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最期の海に咲く花  作者: みつき
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やさしい新緑の芽吹き―――④

――――汐見ケ丘の日々②


あたしがそばにいない間、真鈴は人形みたいに不愛想らしいけど。

あたしが真鈴に何かを教える度、『できたっ!』と弾けるような表情を見せてくれる。憧れのまなざしであたしの手つきを見てくれる。いちいち声を出して感激してくれる。長い夏のお暇の楽しみとして、あきらめることなく、ゆっくり、じっくり。ふたりでものづくりに向き合うひとときが大好きだった。


「ここは黄色を入れたほうがいいよね?莉緒」

「いや、緑でしょ」

「……当ててみると両方でもいいよね」

「そうすっか」

真鈴の本棚の上に並ぶのは、夏なのにわざわざ編んだマフラー。紙粘土でできた怪獣の貯金箱。一緒に砂浜で拾ってきたシーグラスでできたランプシェード。夏休みを終える頃には、ふたりでつくったものがひとつずつ増えていく。今年も自由研究としてフォトフレームの中にビーズをちりばめて、めめばあちゃんが撮ってくれた写真を入れる。


「だって莉緒はなんでも器用にこなすから、人気者でしょ?」

「そんなことない。ひとと話すことはずっと苦手だし」

あたしたちは同い年だけど、”クラス”という枷を取り払った世界で出会った。中学に上がった頃に頻発する、うさんくさい友達付き合いのために嘘を付いたり、仲間外れをしたり、される必要もない。出会ってから何年もの時が経っても、彼女こそが自分をさらけ出せる唯一の女の子。だから、違った価値観や感性の中で同じ作業ができるのだろう。


「うまくなったじゃん」

「そうかなって、話をごまかさないでよ」

「人気があっても、なくてもあたしはあたし。真鈴が見てるあたしのままだよ」

「なにそれ! ……ばあちゃんが隠している梅酒でも飲んだの?」

真鈴とそんな他愛のない話をしながら、ばたばたと夕飯の鳥大根の下ごしらえをはじめる。最初は怖い怖いと泣きながらあぶなかっしい手つきで野菜を切っていた真鈴も、すっと大根の皮を剥けるようになった。関心のまなざしを向けていると、細い腕で身体を強く小突かれ、あげくの果てには飲酒疑惑をかけられる。


「莉緒、警察呼ぶぞ」

「ちっ、ちがうからめめばーちゃん!」

「ふふっ。鍋に入れればあとは待つだけだから、麦茶でも飲んで涼もうよ」

料理自体は好きでも嫌いでもなかった。だけど、こうして3人でキッチンの中でおしゃべりをしながら手元を動かす時間が楽しかった。東京でする高い外食よりも、スーパーで買うお弁当よりもみんなで作るごはんが一番おいしい気もするし。


ーーーけらけらと笑うだけでも身体の力が抜けちゃって。あたしたちはグラスの中の麦茶を飲みながら、夕食の出来上がりを待つ。吹き抜ける夜風にゴーヤの葉が揺れる。少しだけ窓を開けると、塩のにおいがする風があたしたちを涼ませた。



★★★


結局、14歳の夏にはふたりで何も作らなかった。というよりかは。

毎年恒例の工作をはじめようとする前に真鈴が亡くなった。

―――最期の思い出は、穏やかな波に揺られていた記憶。


「こんな水着を着せたら真鈴が変な奴に見られる」

あたしが一昨年、到着のタイミングで生理が来たことがきっかけで、一緒にお風呂に入らなくなった。あたしたちは出会ってから6年の時間が経過し、身体の成長が顕著な時期を迎えた。身長が1年で3センチ以上伸びたり、胸がふくらんできたり、初潮を迎えたりして。


「果たしてこれは真鈴の大きな胸を隠してくれるんだろうか……」

手に取った水着は真鈴が好きなオフホワイト。腰にリボンもついているけど、去年会った時は服の上からもすっかり女性らしく成長していて。何故こんなにどきまぎしているかの理由もわからず、思わず目をそらしてしまったことを思い出した。


お手伝いできることはありませんか、と店員があたしに声を掛ける前に。

あたしはお腹やらおしりやら胸が一番よく隠れそうな水着を選んだ。


「あたしたち以外、海に誰もいませんように」

汐見ケ丘はサーファーが集まる街として広く知られている。日中には必ず誰かが海水浴をしているだろう。真鈴が変な奴に声を掛けられたり、じろじろと見られる場面を想像するだけで腸が煮えくり返りそうだった。


★★★


ーーーあたしが悶々としながら選んだ水着を纏いながら、真鈴は砂浜の上に立っている。

『日焼けをしない体質』、と自称していた色白な肌は、太陽の光を浴びながら血管の緑色を映し出している。人気のない場所を探し出せたし、誰かの目はない。けれども。


「少し息を整えれば大丈夫だよ。そんなに遠くまではいかないし……」

「あたしでも25メートルは泳げるもの。浮き輪だけで頑張ってみない?」

ビーチサンダルを脱いで砂場に降り立っても、真鈴の水着のことばかり考えていて。自分がカナヅチだということをまったく忘れていた。あたしの葛藤を何も知らない真鈴が勢いよく手を引くと、ふたりで一気に肩まで水に浸かった。


「ほら、少し引っ張ってみるから力を抜いてみて?」

「うん……」

真鈴の言う通りに全身の力をすっと抜くと、ふわりと身体が浅い水面に浮かんだ。浮き輪に乗ったまま、水面の上の感覚はこんな感じだったっけと思い出していると。真鈴の白い髪は海の凪に揺れる。顔周りを隠していたボブカットが舞い上がり、ふわりと桜色の唇が姿を表す。あたしは真鈴の大人びた横顔を見つめるだけで、はあっとため息を吐いてしまう。


「緊張して疲れちゃった?」

「そういうわけじゃない」

「お風呂に入る猫を世話してるみたいで、あたしも疲れちゃった」

真鈴は突然水面に潜って、あたしが乗っている浮き輪の隙間から顔を出す。そして、真正面に腕をかけて、同じ浮き輪に乗った。大きさは二人用らしいけど、育ち盛りのふたりには小さく、抱き合っているみたいに隙間なく身体が重なりあう。


「やっぱり体調悪い?」

「違う」

「よくこうやって浮き輪に乗って遊んでたじゃん。お風呂にもアヒルを浮かべて」

「なんか恥ずかしい。あたし、骨が太いから重いし」

突然暴走をしはじめたあたしの心臓を、真鈴の両胸のやわらかい肉感が押しつぶした。さらに、水の中で真鈴が足を絡めてくる。年頃の女の子の悩みでごまかしたけど、あたしの心をざわつかせているのはきみの仕草とか、思わせぶりな態度とか。そういうところだよ?ーーどうか他の誰にも見せないで、しまっておいて。


「そんなことないよ? 莉緒、最近モテるでしょ。すごくきれいだもん」

「は? あたしはずっと地味なまま大人になってる気がするけど」

「背もこんなにおっきくなっちゃって」

真鈴は道端の犬を撫でるような手であたしの頭を撫でてくる。10歳の頃まで、めめばあちゃんや、近所のひとの手伝いを頑張った時にお互いの頭をよしよし、と撫でていた記憶が呼び覚まされる。今のあたしは照れてるのか、くすぐったいのか。もうわからん。


「好きなひとが出来て、そのうち遠くにいっちゃいそう」

「それはあたしの台詞だよ」

「どこにもいかないでね、莉緒」

水着の中で心臓は同じリズムを打つ。日差しを受けた肌に絡む汗を、透き通った海水が溶かす。こうしておへそ同士がくっつくぐらいの距離にいるのに。過ぎ行く時間があたしたちを遠ざけていきそうだ。お互いに進学したり、夢を見つけたり、好きなひとができたりして。

この夏を終えると、『約束の女の子』という存在が根拠のない数字に変わっていきそうな気がした。


「またこの夏に戻ってくる。約束」

「うんっ」

「……もう、これでいい? じっと見られてるの、恥ずかしい」

本当は気が付いていた。さっきから真鈴があたしの耳朶や鼻先を見つめていることを。びゅうと、大きな波を生み出す風が吹いた瞬間、あたしの頬にその唇が触れそうになった。思わず目をつむると、ちいさな手はあたしの鼻先をぎゅう、と強くつまむ。


「まあ、夏はまだまだ長いから。」

「いつも焦っていたのは真鈴のほうだよね?」

「今年の夏はずっと続く気がしたの。この日々に閉じ込められちゃうみたいに」

真鈴の表情はアンニュイの色を帯びた。やっぱりあたしに隠し事がある?

どうしてそんな顔をするのか知りたい。ちゃんと教えてほしいけれど。こんな風にあちこちを撫でられたり、触られると変な気持ちになってしまう。……早くやめてくれないかな。


髪から伝う水滴が冷たくなってきた頃、ふたり揃って海から出た。今日もさも当たり前のように、夕暮れの下で手を繋いで帰る。一緒にそうめんを食べて。パジャマに着替えて、一緒の布団に入って眠る。それがあたしたちの夏の時間だ。


ーーーーその次の日。真鈴は「息が苦しい」と言いながら、部屋に閉じこもった。



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