最期の海に咲く花―――②
ばあちゃんとの何気ないくらしが、あたしの孤独を抱きしめてくれた。小学校に上がっても、顔を合わせる同級生はみんな一緒。少しずつ誰かとおしゃべりをすることにも慣れてきたけれど。―――昼休みは相変わらずひとりで過ごし、寄り道をすることもなかった。
眠れない夜もないし、お腹が空くこともない。ばあちゃんと笑いあう日々が続く。
休みの日は一緒に早起きをして、おひさまが降り注ぐ庭に、お花や野菜の苗を植えて。一緒にお風呂に入って、窓の向こうの海を眺めているうちに一日が終わる。贅沢な気持ちだとわかっていたけど、それだけじゃつまらなくなってきた。
「この海の向こうは、どんな景色なの? 莉緒」
「大きな道がまっすぐ続いて、景色が田んぼからマンションになって、ビルになって……」
「まんしょん?びる?大きな建物のこと?」
この頃からばあちゃんの目を盗んで、飼い猫のように抜け出す癖がついていた。夏になると、莉緒を連れて街をふらふらと歩き続ける。莉緒はあたしが暮らすこの街の中で、きらきらと目を輝かせていた。そして、あたしは莉緒に知らない街の話を尋ねていた。
「あっ! わんちゃんだ! かわいい」
「まりん、あぶないっ……」
小さな冒険の中には、発見がいっぱい。あたしは散歩中の犬に触りたくて駆け出した。自分よりも大きな物体に駆け寄るあたしを心配して、莉緒がついてくる。白くてふわふわした犬は背中に触れると、うれしそうな顔をして地面に座り込んだ。
「えへへ、平気だよー! 莉緒も触っていいですか?」
「いいよー! きっとこの子も喜ぶから」
「……はい」
あたしも誰かと仲良くなることはちょっとだけ苦手だったけど、莉緒はそれ以上だった。
ふたりで歩いている時はこにこしているのに、街のひとびとが近寄ってくると怯えているように見えた。こんなにかわいい犬のこと、おばけのように怖がらなくてもいいのに。
「ふわふわ、してる」
「ね、かわいいでしょ!」
目をまんまるくしている莉緒と一緒に、犬の背中を撫でる。莉緒は川辺のカエルを触ったり、砂浜のカエルを捕まえてきたりして。生き物や動物は苦手ではないはず。
「……こわくないでしょ」
「真鈴のこと、食べちゃうと思ったから」
「大きいからね、怖い思いさせちゃってごめんね」
莉緒、何を言っているんだろう。おかしい。けれど、莉緒はあたしを心配して追いかけてきたんだ。言葉を噛みしめると、どきんと心臓が鳴る。こうして莉緒が『特別な存在』だと感じた瞬間は数えきれないほどあった。それなのに―――……。
「ごめんなさい」
「ううん。こんなに可愛い子たちに可愛がってもらって、うれしいねえ」
莉緒は眉毛を下げながら、飼い主のお姉さんに謝る。しなやかできれいな手が、犬の顎先をそっと撫でると、お姉さんの足元に戻る。あたしはさよならの合図だと感づいて、小さく手を振っているのに。莉緒は名残惜しそうな顔をして、何故かあたしを見てきた。
「また会えるよね、ワンちゃんにもお姉さんにも」
「うん! また遊んでくれるといいなあ」
犬はあたしたちに挨拶をするように、きゃん、とうららかに鳴いた。お姉さんはあたしたちに背中を向けて、ゆっくりした足取りで歩いていく。この街のひと(または、犬や猫)はみんなおおらかだから、都会から来た莉緒はびっくりしているだけなのかもしれないね。
「かわいかった。ワンちゃん、なんて名前なんだろう」
「あはは。莉緒、あんなに怖がってたのに! また今度、教えてもらおう!」
あたらしい発見をする度、ぎゅっと手を繋いで帰る。街のひととさよならをすると、まっさらな海岸線に、あたしたちだけが歩き続ける。―――大丈夫だよ。どんなに怖がっても、この街は莉緒を包み込んでくれるから。
こうして、あたしたちは季節が巡る度に思い出を重ねていく。そして、自分の部屋に戻ると、莉緒から知らないことを沢山教えてもらった。そんな取り留めのない夏の日々のひとつひとつが、あたしにとって大事な宝物だった。




