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最期の海に咲く花  作者: みつき
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やさしい新緑の芽吹き―――⑤

ちいさな豆電球が灯った部屋の中。あたしは布団に横になりながらとなりで眠る真鈴のぬくもりを感じていた。もう大人と変わらない体つきになり、寝返りを打った時に身体同士が触れ合うのは恥ずかしい時もあった。


だけれど、一緒に眠ることは。呼吸をしたり食事をすることと変わらない。それほどあたしたちの生活に根付いたものだから、わざわざやめたりしなかった。


「明日もとなりにいてね」

寂しさを感じる夜に、何度も真鈴にその言葉を伝えていた。何気なく触れた真鈴の右腕が、明日には血まみれになってしまうなんて予想ができなかった。ーーーその手に渡した想いは、おまじないの影に隠れた呪いだったのかもしれない。


★★★


「つめたい」

翌朝、あたしはお尻から背中にかけての冷たさに飛び起きた。生理にしてはまだ早いし、痛みがないのに下血をするなんて考えにくい。おりものにしては水っぽすぎる。指先で拭っても尿のにおいは一切しない。とりあえずシーツを洗濯しなきゃ。真鈴を起こさないよう、テーブルクロスのようにそっと引っ張ってみる。


「ごめん、ちょっとどいてくれる?」

「う、うーん」

真鈴の身体を揺すると鉛のように重く、肩で息をする姿はいつもとは違う。剥がしたシーツは何故か真鈴の寝姿を象ったように水たまりができている。ふわりと空中ではたくと海のにおいがした。ーーどうして?真鈴もシャワーを浴びて、パジャマに着替えて布団に入ったはずなのに。


「新しいの持ってくるから、ちょっと待ってて」

「りお、いいよ。その辺で寝てるから」

「冷たいでしょ。昨日、はしゃぎすぎたから具合が悪くなっちゃったのかな」

昨日、めめばあちゃんと一緒に畳んだシーツが居間に置き去りになっている。こんなにぐったりしている様子ではひとりで階段を降りられそうもない。とりあえず、シーツと一緒に薬やおかゆやらも一緒に持ってこよう。


「ーーーいなくなっちゃう」

ひとりごとを言う前に、素足で力強く畳の上を蹴った。大袈裟だとわかっていても、あの日のトラウマが心臓を打つ。一分一秒でも早く手を差し伸べないと。脳裏に血塗られた記憶が呼び覚まされる。あたしの両足は地面を踏む感覚をなくし、階段から滑り落ちるように1階に向かった。


★★★


「まりんー、だいじょうぶ?」

あたしは肩を落としながらおぼんを床に置いて、力強く扉をノックする。高熱が出ていると固形物は食べられないだろうと、めめばあちゃんにおかゆやら清涼飲料水、ゼリーをたんまりと持たされた。


「もってきてくれたの? ありがとっ……ふうっ、」

「ひとりでご飯食べれる?辛いよね。部屋に入りたいから、鍵を開けて」

「いい。……ぜったいにあけない。」

3回目に扉を叩くと、やっと向こう側に返事が聞こえた。真鈴の苦しそうな声を聞いた瞬間、胸の奥にあたしのからん、という音が響いた。大袈裟に捉えすぎた脳が、砂嵐のように雲がかっていく。きっとあたしは勝手に焦っているだけ。そんなことはわかっているけれど。


「なんで?」

「かぜ、うつしたくないの」

「あたし? 全然風邪引かないから大丈夫だよ」

血液検査の結果でも、あたしにはヒトに珍しいナントカ抗体があると担任の先生が騒いでいた。手先が器用なこと以外は、身体が丈夫ぐらいしか取り柄がないから。シーツを取り替えるだけでもいいから手伝わせてほしい。


「すごくきたないし、きもちわるい」

「吐きそうってこと?じゃあなおさら一緒にいないと」

「ちがう……ちがうけど、今はあいたくない。」

「あたしじゃなくて、めめばあちゃんがいい?」

「いや。がまんする。つらくて、いたいけど、たえる」

「なんでそうやって無理するの?少しは頼ってよ」

ふと思い返してみると、 あたしは真鈴に甘えてばかりだった。眠れない夜に手を握ってもらい。家に帰りたくない時は日が落ちた暗い街を散歩した。東京に帰っても会いたくなったら電話したり。寂しくなったら何度もその澄んだ声を聴かせてもらったり。


「りおだからいやなの。助けてなんていえない」

「どうして? あたしは真鈴に、たくさんたくさん助けてもらったのに」

扉一枚で隔てられた世界に、永遠のような沈黙が流れる。ドアノブの下に耳を貼り付けると、むせぶような声だけが聞こえた。……泣いている? あたしが意識をしないうちに真鈴の心を傷つけるようなことを言ってしまったのかな。


もしそうだったとしたら。自分自身に原因があったとしたら。

自分に対して沸き立つ悔しさを抑えきれず、冷たい床の上で拳を握り潰した。

―――違う、違うよね。きっと長い間海で遊んだから、夏風邪を引いてしまったのだろう。あたしは心配性だから、変な予感がするだけよね。


「ありがとう莉緒。気持ちだけでいいよ。げほっ、すこしよくなったら、声かけるね。大変になったら電話もする」

「・・・・・・わかった。すぐ言って」

こんなにそばにいるのに、ただの役立たず。真鈴はあたしにとって家族のような存在なのに、手を差し伸べることすら叶わない。真鈴が立ち上がった音が聞こえても、あたしのシャツは脂汗が染み付いたまま。身体中を支配する重苦しい虚無感に耐えきれず、しばらく扉にもたれかけたままでいた。

めめばあちゃんが呼んでくれないと、あたしの身体は扉に融解したままだっただろう。


結局夜が更けても鍵を開けてくれず、あたしと真鈴ははじめて別々の部屋で眠った。

連日続く熱帯夜。あたしはうなされたまま、リビングに水を取りにふらふらと立ち上がる。

真っ暗な空間の奥には、自分の腕に包帯を巻く真鈴の姿がゆらめいていた。



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