにもです!」
「なんなら一番の強敵かもしれませんから」
レベルは未知数。
ステータスも未知数。
難易度も最難関かもしれない。
なにを考えて、なにを抱えて、どんなふうにあいつと関わってきたのかは分からない。
それでもわたしたちにとって――
星那椿さんという存在もまた、乗り越えないといけない壁であることには変わりなかった。
まさか、偶然の遭遇からこんな状況にまで発展するなんて……。
でも、聞けてよかった。話せてよかった。
自分の気持ちを、改めてちゃんと整理できたから。
「──かしこまりました」
星那さんはそう言うと、ひと息つく。
思考を纏めるように間をおいたあと、わたしたちを見て『不敵』に微笑んだ。
「それなら私も、負けるわけにはいきませんね」
「それって……《《そういうこと》》でいいんですか?」
「たしかに。《《そういうこと》》、ですか?」
「……ふふ。さぁ、どうでしょうね」
やっぱり。
この人はとんでもないほどの強敵だ。
× × ×
――その後、少しの雑談を交えたあと。
「あっ、ごめんなさい! 兄さんから電話がきたので、ちょっと話してきます……!」
「うん、分かった」
「行ってらっしゃいませ」
スマホを持って立ち上がり、志乃さんは店内から出て行った。
朝陽君からの電話……。
どうしたんだろう、なにかあったのかな。
……って、そうなるとわたし、星那さんと少しの間二人で話すことになる……?
話題とか、どうしよう。
えっと……。
せっかくだし、ゲームの話とか――
「留衣様」
どんな話をしようかと悩んでいたところ、星那さんが名前を呼んだ。
わたしはビクッと肩を震わせ、話の続きを待つ。
「……いえ」
……?
話は続かず、星那さんは一度目を伏せてしまった。
え、なんだったんだろう……。
困惑して首をかしげた――次の瞬間だった。
「──留衣ちゃん」
……。
え?
瞬きをした瞬間、目の前には『別人』が座っていた。
いや、正確には別人じゃないんだけど。
でも……全然『星那さん』じゃなくて。
外見は星那さんなのに――
表情も、瞳も、声音も、纏う雰囲気も……すべてがまったくの『別人』だった。
そして。
わたしは『彼女』を――知っていた。
「今ならあのときの答え、聞かせてくれるかしら?」
敬語でもなく、ため口で。
淡々とした声ではなく、ちゃんと感情が乗った大人っぽい声で。
艶やかに『微笑み』、星那さんの金の瞳がわたしを射抜く。
「──貴方にとって青葉君っていうお友達は、そんなに大事な人なの?」
朝。
昇降口。
謎の先輩。
頭の中に、去年わたしの身に起きた出来事が一気に甦る。
あれは小西さんに絡まれて、どうするべきか困っていたところを……見慣れない先輩が助けてくれたんだ。
すごく美人で。
すごく頼りになって。
思えばあの出来事以降、会ったことがなかった。
そんな『先輩』に聞かれた、ひとつの質問。
――『貴方にとって青葉君っていうお友達は、そんなに大事な人なの?』
「う、うそ……えっ……」
整理がつかない。
今、なにが起きている?
どうして星那さんが?
あの先輩の正体は星那さんなの?
答えが見つからない。
まるで迷路にいるかのような感覚に囚われながらも、わたしは必死に状況について行く。
細かいことは全然分からない。
あの先輩が星那さんだったのかも分からない。
それでも、わたしはあのとき……その質問に答えることができなかった。
自分が抱える感情を理解できていなかったから。
青葉昴に向けていた《《それ》》を知らなかったから。
――でも、今は違う。
今は、理解できている。
この感情をすべて知っている。
だから今なら、答えられる。
気持ちを落ち着かせるように息を吐き、わたしは正面から『先輩』を見つめた。
「――はい」
迷わずに、頷く。
「すごく……すごく、大事な人です」
短くていい。
長々と言葉を並べる必要なんてない。
わたしだけの答えを、わたしだけの言葉で。
数秒程度、お互いに見つめ合ったあと――
「ふふ」
『先輩』は、笑った。
「あのとき聞けなかった答えを、やっと聞けた。ありがとう、留衣ちゃん。その言葉を聞けて……貴方の想いを聞けて、私は本当に嬉しいわ。もう、私の助けは必要ないわね」
「あ、あの星那さ──」
今度はわたしから質問しようとしたとき。
「――すみません、いきなり離れちゃって……! って、あれ? 留衣さん、どうかしたんですか?」
スマホを片手に、志乃さんが戻ってきた。
戸惑っているわたしを見て、不安そうに眉をひそめる。
「あ、えっ……と……。なんでもないよ、大丈夫」
「そうですか?」
「うん。それより朝陽君は大丈夫だったの?」
「はい、そっちは大丈夫です! 日向関係の連絡でした!」
「あぁ……彼女の……」
「星那さんもすみません」
「いえ、謝る必要はないかと」
――もう、わたしの目の前には。
『先輩』の姿はどこにもなかった。
表情も、瞳も、声音も、纏う雰囲気も……すべてがわたしの知っている『星那椿』だった。
まるで、夢だと錯覚してしまうほど一瞬の出来事で……。
それでも『先輩』は、たしかにここにいた。
わたしの答えを聞いて、たしかに笑っていた。
それは絶対に、偽りではない。
「そうだ、留衣さんと星那さんに話したいことあって……」
「ん?」
「どうしました?」
「今度、三人で──」
星那さんは、やっぱりどこまでも謎の人物だ。
でも、青葉への想いはきっと本物なのだろう。
――『じゃあ、またどこかで会いましょう。遅刻しちゃうから、留衣ちゃんも早く教室に行くのよ』
また、会えてよかった。
ちゃんと想いを伝えられてよかった。
ずっと……心残りだったから。
「もう、留衣さん? 聞いてますか?」
「えっ、あー……聞いてる聞いてる。三人で新作ゲームの感想会をやるって話だよね」
「そんな話してませんよ……!?」
「留衣様、その案採用で」
「やった」
「星那さん……!? えっ、わ、私も参加ですか……!?」
きっとこれから先、青葉を想う人たちはどんどん増えていくかもしれない。
わたしや志乃さんだけではなく、今回のように星那さんだって。
それに星那先輩だっているし……。
もしかしたらこの先、月ノ瀬さんや――
晴香だって。
それが現実になってもおかしくないほど、あいつは……あのバカは、いろいろな魅力に溢れている男だから。
良い意味でも、悪い意味でも……ね。
だからわたしも、負けていられない。
……早速、今日の夜ゲームにでも誘おうかな。




