最期の海に咲く花―――③
夏休みの後半に差し掛かると、散歩に飽きてしまう。
めめばあちゃんが『熱中症になるからふらふらするんじゃないよ!』と怒り出すから、あたしたちは必死に暇つぶしの方法を探していた。
―――時間をかけて話し合った結果、一緒に何かを作ることにした。
一番最初は、リリアンの小さな毛糸のマフラー。ビーズのネックレス。その次は、ジグゾーパズル、写真立て。一緒に過ごす時間を重ねるたびに、あたしの部屋の棚には思い出の品が増えていく。今年の夏は、自由研究の課題を莉緒が手伝ってくれている。紙粘土で怪獣の貯金箱を作ろうとして、しっぽのかたちが上手くできないと、頭を抱えていた。
「どうしてこんなにへなちょこになっちゃうのかなあ……」
「もうすこし力を抜けば、大丈夫だよ。誰も真鈴のこと、笑ったりしないから」
「そうかな?」
莉緒は違う世界に生きる女の子だった。東京という大都会で生活をして、勉強や運動。そして、何かを作ることもとても上手だった。小さな街で、何かに怯えるひよどりのようなあたしとは正反対だ。それなのに、毎年この街を訪れて、一緒に遊んでくれる。―――なんでだろう? あたしは莉緒に何かをしてあげているのだろうか?
「どう? いい感じじゃない?」
「わあっ、すごくきれいだねえ」
あたしが『うまくできない』と不安を抱えるたびに、莉緒の手はそっと包んでくれた。一緒にどうやったら問題を解決できるか考えてくれた。出会った頃の小さな手のひらは、女性らしい指先に成長していく。だけれど、その手のやさしさは変わらなかった。
「でも、どれが一番きれいだとか。すてきだとか。教室に飾ること自体が変じゃない?」
「へ? どういうことかな? 莉緒」
「この子はあたしたちの思い出の一部。誰かに見せびらかして、きれいだとか、そうじゃないとか、くらべること自体が間違っている気がする」
「……もう一回、作り直す?」
「ううん、そんなことしなくていいよ。あたしはそんなの適当にやってれば勝手にできるよ、ぐらいの気持ちでやっているけど、真鈴はいつも一生懸命。実際にできた作品の出来よりも、真鈴が頑張って向きあっている姿を先生や同級生に教えてあげたい」
莉緒の言葉を聞くと、あたしの心臓はどきんと跳ねた。莉緒は何もかも上手くできるのに、どうしてやさしい答えに辿り着けるのだろうか。あたしはもどかしい気持ちを、うまく言葉にできなくて、唇の先で摺りつぶす。
莉緒の背中まで伸びた髪の毛が、窓の隙間から吹く風に揺れている。目の前の景色の美しさにため息をつき、その姿を眺めていた。莉緒は何かを考えるように、天井を仰いだ後、ぼうっとしているあたしに語り掛けた。
「来年からひとりでやってみな? あたしは見てるから。大丈夫」
「そうしてみようかな」
「……誰かが笑ったとしても、あたしは絶対に笑わないよ」
あたしは莉緒の真逆。進級をしても、運動や勉強も常に最下位。担任の先生はあたしの出来の悪さに常に頭を抱え、同級生にはケラケラと笑われる。いじめや悪口を言われている訳ではなさそうだけど、置き去りにされている意識があった。優等生の子とは、目を合わせてしゃべったことすらない。だけど、莉緒という女の子は。あたしの隣で笑うこの子だけは。
「うんっ! 莉緒がいてくれれば、大丈夫だよ」
「……そっか。また来年も遊びに来るからさ」
「わかった。待っているからね」
「うれしい。」
じゃあ、莉緒がそばにいない時は、何もできないまま?思い出が会えない時間を支えてくれるはずなのに。今日でも、明日でも。息をするたびに莉緒に会いたいと願ってしまう。せつなさは左胸を突き刺しながら、汗になって、体温となって。身体中に染み渡っていく。
「どうしたの?それ……よく見せて」
「な、なんでもないよっ」
莉緒は突然、窓辺から離れると、あたしの身体を指さしながら近寄ってきた。きっと鎖骨の下にできたあせもに気づかれてしまった? こういう時に、肌の色が白いと目立ってしまうから困る。あたしが着ているキャミソールに、ためらいのない指先が伸びてきた。
「……きゃあっ、やめてっ」
「ごめん、痛そうだったから。つい」
莉緒は凛としたまなざしを畳の上に伏せた。振り払った指先のあたたかさが、乳房に跡を残している。莉緒のお母さんは看護師だったという話を聞いていたし、患部を観察するために触ったんだろう。だけど、莉緒にはきれいなかたちのまま、触ってほしかった。
「大丈夫! お盆休みが終わったら、お医者さんに診てもらうから」
「わかった。熱いから麦茶でも飲む」
あたしと莉緒は、何事もなかったように畳の上に座りなおした。あたしは頬のほてりを消せないまま、テーブルの上に散らかった絵具を片付けたり、出来上がった貯金箱を紙袋の中にしまった。莉緒は、無表情で端に置いていた麦茶のピッチャーとコップをふたつ取る。
―――本当はね、莉緒が『友達』じゃないことを。ずっと前から気が付いていたんだよ。
だけど、会えなくなることが怖くて、言えなかった。違う世界で生きる莉緒を。きらきらと輝いている莉緒を。自分のそばにいてほしいなんて。思うこと自体が間違っているんだ。
『……本当は、ちょっと痛いんだけどな』
結局、めめばあちゃんがくれたクリームをつけても、お医者さんに診てもらっても。
皮膚の赤みはひきつれながら、最期の夏を迎える。莉緒があたしに微笑みかけるたびに、汗が滲む手を繋ぐたびに、痛みは増していきながら、海水のような膿が流れ落ちていった。




