デウス・エクス・マキナ―――⑪
真鈴の死に関連する捜索を打ち切りにする。公安・海上保安庁のお偉いさん方はその方向で動いているそうだ。ところが、血縁はなくとも生前のキーパーソンであっためめばあちゃん。そして遠い親戚である父親。ふたりの大人は激高しながら反対を続けていたそうだ。
真鈴の父親と母親は最期まで協議に参加しなかったそうだ。
この世界に生まれ落ちた時から、子供たちは愛されることを望んでいるのに。
何故自分は真鈴を守ってあげられなかったのだろう。仕事中でも、食事をしている時も、ひとりで眠る前も。この感情を思い出すたびに、上腕部の皮膚を無意識に引っ掻いていた。
「打ち切り宣告は聞きたくない。言うな、親父さん」
「いや」
あたしとカレンは昼食を取った後、親父と三人で面談室のソファーに座った。あたしの隣に座るカレンは、物言いたげに靴の爪先を何度も蹴っ飛ばしてくる。あたしには抵抗する力すら残っていない。カレンのささやかな暴力を逆らうことなく受け続けていた。
「他の部署の応援が受けられなくなった」
「……はい」
「検体の採取をする人員が割けないそうだ」
「なんでだよ。専門職の奴らはもう降参したのか」
カレンの終始愉快な表情を、あたしは死んだ魚のようなまなざしで見つめていた。娘の覇気のない顔を目の当たりにして、父親の眉間はへの字に折れ曲がった。……気にかけられている。笑えなくとも、マシな顔をしなきゃ。だけれど、目頭や口角を上げることができない。
「理由を聞きたいか? 御園さんがテーブルを叩き割らないか心配だ」
「あンだってえ!? そんなに胸糞が悪いことが起こったのかよ」
「……聞かせて、親父」
彼らの協力体制には限界があるとは、理解していたけれど。あたしの唇はやっとの思いで言葉を吐き出した。たとえ法律や、権力で殴られたとしても、納得できるわけがない。悔しくないわけがない。悲しみは臍の下で大きく砕け散るだろう。打ち切りになった理由を聞かないと、窓の隙間から身体ごと滑り落ちてしまいそうだ。
「莉緒、強がるなよ。嫌だったら耳を塞げ」
「はい」
「……『他の緊急の業務に集中できないから』ましては、地元の管轄で扱う事件は、動員できる人材に限界がある」
「そうか。あたしたちも公安の人間だから。法の上の理不尽に、食わされているんだろうな」
「私の口からこんなことは言いたくないが、御園さんの解釈は間違っていない」
あたしたちは全員救った。他者の不可解な心の構造に耳を傾けながら。寝る間を惜しみながら。時に傷つけられながら。過去を思い出す場面に遭遇しながら。自分自身の弱さと向き合いながら。―――容易いことばかりじゃなかった。感情のかけらが顔を覗く。
「でも、我々の立場からしたら。真鈴ちゃんが生きているかもしれないという根拠はある」
「最近の症例だと、若葉さん。広範囲が癒着していたのにも関わらず、バイタルの数値は安定していた。莉緒が切除をしないと、樹木に癒着して生きながらえていた可能性がある、という判断を医師が下していた」
「”会いたい”という想いが透明であるほど、他の生物に寄生する可能性が多いそうだ」
「……生前の姿のままというのは、難しいけれど。」
発見ができたとしても、肢体や脳が損傷を受けている可能性はそれなりにある、という事実を、含みのある言葉が表していた。真鈴と対面したあたしに更なる心的外傷が加わる可能性がある。……親父が危惧していることはわかっている。それでも、あたしの想いは……。
「報告はそれだけか。ここにあたしは必要ない、出てく。」
「あたしはこいつの決断に、金魚のしっぽみてぇについていくだけだ」
「莉緒。”やめる”ことは”決して逃げる”ことじゃない。真鈴ちゃんに向きあうことが苦痛なら。もう、自由になっていいんだ」
「親父さん。あんたの言葉はあったかいなあ」
ソファーから立ち上がり、引き戸の前に立ったカレンの背筋はまっすぐに伸びている。不安定な風が吹き抜けると、さらさらと金髪がなびく。何かを言い残したように振り向くと、歯を食いしばりながら見つめてきた。
「……同僚として付け加えるとな、こいつ、悔しがってるんだよ。ちっちぇえ唇を、こうして力強く噛みしめている。神の手だって、ずっげんこつのまま」
「あの子のこと、あの子との思い出ををどう思っている」
カレンの歌うような声に、鼓膜は包まれる。同時に、言葉の芯に貫かれた。
どうって。家族であって。親友であって。母であって、姉であって、妹だ。真鈴の姿がどれほど変わり果てたとしても、その姿が亡骸だったとしても。この気持ちだけは変わらない。
「……ま、りん、は……」
「真鈴ちゃんとの『これから』があるなら、どうしたいんだよ」
「……取り返したい」
真鈴があの海に閉じ込められたままでは。過ぎ行く時の中で、ふたりで過ごす日々をなくしていくだけ。今ここで、自分が道を断ってしまっては、そのひとつひとつは二度と戻ってこない。難しく考えるな。あの夏を飛び越えて、会いに行くだけなのだから。言葉の輪郭を確かめながら、熱が籠った痛みを、もう一度唇の上に映し出した。
「真鈴を取り戻したい」
「……うん、そうか。あたしもついていくぞ」
「わかった、また真鈴ちゃんに会いに行こう」
カレンの小さな喉から絞り出したような声。親父からの汐見ケ丘に連れ出す前の常套句。――きっと約束は果たせるはずだ。真鈴があたしの姿を、見つけることができなくとも。
身勝手な大人たちが見捨てたとしても。あたしは、あたしたちは、必ず見つけ出すから。
「芽衣子さんから、手掛かりを預かっている」
「なンだぁ!? そいつは初耳だな」
「また世間話じゃないだろうね……」
世間話、といえど。めめばあちゃんからのヒントはたしかな証拠となった。
先日の電話では、薬の量が増えてきたとか、力を入れると関節のあちこちが痛むとか、呼吸が浅くなってきたとか。病状悪化を示唆させるワードをいくつも聞いていた。
かすかに色付いた真実か、痛みに隠れた思い込みか。そのどちらかであるだろう。
「真鈴ちゃんは、亡くなる前にネックレスをつけていたみたい」
「めめばあちゃんの記憶では、2cmほどのエメラルドの宝石がついていたそう」
「莉緒は知っているか?」
―――学校帰りを出迎えた時はつけていない。パジャマになったときも、当たり前だ。
真鈴がアクセサリー置き場として使っていたお皿の上に、乗っていたっけ?
容易く思い出すことができない。『なくしちゃうよ』、と伝えた記憶が。海に行くときに、鎖骨の下に揺れていた、ような……。
思い出せない。真鈴をつくる全てを、この肌で、この手で、耳で、瞳で。覚えていたはずなのに。記憶をさかのぼる様に、前髪を掻き分け、こめかみに指先を押し付けた。




