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最期の海に咲く花  作者: みつき
39/50

最期の海に咲く花―――①

「が……ごほ……」

あたしがもし声を取り戻すことができたら、めめばあちゃんにお礼を伝えたい。毎日おいしいご飯を作ってくれて。不安になった時は身体を撫でてくれて。お手伝いがうまくいかなくても、褒めてくれて。めめばあちゃんに叱られた出来事を、記憶の隅々まで探してもなかなか見つからない。ただ、ひとつだけ鮮明に覚えている出来事があった。


★★★


『こら! 食事の前には、手を揃えていただきます! 毎日命を頂いていることに感謝すること!』

めめばあちゃんの家に暮らすことになった、はじめての日。ほかほかと湯気を立てるご飯を見たことは久しぶりで、おなかがあまりにもぐるぐる、と鳴いていたから、思わずお箸でご飯をつまむと、めめばあちゃんは突然激高した。


「……ご、っ、ごめんなさい」

あたしは、尻尾を下げた犬のようにしょんぼりとうつむいた。怒鳴りつけるような声を聞いて、あたしの手が震えていることに気が付いたのか。しわがれた手のあたたかさが背中に響いてくる。


「こちらこそ、ごめんな。真鈴」

「私の息子が、こんなに可愛くて小さなお前を……」

思えば、めめばあちゃんは、ちょっとだけ莉緒に似ているのかな。自分の気持ちを言葉にするのが苦手で(もちろんあたしもだけど)何かをあたしの身体に触れて、あたためながら会話をしていた記憶のかけらがいくつもある。


「今日から、ばあちゃんと一緒だもん。ちゃんと言うこと聞くから」

「だから、どこにもいかないで……」

自分の気持ちを隠しても、いつも笑顔でいなきゃ。悲しいときも、泣きたいときも、ひとりぼっちの時も。指先から、カーペットにぽとり、と箸を落としてしまった。

だめだ、これじゃあ、いい子じゃないから。また叱られちゃうし、めめばあちゃんもまた気分を悪くする。どうして、なにもうまくできないのだろう。きっと、だから……。


「大丈夫だよ。真鈴。ばあちゃんも頑張るから」

「ここには、ご飯がある。お風呂とお布団もある。きれいな海もあるし。他には何もない。でもね、私の命が絶えるまで、ばあちゃんがお前の生きる場所を守り続けるよ」

めめばあちゃんからの言葉のひとつひとつが、たしかな愛情で守られている証。やさしい気持ちで向き合ってくれることを、子供ながらに理解できた。ぎゅうと抱き合うと、ばあちゃんの胸の音は、さざ波の音のように穏やかに聞こえている。


「ばあちゃんの箸はお前の手にはちょっと大きいだろう? 洗ってくるから、ちょっと待ってろよ」

「はい……」

心安らかな日々が始まる予感がした。パパとママとお別れをしたのは、もちろんさびしい。だけれど、この景色の中であたしは本物の笑顔を浮かべられる気がして。足元に零れ落ちる涙を、小さな指先で涙をごしごしとぬぐった。


あたしはくたくたな捨て猫のような子供。めめばあちゃんに拾われなければ、再び地獄を味わっていたと思う。不安のない世界で生きることが、こんなに幸せだなんて思わなかった。


『いただきます』

気を取り直して、めめばあちゃんと声と手を合わせて、食事をはじめる。夏休みを迎えると、莉緒も隣でご飯を食べていた。取り留めのない毎日の中で、ほっとするひとときが増える。ささいな記憶を大切に残しておきたいのに、海のうたかたは記憶の色を消していく。


★★★


めめばあちゃんが作るご飯は、夏は冷たく、冬はあたたかく。とてもおいしかった。小さなころから味わいながらよく噛んで食べていたけれど。もぐもぐと咀嚼をしながら、不思議に思っていたことがひとつだけある。


『何かの命をいただいてまで、生きる意味があるのかな?』

こうして息をしているだけで、誰かを巻きこみ、傷つけてしまう。ママだって、パパだって。いい子にしていればこんな結末を迎えなかったはずだし。板垣真鈴としての最期も、深い海の底で、莉緒とめめばあちゃんの泣いている姿を見つめることしかできなかった。

大切なひとを誰かを傷つけて、苦しめ続ける存在が。他の生き物の死を身体の中に取り込みながら、生き続けていいのかな? もう終わりにさせたいのに、この鼓動はまだ止まらなくて―――……。


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